元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

あっしは、kippleってぇケチな野郎っす! 基本、自作小説と、Twitterまとめ投稿っす!

「雨族」 断片47-園の内側、赤い空~3.殺人:kipple

2010-01-21 20:51:00 | 雨族(不連続kipple小説)

ようこそRAIN PEOPLES!超バラバラ妄想小説『雨族』の世界へ! since1970年代


               「雨族」
     断片47-園の内側、赤い空
      3.殺人


 待ち合わせの時間に30分遅れて奴はやってきた。

 奴は深夜の労働を終え、自分の住み家、この高層ビルのてっぺんにある、掘っ立て小屋に帰ってきたのだ。

 奴はジーンズの尻ポケットをできものの様に膨らませ、チェックの何ヶ月も洗っていないようなシャツを着ていた。

 そして、そのいでたちで、奴は塵一つ付いていないピカピカに光る革靴をはいているのだった。

 奴は私に出会うなり煙草をねだり、煙の中から疲れた声で神妙に言った。

「どうでもよかったんだ。」

 私は夢の感触を思い出し、少しふらふらした。

 私も煙草をくわえ、マッチ棒で火を付けながら言った。

「俺にとっては、そうじゃない。」

 奴は1/3も吸わぬうちに、コンクリートでもみ消して、あくびをした。

「うるせえよ。金はやるから、俺にからむなよ。」

 彼は言った。

 私は奴の汚らしい尻ポケットからつかみ出された数十枚の1万円札を受け取り、奴を殺した。

 実際のことろ、私は奴を殺してはいない。

 しかし、私は私の世界から奴を抹殺した。

 私にとってもう奴は存在しない。

 見えない。

 何もない。


 私は朝の銀色の光の中に消えて行った。





断片47     終


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(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)


「雨族」 断片46-園の内側、赤い空~2.去年マリエンバートで:kipple

2010-01-20 19:50:00 | 雨族(不連続kipple小説)

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               「雨族」
     断片46-園の内側、赤い空
      2.去年マリエンバートで


 私は奇妙な夢から目覚めると、とにかく立ち上がり、VTRデッキのスウィッチを入れて、テープを再生し、夢を思い出そうとした。

 私はカーテンを開け、ウェットスーツのまま、インスタントコーヒーにミルクをたっぷりと入れて、カフェ・オ・レを作り、白い丸テーブルに座り、ぼんやりとキャメルマイルドをくゆらせて、夢の事を考えた。

 VTRデッキはアラン・レネの「去年マリエンバートで」を再生していた。

 しばらくして私は夢の中の出来事を思い出そうとする努力をうち切った。

 何も思い出せなかった。

 ただ、何か、背中に蝋で付けた羽が溶かされていくイカロスのような、落下の前兆のようなものを感じただけだった。

 落下。

 私は嫌な気分だった。

 私は、今日、高層ビルの屋上で顔も見たくない奴と待ち合わせをしていたのだ。


 ベティは、まだ寝ていた。





断片46     終


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「雨族」 断片45-園の内側、赤い空~1.ポルターガイスト:kipple

2010-01-19 19:20:00 | 雨族(不連続kipple小説)

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               「雨族」
     断片45-園の内側、赤い空
      1.ポルターガイスト


『うすら寒い』

・・・

「爽快です。」

 洪水の様に押し寄せる光の向こうのどこかから、はっきりと声が聞こえた。

 あまりにも厖大な光量のために私は自分が立っている場所を正確に見定める事ができなかった。

 それより、いったい、私は立っているのか、それとも寝そべっているのか、それさえも正確に把握する事ができなかった。

「爽快です。」

 再び、パッサリとキャベツを真っぷたつにするような切れ味の良い声がした。

 私は質問してみた。

「質問に答えてくれるかい。」

 この質問は相手にある程度の動揺を与えたようだった。

 それが、どんな種類のどんな形の動揺だったかは、まったく分からない。

 とにかく相手は何かの狙いを外されて、戸惑いを見せた。

 それというのも、圧倒的な光の中にポッカリと古い井戸のような穴が口を開けたのだ。

 穴は斜め右前方に突如として姿をあらわした。

 それと同時に大量の光は、ドクンドクンと脈打った。

 私はなんとなく私の姿勢が分かってきた。

 私は、うつ伏せになって光の床に寝そべった形で光に包まれていたのだ、たぶん。

 私は穴をよく観察した。

 穴は、ちょうど私が通り抜けるのに必要なだけの広さを有していた。

 そして、よく分からないが、どうやら穴の向こうは海のようだった。

 穴いっぱいに、さざ波をたてている海面のようなものが見えるのだ。

 しかし、いったい海面は、その穴から、どのくらいの距離をもって隔てられているのか、私にはまるきり分からなかった。

 穴に密着しているようにも見えるし、何100メートルも離れているような気もするのだ。

 そこで私は、時折、白く光るさざ波の大きさに注目してみる事にした。

 しかし、それも、あまり私の観察に役立たなかった。

 穴いっぱいに現れるさざ波もあれば、目に見えぬ程、小さなものもあるのだ。

 私は、幼い頃に見たランプの灯を思い出した。

 夕暮れから薄闇をへて、夜に至るまで、祖父の家の軒先に吊るされたランプの灯は、小さくなったり大きくなったりした。

 子供の頃の私には、時の変遷と、人間によってともされた「作られた光」に対する不定形な錯覚に、異様な程の幻想性を感じさせられたのだ。

 さて、私のする事といえば、もうひとつしかなかった。

 その穴に身を投じるのだ。

「爽快です。」

 また、あの声がした。

 私は、こう言って、オルフェが鏡に飛び込むように穴に入った。


『「プラーグの大学生」という映画を観たことがあるか?』






断片45     終


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「雨族」 断片44-「うぶ」:kipple

2010-01-18 23:51:00 | 雨族(不連続kipple小説)

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               「雨族」
     断片44-「うぶ」


 「うぶ」なものについて。

 「うぶ」とは何か。

 僕は「うぶ」が好きだ。「うぶ」の仮面は憎む。

 飛び交う「うぶ」の群れは、ゾッとする。

 「うぶ」は群集の片隅でひっそりとベンチに座って何かを待っている。

 「うぶ」とは、「うぶ」を解放しようと望みながら、解放についてのポイントと、その後を想像力で補い、現実のプレッシャーに対して、びくびくしている状態だ。

 解放されてしまった「うぶ」は、どうなるのか?

