J OKAYAMA ~岡山サッカーの桃源郷へ

岡山サッカーファミリー(ファジアーノ岡山等)、スポーツ文化等「岡山からJリーグ百年構想を」・・・情報ライブラリ的ブログ。

湯郷ベルについて51

2019-02-13 00:01:41 | 岡山湯郷ベル

 リスペクトコラムです。
 シャルムと同じく、今季から3部リーグで戦うことになった湯郷ベルですが、かつては1部(なでしこリーグ1部)で開催された「岡山ダービー」が3部で実現してしまいました。岡山のスポーツシーンもかつては、男女サッカーと女子バレーという構図でしたが、今では男子サッカーと他のプロスポーツチームに変わってしまいました。まぁ時代の流れだし、しょうがないのかもしれませんが。ぜひ女子の2チームも早く2部に復帰して欲しいですね。
 そんな中での湯郷ベルですが、公式ツイッターでちょっと目を引く記事を見かけるようになりました。フロントスタッフが新しい営業部長と行政やスポンサーを回っているようですが、昨季のMDPから「営業部長」と記載してあったようです。誰かと言うと、木龍選手です。クラブを盛り上げる選手目線のアイデアを、スポンサーとお話するという事ですが、いいですねー
湯郷ベル公式ツイッター該当ページ②:https://twitter.com/yunogo__bel…/status/1092377591145672705…
   〃               ①:https://twitter.com/yunogo__belle/status/1092378191845482496
   
 やはり選手だなと思います。どんなスタッフ、名物社長でも選手にはかないません。どこかの事例でサッカー教室に、なるべく選手を出さず、普及コーチを行かせたがる価値観があるようですが、それは自分達目線でのもの。地域やファン・サポーター目線に立てば、やはり選手が主役なのです。よそのJクラブには「アンバザター」という選手OBもいるようですが、まぁいいのですがやはり選手にはかないません。教室の後のサイン会ですが、コーチでは役不足。アンバザターでもやや重みがない。現役で戦っている選手だからこそ夢を与えるのです。いくら子ども達への教え方が上手いと言っても、選手と並ばれたらやはり選手が選ばれるでしょう。
 という事で、いくらフロントのトップセールスがいたとしても、選手には負けるでしょう。現役選手がわざわざ来てくれたら、感動して支援ばなしも大きくなると思います。という事で木龍営業部長、これからも営業頑張って下さい。

 今季の3部リーグ(プレナスチャレンジリーグ)の日程が発表になりました。県南ではシャルムが1回(倉敷)でありますが、ベルはありません。どちらのチームにしても、Cスタでやっていた頃が懐かしい。あの頃は華やかでしたね。もうああいう時代は来ないのでしょうか。 
 ちなみに次の週末は総社で、TMでの岡山ダービーが開催されます。「総スポねっと ドリームマッチ」という事で、当ブログでも何年か前に総社に見に行った事がある試合。この時は加戸選手の見納めになった試合。まだベルが格上でした。
湯郷ベル公式HP「総スポねっと」ページ:アドレス
  〃     試合日程ページ:
https://www.yunogo-belle.com/blank-8


湯郷ベルについて50

2018-10-24 00:01:21 | 岡山湯郷ベル

 リスペクトコラムです。
 ショックでしたね。湯郷ベルの3部(チャレンジリーグ)降格が決定してしまいました。岡山ダービーはぜひ2部か1部で観たいと思っていましたが、3部とは・・・。シャルムが3部に落ちて、今季復帰が叶わず、ベルが今季2部で勝てていなかったので、嫌な予感はしていました。なでしこジャパンもまだまだ冬の時代ですが、ベル、いや岡山の女子サッカー界が更に深い冬の時代に入って行った印象です。
   
【ベル チャレンジL降格】
「最下位の10位岡山湯郷ベルはオルカ鴨川に0-1で敗れ、来季のチャレンジリーグ自動降格が決まった。勝ち点8(1勝5分11敗)で9位との勝ち点差は6となり、1試合を残し、最下位が確定したため。」
「昨季の8位から巻き返しを図った今季は開幕から12戦連続勝ち星なし。ここまでの17試合で1勝、リーグ最多の29失点、ワースト2位の13得点・・・。」
「かつて日本女子サッカーをけん引したクラブは16シーズン戦った「なでしこ」の舞台から陥落した。」
引用:さんデジ

 なでしこジャパン宮間主将と福元選手がいた黄金時代を、昨日の事のように覚えている分、今回の3部降格は歯がゆいです。どうしてベルはこんなに転げるように転落していったのか。何か手は打てなかったのか。元々は美作市役所の職員ばかりの運営だったのに、いつの間にか行政が身を引いている。本当に思い出ばかり出てきます。初めてベルを観たのが、日韓W杯のスロベニア合宿があった美作。その頃から2選手がなでしこジャパンの常連になり、夜中の美作市内の代表PVにも行ったっけ。OSS委員会でベルのボラも行ったっけ。あのラグビーサッカー場がお客さんでいっぱいになり、CスタでもINAC戦はすごい来場者でした。

 本田監督から種田監督の初期まででしたね。輝いていたのは。確か、プレーオフ制だったシーズンで、レギュラーシーズン優勝を果たした事もありました。優勝したドイツW杯から帰国した宮間選手が「早く湯郷温泉入りたい」という有名なセリフもありましたね。その後は段々とドロドロしていき、馴染みのある選手が1人去り、2人去り、大量退団もありました。監督と対立して福元選手が退団していき、宮間選手が姿を見せなくなった時期もありました。が、今はもう全く面影の無い淡い思い出です。

