ふりかえれば…まろ

まろやパンダは最近露出が減ってますが、時折更新されてます。

トシ・カザマの撮り続ける命

2004-11-25 | 
先日、「いのちの尊さを考える~米国少年死刑囚を撮り続ける写真家の講演~」に参加してきました。講演は写真家のトシ・カザマ(トシ・風間)さん。アムネスティインターナショナル金沢グループの企画。風間さんによる死刑囚の写真を見ながら、風間さんが思いのままにお話をされました。

どの国にも様々な問題があるけれど、少年死刑囚には米国の抱えるあらゆる問題が凝縮されているといいます。人種問題、貧富の差が生み出す持つ者と持たざる者の差。それは生活のあらゆる場面に及んでいます。あわせて司法制度の問題も。冤罪の死刑判決も多いといいます。冤罪で死刑囚にされてもそれを免れる術を持たない弱者。そして冤罪で死刑が執行されてしまったのでは犯罪被害者もうかばれない。

少年死刑囚の撮影許可をとるまでのご苦労をのりこえて得た刑務所長との心の琴線にふれるような交流。死刑を執行し続けることに疲れ果てている刑務所職員たち。

写真におさめられた少年たちの中には既に死刑が執行された方もいます。生前ミドルネームも含めてフルネームで呼ばれ続けた死刑囚が、執行後は刑務所内の墓地にUnknownとして埋められる。
一度しか会ったことのない少年死刑囚に執行に立ち会ってほしいと頼まれた。だけど悩んだ末に行けなかったこと。確実にひとつの命が奪われていく瞬間がわかっているのに、それを止める術の無い感覚。それはどんな言葉でも表現しがたい。
私たちは執行代理人にボタンを押させているだけで、本当は殺しているのは私たち自身だということ。

自らも犯罪被害者である風間さんの語り口は、時に強く時に穏やかで、心を揺さぶります。
風間さんが襲われた現場に居合わせた自分の子供。トラウマに苦しみカウンセリングを受け続ける我が子に、自分を瀕死の状態に追いやった犯罪者のことを憎み続けてほしくない。そんなことに人生を費やさせたくないといいます。

憎しみの連鎖を断ち切るということが必要な事は既にわかっていること。でも実際に当事者になったときに自分にできるかどうかわからない。だけど。それでもやっぱり、わたしたちは語り続けなくちゃいけない。見ないふりをしてはいけない。感情的になることを乗り越えて語り続けていかなくちゃいけない。そうして痛みを感じる人が少しでも減っていき、新たな痛みを生み出さないような方向に踏み出していかなくちゃいけない。強く優しくあることを改めて思いました。

風間さんの写真は穏やかで優しいのです。たぶん風間さんのまなざしが優しいから。手錠がなかったら。刑務所の中とは思いません。

ヒートウェイブのROCK'N ROLL ASS HOLEにトシ・カザマさんについてのリンクが充実しています。

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