 「うぶ」は以前と違う「うぶ」に変容していくか、極小の「うぶ」になり、殆んど消え入りそうになって、その後の存続を図る。

 「うぶ」は質と量を変える。

 僕らの「うぶ」は、僕らのものだ。

 僕は「うぶ」は出来たら質量とも変わらずに残されていけばいいなと思う。

 が、経験というものは「うぶ」を解体し、定着させる。

 「うぶ」は、僕らの人生において、心の疲れに関わる重大な要素である。

 僕たちは少なくとも、未経験状態の「うぶ」を感触として、又、幻想として、内部に留めておくべきなのだ。


 何故ならば、僕らは昆虫とは違うからだ。






断片44     終


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「雨族」 断片43-避難所:kipple

2010-01-14 00:29:00 | 雨族(不連続kipple小説)

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               「雨族」
     断片43-避難所


s・いずみ

押し入れに閉じ込もって出ない

豆電球を押し入れの奥のコンセントで微かに光らせ暮らす

両親が引き出そうとするたび自殺未遂

12才になったある日 民生委員の人たちが引き出そうとする

“ぎゃあああああ~”抵抗し脱出


公園

優しくカッコイイお兄さんに声をかけられる

今度はそのお兄さんに言葉巧みに拉致監禁される

明るく綺麗な小部屋に閉じ込められる

彼女は人類の平和を祈る

“どんな人も全て助けて下さい”


監禁お兄さんは他の監禁幼女の罠にハマり死ぬ

8人の幼女が監禁され毎日延々と繰り返される性行為や性的拷問に耐えていた

s・いずみを残して幼女たちは脱出

s・いずみは自ら鉄格子の中に入り手錠と足枷をし、隅の便器に首輪の鎖を繋いではだかのまんましゃがみこんだ

“みんなを助けて下さい全ての人を許して下さい”


s・いずみは18才になっていたが誰が見ても5~6才に見える

やがて脱出した幼女たちが警察に保護され監禁場所にやってきた警官に引き出される

パトカーの中で警官に性的行為を強制されビデオ撮影される

隙を見て逃げる

高速道路から飛び降りる

木とボロ小屋でバウンドし傷だらけになるが助かる

気づくとボロ小屋の中年男が傷の手当

男の名はキップル?“えふ”?

男は何も言わず何も聞かずカップ麺やノリベンをくれる

s・いずみはそこで過した

栄養がつき一年後には見違える美女に

小屋の男は近所では嫌われもので変人扱い

ある日近所の主婦たちに少女を監禁してると通報され、やって来た警官に射殺される

警官がs・いずみを強姦してるところに帰ってきたので、小屋の男は撃ち殺された


s・いずみがすんでのところで殺されそうだったので止むを得ませんでした!ケイシセイ閣下!

よし!君はよくやった!その発砲は百パーセント正当性がある!


s・いずみは警察かんたちが話してる隙に逃げ出す

あっさりと畑を横切って県道に出た

東京方面に歩きはじめた

誰も追ってこなかった

あのオジさんは何発も何発も胸や背中や顔や頭を撃たれてたからもうしんじゃったかな

“ありがとう”

そして国道を東京方面に歩いて行った

顔に泥を塗り土の上をころげまわって服を汚した



朝靄の中






断片43     終


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「雨族」 断片42-ゴースト料:kipple

2010-01-13 22:25:00 | 雨族(不連続kipple小説)

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               「雨族」
     断片42-ゴースト料


人生   とある初秋の一日

二十歳だと言って公園から付いてきた女の子

目覚めると女の子が紙クズだらけの部屋で寝てる

携帯が鳴る

{先生、話が}編集者からだ

また先生の作品として出させて欲しいとか言うか何度言っても分からぬか、あの編集者


生徒手帳に14才だと?え?

昨夜怪しいし腰も痛いから嫌だ、そこらへんで勝手に寝れ!と言ったが、どうにもあっしのポコチン触ってくるので、こっちも立つし、フェラされチロチロ一生懸命舐めるんで、ほらもっと擦って口の奥まで思いっきり入れとか、結局何度かその子の口に白液ぶちかまし、顔にぶちまけ何だか申し訳無くなり、部屋の隅にいついてる老人ジョーにあっしのケータイにかけさせバイブレーションでその子があっしの顔に押し付けてくるマンコに当てて“ああ、だめか”なんて言ってると老人ジョーに笑われた“ばかな、何でも機械に頼るからだ、ぶはは”

んで老人ジョー寝てるんで手にしてたウイスキー奪って、自称二十歳よ、どこから湧いて着いてきたんだか知らぬが行くとこなきゃしばらくこのボロ屋におればいい

とウイスキーのみながら今度はちゃんとポコチン立てて、その子、自分のマンコにアロマオイル塗り、“うぷっ、これ、イランイラン、うぷっ、ホホバオイルに混ぜた”とか言いながら、あっしのチンポコつかんでヌルヌル塗り、自分のマンコに入れて、血だ、処女かこの子


で起きて原稿の束持って駅前のルノアールに行き

あっしの名前でちゃんと出したいと言うので、まだ分からぬかと口論

怒って原稿くしゃくしゃにして捨て店出るも編集者追いかけてきて、わかったか二十歳も過ぎたブタババアのマンコは、あっしが嫌だってんのが分からんか

やっと分かった?おや黒いスーツに茶パツにパンツ丸見えミニか黒スーツ系最近多いな、ぴっちんぴっちん(^ε^)

タメグチでいい!ってんだよ、このブタババア

なんだよオサルジジイ

で原稿必死に拾い集めていつものように小切手

50万

おい、そこの編集者!ここの!ミートソース有り難う!

編集者・洋子さんは戻ってって、伝票を取ってレジで清算


帰りに「みずほ」の普通口座に預金した

これで、何ヶ月か暮らせんだろな

ジジイのジョーと処女マンコに何かお土産でも買って帰るか?

いせやで焼き鳥買って帰った


今度のあっしの原稿は誰の作品になるのかなぁ~

なんて意外な人気作家の作品になってたりすると、も~う最高!

若い頃なんか何ヶ月も笑えた

最近はどうでもいいや

でも楽しいな

まだまだ当分やめられませんわ

ああ!綺麗な夕焼けだなぁ~!

♪いぃ~のち短しぃ~恋せよ乙女ぇ~♪っとくらぁ!