 別にクラブが消え去る訳ではありません。アマチュアのような3部リーグに落ちるだけです。でも2部と3部は雲泥の差。2部はなでしこリーグですが、3部はなでしこの名前が取れます。また、戻ればいいのです。が、簡単ではないでしょう。選手に罪はありません。亘監督もあの選手層でよく頑張ったと思います。改善すべきはクラブそのものではないでしょうか。思い切って心機一転、チーム名を変えてはいかがでしょうか。クラブの経営構造も一新すべきです。ベルではありませんが、昔語る会等で「構造的欠陥」という言葉をよく口にしていました。これから徐々に岡山の女子サッカー界は変わっていくと思います。いや、変わらなければなりません。


湯郷ベルについて49

2018-10-14 00:01:17 | 岡山湯郷ベル

 生観戦レポです。
 先日、倉敷運動公園陸上競技場で開催された、なでしこリーグ2部の湯郷ベル対静岡産業大学磐田ボニータ戦の観戦に行ってきました。ベルの倉敷開催はたぶん初めてなのでは。1部であれば規制の関係で難しかったと思うので、2部ならではの開催。ただ、現在ベルは2部の最下位で、来季はひょっとしたらシャルムと3部でご対面かもしれない、厳しい状況なのです。
   
 シャルムと同じ位置の本部ブースでした。ただ、スタンドへの入り口が手前、つまりアウェー側のみで、不思議な感じがしました。一カ所だけなので、ホーム客もアウェー客も同じ入場ゲート。準備作業の時にも前を通りましたが、やはりシャルムと比べてスタッフ数が少ないようで、本部ブース横にそのまま入場ゲートを置けば少ない人数で運営できますから。試合開始前にトマト銀行による応援支援金の贈呈式が行われていました。
   
 ベルのユニフォームは久しくデザイン変更がなく、黄金時代のまま。ふっと、あのユニフォームを着て走っていた宮間主将や福元選手を思い出してします。2人ともどうしているんだろ。宮間選手は先日九州でトークショーに出ていたようですが。
 今回は用事の関係で、前半のみの観戦となりましたが、面白かったです。スタンドはほどほどの入り。しかし、知った顔は無いなぁと思っていたら、スタンドの端で中旗の準備をしている観た顔発見。ファジボラの松氏。そうだった、コアなベルサポでした。が、確か一線を引いたと聞いていましたが、あれっ復帰? 本人曰く「こんな状況だから来ないといけないでしょう」と。ベル愛、岡山愛を感じました。日頃は辛口、距離を置いても危機の時は後支えする。まさにサポーターですね。
   
 ベルの選手を見ると、知っているのはビジュアル系の木龍選手くらい。見事に馴染みが無い先発陣です。途中で浜本選手が出てきて得点したそうですが、前半で観たかったなと。
 試合では、選手層の薄さなのか、ボールのキープ、ポゼッションがもう一つ。昔の黄金時代と比べるのは酷かもしれませんが、もう一つコンビネーションが良くない。そんな状況を象徴する前半でした。木龍選手もボールタッチはさすが上手かったですが、他の選手との連携が今一つで、消えていた時間が長かった印象。
   
 8日の山陽新聞朝刊の「ベル執念の分け」というタイトルの記事の戦評です。
「湯郷ベルは守備の対応が甘く、前半24分にFKを合わされて先制を許し、後半19分は中央突破から追加点を献上。しかし、同32分に秦がネットを揺らし、2分後は途中出場の浜本がゴール前の混戦を押し込んで追いついた。」
   
 浜本選手はこの試合がなでしこリーグ通算100戦目のメモリアルゴール。個人的には昔ファジボラで一緒になり、ちょっと声をかけた事がある馴染み感。磐田さんには1巡目で0-3と大敗しているようなので、進歩したのではないでしょうか。3部に自動降格する10位から、入れ替え戦に回る9位の京都さんが負けており、勝ち点差は3点。1ゲームで順位を上げられる状況まで回復。これで3戦負けなし。岡山ダービーは3部ではなく、2部以上で観たいです。
  
 あと、この時にもらったMDPに選手名と勤務先名が載っていました。そうでした、ベルの選手はほとんどがアマチュア選手なので、県北の企業等で働いているのです。久しぶりに観ました。まさに地域密着これからも頑張って欲しいです。以下、一覧です。
・(医)さとう記念病院:  №1・上野選手、№5・林選手、№15・濱本選手、№21・三木選手
・㈱山田養蜂場:     №7・巴月選手、№16・杉山選手、№31・左喜眞選手
・ゆのごう美春閣:    №2・長澤選手、№6・秦選手
・(一財)津山中央病院: №8・福丸選手、№9・尾田選手
・㈱マルイ:         №13・岸野選手、№20・守屋選手
・(公財)岡山県体育協会:№3・斎藤選手
・山陽新聞社津山支社: №4・鶴見選手
・菅田㈱:          №18・吉村選手、
・㈱美作グループ本社: №19・島村選手
・JA勝英:         №14・北野選手
・㈱脇木工:        №24・田島選手
・(一社)岡山湯郷Belle:  №10・フェルナンダ選手(国際担当)、№11・木龍選手(営業部長)
・なし:            №17・池尻選手、№22・杉田選手、№30・平塚選手


