アラエイも気持ちはエイティーンの青春ブログ

2019年7月29日から
ロンカイン市生活スタート
令和5年2023年1月1日数え79歳ワクワク人生

Part 1 ネットのジャックが新品に!!

2015-02-26 22:23:46 | Weblog
平成27年 西暦2015年2月26日 木曜日

サイゴンインセルコから帰宅すると
カンさんがお帰りなさい、接続ジャックを新しくしましたって報告!!

やっと今夜から新しいパソコンが使えるし、古いパソコンを携帯できます。




そして本日は久しぶりに自宅カレーライス!!
OK 美味しかったです。


フルーツもOK
梨とネーブル!!







毎朝な洗濯を!!
OKです。



ベランダに雀が巣を作っています。


本日の国道1号線は昨日同様交通警察が厳しく取り締まってます。
たくさんやられていました。

サイゴンインセルコはスタッフは全員揃いました。
旅行や故郷のお土産がいっぱいで
お腹が変になりそうでした。

本日からクラス替えの新授業
とっても楽しく楽しめるもがんばりすぎてちょっと疲れました。


24日に誕生したSawaちゃんの写真を見ていて
吾輩の第一番目の孫Yuiの誕生当時を思い出しました。

昨日、一昨日は梓みちよ
の ♪こんにちは赤ちゃん!! を何度も歌いました。

http://www.youtube.com/watch?v=OYanE9CBSpQ

    

お昼休みには毎日大学を抜けて病院まで顔を見に行ったものでした。

圭にも
こんにちは赤ちゃんのCD
や夢で逢いましょうの画像をプレゼントいました。

Sawaちゃん
健やかに育ちなさいよ!!

http://www.youtube.com/watch?v=OYanE9CBSpQ

歌:梓みちよ 作詞:永 六輔 作曲:中村 八大

こんにちは 赤ちゃん あなたの笑顔
こんにちは 赤ちゃん あなたの泣き声
そのちいさな手 つぶらな瞳
はじめまして わたしがママよ
こんにちは 赤ちゃん あなたの生命
こんにちは 赤ちゃん あなたの未来に
このしあわせが パパの希望よ
はじめまして わたしがママよ

ふたりだけの 愛のしるし
すこやかに美しく 育てと祈る
こんにちは 赤ちゃん お願いがあるの
こんにちは 赤ちゃん ときどきはパパと
ホラ ふたりだけの 静かな夜を
つくってほしいの おやすみなさい
おねがい赤ちゃん おやすみ赤ちゃん
わたしがママよ

