朝寝-昼酒-夜遊

日々感じたことを思いのままに書き散らすのみ。
※毎週土曜更新を目標にしています。

石原慎太郎は死んだが。

2022年02月05日 09時42分50秒 | 社会
石原慎太郎 - Wikipedia

石原慎太郎が死んだ。
自分のブログのプロフィールに書いている通り、
私はこの男が嫌いである。
死んだところで変わりはしない。

この男の差別的発言、個人を個人として尊重しない発言から、
この男は民主主義社会(多数決主義でない、本来の民主主義社会、のイメージ)を破壊する者であり、
そのような「民主主義の敵」は発言してはならない存在である、と考えている。
# 民主主義社会におけるルールの大前提は、個々の参加者を個人として尊重すること。
 それをしない者はそもそもこの「民主主義社会」というリングに上がる資格のない者であり、
 口を閉じてろ、黙ってろ、ということ。

この男が生前、醜悪な顔でどれだけの人を侮蔑し、嘲笑してきたか。
そしてそれを「リーダーシップ」であるかの如く持て囃してきたか。
反吐が出る。

しかし石原慎太郎が死んだとて、
同様の連中は消えていないし、
「本音で喋っている」と当時以上に称揚され、マスメディアで跋扈している。

石原慎太郎の生前の発言はきちんと検証し、非難すべきは非難する。
そして同様の発言を繰り返す連中は、同様にきちんと非難していかなければ。
「死者に鞭打つな」とばかりに生前の発言が肯定されてしまうことは、
結局後継者どもの非難されるべき発言が非難されずに定着していってしまうことに繋がる。

正直、石原慎太郎を嫌う感情は、以前よりも弱くなっている。
それはこの男以外にも酷い連中が跳梁跋扈しており、
私が麻痺してしまっているからではなかろうか。
この男の死を契機に、
改めて「不適切な発言は不適切である」ときちんと捉え、強く非難していかなければ。

近鉄乗りつぶし

2022年01月05日 15時32分37秒 | 
年末(12/25土)、友人と名古屋で会う機会があった。
さて、奈良からどうやって行くか。
普通に行くならば、京都に出て新幹線、なのだが、
それは面白くない。

近鉄で行くことにした。
何か良い切符はないか、と見ているとこんなものを発見。
近鉄全線3日間フリーきっぷ|その他のお得なきっぷ|観光・おでかけ|近畿日本鉄道

開始日を決めた上で、前日までに購入する必要はあるのだが、3日間乗り放題で3,000円。
普通に名古屋を往復するだけで元がとれる。
しかも月曜も橿原で仕事があるので本来往復1,000円かかる。
ということで、土曜に名古屋に行き、日曜は名古屋から(乗りつぶしをしながら)奈良に帰る。
月曜は橿原との往復に使う。
という計画を立てた。

乗車券代は浮くので、その分を特急料金に注ぎ込もうってんで
「ひのとり」のデラックスシートを購入。




確かに素晴らしいシートで、「至れり尽くせり」という感じ。
物が置きづらく、微妙な隙間に落ちてしまう、ということがあったり、
一瞬、コンセントの場所が分からない、といったことはあるのだが、
シートの細かい調整(座面、足置きなど)が可能で、後ろにも迷惑を掛けることがない。
ヒーターや小さなライトが付いていたりする。
難波から名古屋までの約2時間、寛いで過ごした。

翌日は朝に名古屋に着く。
名古屋側の近鉄の支線って、殆ど乗ったことがないので、このあたりを乗りつぶしせむ、とて。

三段階考えるところがあり、
1,現在の近鉄の支線を乗りつぶす。湯の山線、鈴鹿線、山田線鳥羽線志摩線。
2.さらに以前近鉄だった四日市あすなろう鉄道(内部線・八王子線)を乗りつぶす。
3.さらに三岐鉄道を乗りつぶす。

この辺りは、廻りながら時間を見て決めようと思っていた。

とりあえず、名古屋から快速急行で出発。


大阪線はトイレ付、きちんとした転換クロスの車両があるので羨ましい。
(奈良線の「ロング/クロス転換可能」のクロスシートは、ガタガタで乗り心地がいまいち。)
そこそこ雪が降っている。

四日市で降りる。湯の山線は少し待たされた。


雪はかなり激しくなっている。
その中、四日市から湯の山温泉へ。




ここでそのまま引き返すか、ロープウェイに乗るか迷う。
結局バスでロープウェイ乗り場へ。




雪が積もっている中、強風の影響で30分間隔での運行になっており、
けっこう並んでいる。
ここでまた乗るや否や迷い、30分後のロープウェイで「御在所岳」山頂へ。




けっこうな雪景色の中、食事(+少しのアルコール)を摂る。

下りのロープウェイ、また少し待たされてバスで湯の山温泉駅へ。
これまた少し待って四日市行に乗る。
このタイミングで駅員さんが「ロープウェイが間もなく休止する」旨の
アナウンスをしていた。
まあ、丁度良いタイミングだったのだろう。
# 今調べると、3日間3,000円のチケットを持っていると、
 御在所岳のロープウェイ代はそこそこ割引になるらしい。
 ちょっと、得しそこねた。