湯郷ベルについて48

2017-12-31 00:01:58 | 岡山湯郷ベル

 リスペクト(事例紹介)コラムです。
 今年6月から山陽新聞朝刊に連載された特集記事の「岡山サッカーの歩み」ですが、男子の後は女子サッカーについて取り上げられています。その「第3部 『女子』の隆盛」の中でベルとシャルムが出ていますが、今回は「②全国区 湯郷ベル編『創設6年目 大舞台で準V』」で、今季ギリギリ2部に残留した湯郷ベルして紹介していきたいと思います。ちなみに、このシリーズの過去雄の記事と同様に、下左画像はクリックしたら拡大して読めるようになります。
      
「Lリーグ入りには発足から2年を費やした。加盟条件の一つだった全日本女子選手権への出場1年目で果たせなかったからだ。チームづくりの遅れから、01年の同選手権県予選準々決勝でよもやの敗退。この反省から1年をかけてLリーグチームなどと約50試合もの練習試合をこなした。
 地道な鍛錬は実り、02年同選手権県予選を勝ち抜けた。さらに中国予選で頂点に。本大会出場権をつかみ、中四国地方初となるLリーグ入りの吉報が03年1月、イレブンの元に届いた。福元ら力量ある選手が加入し、2年目の宮間が柱に育っていたのも大きかった。」
「試練はもう一つあった。Lリーグの再編に伴い、1部8チーム(L1)と2部6チーム(L2)に振り分ける03年冬のプレーオフ最終戦で「あと1点」が奪えず1部入りを逃したのだ。だが、翌年の2部での戦いに腐ることなく、力を蓄えることに専念した。そして圧倒的な攻撃力を備え、14勝1敗で2部を制覇。堂々の1部昇格だった。
 湯郷ベルは他の強豪のような母体となる親企業がない。1部で対等に戦うには、しっかりした経営基盤が不可欠だった。運営は全国でも珍しい「官民一体方式」を採用した。美作市と岡山県が補助金を出し、企業は選手を雇用したり、広告スポンサーとして費用を賄ったりして支える。強化や選手獲得の資金が潤沢にあるわけではないが、「地域に溶け込めばチームは存続していける」。黒田はこう考えていた。
 選手は地域貢献活動にエネルギーを注いだ。子ども対象のサッカー教室に出向いたり、地域の祭りのゲストを務めたり、一日警察署長や選挙啓発を買って出たり・・・。内容はバラエティーに富む。
 こうした活動は地元の人々や企業にしっかり響いた。選手を雇い、ユニフォームに社名を入れている地場スーパーのマルイ(津山市)社長室長の下山作治(70)=岡山県勝央町勝間田=は「支援を続けているのは県北を盛り上げる存在だから。買い物に来たお客さんと従業員の間でベル談議が弾むんです」と話す。チームの土台にあるのは選手、地域が互いに支え合う「ウィンウィン」の関係だ。」
引用:山陽新聞(上左画像参照)
    
 当ブログでは2006年から記事で登場しています。この当時、「ホーム1試合平均約1,400人とLリーグ屈指の集客力」とあり、この頃は集客力の面でなでしこリーグの牽引役だった事がよくわかります。昨季引退した加戸選手が中学校(倉敷市立某中学校)の遠い後輩で、ハジャスで男子選手の中でもまれて頑張っており、親近感を覚えていたのを覚えています。
 当ブログが初めてベルを観たのは2002年頃。美作ラ・サ場に、スロベニア代表のキャンプを観に行き、その時に別のグラウンドで、2001年に結成されやばかりのベルが練習試合をやっていたのを観た記憶があります。当時、宮間選手は入団していましたが、全く印象は無く、女子のチームが頑張っているんだという印象だけでした。
 記事にもありますが、今季のホーム開幕戦はシャルムとの岡山ダービーでした。新生ベルは見事、先輩の貫録を示して勝つ事ができましたが、今季の終盤はシャルムとの残留争いに終始し、最後にギリギリ2部に残りました。さて、来季は間違っても後を追って、3部に行っちゃわないようにお願いします。最近のなでしこジャパンや、ヤングなでしこの試合を見ても、所属が岡山の選手を見なくなって久しいです。ベルをずっと応援していた方々がブツブツ言われていますが、ぜひ蘇生して欲しいですね。
岡山サッカーの歩み(シャルム) ⑦:http://blog.goo.ne.jp/kataru-kai/d/20171218
   〃         (J2岡山)⑥:http://blog.goo.ne.jp/kataru-kai/d/20171015
   〃               ⑤:http://blog.goo.ne.jp/kataru-kai/d/20171008
   〃               ④:http://blog.goo.ne.jp/kataru-kai/d/20171001
   〃               ③:http://blog.goo.ne.jp/kataru-kai/d/20170924
   〃               ②:http://blog.goo.ne.jp/kataru-kai/d/20170917

   〃               ①:http://blog.goo.ne.jp/kataru-kai/d/20170910


湯郷ベルについて47

2017-03-30 01:42:00 | 岡山湯郷ベル

 試合観戦レポです。
 先日、美作Tラグビー・サッカー場で開催された、なでしこリーグ2部の湯郷ベル対吉備国際大シャルムの岡山ダービーの観戦に行ってきました。人数が集まらなかったら、ウルトラスでアウェー群馬戦のPV観戦をしようと思っていましたが、何とか成立しました。珍しくもつ鍋氏が車を出してくれました。

