ようこそRAIN PEOPLES!超バラバラ妄想小説『雨族』の世界へ! since1970年代
「雨族」
断片33-風のなかで眠る女
「4章・パリのまねき猫とは?」~2.シャングリ星のラ
この世界の僕は三十三才と九ヶ月でシャングリ星からきた異星人に出会った。吉祥寺の「ONE OR ALL」というバーで出会った。
奴は僕が仕事仲間と飲んでいると遠くから僕の頭に変な音を響かせた。
「バブルバブルバブルブー」。
奴は隅の暗がりで一人でにやにやと笑いながらカンパリソーダを飲んでいた。
「バブルバブルバブルブー」。
その音は思ったとおり僕にだけしか聞こえなかった。仕事仲間たちは馬鹿馬鹿しい社内のゴシップに熱中していた。僕も口だけVの字に曲げた。そして耳を澄ませて辺りを見回した。
僕は最初、その音が幻聴ではないかと思ったが、すぐに隅の妙な奴が送信しているんだなと確信した。奴は僕をじっと見つめていた。
僕は次第に隅の奴の事がたまらなく気になってきた。仕事仲間との馬鹿話の閉じ行く酔狂世界を逃れて、僕はジントニックを持ったまま、奴の席の向かいに座った。
奴もV字型に笑い、目玉をぐるぐる回した。
「やあ、やっほー!」
と奴は言った。
僕は無言のままキャメル・マイルドの火を付けた。天井で南洋風の巨大な扇風機がゆっくりと回っていた。
再び、表情を変えずに奴は言った。
「君とは別次元の宇宙で旧知の仲なんだ。この世界の、この順列的時間内に於いては初対面だがね」
僕は煙をふてくされた顔で45度角上方に吹き出し、言った。
「お前だな。おかしな音を送信してくる奴は。バブルバブルバブルブーってのは、俺が昨日見た夢の中で犬に話しかける言葉だろう。俺はすぐにわかった」
「そう。実にその通り。君は別次元のこの世界で愛犬のDJといつも、そうやって話している」
「君には任意の他人の頭の中にだけ言葉や音を送り込む能力があるんだな?」
「その通り」
彼はカンパリソーダを鼻ですすっていた。それも物凄い勢いで。僕は必死に大笑いを耐えていた。笑わないために奥歯で頬の裏の肉を噛み、彼を眼鏡に付いた油垢を見るように睨み付けた。
そして、僕は最初にするべきだった質問をした。
「いったい君は誰だ?僕に何の用だ?」
彼は黙った。そして静かにグラスから鼻を抜き、唇を尖らせ、目玉をぐるぐると回し、深呼吸をした。
僕はとても不気味だと思った。こんなに不気味な奴は、見たことが無かった。ナイフで削ったような頬、鋭い鼻、緑色の目、きらきらと金色に光る毛髪、ナイフで切ったような唇。
僕はしげしげと彼の表情を観察した。そして次第に懐かしい感じを覚え始めた。僕は、こいつに、どこかで、会った事がある。遠い、遠い、どこかで、世界の果てのような場所で。そう思った。
やがて妙に落ち着いた声で彼は言った。
「僕はシリウスのシャングリ星からきた異星人だよ。これが最初の質問の答え、次が二番目の答えだ。僕は別次元で君を救えなかったので、この次元で君を救おうとしてやってきた。ちなみに君は後、2回僕に質問する事になる」
僕は黙った。そして静かにジントニックを飲み、唇を堅く結び、目を据わらせ、深呼吸をした。
僕は異星人と会っている。いや、この男は頭が変なアル中外人だってだけかもしれない。自分を異星人と思い込んだ男。いや、しかし確かにこの男は僕の頭の中に{バブルバブルバブルブー}を送信してきたし、確かに僕とどこかで出会っている。
僕は不承不承、彼を信じる事にした。彼はシャングリ星人なのだ。そして彼は、この世界の僕を救いにやってきたのだ。別に疑いたくもなかった。僕はジャンキーだけど、まだ素直なのだ。そして現実以外が、まだまだ好きなのだ。
そんな場合じゃないとは思うんだけど。僕はもう三十三才なんだ。こんなこと繰り返してるうちに皆に残され組になって死んでいくんだ。ある日、突然にね。プツン!