断片42     終


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「雨族」 断片41-風のなかで眠る女:「8章・時の猫」:kipple

2010-01-12 01:30:00 | 雨族(不連続kipple小説)

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               「雨族」
     断片41-風のなかで眠る女
           「8章・時の猫」


 5年前だ。

 5年前の6月10日に私は彼女と出会った。

 細い雨が、くじらの歯のように私の庭と空をつないでいた。

 彼女は、その繊維質の雨を、くぐり抜け、くぐり抜け、滲み出すように姿をあらわした。

 そして、私は彼女に発見された。

 彼女は無言で耳を澄ますようにして、上半身をかかげ、何やら高貴さを漂わせながら、じっと私を見据えていた。

 私も、彼女を発見した。

 彼女は、ゆっくりと小雨の中を私に向かって歩いてきた。

 私は煙草を消し、庭と居間を、2つの空間に遮断している曇ったガラス戸を開き、2つの空間を1つの世界に繋げた。

 彼女は、すばやくあたりをうかがい、真っ正面に私と向かい合い、

「ニャー」

 と言った。

 さて、5年前に私は、このようにしてクロエと出合ったわけだが、5年前といっても、私は自分の近辺に起きたごく少数の出来事以外は何ひとつ正確に思い出せない。

 あの時、クロエは、雨族からの救出とか人類滅亡の阻止とか、そんな事を言っていたような気がするが、それもよく憶えていない。

 私は、5年前の6月10日時点では、26才であり、無職であり、独身であり、ニコチンとアルコールの重度な中毒状態であり、一日に10錠以上の精神安定剤と抗鬱剤を飲んでいた。

 その年には、私の友人が2人死に、クロエは組成変更により、その本質を女から猫に変えた。

 その猫は、今も、小高い丘の上の草原で私と暮している。


 もちろん、その猫は、ガチャ目である。






断片41     終


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「雨族」 断片40-風のなかで眠る女:「7章・大時計」:kipple

2010-01-11 00:15:00 | 雨族(不連続kipple小説)

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               「雨族」
     断片40-風のなかで眠る女
           「7章・大時計」


 空が、ぼうっと黄色く光っている。

 俺は、いつもと同じ足どりで、いつもと同じアーケードを抜け、いつもと同じような光景を横目で見ながら帰路を行く。夏の夕暮れ。

 どろっとした空気がいつもと同じような雑踏を包み込み、いつもと同じような澱んだ暑さが俺の身体にまとわりつく。

 同じような毎日、同じような仕事、同じようなヌメッとした人々、同じような喧騒。

 いったい俺はいつからこんな時間の中で毎日を送るようになったのだろう?この風景はいつから続いているのだ?

 俺はいつもと同じ、くすんだグレーの背広を脇に抱え、少しネクタイをゆるめ、白い半袖シャツにうっすらと汗をにじませて陽炎みたいにゆらゆらと歩いている。

 ゲーセンのけばけばしい音がようやく薄らいできた暑さを掻き乱し俺をいらいらさせる。このクソ馬鹿面した群衆は、いったい、いつから蔓延っていやがるんだ。ダラダラ・ダラダラしやがって。自分もその中の一人であることが胸くそ悪い。

 俺は結婚している。結婚していて子供も二人いる。いや?確かに結婚しているはずだ。そして、子供も・・。

 ??おかしい。俺は三十三歳だ。二十五歳で結婚して二人の子供がいるはずだ。女の子だ。俺は父親だ。五年前に買った2LDKのマンションに一家四人で暮らしている。長女はもう小学生だ。

 ・・・ったと思う。

 この延々と続くヌルヌルとした粘着質の生活が、俺を少し混乱させているのだろう。頭の回りが何だか、ぼんやりとして女房の顔も娘たちの顔も思い出せないのだ。この長い暑さのせいかもしれない。

 このアーケード街。いつもと変わらぬ、ぼんやりとくぐもった雰囲気。変わらぬ商店群。本当に五年前だっけ?ここに越してきたのは。もう一世紀も前のような気がする。何かがおかしい。

 ひょっとして頭?いよいよか?生きている気がしない。淡々と毎日という作業を繰り返しているだけだ。みんな錯覚の中を自動的に動いて生きている事にしているんだ。俺と同じだ。

 そう思うと何だか、すっとする。そうさみんな生きていると思いこんでいるだけさ。実は、そこには何もないのに。いや・・・・

 ぶるっ、ぶるっと俺は頭を振った。馬鹿な、少しおかしい。きっと疲れているんだろう。体の調子はいいし、仕事も相変わらず適度にこなしている。自覚はなくても、どこか神経の奥深くで相当疲労しているんだ。

 ストレスか?しかし俺は適度にギャンブルをしたり運動をしたり、年に二回くらいは海外にバカンスに出かけてもいる。浮気相手も二人ぐらいはキープしてある。それでも、どこかで人生に飽きてきてしまっているのだろう。

 日常と非日常。これが両方とも単調な繰り返しになってしまい、両方でストレスを、ため込んでいるのかもしれない。六時に起きて食事をし、会社で働き、同じ路線で通勤し、このアーケード街を通って帰宅する。

 日曜日にはプールで体を鍛え、たまに長い休暇が取れると女房には仕事と偽って同じように東南アジアに不倫相手とバカンスにでかける。

 それは、両方とも単調な繰り返しに過ぎなくなってしまっているんだろう。この二つの繰り返しの他に、もうひとつの何かが必要なんだ。たぶん。

 少し、いつもと違うことをしてみようか。何を、しようか?思いつかない。些細なことからでいい。とりあえず、帰り道を、いつもと変えてみようか。少しは気分も変わるかもしれない。

 このアーケード街には、たくさんの入り組んだ細い路地がある。俺は、いつもこの大通りを通って帰るのだが、今日は、そこの時計屋の角を曲がってみよう。そこの路地はあまり通った覚えがない。

 ・・・まてよ。時計屋?こんなところに時計屋があっただろうか。隣の本屋も、正面にある靴屋も毎日お馴染みの店構えだ。ああ、暑い。俺はシャツを広げて汗ばんだ自分の胸を触った。

 夏のけだるい夕暮れ時に、みなれない、今までこの通りにあったのかどうかも定かでない時計屋に遭遇する。俺は不思議な気持ちだ。

 もしかしたら、これもストレス?女房たちの顔をよく思い出せないように俺の記憶が所々ずれてしまっているのだろうか?

 いやいや、冗談じゃない、ここは、うんざりするほど毎日、眺めているところだ。ひょっとしたら、こんなことから俺の生きるという、この飽き飽きした世界と人生の閉塞状況から、もう一つの何か、何かの突破口が、いや、その糸口が見つかるかもしれない。

 待てよ、俺は大丈夫か?突破口なんて本当に必要なんだろうか。ちょっと疲れてるだけで夏も過ぎれば、こんな事考えなくなるんじゃないか?