 東岡山駅集合。もつ鍋号で出発。他にしまくん、シマカズ氏。道も空いていて、2時間前に到着。車中ではいろいろな話に花が咲きました。札幌サポのしまくんに、札幌さんの室蘭地区後援会に入会したらとか。いろいろなチームの名前が出ました。サッカー以外も。
 駐車場で美咲町在住の松氏ご夫妻と遭遇。そのまま、一緒に入場着席しました。何でもこの日、西氏はシャルム側、岡山市在住の松氏はベルのコアサポ席にいるとか。我々は普通にメインのベル側に座りました。
 観客数が気になっていました。メインはすぐにいっぱいになりましたが、バックスタンドはもう一つ埋まりませんでした。2部という事と、スター選手が不在という要因なのか。結果は1,194人。W杯で優勝して3千人以上入った頃が懐かしい。時代は変わりましたね。
   
 入口から入ると、デカいスポンサーボードがありましたが、まだ全然歯抜けの状態。文字も心なしか大きくなっている印象。この日はスタグルは無いと聞いていたので、途中で買って入りましたが、何と、カレーと焼きそばの出店がありました。カレー美味そうだったな。ホーム側で1Fから2Fに上がる階段の壁に、全選手のメッセージ入りサイン色紙が掲示されており、大勢の人だかりがありました。メイン席に行ってみると、そこはいつもと全く変わらない応援席の風景。
   
 試合前のピッチに注目。亘新監督登場。いつも笑顔です。あと馴染みがあるのはのんちゃんこと藤田選手。他は、シャルムから加入した濱本選手と野間選手か。特に藤田選手は試合終了までずっと目で追っていました。浦和サポのシマカズ氏も浦和出身選手という事で気にしていました。
 監督、選手が全員メインスタンド前に並びました。亘監督が挨拶。代表して今までのゴタゴタをお詫びされていました。ここで切り替えて、新生湯郷ベルとしてやっていくんだという意気込みが伝わってきました。
 相手は、吉備国大シャルムで同じ岡山のチーム。試合が始まる。過去に観た岡山ダービーでは、ベルとシャルムの力の差が出て、やや一方的な展開が多かったですが、この日は違いました。全然シャルムも強かったです。白いユニフォームが強く観えたのかもしれませんが、シャルムには背の高い選手が増えた印象。以前のちっちゃい大学生の女の子が大人のチームに挑むという構図は無くなりました。シャルムには外人選手もいたし。
   
 前半はベルのペース。一進一退だったですが、ベルが先輩の貫録で先制。前半は1-0で折り返す。ハーフタイムで練習風景を観ましたが、やはりシャルムは何か違うイメージ。控えで普通にボール回ししている選手が背が高く、ボールタッチが上手い。こんな選手、前からいたっけという印象。前に観た時とは全然違うチームのようでした。
 後半になって、シャルムが躍動して同点に追いつく。以前なら一方的にリードされて終わるのですが、やはり今年のシャルムは強いぞと。更に元シャルムで、ファジボラでも一緒になった事のある浜本選手が2点目を入れて逆転。そのまま2-1でベルが勝ちました。のんちゃんはすべてのセットプレーを蹴っていましたね。アシストもしてたっけ。さすが、元ヤングなでしこのキャプテン。やはりボールさばきは上手かったです。ちょっと宮間選手を思い出しました。
   
 山陽新聞の記事の戦評です。
 しぶとく地元のベルがダービーを制す。一度追いつかれて突き離し、勝利。試合前の3日間、試合会場のピッチを使ってセットプレーを重点的に練習。練習の成果をしっかりと発揮。カテゴリは違うが、ベルのホーム勝利は約11ケ月ぶり。
   
 ベルの戦いっぷりも良かったが、背の高い選手が増えたシャルムも期待できます。ぜひ、2チーム揃って1部に復帰し、来年はCスタで1部チームとして岡山ダービーをやって欲しいですね。今シーズンはあと3回岡山ダービーがあります。レギュラーシーズンで、シャルムホーム戦。笠岡です。他にカップ戦があり、ホーム&アウェーで試合があります。大学を卒業して、シャルムからベルに入団する選手が増えてきました。この日もシャルム応援席から濱本選手を応援するゲーフラが掲げられ、交流感満点です。去年までの体制では考えられなかった光景。今後も良きライバル、良き連携相手として頑張って欲しいですね。
湯郷ベル公式HP試合結果ページ:http://www.yunogo-belle.com/modules/cms/pub_content_detail.php?id=1413&stat=0 


湯郷ベルについて46

2017-02-14 01:02:23 | 岡山湯郷ベル

 リスペクト(事例紹介)コラムです。
 湯郷ベルは、10日に公式SNSの開設を発表しています。そういえばベルは、SNSだけでなく、公式ブログも無かったですね。あれだけ地域密着しているのに意外な現状でした。ますは公式HPの発表記事。以下、抜粋して紹介。
   
【公式Twitter・公式Instagram・公式Facebook開始】
 ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を通じてチームの情報を配信し、ファン・サポーターの皆様や、さらに多くの人々との交流を広げていくことが目的。
・Twitter
 URL:twitter.com/yunogo__belle
 アカウント名:@yunogo__belle

・Instagram
 URL:https://www.instagram.com/yunogo__belle
 アカウント名:@yunogo__belle

・Facebook
 URL:https://www.facebook.com/okayamayunogobelle
 ページ名:岡山湯郷Belle

 Twitter・Instagram・Facebookのアカウントが無い人もページを閲覧することは可能だが、この機会にアカウントを作成し、家族・友人、岡山湯郷Belleが好きな人同士の交流を楽しんでもらいたい。
クラブ公式HP該当ページ:http://www.yunogo-belle.com/modules/cms/pub_content_detail.php?id=1401&stat=0
       