四日市に戻ると15時頃。
賢島まで行って奈良に帰ることと、
けっこう冷えていることを考えて
「四日市あすなろう鉄道」乗りつぶしはやめにした。
また三岐鉄道と併せて、可能であればさらに名松線と併せて、乗ることにしようと存ず。

四日市から伊勢若松、少しの時間で「平田町」行に接続。
よく分からない線。
途中で伊勢鉄道に接続している、という感じでもない。
# Wikipediaで見ると途中の「鈴鹿市」駅が市役所などに最寄りで、
 終点の「平田町」駅が鈴鹿サーキットに最寄り、ということらしい。




平田町を往復し、乗換時に気になっていた伊勢若松駅前の銅像を確認。
歴史で出てくる「大黒屋光太夫」の像だった。


伊勢若松から伊勢中川で乗り換え、各停で賢島へ。
もう少し明るければ、もう少し海が見えたのかも知れない。
機会があればまた乗っても良いかな。

賢島から「伊勢志摩ライナー」の、これまた「プレミアムシート」に乗車。
「ひのとり」程ではないが、やはり良いシート。




難波まで買っていたのだが結局大和八木で降りて、帰宅した。

まあ、なかなか充実した旅行でした。

2022年正月にあたって。

2022年01月02日 12時16分04秒 | 社会
のどかなる空の色かな年たちてゆるぶは人のこころのみかは(一葉)

2022年になった。
2021年も結局「新型コロナ」で明け、暮れた。
東京五輪もパラリンピックも、首相が菅から岸田になったことも、
総選挙で維新が躍進してしまったことも、
コロナ程のインパクトはなかったのかも知れない。

100年前、1922年にあったことを見てみた(Wikipedia)。
個人的に興味を持ったのは以下のようなもの。
・江崎グリコ設立
・全国水平社創立
・未成年者飲酒禁止法公布
・ヨシフ・スターリンがロシア共産党書記長に選出
・日本共産党結成
・ベニート・ムッソリーニが首相に就任
・大隈重信死去
・アルトゥール・ニキシュ死去
・山縣有朋死去
・ヘルマン・ロールシャッハ死去
・森鷗外死去
・ノーベル物理学賞にニールス・ボーア
・フグ田サザエ誕生

明治維新の元老の死(大隈、山縣)と世界的には独裁体制の萌芽(スターリン、ムッソリーニ)、
国内的には水平社や共産党の成立、といったところが興味深い。
これが100年前。

それからの100年。
「独裁か、民主主義か」の争いは「民主主義」の勝利に終わっているが、
この「民主主義」が多数決主義に堕している、と感じる。
橋下などはそれを否定しない。

根本的に言えば、「正義とは何か」という話。
単純多数決主義者は「正義なんて存在しない、多数者が正しい」と冷笑するのだろう。
しかし元々、民主主義や多数決というのは
「絶対的な正義は存在しないかも知れないが、それを追求すべきであり、
単一の王や少数の貴族でなく、多数の市民が考えた方がより正義に近付くだろう」という
仮定で正当化される考え方であり、
正義を希求しない民主主義は、結局アウシュビッツを否定するロジックを持たない
危険思想ではないのか。
そして、「知識を吸収する」「考える」を経ない市民が議決権だけ有している状態は、
民主主義の前提が掘り崩された、危険な状態ではないのか。

多数決によっても覆し得ない「個人の尊厳」がある。
その個人の尊厳を守るのが「自由主義」であり、
民主主義社会と云えども「個人の尊厳」を侵害するにあたっては
単なる多数決では侵害し得ない、
といった社会の基本理念が揺らいでいる、或いはそもそも明確にされていない、と感じる。
# これは、個人の自由や尊厳よりも「国家」「集団」に重きを置く
 「自由民主党」が長年の政権与党であり、
 結局は世間の風潮を作っている存在であるから、かも知れない。

それが今から100年前の出来事をピックアップしてみて感じたことであり、
今後の私自身のあり方や仕事のベースになってくるのだろう。

川柳川柳師の死と「ガーコン」について。

2021年12月31日 08時45分34秒 | 落語・講談・お笑い
落語家の川柳川柳さん死去:時事ドットコム

今年亡くなった噺家は何人かいるが、
その内の一人が「川柳川柳」師。
関西にはほぼ来ない方だった。

「川柳川柳」という名前を初めて知ったのは、恐らく高校時代。
何かの本で触れたのがきっかけだったと思う。
私自身は上方の人間であり、東京まで生の落語会に行く習慣はなかったし、
師はラジオにもあまり出演していなかったので、
実際に高座を聞いたのはテープか何かで、大学に入ってからだった。
入り口は当然のように「ガーコン」。