 全ては、この、肌から内蔵に脳髄に染み込んでくるような食虫植物の触手のような、黄ばんでくすんだ、このじんわりとコールタールを空中に滲ませるような、この夏の暑さのせいかもしれない。

 豚の内蔵に閉じこめられたような暑さ。

 このまま、いつもの通りに帰宅して女房の作った夕食を娘たちと一緒に食べ、その後で、こっそりと不倫相手に電話して次の性交場所を連絡してみる。帝国ホテルだったら喜ぶかな?そして、ぐっすりと寝て明日になれば、もうこんな事は考えずに、いきいきと日常にダイブしてゆく。きっとそうだ。

 そう考えながらも俺は、その時計屋の前で腕組みをして立ち止まっていた。やはり、気になるのだ。

 何かこの場所、今の時代に、いやこの世界にあってはいけないモノ・・・そんな気が拭えないのだ。古ぼけている。狭っくるしい入り口のガラス戸に、墨で馬鹿でかく「時計店」と書かれたブリキの看板が張り付いている。

 俺は汗を拭いながら、暫くガラス戸越しに狭苦しい店内を覗いていた。そのうち、やはり、この時計屋は俺の人生に重要な何かを与えてくれる、そんな思いが再び後頭部のあたりから身体中に広がっていくのを否定する事が出来なくなってきた。

 我慢が出来なくなってきた。ここには、俺を待っている何かが絶対にある。さあ、入ろう。

 俺は、この時計屋に、今までこの通りには決して無かったはずの古ぼけた門構えをした、この店に入らなければならない。その思いが、ほとんど、強迫的なまでに高まっていくのを俺は感じている。

 あたりは依然としてブヨブヨとした不愉快な夕暮れの暑さの吹き溜まりだ。俺は、今にも戸を開けて飛び込んで行きそうになる自分を抑えて、ガラス越しに細長く奥行きのある店の様子を観察し続けた。

 ガラスの向こうにはアンティックな木製机が置いてあり、ほとんどのスペースを独占している。机は右側のコンクリート壁にくっつけられて、その奥は灰色の板仕切りに遮られていて見えなくなっている。

 天井にはチカチカと明減を繰り返す蛍光灯が奥の方まで、ずらずらと並んでいて店内を映画のコマ落としのように照らしている。夕暮れの黄色く、くすんだ光と混ざり合って奇妙な静寂空間を演出している。

 異空間だ、俺はそう思った。

 同時に俺は、やはり、どうかしている、ただの時計屋じゃないか、という考えもよぎった。しかし、この時計屋の醸し出す、異様なまでの強迫的な吸引力には、もう逆らえそうもないことを俺は知っていた。

 これは、ただの時計屋じゃない。間違いなく、俺にもう一つの何かを与えてくれるに違いない。そう、ただの時計屋じゃないことは明らかなんだ。だって、さっきから一度も店主及び店員らしき人物を目撃していない。

 それに、何といっても時計屋なのに細長い店内の壁に沿って並べられた机には、ただ一つの時計も見あたらないじゃないか。ここは時計屋だぞ。なぜ、時計も腕時計も一つもなく、いや時計どころか、何も陳列されいないのだ?

 今時の時計屋ならサングラスやらアクセサリーまで売ってるじゃないか。レジもなければ修理道具の一つもない。絶対に妙じゃないか。

 次第に、俺は何も置いてない陳列机の向こう側、すなわち板仕切りの裏側がどうしても気になってきた。

 いったい、あの裏側には何があるのか?仕切りの奥へと続く、蛍光灯の明減によりチカチカと瞬いている細長い通路は、どこへつながっているのだろうか?果たして時計はあるのだろうか?

 ふと、その時・・この店・・ひょっとして営業していないのではないのか?それとも、その古めかしい外見は、古くからある店ということではなく、営業作戦の一つとして、今、開店準備中なのかもしれない・・と思わないでもなかったが、もう誰も俺を止めることは出来なかった。

 俺は一度、深呼吸をすると、ぐっと顎をひき、ガラガラとガラス戸を開けて店の中に飛び込んでいった。

 そして、次に、全ての今まで俺のいた世界から、自分自身を完全に引き剥がすかのように、とても素早く自然に自動的に、ガラス戸を(しゅーぅううぅぅぅぅぅぅ、ピシャ!)と見事に完膚無く閉めていた。

 そして、身体がビクッと硬直した。

 静寂を予想していた店内は、とてつもない巨大な音に満ちていたのだ。巨大な一つの音に。

 


  カチッ かちっ カチッ かちっ・・・    
                                                      』

 

 静寂を予想していた俺は一瞬、鉄パイプでぶん殴られたような気分になり大きくのけぞってしまった。

 まったく、このガラス戸は完璧な防音効果を備えているらしい。この馬鹿でかい音は少しも外には漏れていなかった。やはり、ただの時計屋ではなかったのだ。そして間違いなく、この店は時計屋だったのだ。

 頭のてっぺんからつま先まで、身体中を突き刺してくるようなこの音。キーンッッ・・と残響音を俺の耳の中で渦巻かせる、この音・・・秒針だ。これは秒針が一秒一秒、時を刻んでいる音だ。

 店全体に響きわたり俺の身体まで振動させる、巨大で強力な、時を刻む秒針の音。

 これは絶対に幻聴じゃない、現実に聞こえる生の音だ。アンプで増幅され、スピーカーから出力された音ではない。

 俺にはわかる、こんなにくっきりと突き刺さってくる音が再生音であるわけがないし、幻聴なら身体まで振動しやしない。

 俺は音による蠢動と同調して、身震いした。そして、響きわたる鋭角的な秒針音に身を任せて、暫くじっと狭くて奥行きのある店の中を、観察した。

 蛍光灯の瞬きが、まるで秒針の音に合わせているかのように感じられた。そうしていると俺は次第に、このとてつもない秒刻みの音に慣れてきた。

 それどころか、『カチッ カチッ』と乱れなく続く、鋭く透明感のある音に妙な清涼感を覚えるようになってきた。

 そして、その妙な清涼感は俺を行動に駆り立てた。もう我慢できなかった。あの仕切りの裏側が見たい。どうしても見たい。

 俺は板仕切りの向こう側を目指して、ゆっくりと忍び足で音を立てぬように歩いていった。何だか、この秒針音の他に音があってはいけないような気がしたからだ。

 何も置いていない陳列机に沿って狭い通路を進み、板仕切りに辿り着くと、そぉ~っと、その裏側を覗いてみた。

 何も無かった。板仕切りの裏には何も無く、ただ、そこからさらに細長い通路が店の奥へと続いていた。

 俺は、何となく、もう引き返せないなと思い、そのさらに奥へと続く蛍光灯がチカチカと明減し続ける細長い通路を進んでいった。

 秒針を刻む巨大な音は相変わらず鳴り続けている。きっと、この巨大な音の正体が、この細長く薄暗い通路の奥にあるに違いない。

 どのくらい歩いただろう?ゆっくりとだが、かなりの時間、俺は、この通路を進んでいる。しかし、相変わらずこの細長い通路の奥が見えてこない。何だかちっとも進んでないような気さえする。

 こんな小さな時計屋だ。いくら細長く奥行がある店だといっても、こんなに距離があるはずがない。歩けど歩けど、いくら進んでいっても通路の奥に到達できない。

 そんな事があるわけがない。おかしい。やはり疲れているのか?ストレスなのか?それで感覚がおかしくなっているのか?

