先輩からの、電話は衝撃だった。
○○は 肺癌で余命1年らしい。
今後回復治療もダメらしい。
お前とは 色々あったから一応伝えておく。
私が1年部員の時 4年生であった。
入部して5月
先輩は北アルプス滝谷で70m滑落したが命は助かった。
登山への情熱は老いても衰えなかった。
ロッククライミングが部内一 うまかった。
後に ヒマラヤヌン峰を初登頂した時の登攀隊長。
私はOB会と断絶した。
一切 関わりたくなかった。
友人の死去に伴う見せかけの周囲のパフォーマンスが耐えられなかった。
先輩との関係を回想した。
定年後 先輩は膠原病発症。
戸建てを売り、多摩の高層マンションの25階に住んだ。
歩行困難となり 毎日 富士山を眺める日々を過ごす。
登山では幾多の困難な登攀を乗り越えた。
しかし、身体内部の病は乗り越えられない。
葬儀には参列は叶わないだろう。
夫人にとっては、私達夫婦は憎しみの対象なのだ。
何かを私達がしでかした訳ではない。
利用されただけだが、絡んでしまった感情の縺れは
ときほぐせない。
不条理は世の中には誰の生活にも突然やって来る。