 11日から観ておりますが、Twitterの最初のツイート頻度がスゴかったですね。最初からすっ飛ばしていた印象。チームで美作マラソンに出場されたようですが、インパクトありました。Instagramでは投稿は1件でしたが、今日観るともう1件出ていました。まだ、使いこなせていない印象。確かに当ブログも全く個人的にアカウントを取っていますが、観る専門です。
 そしてFacebookもInstagramとほぼ同じ内容。使い分けという視点で観ると、使い分けていない印象です。LINEは限られたメンバーにしか発信できませんが、これらのSNSはどれも不特定多数の多くのファン・サポーターに情報発信できます。TwitterとInstagramは匿名の利用者層で、Facebookは基本実名利用者層で、その高い信頼性から行政などで採用されているケースが多いです。つまり、公式Facebookページは社会的信頼の証なのかもしれません。同じSNSでも実は全然層が違います。Instagramは特に画像のカラーが強いので、最近の若い人が多いようです。Facebookは同じいいね!でも、最近は6つ(いいね!、超いいね!、うけるね、すごいね、悲しいね、ひどいね)の感情を表現できて、ダイレクトにファン・サポーターの感情が読み取れます。Facebookはいいね!登録するのは実名ばかりなので、現実的に把握できるでしょう。今までSNSが無かったのに、一気に3大SNSを開設されるのは素晴らしいと思います。ぜひ上手く使いこなして、新しいファン・サポーター層を開拓して下さい。のんちゃんこと、ネット上で人気が上昇中の藤田選手も元気そうでした。早く本物を観たいものです。ちなみに同じ岡山の女子チームのSNS事情では、シャルムはブログ&ツイッター&FBページ、シーガルズはブログ&FBページでした。


湯郷ベルについて45

2017-01-03 00:01:09 | 岡山湯郷ベル

 リスペクト(事例紹介)コラムです。
 亘監督の就任後、次々と新入団選手のニュースが流れました。中にはなでしこジャパンに呼ばれた事もある選手もいますね。果たして実態はどうなのか、とても気になるところです。当ブログなりに調べて、印象を述べてみましたので、今季応援する一つの参考にして下さい。まずはFootball ZONE webの記事から、抜粋して紹介。
      
【大量退団の岡山湯郷、一転して9人が同日加入! 代表招集歴のある木龍、U-20W杯で活躍の藤田らも:Football ZONE web】
 岡山湯郷ベルは、なでしこジャパン招集経験のある木龍選手、そして2012年U-20女子W杯で日本を3位に導いた主力の藤田選手の加入を発表。他に、萩原、島村、守屋、秦、北野、吉村、藤江の7人の移籍および新加入内定を発表。木龍選手は'12年、'14年のアルガルベカップ、'14年のAFC女子アジアカップでなでしこジャパンに招集。日テレベレーザを経て中国でプレー。
 藤田選手はU-20W杯で中盤のつなぎ役として主力としてプレー。3位躍進の原動力となり、ヤングなでしこの名が大きく知れ渡るきっかけに貢献。浦和でのプレー後、一度は現役を引退したが、松江シティRagazzaで現役復帰。
Football ZONE web該当ページ:http://www.football-zone.net/archives/49077

 という内容でした。それでは2人の話題の選手について触れてみましょう。まずは木龍選手。
 ユース時代は、女子の都リーグで優秀選手賞や得点王を獲得。'07年に日テレ・メニーナ、'08年にベレーザに昇格。'09年にBICENNTENIAL WOMAN'S CUP 2010のなでしこジャパンに選出。'12年にエバラ食品工業に入社し、広報として勤務。'14年にアメリカに移籍したが、シーズン終了後ベレーザに期限付き移籍。'16年にベレーザより引退が発表されたが、亘監督の誘いで当時監督を務めていた中国リーグの広東女子足球隊に加入、現役に復帰。過去の個人タイトルは、'13年のなでしこリーグベストイレブン。
 一方の藤田選手。
 '10年に浦和に入団し、なでしこリーグ新人賞を受賞。また、U-20女子W杯で全3試合にフル出場。'11年開催のU-19女子アジア選手権及び、'12年の日本開催のU-20女子W杯で主将としてプレー。'14年にオーバートレーニング症候群と診断され、長期離脱。'15年に回復したが、5月頃から再び体調が悪化してチームを離脱。'16年1月に、自身の体調面の回復状況などを考慮して現役を引退することを表明。その後、地元のクラブチーム松江シティRagazza(県リーグ)に加入し、現役復帰。
   
