行雲流水の如く 日本語教師の独り言

30数年前、北京で中国語を学んだのが縁なのか、今度は自分が中国の若者に日本語を教える立場に。

【日中独創メディア・中南海ウオッチ】習近平は『孟子』をどう引用しているか?

2016-01-08 13:28:13 | 日記
習近平がしばしば中国の古典や毛沢東語録を引用していることはよく知られている。『人民日報』評論部は昨年2月、習近平が引用した名言297の出典や意味を解説した『習近平用典』(人民日報出版社)を出版した。私が買ったのはソフトカバーで39元だったが、同紙の知人から記念に贈られたハードカバーの豪華版は倍以上の79元(約1400円)だった。出版不況の中でも習近平本は、党・政府機関が大量に買い集めたちまちベストセラーになるので、各社が競って出している。

同書はコンパクトにまとまっているので、簡便に古典の学習ができるメリットがある。隙に飽かせて出典を調べたら最多引用が『論語』で計10回、次いで『礼記』が6回、『孟子』が4回だった。同書が取り上げているのは発言の一部だから、実際はこれ以上ある。

習近平が党員の分派行為を戒める際に厳しく言っている政治の「規矩(きく)=掟」もまた、『孟子』にその言葉がある。規はコンパス、矩は物差しで、物事の基準となる手本を意味する。『孟子』離婁章句上には、聖人のあり方について「規矩がなければ方形も円も描けない」との比喩を用い、規矩の範を「先王の道、すなわち仁政」とした。孟子はこう言った。

「ただ善良なだけで、先王の道に従っていない善心では、立派な政治を行うには足らず、またいろいろとただ法はつくられるが、それが先王の法によらないような無駄な法では、おのずから行われることは出来ない」

『習近平用典』に取り上げられている『孟子』には、「君主が民と楽しみを同じくすれば、民もまた君主の楽しみを共有する。君主が民と憂いを同じくすれば、民も君主と憂いを共有する」(梁恵王下)、「富貴に惑わされず、貧賤にくじけず、威嚇にも動じない」(滕文公下)などがある。いずれも指導者が守るべき仁政の心得を説いたものだ。『孟子』には民主主義的思想として人口に膾炙した「民を貴しとなし、社稷これに次ぎ、君を軽しとなす」の言葉がある。民こそ最も重要で、国家がこれに次ぎ、国家を治める君主はもっと軽い、との考えだ。

「規矩」を語った『孟子』離婁章句上のくだりには、実は非常に大事な教えが書かれている。

「内城や外城が完全でなく、武器や甲冑が多くないということは、決して国の災いではない。また田野が十分によく開墾されていないとか、財貨がたくさん集まらないなどということは、決して国の害ではないのである。ただ国の災害となることは、上に立つ者に礼がなく、下の者に学問がないということであって、このようであれば、人を害さない世を乱す暴民が起こるようになり、そのために、その国が滅びるということは、日を数えるひまもないほど、さしせまっていることだろう」

兵器の数やGDPで争うことに意味はなく、国の力は広まっている徳や法、文化によって決まる、そう言っている。つまりハードパワーよりもソフトパワーだと孟子は見抜いていたのである。中国は侵略を受けた不幸な歴史によって、力=ハードパワーを強く信奉する国になってしまったが、そもそもは異なる文化を持っていた。もし引用するのであれば、こうした『孟子』の理想をもっと広めことがあってもよい。

21世紀中国総研の特集「胡耀邦名誉回復の政治的意義」に寄稿

2016-01-08 11:31:52 | 日記
21世紀中国総研のサイトで特集「胡耀邦名誉回復の政治的意義」がスタートし、そこに第1号の文章を書いた。意義深い企画に参画できたことは大きな喜びである。

http://www.21ccs.jp/tokushu_koyouhou/koyouhou_01.html

昨年11月20日、ちょうど胡耀邦生誕100周年の日に彼の故郷、湖南省瀏陽県を尋ねた記録や、同月29日、東京・日大経済学部で行った講演会をまとめたものだ。ブログなどで断片的に書いていたものをまとめることができた。貴重な機会を頂いた21世紀中国総研事務局長の中村公省氏と、話をつないでくださった講演者の及川淳子氏、そして側面から支えてくださった多くの方々に感謝申し上げたい。

また、文章中に胡耀邦の肝臓病を治療した稗田賢太郎教授に触れた件については、横浜市立大の矢吹晋名誉教授から、稗田氏が人民解放軍に留用され帰国後、久留米大の学長になったこと、稗田氏の指揮で直接、胡耀邦を治療したのが、同じく留用されていた矢吹陸郎医師であったことを教示して頂いた。矢吹晋氏にとっては同じ姓で、安積中学の先輩という関係だが、親戚関係ではないとのこと。胡耀邦が1983年11月に訪日した際、胡耀邦は稗田氏の遺族や矢吹陸郎氏と面会し、矢吹陸郎氏の遺族宅には胡耀邦の感謝状もあるという。語り継ぐべき貴重なエピソードである。

なお、本日発行の月刊『文藝春秋』2月号に「皇帝・習近平5つの謎」という特集が組まれているが(http://gekkan.bunshun.jp/articles/-/1770)、そのうちの「『習おじさん』ゆるキャラ戦略」は拙稿である。実は胡耀邦生誕100年記念講演会に出席頂いた同誌の鈴木康介統括次長が私の講演を聞いて、「面白い!」と思われた部分を原稿にしたものである。これは余談。