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人間学入門

2021-02-08 08:45:25 | 夢洪水(散文・詩・等)

         人間学入門     


☆文字式サブリミナル・プロジェクション(域値下投射法)
実験小説・ウルトラ・デメリットNO、9。

その青白く痩身の男は、下宿先の薄暗い板の間に立っていた。
彼の背後の急な階段を、黒い猫が、ナメクジのように這っていた。
男は正面のガラス戸を凝視していた。
階段横にある便所のドアが開いていた。
まるで失われた過去のような静けさが男の周囲をとりまいていた。
便所から断続的に水滴の冷たい音が聞こえるだけだった。
猫は、彼の足元に、ゆっくりと滑り込み、丸まった背を一瞬はじけたように震わせた。

男の手には、緑色の絵具が強く握られていた。

り。

絵具のキャップは無く、ゼラチン状の頭が、
亀頭のようにのぞいていた。

ん。

男は、さらに絵具を、強く、握りしめた。

ご。

ほおづきを、かんだような音と、ともに緑色の液体が、
ミミズのように彼の指をはった。

お。

男は手を斜め上方に、かざし、かけ声ひとつ発し、
急激に手を自らの顔体にたたきつけた。

い。

彼は、緑を、顔体に荒々しく塗りたくった。

し。

彼の顔面は、一面の薄い緑におおわれ、怪物のようであった。

い。

彼は、あごを天井に突き出し、犬のようにうなった。


下宿先の外は、夕闇の独特なリリカルな響きの中に、
ひっそりと横たわっていた。
樹木が、わずかな風にそよぎ、塀は、モノトーンの落ち着きを、
ひときわ、きわ立たせ、一日の終わりの、あの、
少し斜めにかまえた夢物語の騒音が、
遠慮深げに、顔をのぞかせていた。
太陽は、きわどい輝きに人々を酔わせ、樹木と塀の中心に位置していた。
全体は、もう夜の侵入を、許容する体制にあった。
うす青の空間があった。

男は、玄関のガラス戸を神経症的に震えながら、小刻みに開けていった。
外の終末的な空気が、彼の緑色の頬を打った。
彼の顔は軽く、ケイレンしていた。

り。

彼は戸を開き終えると、決然と1歩、外の空間に踏み出した。

ん。

男は発作的に、右側のゴミ置きに絵具を投げ捨て、
一方の手で顔をかかえた。

ご。

彼の手は、ゆううつそうに顔を這いまわり毛髪をかきむしり、
そして、行く場所をなくし、空をさまよった。

お。

彼の足は、1歩づつ確かめるように、庭を横切り、門に向かっていた。

い。

黒猫は、開け放たれたガラス戸の奥で、落胆した白痴の如く、
首をうなだれていた。

し。

彼は門を出て、人通りの多い路上に立った。

い。

彼の体は、おこりのように、ケイレンし、
ついに、それは、笑いへと変化していった。
悲しい 笑い声で、あった。

「うわはははははははははははは、
 ぎゃへへへへへへへへへへへ、
 は、はらが、へったぁぁーーー、
 林檎喰いてぇーーーー、

 なんで?」


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