朝寝-昼酒-夜遊

日々感じたことを思いのままに書き散らすのみ。
※毎週土曜更新を目標にしています。

第549回田辺寄席

2010年11月22日 19時33分27秒 | 落語・講談・お笑い
先週土曜は「田辺寄席」の昼席へ。
土曜休みは月2回のみの職場なので、行けるかどうか未定だったのだが、
結局行けた。
目的は、自分の持ちネタで唯一見たことがない「釜猫」を見ること。


開口0番「崇徳院」(文太)

「崇徳上皇」をめぐる歴史のお話。
確かに、保元の乱の一方の首謀者、だよなあ。
面白い、というより、ためになる系のお話。


「強情灸」(二乗):△-

羽織着て上がる。
マクラの自己紹介は面白かった。

この人の今の芸風は、根本的にこのネタに合っていないと思う。
若い二人に活気がない。
特に実際に灸を据える男を、もっと勢い良くやらないと、
「強情」にも見えないし、
強情張った男が見栄を張るギャグも生きてこない。

いつから熱く感じたのが分かりづらく、
あまり熱いようにも見えなかった。
当然、最後の「冷たい」も効かない。
何か、オネオネしているうちに終わった感じ。


「釜猫」(宗助):△+

マクラは米朝のお茶屋遊び話。
よく聞く話ではあるが面白い。
「60過ぎたら還る」と言っていたが、
米朝の言う「20の子3人呼んだと思ったら」の方が分かりやすいと思う。

「磯七」なる登場人物の紹介、
「磯村屋」と呼ぶ、といった話をマクラで振る。
確かに振っておいた方がよいか。

釜については特に振らず。

珍しいネタだが、全体に普通にやっていたと思う。
旦那の表情付け、声の出し方が
「旦那はこうするもの」の定式に当て嵌めているようで、
少し違和感があった。

磯七に頼むところ、旦那が聞きつけるところは普通。

次の日丁稚などに運ばせるところは、
「えらい重いな、こない重かったか」と言うことで
若旦那が入っていることを示していた。
これは良いと思う。
個人的には、蓋をせずに運ぶと
若旦那が入っていることが最初から分かってしまうので、
旦那が「蓋をしたまま運ぶ」ことを指示した方が良いのでは、と思っていたのだが、
そこはあまり気にしなくても良いかも。

焚くところは普通に。

「ババタレ猫」でウケなかったのだが、ここでウケるのは難しいのかな。
ただ、お茶屋の2階のバタバタでもウケなかったので、
「下品なネタ」と判断して、客が引いてしまったためかも知れない。

磯七も片棒を持って運んでいた。
何故か私は、磯七は横で見ているだけで、
人足だけで運んでいる印象だった。
「けんげしゃ茶屋」の「渋藤」と同じ位置付けで考えていたのだろう。
磯七の役割、立場からすると、
やはり力は出さずに口だけ出している方が自然なように思う。

座敷に上げて、綱を切って紐を切る。
このあたりの動きは綺麗。
蓋をとって若旦那が出るのを待つのだが、
蓋をとったらすぐに猫が飛び出してしまうのでは?と思う。
紐だけ切って、若旦那が蓋を開けて出てくるのを待つ方が自然。

飛び出した猫が撒き散らすところでウケが来ないと、このネタはしんどい。

サゲは「御後室」とか出さず、
芸者が懐に入れている財布を猫が咥えて飛び降り、
「ネコババ」というもの。
これならば元来の意味とか気にせず、「ネコババ」も伝わるだろう。


「夢の革財布」(文太):○-

マクラで「酒を呑みたい、呑みたいと思っていたら、酒を呑む夢を見る」と振る。
分かりやすい振りではあるが、少しベタ過ぎる感じ。

魚屋が朝起きるとき、仕事へ行くのをあまり嫌がっていなかった印象。
ここは嫌がっておかないと、
後で「心を入れ替えた」転換が利かないように思う。

浜での場面はなく、
帰ってきて金を数える場面になる。
上方の人間である私にとっては、浜の場面の描写に別に思い入れもないので、
これはこれで良い。

金を拾って帰ってきた後、また寝るのだが、
一度起こした時には魚屋が起きず、
再度起こした時に風呂屋へ行って友達を呼んできて飲む、という流れ。
魚屋が起きないところが、
「朝起こしたが起きず、浜に行っていない」と言い張る
おかみさんの仕込になるのだろう。
これは面白い作り方だと思う。(雀三郎もやっていたかな?)

飲み食いの勘定は家主さんのところに借りに行く。
この方が、何となく工面をするよりも筋が通る気がする。
細かい話ではあるが。

3年後はあっさりと進む。
特に激怒する訳でもなく、嫁さんの話を聞いてやたら感謝する訳でもなく。
大晦日のちょっといい話、という感じ。

全体にあっさりしており、悪くはないが、
ちょっと物足りない感じもする。
もう少し感情表現などをクサくした方が良いのかも。


「ふぐ鍋」(しん吉):△+

マクラは食べ物の話など。

ネタは、まあ、吉朝ラインのもの。
科白の押し方や引き方とそのバランス、間の置き方、表情付けなどは
(当然)吉朝に及ばないので、
なかなか大きなウケにはつながらない。
丁寧にやろうとしており、好感は持てる。

奥での乞食の騒ぎを聞く旦那の様子は、自然で良かった。


「風の神送り」(宗助):△

確かに難しいネタではあるのだが、ちとダレた。
最初の帳面を付ける場面、寄附を募りに回る場面、
風の神の人形を放り込んでサゲに到る場面、と
バラバラになってしまっていた感じがする。
「風の神送り」にかこつけて
「若い連中が寄り集まって楽しくうだうだ一緒の時を過ごす」雰囲気が
もう少し強く出た方が、全体に筋が通って良いと思う。

おやっさんの造形がイマイチ。
基本的に声色を変えているだけであり、存在感や威圧する空気がないので、
ケチな商人に飛びかかろうとする若い衆を止めるところ、
さらに啖呵を切るところが映えない。
そしてここで締まらないので、
その後若い連中が仇をする場面でも発散しない。
何となくダラダラ流れてしまっていた。
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11月21日(日)のつぶやき

2010年11月22日 07時14分33秒 | つぶやき

目覚めた。やはり、京都は冷える。


posted at 06:44:21


9時過ぎなのに誰もいない。何じゃこりゃ。


posted at 09:13:46


やうやう帰路。明日仕事して、明後日はまた京都じゃな。


posted at 22:17:04



【追記】
飛んでいない。
まあ、お囃子をやっていたりしたので、大して呟いていないのだが。
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