74歳の志茂田景樹さん元気に活躍の記事!!
彼の発する言葉は瑞々しく若々しいです。
吾輩も目指したい。



140字の金言 ツイッターで悩み相談  2015年2月25日15時27分


作家の志茂田景樹さん(74)のツイッターでの人生相談が人気だ。フォロワーは中学生から大人まで約26万人。生き方や恋愛など寄せられる悩みも幅広い。
 志茂田さんのツイッター投稿には、ハッとさせられる言葉が並ぶ。
 「愛されていないと解ったら悲しい。でも、貴方はその人を愛しているだろうか。意外と多くの人がそのことを考えない。愛されることが幸せだと思い 込んでいる。愛という行為は限りなく能動的なものだということを知ってほしい。共に愛するから愛されるという真実も生まれるのである」
 東京都内 の事務所を訪ねると、カラフルな洋服やネコ形のポシェットが並ぶ部屋で、志茂田さんがパソコンに向かっていた。質問を見ると、「この人は、どういう気持ち なんでしょうね」と考えながらキーボードを打ち始めた。推敲(すいこう)を重ね、「ツイート」をクリック。一つの質問に数分で答える。「時間にきりがなく なってしまいますから」
 1日に、少ないときで3~4問、多いときは10問ほど答える。旅先や移動中はスマートフォンからだ。
 人生相談は3年以上続けている。
 2010年にツイッターを始めると、翌年から次第に「リプ(リプライ、返信)が質問になってきた」。それに答えたことがきっかけだ。相談者は30代~40代が多いが、中学生から大学生の部活や進路の悩みもある。
 ツイッターには140文字までしか書けない。人生相談には短すぎないか。「相談者はいろいろ書いてくるけれど、多くの質問の本質は1行です。僕はそれに答えるということ」
 いつも優しい回答ばかりとは限らない。「でも、こういう言い方なら聞いてくれるのではないかと線引きをして、誠意をもって答えています」
 今の若者は傷つきやすいという。「20年前の大学生なら、コンパで酒を飲んでいると口論になることもあった。今はほとんどないんですよね」。理由 をこう分析する。「自分が楽しく穏やかでいたいから、周りにもそうしてほしいのでしょう。その分、本音を出さないんです」。ちょっとしたことも内側に抱え てしまう。「だからこそ、『こんな小さなことを気にするのか』と思っても、ただ叱責(しっせき)するだけではだめ。きちんと答えてやらないとね」(大井田 ひろみ)
     ◇
志茂田景樹さんツイッターから(回答を抜粋)
■どんなに落ち込んでもいいんだよ。感受性が豊かな証拠なんだから。落ち込みっぱなしなんてないし、また上がっていくんだもの。落ち込むのを罪悪のように思うから、もう上がれないと自分を駄目にしちゃうんだって。
■愛されていないと解ったら悲しい。でも、貴方はその人を愛しているだろうか。意外と多くの人がそのことを考えない。愛されることが幸せだと思い込 んでいる。愛という行為は限りなく能動的なものだということを知ってほしい。共に愛するから愛されるという真実も生まれるのである。
■人を誹謗中傷する人はそうすることで自分の弱さを覆い隠している。誹謗中傷されて誹謗中傷で応える人にも同じことが言える。誹謗中傷に動じない人はそれが根拠に乏しい悪口雑言に過ぎないことを知っており、相手にしない。相手にされなければ誹謗中傷は意味を失うのである。
■そのうち幸せになるだろう、もいい。いつか幸せを掴んでやる、も悪くはない。でも、もっと大事なことがある。それはどんな些細はことでもいい、今、何に幸せを感じているかなんだ。いろいろ足りないことはあっても幸せを感じられるものがある。幸せの根本はそれなんだよ。

本日は二・二六事件から79年目
志は立派でも手段を間違うと、軍事国家になってしまったが
なんとなくだが、今の日本も、その傾向がないとは言えないって思いました。

追記:産経新聞に関連の記事、一部コピペ


二・二六事件について振り返る志水慶朗さん

 陸軍の青年将校が武力クーデターによる政治改革を目指した二・二六事件から26日で79年となる。当時、歩兵第3連隊第7中隊の一員として警視庁の占拠に加わった志水慶(よし)朗(ろう)さん(98)は、大雪だったあの日に起きた出来事を今も克明に記憶している。「当時は命令に従ったまでだが、事件は戦争拡大を助長したのではないか」。戦後70年を経て、志水さんは後悔の念も込めて振り返る。

目的は知らされず

 昭和11年2月26日の明け方。19歳だった志水さんは30センチほども降り積もった雪の上に腹ばいになり、東京・桜田門にあった警視庁に軽機関銃を向けていた。間もなく、屋上で兵士が旗を振るのが見え、警視庁を占拠したことを知ったが、行動の目的は一切知らされなかった。

 そのうち、「首相や蔵相を射殺した」との伝令の言葉が漏れ伝わってきた。「ただならぬことが起きているんだという緊張感でいっぱいでした」

入隊後に上官に指導された「軍人勅諭」を、志水さんは今も暗唱する。「世論に惑わず政治にかかわらず、ただただ一(いち)途(ず)に己が本分の忠節を守り…」。だが、上官らの行動は、軍人としての本分を記した勅諭とかけ離れていた。

 「国を憂いての行動だったのだろう」。志水さんは上官らの心情を察する一方、こう語る。「軍人が武力で政治に介入しようとしたのは間違っていた」

二・二六事件 昭和11年2月26日、約1500人の兵を率いた陸軍皇道派の青年将校が武力による政治改革を目指して首相官邸など襲撃。斎藤実内大臣、高橋是清蔵相、渡辺錠太郎教育総監らを殺害した。国会議事堂や警視庁などを占拠したが、昭和天皇の奉勅命令が出され、同月29日に鎮圧。将校ら19人が死刑になった。

1回目の休憩
午後10時30分

明日からは自宅以外でもブログが可能になりました。経時的に以前のようにブログができ、自分自身も楽しみです。

この下のクリックお願いします!!!
↓↓↓↓↓