 何でもストレスのせいにしてしまえば都合がいいか?けっ!それとも俺は本当に何かこの世のものならぬ場所に迷い込んでしまったのか?

 その時、どこかで近くでギギギギギギギィィィィと何か扉の開くような音がして、声が聞こえた。

「あんた、この世界時計の音を聞きにきたんだろう?」

 声のした方を見ると、ちょうど俺のいる数歩前におそらく地下室へ続いていると思われる階段が出現していた。そうか、地下室か。今の音は地下室への扉を開けた音か。

 そして、このどこまでも続くかのような通路の床にその入口があったということだ。カモフラージュなのだろうか?何故、そんな事を。

 とにかく通路の床にカモフラージュさせた地下室への扉を薄汚れた作業着を着た男が持ち上げて、細長い鉄の棒で、押し上げられた扉を、固定し、地下室の入口は完全に開かれた。

 そして、その男は地下への階段の上でつっかえ棒になっている細長い鉄の棒に寄りかかりながら、俺の事を哀れみの混じったような目で見て、言った。

「なあ、憶えているだろう?私はここの店主だ。ほら、昔、よく、あんた、時計の修理に来たじゃないか。忘れちゃったかい?まあ、無理もないな。あんたは、とっくの昔に死んでるんだよ。気づいてないだけで。」

 俺がとっくに死んでいる?何を言ってるんだ、この男は?だいたい、こんな男、全く記憶にない。薄汚れた作業着を着た時計屋の店主?俺が昔、ここに来て、この時計屋の店主によく壊れた時計を直して貰った?

 分からない。そんな事があったような気もするが全く思い出せない。

 それにこの店主と名乗る男の顔は変だ。特徴が無い。よく見ても、ちょっと目を離せば、すぐにどんな顔だったか忘れてしまう。憶えているのは薄汚れた作業着を着ている初老の男という事だけで、どんな顔だか思い出せない。

 特徴が無いんだ。全く完璧なまでに顔に特徴が無いんだ。男は続けた。

「私の後をついてきなさい」

 そう言うと店主は、トントントンと早足で地下への階段を降りていった。俺はただ言われた通りに店主の後を追いかけた。

 地下には何があるのか?店主は世界時計と言った。それじゃ、さっきから俺が聴いている秒針を刻む音は世界時計が刻んでいるのか?それは何だ?

 地下には世界時計がある。少なくとも店主の言葉からは、そうとしか察しようが無かった。まさか音だけが鳴ってるなんて事は無いはずだ。

 とにかく俺は、この秒針を刻む巨大な音の正体を確かめる事以外、何も思い浮かばなかった。ここが、どこなのか、あの店主は何者なのか?俺は何をしているのか?そんな事は全て、どうでもいいことだ。

 あの音。あの音の正体を知りたい。あの音を刻む時計を見てみたい。

 階段は長かった。店主は身軽にスイスイと降りていくが、俺は先に何があるのか分からないという不安感もあって、次第に身体の動きがぎこちなくなり、何度か転げてしまいそうになった。どんどん、どんどん、階段を降りた。

 いったい、どのくらい下りているのか?この階段はまるで地球の中心部にまで続いているんじゃないか?地球のコアまで。すると、今、俺は、地表からどのくらいの深さまで到達しているのだろうか?

 と、思った瞬間、目の前が急にひらけ、明るくなった。

 しばらく、その明るさのため目がおかしくなったが、時計屋の地下深くには広大な空間が広がっているのが分かった。まるで、東京ドームくらいのでかさに思えた。

 目が慣れてくると、そこはやはり巨大なホールになっていて、どこから光源を取っているのか天井や壁や床全体が真っ白な輝やきを放っていた。

 あまりにも、その真っ白な輝きが強烈だったために、そのホール全体に渡って置かれているものが何なのか最初は良く分からなかった。

 しかし、さらに目が慣れてくるにつれ、輝く白一色の広大なホール内の空間から、じわじわと数え切れない程の黒っぽい形が滲み出し、その姿を明らかにしていった。

 そこには数万と思える時計があった。壁にかけられた時計、宙吊りにされた時計、棚の中に収められた時計、床に並べられた時計、天井に設置された時計、そして、その何万もの時計は全て柱時計だった。

 俺には分かった、ここにある時計は全て柱時計だ。そして、全ての柱時計は一糸乱れぬ正確さで動いている。一糸乱れぬ正確さで、ここにある全ての柱時計の秒針が音を刻んでいる。

 これだ。全ての柱時計の針は秒針・分針・時針ともに、ピッタリと同じ時刻を指し示し、時を刻み続けている。この音なんだ。幾万もの柱時計が一糸乱れぬ正確さで時を刻む音。

 俺は何だかホッとした。

 あの秒針が一秒一秒を刻む巨大な音は、ここで、こういう具合に、鳴っていたんだ。そうなんだ、これだけの数の柱時計の針が一糸乱れずに一秒一秒を刻んでいれば、あの鋭角的で巨大な秒針音も理解できる。

 秒針も1ミリたりとも狂っていない。完全に一致した時を刻んでいる。おそらく店主はそれが自慢で支えなんだろう。

 見事だ。俺は店主を誉め、そして訊いた。

「見事ですね。これが世界時計という事なんですね。いったい、これは、どういう仕組みになってるんですか?何か秘訣でも?」

「ふむ、ふふふ。実はね、実は実は、誰にも言っちゃダメだよ。この五万六千七百八十九個の柱時計は全て一つの中心に繋がっているんだよ。デジタルの柱時計もアナログの柱時計も全て心臓部から発せられる、ある特殊なパルスに導かれているんだよ。もとは一つさ。」