 こういう内容ですが、気になるのが2人とも一時的にしろ「現役引退」というキーワードが出ている事。しかも2人とも今年の話。過去の栄光はよくわかりましたが、大丈夫なのかなという印象ですね。藤田選手は地元県リーグだから現役プレーができたのではないでしょうか。2部にしても甘くはないと思います。あとは亘監督の手腕ですね。あと、2人ともなでしこジャパンなり、ヤングなでしこなり試合に出ていたようですね。という事は当ブログでも記録が残っているのではないかと思い、探してみました。
 昔の「サッカー(日本代表、W杯等)」カテゴリを一気に観ました。木龍選手は2014年のアルガルペカップ等で登場しています。今回、名前を初めて耳にした時に、「あの、顔がいい子?」と思いました。2014年アジア杯のベトナム戦で「現在アメリカでプレーしていますが、ちょっとヴィジュアル系かもしれません。スピードスターで今後注目して欲しいと」と書いています。やはり、あの時の選手でした。藤田選手は2012年のヤングなでしこの時に少し名前が出ていますが、全く覚えていません。それでも主将だったからか、ちゃんとインタビュー画像(たぶん本人です)を貼っていました。写真を見た印象は、全日本女子バレーの古賀選手にちょっと似てますね。うーむ、2人とも一度引退した選手というイメージと、ルックスでは人気が出そうなイメージといろいろ思います。亘監督にかかっていますね。あと、浦和さんの昔の記事にこういうのを見つけました。何かの縁なのか、たまたまなのか。


湯郷ベルについて44

2016-12-09 00:43:20 | 岡山湯郷ベル

 リスペクト(事例紹介)コラムです。
 先日、湯郷ベルの新監督及び新GMが発表されました。産みの苦しみというものもありますが、経営刷新という事で当ブログとしては歓迎です。今シーズンは宮間、福元両選手他主力選手の離反劇からいろいろあり、監督とGMに辞任とゴタゴタ続き、最後は2部への降格で幕を閉じて、文字どおりリセットからの再スタートとなりました。そして、今月頭に新監督の発表となりました。早速リスペクトしたいと思います。まずはクラブの公式発表です。 
         
【監督兼ゼネラルマネージャー就任】
 12月1日付で亘 崇詞氏が岡山湯郷Belle トップチームの監督兼ゼネラルマネージャーに就任。
経歴:生年月日:1972年3月8日(44歳) / 出身地:岡山県津山市 / 取得ライセンス:JFA公認A級ライセンス
選手歴:  1987-1990年 津山工業高 / 1990-1991年 三菱石油水島 / 1992-1994年 ボカ・ジュニアーズ /
             2003-2005年 栃木SC / 2007年 スポルティング・クリスタル / 2008-2009年 アルテ高崎
指導歴:  2010年 東京ヴェルディ1969 ジュニアユースコーチ / 2011年 東京ヴェルディ1969 ジュニアユース監督
         2012年 日テレ・ベレーザ コーチ / 2013年 ASエルフェン狭山 コーチ / 2015年 広州女足 監督
湯郷ベル公式HP該当ページ:http://www.yunogo-belle.com/modules/cms/pub_content_detail.php?id=1369&stat=0

 という内容でした。なるほど、津山出身の方なのですね。女子サッカーとしてはヴェルディさんのルートに乗られたようです。もう少しネットから亘監督の事を知りたいと思います。以下、抜粋して紹介。

 マラドーナに憧れ、津山工高在学時、夏休みにボカ・ジュニアーズに留学。卒業後、三菱石油水島(現JXエネルギー水島)に社員選手として所属。'90年、'91年に国体代表選手(青年の部)に選出。'91年に退社し、単身アルゼンチンに渡航し、'92年にボカ・ジュニアーズとプロ契約。'93年にアルゼンチン2部チームにレンタル移籍。 アルゼンチンでの留学・プレー経験があるため、スペイン語が堪能。また、南米を中心としてさまざまな国の選手とのネットワークを構築。'01年に高原選手がボカ・ジュニアーズ入りした際には通訳を担当。また、ボカがトヨタ杯('00年、'01年、'03年)やFCWC('07年)などで来日した際にはチームの通訳として同行。元ボカの選手であったこともあり、通訳として帯同しているにもかかわらず選手と一緒に練習に参加する場合も。
 その後、栃木SC(当時JFL)に選手として所属しつつ、東京Vのスクールコーチや、TVの南米サッカー解説を務めており、FCWC中継で北中米・南米代表を取材する際の通訳を担当。'06年に、ペルーのスポルディング・クリスタルに入団。その後、ペルーの記念試合に出場し、マラドーナと同じチームで、'90年以降でマラドーナと一緒にプレーをした最後の日本人として記録。'08年に選手としてアルテ高崎に入団した。'10年、東京Vのジュニアコーチに就任。'11年より東京Vジュニアユース監督に昇格し、'12年は日テレベレーザコーチに就任。'13年、ASエルフェン狭山のコーチに、'15年、広州女足の監督に就任。

 わかりやすいサッカー人生ですね。マラドーナに憧れて、アルゼンチンに行き、ボカと契約してマラドーナと一緒のプレーを実現し、その後はボカでの通訳でトヨタ杯等で凱旋帰国を実現。帰国後は選手から指導者への道、その後女子サッカーへシフトしていきました。去年は中国におられたのですね。
 一つ期待できるのは南米とのネットワークがある事。外国人の補強に期待です。これほど南米方面に強い方は貴重ですが、美作市という田舎ではそのネットワーク生かしきれないかもしれません。あと・・・各キャリアのサイクルが短いのが気になります。特に指導歴は毎年違っています。まあ、正規の監督兼GM、しかも出身地であれば腰を据えて下さるとは思いますが。という事で亘監督、まずは1年での1部復帰を実現させて下さい。よろしくお願いします。
 ブロガーってのはいいですね。記事を書く前は、ああ、新しいベルの監督さん、名前は何て読むのかなぁって感じですが、記事を書き終えると、マラドーナと一緒にプレーした亘さん、よろしくお願いしますという風に、リスペクトできてます。やはりリスペクトですね。

