1月2日(水)
去年12月末、相変わらずドジ間抜け、注意力散漫をしでかした。
メール年賀状を作成した。
その中で一通、12月31日付けで送信してしまった。
31日、21時に彼女の開封済みメールがきた。
大学同期のご夫婦への賀状メール。
直ぐに謝罪メールした。
23時36分、返信がきた。
以下文面
「あと40分あまりですね 今年も」
「相変わらず酔っ払いさんですか」?
程々になさいましね
あまりまめにメールをしなくなってしまいましたが
ブログは時々拝見していますよ~(*^_^*)
鎌ヶ谷に行った時には
ちゃんと初富の人にも会いに行っていますから
安心して下さい
「墓守女」健在です
私達も
気持ちは学生時代のままですが
結構な年の様です
来年はあまり無茶しないで
身体を大切にして下さいね
久しぶりにみんなに逢いたいですね
そして
ひと時でも学生に戻りたいですね
羽山くんに…
坂本くんに…
岡山くんに……
逢いたいですね
来年もよろしく(^_-)-☆」
以上。
2010年6月25日に食道癌で亡くなった同期の墓参りをしなければと
思いつつ年を越してしまった。
11年12年と年末には墓参りしていた。
忙しいからは理由にはならない。
2日朝、防寒着にマスクを付けて谷津干潟に向かった。
干潟の遊歩道の桜並木が緑の葉を冬の陽を凛と受け入れ
春に開く桃色の満開花弁が宿るのを待っている。
風は強かったが、桜並木が風除けになり木漏れ陽は
意外に暖かく、頬をさっと撫ぜ通り過ぎた。
遊歩道には足元のおぼつかない老人達が、介護士に付き添われ散歩している。
正月を病院で迎える老人達。
私のお袋も池尻の病院のベッドで正月を迎えているのだ。
非常口から入り、エレベーターで3階に上がった。
302号室の前で手を合わせた。
室内から老女の悲しげな呻き声がする。
決して快復することはない病と老い。
あいつはこの病室で旅立った。
待合室のソファに暫し座った。
弊社の女性の見舞いに微笑む彼の表情を思い浮かべる。
2010年3月20日
今この時、61歳で一人身の孤独で逝った彼に思い馳せる。
苦痛にも弱音を吐かなかった。
ベッドで時折目を開けた。
声帯削除してしまった彼は
私に何を語りたかったのだろう。
本当は
初富の墓地に両親と共に眠る君の墓に行かねばならないのだ。
横着したことを許せよ!
同期のメール女性が、時折墓参してくれる。
http://blog.goo.ne.jp/kikuchimasaji/e/fbe095b07fe49cc308e61311c2145425
谷津干潟を一周して帰る。
干潟は潮が満ち、光射す水波はプリズム色に輝き
湿地は水底に沈み、渡り鳥の鳴き声なかった。
渡り鳥は干潟から、太陽方向の砂浜に食べ物を獲りに出かけた。
葦の群生が朝陽に照らされ
茶色から黄金色に染まる。
静かな水面だ。
円周干潟の半分程歩いた。
護岸近く葦がない水面の杭に、渡り鴨が行儀良く座り?
ライバルが留守の間に
羽根乾かしての日向ぼっこか?
彼女のメールに記された同期は
24歳 北アルプス転落死
51歳 脳腫瘍
61歳 食道癌
語るべき友無し。
年年歳々、花相似たり、歳々年々、人同じからず。