「なるほど、もとは一つですか。だから一糸乱れぬ正確さなんですね。」

「そうなんだよ。はい。一糸乱れません。あんた、今、0.000001秒くらいはズレてるかなと考えただろうが?1ミリたりともとか。いやいや、0.000000001秒も0.00000000000001ミリとかも、いやもっと小さな単位でさえナンセンスだ。ズレというのは有り得ないんだよ。ここにある全ての柱時計は完全に一致した時を刻んでおるんだ。デジタルもアナログも」

 デジタル?店主はそう言うが、俺には、その五万六千七百八十九個の柱時計、全て、アナログに見えた。いや、実際全部調べた訳じゃないが何となくそういう気がした。

 と言うか、俺は別にデジタルとかアナログとかにこだわってるわけじゃなくて、店主がデジタルの柱時計とかいう言葉を発する、その裏に何かをまだ、肝心な何かを隠してるんじゃないか、デジタルだアナログだとかいういかにも混乱を誘発しそうな言葉で俺を誤魔化そうとしてるんじゃないのか、そう思ったのだ。

 そこで、何となく薄々見当がついていた俺は訊いて見た。

「心臓部ですか。それは、どこに?どこにあるのですか?」

 案の定、店主は何だかオドオドし始めた。そして小さな囁き声で俺に耳打ちしドームのちょうど中心あたりを指差した。

「あそこだよ。でも、あそこには絶対に行っちゃいけないよ。ここまでだ。これで終わりにしようよ、な。ここはな、蜃気楼の世界なんだよ。だいたいね、今、あんたは生きてると思ってるんだろうが、今現在、あんたがあると思ってる現実、あんたの家族、毎日、仕事、生活、全て。この世界は、蜃気楼に映った遠い過去なんだよ。過去から未来への途上にある巨大なレンズの中。今、あると思ってる全ての世界は、密度の高い時空間に映し出された過去の風景なんだよ。お分かりかい?そもそも現実なんて、とっくに無いんだよ。」

 店主は何を言ってるんだろう?そもそも、この男は店主だっただろうか?見た事も無い顔だ。全く特徴が無い。この世界は蜃気楼で現実ではない?冗談じゃない。俺は五年前に買った2LDKのマンションに女房と子供と四人で暮している。

 俺は今、三十・・・、あ、三十何才だっけ?女房?いるよな。子供だって、、、、。おかしい。思い出せない。さっきも、こんな感じがした気がする。ここは、どこだっけ?さっき、俺は、どこかを歩いてて、ここに入ったんだ。この時計屋に。

 待てよ、俺は又、この店主らしき男に惑わされているじゃないのか?そうだ、店主の奴は、このドームの中心部、そこに全ての柱時計を制御している心臓部があると言ったな、そして、そこへ行くなと。

 じゃ、行ってやろうじゃないか。はっきりさせよう、この世界は現実だ。ただ俺は疲れていて、こんな妙な場所で妙な体験をしているから混乱しているだけなのだ。

「ここが過去の風景を映し出している蜃気楼の中なら、その心臓部とやらは何だ?この世界の全てを、その五万六千七百八十九個の柱時計を制御している心臓部が蜃気楼の世界を作り出しているとしか思えないじゃないか。じゃあ、それを壊してしまえばいい。全て、もとに戻る。」

 と言い、俺はスタスタと、さっき店長が指し示した方向、ドームの中心部に向かって歩いていった。

「おい!待て!殺すぞ!」

 と背後で店長が叫ぶ声がしたので、思わず振り向くと、薄汚れた作業着の中から店長はマシンガンを取り出して、俺に向けて構えた。何?冗談じゃねぇ。

 と思いっきりドームの中心部に向かってダッシュした、その瞬間・・・鳴った。


ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!


 耳がつんざけるような轟音が一糸乱れぬ正確さでドームじゅうに響き渡った。

 俺は急いで駆けながらあたりの柱時計を見た。全ての柱時計の針は秒針・分針・時針がピッタリと重なり正午を示してる。いや午前零時なのか?

 背後から絶叫が聞こえた。この世のものとは思えぬ絶叫が。

ぎゃあああああああああああ!ぎゃぁぁああぁぁあああああああ!あぎゃぁぁあああああ!」

 俺は走りながら、秒針・分針・時針がピッタリ重なった無数とも思える柱時計をちらちら見ながら、いよいよ狂いはじめる兆候を感じた。全ての柱時計が爆発的に狂ってしまう兆候を。

 店主は全てを知ってるんだ。違いない。狂う。俺は、猛ダッシュをかけ、ひたすら店主の指さしたドームの中心にある心臓部を目指した。

 背後の店主の絶叫が次第に遠くなっていく。追いかけてこないようだ。何かが起きたのだろうか?俺をマシンガンで撃ち殺すんじゃなかったのか?

 何だか風が吹いている。あれが心臓部なのか?俺は走るスピードを落とし、その心臓部とやらに近付いていった。近付くにつれ、何故か風の勢いが強くなってきた。

 強い風の吹く中、ついに俺は心臓部に到達した。心臓部は床にしっかりと固定された透明なガラスのケースだった。近付くと、そのガラスケースの中で眠っている女が、はっきりと見えた。

 俺は、その透明なガラスケース越しに顔を近づけて、中を覗いた。

 彼女は気持ちよさそうに、ゆっくりと目覚めた。

 俺は彼女を注視していたが、あたりが変化し始めたのに気づいていた。店主がマシンガンをブッ放しているのが遠くから聞こえた。

 俺は何だか店主の言っていた意味を理解した気がした。

 ガラスケースの上部が開き、パッチリと目を開けた女がゆっくりと身体を起こして立ち上がった。

 もう、その時には、このだだっ広い白いホールの中の五万六千七百八十九個の柱時計は全て、デタラメに狂いはじめていた。

 遙か向こうで店主がマシンガンで手あたり次第に柱時計を破壊していた。あきらかに店主は発狂していた。

 突然、女がしゃべり始めた。

「ずっと前の事よ。暗い地下でね。半仮死状態でね、半覚醒状態。でも、よく見つけたわよね、ここ。でぇ、本当に来ちゃったんだ、真に偉大な雨族さん

 俺は絶句した。そうか。そういう事か。もう何も言う事はない。すでに、ここの風景は以前のものではない。

 あたりの様相がどんどん変わっていく。

---ここは地下のコールドスリープルーム。物凄い強風が吹き荒れている。柱時計の針は全てデタラメに狂って猛スピードで回っている。---

 瞬く間に全てが形を変えてゆく。

 真っ白なだだっぴろいドームだったのが、次の瞬間には強風が吹き荒れる狭くて暗い冷凍睡眠ラボに変容し、デタラメに狂って針を回し続けていた五万六千七百八十八個の柱時計が急速に収縮した空間に弾かれるように消滅し、一つだけ無造作に足元に転がっていた。