僕は彼に向かって、ゆっくりと笑みを浮かべた。信じたというサインだった。そして彼も満足げな表情を作った。
僕は言った。何だか言葉が勝手に出てきたようだった。しゃべっている自分を店の奥の闇の中から静かに見つめている自分を感じた。
「僕を救えなかったというのはどういう事なんだい?」
シャングリ星人はピンと突っ張った真っ白なスーツをゴソゴソやり、でこぼこした緑色の煙草を取り出して、僕に向かってレールの上を滑るようになめらかに差し出した。
「これを吸えば、全てが一瞬にしてわかる。この煙草には別次元の君の人生の全てがつまっているんだ。別次元の君の世界を、特殊な型にはめてね、こうして煙草型に加工してあるんだ。私の惑星では皆、こうして他人の世界をプレイバックして楽しむのだ。さあ、吸いたまえ、君の質問の正確な答えがここにつまっている」
僕は拒絶した。右手を弾けるように開いて突き出した。僕の右手は彼の緑色の人生プレイバック煙草を、まるで咀嚼するようにひんまげ、砕いた。
そして僕は少し大きな声を発した。救われなかった自分の人生なんてプレイバックして楽しめる訳が無い。
「言葉で言ってくれ。言葉で」
シャングリ星人はちょっと残念そうな顔をして砕かれた煙草をパラパラとリノリウムの床に落とすと、口を急須のようにすぼめて、小さな声でつぶやいた。
「別次元での君は、三十才で完全に何もかも失う。それからチェーンで悲劇が繰り返される。君のまわりの物や人々は、ことごとく君だけを残して消滅していく。君は一生、常に一人だけ取り残されて生きてゆくのだ。そして歳を取る毎に消滅していった物や人々の過去の影に呪われていく。呪いは暗く、重い錆だらけの鎖を引きづるように続き、君の人生を呪縛する。君は一人ぼっちで老いてゆき、寒い雪の夜、誰もいない都心の片隅で、苦しんで苦しんで凍死していく。君は最後まで私の事を怨んでいる。わかるか?この世界の君だって、このままだと似たような道をたどるようになる。いや、もっと悲惨かもしれない」
僕は胃が痛んだ。会社の上司が変な顔をして僕の事を見ていた。耳の傍らで悪魔がくるくると見えない輪を指で描いているような気がした。
僕は、苦しみの中、のたれて死ぬのか。それより悲惨な事って何だろう?リビング・デッドに生きたまま貪り喰われるのか?小林多喜二みたいな拷問死か?皮をはがされ砂漠で日乾しにされるか?うん、まだまだ有りそうだ。
路傍で凍え死ぬ方が全然いかすじゃないか。ざまあみろ。僕は吐き出すように言った。
「それで?あなたは、その僕に怨まれるような何をしたわけ?」
シャングリ星人は口をすぼめて目玉をぐるぐる回した。そして
「干渉した」
と言った。
きっと彼らは世界の全てをプレイバック煙草で知り尽くしているので、それを、すでに決まっている人生プログラムを変えてしまうような干渉をしてはいけないんだろう。
すると僕のこの世界での人生も、もう彼にはすでに起った事としてプレイバック煙草で体験済みなのだろうか。それじゃ彼が救いに来たなんて言うからには僕の人生は雨族のままって事じゃないか。これは幻覚に違いない。薬の副作用がついに出た。
証拠に会社の知り合いたちが皆、変な顔をして僕の事を見ている。きっと僕は誰もいない空席に向かってしゃべっているんだ。こいつ、この変な奴は僕以外には見えない。
僕は、もう一度じっくりとシャングリ星人の顔を見つめた。気持ちが悪くなってきた。確かに空間をこいつは占有している。存在している。皆、何を見ているのだ?