コメント (2)

湯郷ベルについて43

2016-11-17 00:01:18 | 岡山湯郷ベル

 リスペクト(事例紹介)コラムです。
 日曜日だったか、ショッキングなニュースが岡山のサッカー界に流れました。予想はしていましたが、ビックリでした。これで岡山のサッカー界(女子)の一時代が終わった気がしました。その次の時代はどういうものになるのか。湯郷ベルの宮間選手の退団報道です。まずは昨日の山陽新聞朝刊1面記事です。以下、抜粋して紹介。 
       
【宮間 ベル退団:山陽新聞】
 湯郷ベルは13日、宮間選手との契約が5日での満了を発表。取材に対し、「自分をきちんと見つめ直さないといけないと思った」などと退団理由をコメント。今季一度他の主力3選手とともに退団の意思を示したが、慰留を受けて残留。しかし6月に手術した両膝の影響もあり5月末以降は試合に出場せず。ベルは昇格した'05年以降初めて2部降格。
 谷本会長は「膝を治し、心身ともに元気になりたいという本人の思いを尊重。サッカーができる状態でチームにいたいというのが彼女の思いであり、これ以上負担をかけられないというこちらの考えも」と説明。宮間選手の今後の動向については聞いていない模様。
   
他に山陽新聞のインタビューを抜粋。
Q:今の気持ちは?
宮:整理がつかず、的確な言葉が見つからないのが正直なところ。
Q:決断理由は?
宮:自分をきちんと見つめ直さないといけないと思う中で、今年は契約を継続する気持ちに至らず」
Q:7月の騒動については?
宮:いろいろなところに影響があるので、自分一人の気持ちで話せない。言う事が正しいとは思わず、関わるすべての人が前を向こうと努力している最中。
Q:まぜ一転8月に残留したのか?
宮:一人の判断で言う事ではない。
Q:騒動の真実を会見で明かさないのか?
宮:自分の主観で言うと、多くの人に迷惑がかかる。それで誰が悪い、良いという事を様々な方が言うのは望まない。
Q:今後は?
宮:まだ決まらず。サッカーを続けるかどうかも未定。指導者の道についても今は興味が無い。
Q:美作に戻ってくる選択肢は?
宮:今は考えられる状態ではない。
湯郷ベル公式HP該当ページ(本人コメント):http://www.yunogo-belle.com/modules/cms/pub_content_detail.php?id=1367&stat=0
   
 で、宮間選手はこれからどうなるのでしょうか。実際、何も情報が出ていません。たぶん、本当に何も決まっていないのでしょう。その中でも各マスコミで、いくつか限りなく憶測に近い報道があります。スポニチと日刊スポーツの記事です。以下、抜粋して紹介。

【なでしこ元主将・宮間 岡山湯郷退団 海外移籍視野:スポニチ】
 今後は海外クラブ移籍を含めて現役続行の道を探るとみられる。
スポニチ該当記事:http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2016/11/14/kiji/K20161114013718690.html?feature=related

【宮間、引退決断も可能性 関東圏へ戻り進退検討】
 宮間選手について、谷本会長は「彼女の意思を尊重。早く脚を治してほしい」として慰留しなかったとか。現在もボールは蹴られない状況で、引退の決断を下す可能性もあり、今後関東圏に戻り、進退を検討する模様。
日刊スポーツ該当記事: http://www.nikkansports.com/soccer/news/1738320.html?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=nikkansports_ogp
    
 当ブログでは、ベルに残るなら、コーチ兼任など指導者の道に一歩踏み出して欲しかったのですが、残念な結果になりました。報道を見る限り、湯郷に戻る選択肢は無いようです。それなら海外へ武者修行というのはどうでしょうか。前に所属した女子サッカー先進地のアメリカとか。英語も少しはしゃべれるでしょうし、そこでコーチ業を学んだ後は、できれば湯郷に戻ってもらい、その次は監督という道もいいし、なでしこジャパンのコーチ入りもいいかもしれない。当ブログでは昔から、選手の海外組もいいが、指導者の海外組もぜひ出て欲しいと言っていました。今日だったか、育成面でそういう流れがあったようですが、その話は今度。とにかく宮間選手には指導者としてもう一度日本女子サッカー界で輝いて欲しいと思います。長野に行ったりして。


湯郷ベルについて42

2016-10-26 00:06:23 | 岡山湯郷ベル

 リスペクト(事例紹介)コラムです。
 この前の日曜日、岡山のサッカー界にとって大きなニュースが流れました。岡山湯郷ベルの2部降格が決まったのです。山陽新聞で昨日と今日の朝刊の記事が出ていました。順番に以下、抜粋して紹介。
        
【ベル無念 2部降格】
 なでしこリーグ1部最終節で、湯郷ベルは新潟に1-2で敗れて、10チーム中最下位が決定。'05年に1部昇格以降初めての2部リーグ降格が決定。今季2部優勝のノジマステラ神奈川相模原と入れ替え。引き分けでも9位に浮上するはずだったが敗退。前線からプレスをかける積極的姿勢で序盤は押していたが、相手の方が1枚上。
 歯車の狂った1年。4月末の長野戦から13連敗を喫し、この間に監督(代行含む)が2人、選手はGK福元選手ら主力中心に7人が退団。退団騒動に揺れた宮間選手は5月末の日テレ戦を最後にコンディション不良で出場無し。
山陽新聞該当記事:http://www.sanyonews.jp/article/435833/1/?rct=nadeshiko
   