 そして、その一つだけ残った柱時計には、針が無かった。時針も分針も秒針も。

 しかし、その強風の吹き荒れる狭く薄暗い狭間に、ちらっと青い海と小高い丘の島と草原が見えたような気がした。

「私はあなたの世界を制御していたのよ。でも、これで終わりね。これから平等な現実が再開するわ。平等とはなによりも冷酷ということよ」

 俺は風のなかで眠る女が、そう言うのを聞いてから、すぐ近くに出現した扉を開けて時計屋の通路に出た。

 扉を閉める時、中で、風のなかで眠る女が長い髪を強風になびかせながら、気持ちよさそうに伸びをしているのが見え、こう言うのが聞こえた。

「はぁ。眠るたびに、歳を取るわ。」

 狭い通路を歩いて店の表から入ってすぐの陳列机のところに戻るとマシンガンを抱きかかえた店主が床に横たわっていた。

 そして、店主はかすかな声で俺に言った。

「俺は、全ての柱時計を破壊した」

 そして、店主は、マシンガンの銃口を自分の顔面に密着させ、足で固定すると、親指で銃口を引いた。

 ズガガガガッガガッガガガガガガッガ!

 店主の首から上は細かく吹っ飛んで、小さいのやら大きいのやら色々のヌルヌルした赤黒い肉塊が、陳列机の上に散らばった。

 そして、一瞬にして、世界は終わり、俺も消滅したが、その一瞬の間に時計店のガラス戸から全てを飲み込む灰塵を見た。いや、全てが灰塵に帰すのを見たと言うべきか。

 とにかく、地面から空の天辺、おそらくこの世の中心の核から全宇宙津々浦々にわたって巨大な壁のような灰塵が出現し、猛スピードで全てを消していった。一瞬の間に、それを見た。いや、単に一瞬にして全宇宙が灰塵に帰しただけなのかもしれない。

 でも、俺には、天と地を繋ぐ巨大な壁のような灰塵の層が、ズドドドドドドドドドドと超スピードで壮絶に押し寄せて、ビルも人も山も海も電車も空も宇宙も記憶も何もかもを消してゆく様が、あんぐりとデカイ口を開けた途轍もない怪物が全てを飲み込んで喰い尽くしてる様に見えた。

 一瞬の間。

 そして、俺は消え去る最後に、心の底から、こう思った。

 

“みんな死んじゃえ!みんな死んじゃえばいい!全部、ぶっ壊しちまえ!何もかも全部、完全にブッ壊れちまえばいい!世界なんか消えちまえ!何もかも全部、消えちまえばいい!全部、無くなっちまえ!もともと何にもありゃしねぇんだ!こんな世界、全部、無しにしちゃえぇええええええぇぇっ~!”

 

ボーンボーンという大時計の響くとき、風のなかで眠る女が目を覚まし、全ては消え去るのです。








断片40     終


This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)


「雨族」 断片39-風のなかで眠る女:「6章・パリのまねき猫ついにあらわる」~5.夢の洪水:kipple

2010-01-10 00:12:00 | 雨族(不連続kipple小説)

ようこそRAIN PEOPLES!超バラバラ妄想小説『雨族』の世界へ! since1970年代


               「雨族」
     断片39-風のなかで眠る女
           「6章・パリのまねき猫ついにあらわる」~5.夢の洪水


 アパートに着くと僕とクロエは煙草を2・3本吸ってから求め合った。

 約十年振りの女は刺激的だった。地獄落ちのような感覚だった。

 僕は、どこにいくんだろう。

 クロエは僕の横で赤ん坊のように、すやすや眠ってしまった。僕も睡眠薬を三錠と抗鬱剤を飲んで眠りについた。そして恐るべき夢の群れが僕を襲った。

 ああ、この世界、僕の内面界はなんて不思議なんだ、奇妙なんだ、不可解なんだ。どうして、このような奇怪な夢の数々が突如として僕を襲うんだろう。ここ、数年間、夢を見たことなんてあっただろうか。

 きっと、約八年間、溜まりに溜まった夢が、今夜の出来事をきっかけに大挙して押し寄せてきたんだ。

 現実より現実的に。夢想より夢想的に。とてもリアルに。

 すべての夢の中で、最初に、こういう言葉が響き渡る。

(全てはとっくに終わっているんだ。早く死ね。早く死ね。)

*** *** *** *** ***


『ガチャメ猫の夢』

 夢の中で僕は定時まで仕事をし、郊外の閑静なマンションに帰りビールと薬物を飲み、野球中継を見て眠り、休日は、ごく平凡な女の子と映画を見に行き帰りに高層ビルの最上階に行ったりして生きている。それ以上の事は何もない。

 ある夕暮れ時、僕はJR駅の改札口の近くで待ち合わせをしている。人々がひっきりなしに行き交う。平凡な光景。おそらく午後4時頃だと思う。オレンジ・ゴールドの陽が人々の影をのばしている。

 切符販売機の近くにある大きなアイボリーの柱に僕は寄りかかって待っている。今、勤めている会社の連中がちらほらとやってきて僕に挨拶をする。十人くらいが集まり、僕を取り囲んでザワザワと何かを話している。

 僕も最初は皆と普通に談笑しているのだが、彼らの背後にある青ペンキで塗られた鉄のゴミ箱の中で何かが蠢いているのが気になってくる。談笑している仲間の影でよく見えないが確かに何かがゴミ箱の紙屑の中で動いているのだ。