「どういう風に干渉したんだ?」
と僕は声を落ち着かせて聞いた。
「別次元の君に僕は人類滅亡の情報を与えてしまったんだよ。それも偽のね。君たちは命懸けで戦い、何も起らずに、君たちだけが死んでいった。残ったのは君だけだった。わかるね?」
僕は何となく、分かった。どうしてだろう。夢で見たんだろうか。そんなような事があったような気がした。
僕は不愉快になってきた。何だか救いようの無い気持ちで、いっぱいになった。じゃあ、なんで又、お前はこうして干渉しにくるんだよ、と言いたくなったが止めといた。その変わりに僕は相手にしない事に決めた。
「分からないし、もう君とは話したくない」
と言ってジントニックを飲み乾すと僕は席を立って、僕に視線を集中させている会社の連中の方に歩き出した。背中を向けるとシャングリ星人はこう言った。
「ラだ。僕の名前は ラ という。シャングリ星のラだ」
僕は少し立ち止まり天井の扇風機を見て、ゆっくりと顔を前方に向け、口をV字笑い顔的にひんまげて、つぶやいた。性懲りもなく相手にしてしまった。
「別次元で干渉して失敗したんなら、この世界で又、同じ事をするな。放っておいてくれよ。僕は僕の末路なんか知りたくない。別次元の僕は君が干渉してもしなくても同じように淋しく人生を終えたんだろう?干渉しない方がまだ少しは救われた人生を」
「ラ」は暫らく黙っていた。僕が再び歩き始めると、はっきりと彼の声が頭の中で聞こえた。
*-* 僕は物理的な干渉をする。君に、あるプレゼントをする。振り向いてみればいい *-*
僕は振り返らずに会社の連中のテーブルに戻り、空いてる席に腰掛けた。全員が時間が停止したみたいに静かに僕を見つめていた。
背中をおぞましいものが通り過ぎたような気がした。こいつらは腐った魚の目をしている。僕は中でもごく親しく気軽に口を聞ける女性に何が起ったのか質問をした。
「何だい?皆、聖母マリアでも見たのかい?」
その女性はゆっくり首を振り、前歯をポロッとこぼすみたいに答えた。
「あなた、何も感じないの?あんなものを目の前で見物していて、それとも狂ったの?」
「あんなもの?僕には変な外人が顔面神経痛を自慢しているだけに見えたけど」
と僕は言ったが何だか薄気味悪くなってもう一度尋ねた。
「何を見たの?」
彼女は信じられないという顔つきで僕を見て、二度顔をぶるっと震わせてから言った。
「空中から滲み出てくる人間。一つの点から蛇花火みたいに膨脹して実体化した女。それも強烈な美女よ。あなたには見えないの? それじゃ誰と話していたの?」
僕は、それには答えずに、振り向いてみた。まるでソドムとゴモラを振り返るような気分だった。僕は大きな声を出したと思う。考えてみると僕は意図する事無くこんなに大きな声を出したのは生まれて初めてだ。僕は本当に高い声でギャッと叫んだのだ。
シャングリ星人の「ラ」の代わりにそこにいたのは、二番目に僕に「雨族」を予言した女の子だった。
思考が停止した。その時、ちらっとだが僕はおかしな情景を見た。現実の連鎖的な光景の中に一瞬だけ見えた。何だか分からない。青。青い海だ。青い海がきらきら光っていた。それだけだ。
しかし、その光景は何か重要なもののような気がした。幻覚だろうか。薬のせいだろうか。そして思考が復活した。僕はまず状況を把握する事に思考ベクトルを向けた。
まず、僕はシャングリ星人と名乗る男と話をしていた。男は僕を救いに来たと言った。僕が拒絶すると彼は「プレゼントする」と思考波を送ってきた。
それでは、あまりにも簡単だ。それでは、それでは、なんて言っているうちに、ある日、突然皆死んでいくんだ。プツリと。
まあいい、それでは、そのプレゼントこそが二番目に僕の雨族化を予言した女の子なのだ。そして僕には女の子の実体化現象が見えなかったのに会社の連中には見えた。
彼らは見てはいけないものを見てしまった。これはシャングリ星人の「ラ」が僕以外にも大きな干渉を果たしたってことだ。なんて間抜けな奴なんだろう。でも人情があるんだ。
別次元の僕は、ひょっとしたら彼の親友だったのかも知れないな。だから異次元の僕を救おうなんて思うんだ。無能の神のくせに。
僕は思考を中断して白けてしまった会社仲間たちにこう言って便所に行くふりをしてフケた。滲み出た女の子の近くを通り過ぎて。
「集団幻覚だよ。僕は気分が悪くなったんで、あそこで一人で酔いを醒ましていただけだよ。そしたら、知り合いの女の子に偶然見つかって、彼女が向かいの席に座った。それだけだよ」
断片33 終
This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)