川柳師の少年時代から戦後までの経験や世相を語りながら、
当時の流行歌を歌いまくる。
「歌は世につれ」と書かれていることも多かったようだが、
普通のくくりで言えば「漫談」になるだろう。

東京に転勤になって、初めて生で見た。確か神楽坂。
(喬太郎師を生で初めて見たのもこの時。「白日の約束」で、これも強烈だった。)
「大ガーコン」+ラ・マラゲーニャだと思う。
その後、定席や「終戦記念寄席」等々、そこそこの回数見ているが、
殆ど(…全て?)「ガーコン」だったように思う。
もちろん「ジャズ息子」や様々な艶笑譚も素晴らしいのだが、
生ではお目にかからなかった。

常に「ガーコン」でも、寄席の中では爆笑を呼ぶ、名物だったと言えよう。
「漫談」ではあるのだが、
まずはよく通る声、美しい歌声、そして毒舌、
体験に裏打ちされた説得力、
実は基本となる確かな技術と客席の空気を読む力と、
そういったものが相俟った異色作だと思う。

こういったネタは継承されず、その人限りのものなのだが、
「歌は世につれ」等とネタ帳に書かれていたこのネタに「ガーコン」と名付けたと云う亡き右朝師や、
現小せん師が今でも演じていると云う。
右朝師は「お取次ぎ」と言って演じていた。
小せん師がどのようなスタンスで演じているか、一度聞いてみたい。
# 右朝師の「私小説、芥川狙い」というのがこのネタの本質だと思うので、
 「中沢家」同様、他の噺家が演じるのは難しいのでは、というのが
 私の率直な感想。

川柳師の自伝も面白いので、お勧め。
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酒乱だった川柳師の安らかなお眠りを祈って。
美空ひばり 530527 『賛美歌405番 神ともにいまして』 ひばりの陽気な天使


アーメン。

柳家小三治師死去

2021年10月17日 07時51分25秒 | 落語・講談・お笑い
柳家小三治さんが死去 人間国宝、江戸の古典落語継承する本格派:朝日新聞デジタル

柳家小三治師が亡くなった。81歳。
数日前まで高座を務め、その後の高座も予定されていたと云うから
現役のままの突然の死、と言えるだろう。

以下、つれづれに。

「小三治」は「小さん次」である。初代小三治が3代目(柳家としては初代になる)小さんを襲名している。
周囲は「小さん」の名を継いで欲しい、と思っていたものと思われるが、
こういった予定調和を嫌がり、面倒くさいと言ってしまうであろうこの人らしく、
襲名を避け続けた挙句、
師匠の不出来な息子に名跡を押し付けることに成功した、と思っている。
# 「芸のない実子による襲名」なんて、小三治の嫌がりそうなことなんだけど、
 自分が小さんにならないためにOKした、というところなのかな。

初めて見たのは「赤旗まつり」かなあ。
私自身が基本的に上方の人間なので、生で見たのは2,3回程度だと思う。

私が落語を聞き出した当時、
小三治師の落語は「きっちりしている」「ネタの良さをきちんと伝える」という印象だった。
変にアドリブをぐちゃぐちゃ入れる圓蔵のような人より、こういう高座の方が好きだったので、
特に追いかけた訳ではないが、好感を持って聞いていた。
そのあたり、骨格がしっかりしているので、
徐々に「落語に遊ぶ」境地に至ったのでは、と思う。

説明過多にせず想像に委ねる範囲が広いところも、好みであった。

高座はある種「古風」だが、実際には多趣味で当時の噺家の常識から離れていた人、というあたりのギャップが面白い。
そのあたりの結節点として、独特の「まくら」に繋がってきたのだと思う。

「落語家論」という本がある。
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元は、「民族芸能」等に掲載されたコラム。
けっこう、「落語」「噺家」についての伝統的な「マナー」を語りつつ、
自分の趣味嗜好の話もあり、
小三治師の人となりがダイレクトに見えて面白い。

そういや、私が最後に映画館でちゃんと見た映画って、
東中野で見た「小三治」かも知れない。10年以上前か。

晩年はほとんど聞いていないのでそれ以前になるが、
テープや放送などで印象に残っているネタを振り返ってみる。
 小言念仏
 あくび指南
 ちはやふる
 馬の田楽
 品川心中
 うなぎの幇間
 青菜
 やかんなめ
 二番煎じ
 禁酒番屋
 茶の湯
 かんしゃく
 初天神
そんなところかなあ。

合掌。

# これ、改めて気になっている。
 1枚2000円を切る、と考えると高くはないのだが…。