 僕は嫌な予感がして見ないように目をそらしているのだが、ついに、はっきりと、その何かを見てしまう。

 ゴミ箱のへりから顔を覗かせているのは目の焦点の合わない猫だった。

 猫の両目は上下左右にバラバラに揺れ動きいっこうに調子を合わせない。体はあちこち毛が抜け落ちて皮膚病にただれている。そして汚らしく黒ずんで見える。

 僕が慌てて目をそらすとガチャ目の猫はカサコソカサコソとゴミ箱の中を音をたてて動き、僕の視界の隅に飛び下りてくる。

 とたんに会社の連中は僕の存在に気づかなくなり僕と猫だけが人々の知覚からポッカリと放逐されてしまっている。

 そして、誰もが談笑している中で僕は猫に襲われるのだ。

 僕は人々の間をぬって逃げ続ける。ガチャ目の猫は凄まじい薄気味悪さとスピードで僕を追い回す。

 それが延々と続き、その夕暮れの空間からは一歩も抜け出ることは無い。誰も救けてはくれないしガチャ目の猫の追跡は決して容赦しない。

 猫のディストーションのかかったような気味の悪い声が僕の頭に響き続ける。

「わたしは、パリの招き猫」


*** *** *** *** ***


『島と丘の夢』

 これが、とても奇妙な夢なんだ。デジャヴに似ている。どこか別のところで、別の僕がいて、その別の僕が既視感に襲われているような感じなんだ。

 僕は小高い崖に囲まれた小さな島にいる。どこだかは分からない。岸壁の上は緩やかな丘が続いている。そして丘は広い草原に全体をおおわれている。

 少数の分厚い雲がゆっくりと青空を流れ太陽が信じがたいほどたっぷりと金色の陽光を大気に溢れかえらせている。

 僕は草原に立っている。微細で細長い草の中で限りなく陽光を浴びて立っている。

 時間と言う概念が消失している。

 いつのまにか誰かが草原の彼方から歩いてくるのに気づく。背格好は僕に似ているが顔の特徴がつかめない。どんな顔だか、よく見ても分からない。すぐに忘れてしまう。

 僕自身なのかもしれない。だって、僕自身はどんなによく見てもよく分からないのだから。

 彼は日差しの中を容赦なく、グングンと僕に近付いてきて、いきなり両手を広げる。僕の目の前に、まるで壁のように広げる。

 当然、僕は、その手を見る。その手には穴が開いている。そして、僕は、その手のひらの穴の中に自分自身の記憶の人物風景を見た。

 兄弟や両親の顔が見え、親しかった友人たちの顔が見える。彼らは実に醜い顔をして、向こうから僕の事を見ている。僕を汚い虫を見るように見ている。

 グレゴール・ザムザみたいな気持ちになる。彼らは現実の僕を、もしかしたら、あの毒虫に変身してしまったザムザのように思っているのかもしれない。

 そして、手のひらの穴の向こうの人々が揃っていっせいに僕に向って言葉を吐く。

「そんなに醜い姿で、まだ生きているの?何度、言わせるつもり?だから、早く死になさい。早く死ね。全てはとっくに終わっている」

 すると、急に足元が崩れ始め、僕は凄まじい勢いで落ちてゆく。落ちながら上を見ると、真っ黒な天空にポッカリと穴が開いていて、その穴の淵から、さきほどの特徴のない顔が覗いている。

 どんどん落ちてゆくと、今度は辺り一帯が青空で、下を見ると、さっきの丘が見えてくる。回りは青い海だ。

 僕は滑空している。滑空しながら横滑りに、その丘に着地する。強い風が吹き、短い草が揺れている。

 そして、丘の広い草原を歩いて行く。ふと、自分の両手を見ると穴が開いている。

 歩き続けてゆくと、草原の中ほどに誰かが立っているのに気づく。背格好は僕に似ているのだが顔の特徴がつかめない。

 僕は、どんどん彼に近付いていって、いきなり穴の開いた両手を彼の目の前で広げてやる。

 すると彼は実に醜い表情を浮べ足元に開いた穴に落ちてゆく。僕は、地面に開いた穴から凄まじい勢いで落ちてゆく彼を見ている。

 ずっと見ているうちに地面の穴は消え、僕は草原に立っている。信じ難いほどきらきら輝く金色の陽光を全身で浴びながら立っている。

 そして、いつのまにか誰かが草原の彼方から歩いてくるのに気づく・・・。


 これがずっと繰り返されるのだ。


*** *** *** *** ***


 そして、最後に『大時計』の夢が来る。






断片39     終


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(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)


「雨族」 断片38-風のなかで眠る女:「6章・パリのまねき猫ついにあらわる」~4.こころ、ハック:kipple

2010-01-09 00:43:00 | 雨族(不連続kipple小説)

ようこそRAIN PEOPLES!超バラバラ妄想小説『雨族』の世界へ! since1970年代


               「雨族」
     断片38-風のなかで眠る女
           「6章・パリのまねき猫ついにあらわる」~4.こころ、ハック


-遙か彼方から-

 端末から赤いセラミック結線をバイオ加工して後頭部に開けた穴から、いわゆるティモシー・リアリーのポテンシャル・サーキット神経系に接合した。

 僕はモニターを凝視していた。モニターは“READY?”と赤い文字を点滅させている。

 僕の心臓は波打っていた。

 いよいよ、僕は数値化された電子の沃野に突入するのだ。

 このウイルス・ソフトは信頼できる。

 僕は確信している。なにせ“イパネマの娘”が三ヶ月間費やした作品なんだから。

 “イパネマの娘”は、あの世界最後の予定の日に死んでしまったが、彼女の天才は永久に僕と共にある。僕は彼女の天才をダリの天才指数よりも遙かに信じきっている。

 “READY?”

 僕は、ためらわず実行KEYを押した。

 目に見える世界が消滅し、僕は“イパネマの娘”のウイルス・ソフトを経由して端末から自分の内宇宙に突入した。

 現実が消失し星々がみえた。扇形に広がる電子の世界に僕は浮遊していた。星々はデータだ。

 僕がめざすのはアカシックレコードのデータだ。そのには“僕の心”が登録されている。

 強力なプロテクトに閉ざされ、封印されている。

 “僕の心”を僕は、とても知りたい。

 “僕の心”は、いったい何を欲していて、どういう状態にあるのか?

 “イパネマの娘”の作ったウイルスは、やはり優秀だった。鉄壁のプロテクトを次々と突破し、僕は瞬く間に封印された“僕の心”に辿り着いた。

 しかし、僕は封印を破って“僕の心”に侵入する前に撤退を決意した。

 “僕の心”に侵入するまでもなく、僕には分かった。とっくに手遅れだったんだ。

 “僕の心”はレベル5の雨族に分類されており、さらにとっくに壊れている事が、防壁外部から見ただけで分かった。

 それはもう、真っ暗でバラバラでグチョグチョでメチャクチャで手の施しようもないくらい壊れていた。

 封印を解いて修復をするにも、僕にはその手段が無かった。

 もし、“イパネマの娘”が生きていたなら“僕の心”修復ソフトを作ることができただろうか?

 やはり、もう、どうしようもないのだろうか?

 僕は、涙をボロボロ流しながら、アカシックレコードから撤退した。






断片38     終


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