【「残念」「1年で復帰を」 エール相次ぐ】
 2部に降格が決まった湯郷ベルは、岡山圏内の女子サッカーの裾野拡大や競技力向上の面で大きな役割を果たしてきたチーム。地元や競技関係者からは24日、1部への早期復帰を願う声が相次ぐ。
 「競技の普及、発展にとどまらず、町おこしのシンボル的な存在として成果を挙げてきただけに降格は残念」と県サッカー協会会長のコメント。国体の県代表にも選手を送り出し、今年の岩手国体では4人がメンバーに入りして5位入賞。岡山県体協専務理事は「国体で大きな貢献をしてくれたチーム。再び1部に復帰して欲しい。今クラブが何を考え、どんな方向を目指しているのか支援者らに情報をオープンにすることが必要」と指摘。
山陽新聞該当記事:http://www.sanyonews.jp/article/436455/1/

 いやぁまずいですね、ベル。当ブログとしての関わりを思い起こしてみると・・・'02年日韓W杯のスロベニアキャンプの時に観に行ったのが、美作ラ・サ場デビュー。あの時に横のグラウンドですでにチームが練習だったか、TMをやっていたのを覚えています。クラブが発足したのが'01年。おっと、できた時に出会っていました。すでにこの時に宮間選手がいたのですが、印象に無かったです。'03年から'04年には2部(Lリーグ)所属。成績で1部に上がれなかったのを覚えています。
 この頃はクラブが本田監督一色でした。事務室に体協の職員として勤務されていたのを覚えています。'07年にOSS委員会主催で、本田監督を講師に「草の根講演会」を開催しています。'08年からOSS委員会で湯郷ベルへボランティア参加を初めて、現在に至ります。最近では年に1回あるかくらいですが。あとは観戦ですね。毎年くらい、みんなでCスタや美作に行っています。'13年頃にはシャルムとの岡山ダービーを楽しめました。この頃が一番強かったですね。確かなでしこリーグで、レギュラーラウンド(2ステージ制!)優勝しています。
 今シーズンはじめまで、宮間、福元両選手がなでしこジャパンの常連としてずっと選出されていました。他の選手も何度か選出されましたが、現在は年代別も含めて、岡山湯郷のチーム名が出てきません。
 3年前くらいからか、毎年多めの選手退団が話題になってきました。去年だったか、一昨年だったか大量退団でした。今思えば、あの時にチームの崩壊は始まっていたのですね。あの頃に何か手を打てていれば、まだ傷は浅かったのかもしれません。先日、シャルムとの親善試合を観に行きましたが、ベルは名前に馴染みのない若手選手ばかりで、Bチームか2部のチームに見えました。
 当ブログでもお付き合いのある、岡大のT岡講師が自身の公式FBページで、今後のクラブの方向性について述べられています。以下、抜粋して紹介。

 再び地域に愛されるチームは、フロントだけで目指せるものではない。地元住民はクラブの危機を地域の危機として認識し、クラブ立て直しに向けて地域の一体感を構築する必要がある。地域住民が「宮間選手がまたなでしこジャパンで活躍してくれれば…」「クラブがまたリーグ優勝争いしてくれれば…」などと思っているとすれば湯郷地域の活性化など夢のまた夢。湯郷の地域活性化をクラブに頼ってきた過去に気付き、反省し、新たな取り組みを住民自ら立ち上げ、クラブや行政、企業等と連携協働する必要がある。
 これまで地域の認知度向上や地域活性化の一定部分をクラブや所属選手の活躍に依存してきた湯郷温泉や美作市の市民だが、これからはクラブを支え、盛り立てる側に回ってほしい。本来、クラブと地域は互酬的(お互い様)な関係にあるはず。クラブの危機的状況を、地域住民がわが地域の危機として共有(共同主観化)し、何とかせねば!という思い(内発的義務感)を高め合う(共振)ことができるかどうかが鍵になるだろう。もちろん、クラブの再興というより地域の活性化のために。

 さて、当ブログはどう思うのか。まずは宮間選手。なでしこジャパンでの主将としての記録、いろいろありました。辛い言い方ですが、これからは選手としてではなく、指導者として関わって欲しいです。できればヘッドコーチ、プレイングマネージャーでもいいじゃないですか。もう選手としてはベルではしんどいかもしれません。選手としては厳しすぎるベテラン選手でも、指導者としての立場になると、いい形に収まるのではないでしょうか。
 来季の宮間選手の動向がチームの行く末を左右すると思います。選択肢は3つ。1つ目はこのまま残り、主将として1部復帰へ向けてチームを引っ張る事。2つ目は、2部ではできず、1部チームへ移籍してしまう事。3つ目はどういう形かはわかりませんが、指導者としての道を歩み始める事。まずは宮間選手がどうなるかが大きいです。それによって、次期監督も変わってきますね。
 例えば、もう一度原点に戻って、一つ名前の通った方に監督として来てもらって、もう一度土台からチームを再構築してはどうでしょうか。ちょうど本田さんに来てもらった時のように。例えば佐々木前監督(来ないか)にお任せしたら、いいクラブに蘇生するでしょう。あとはT岡講師が言うように、行政色の強い市民クラブの原点に帰って、地域からもう一度作っていくとか。
 まずはシャルムが入れ替え戦に勝ってもらって、まずは来季2部での岡山ダービーの再現。それから、ベルには1年での1部復帰に向けてまい進して欲しいです。頑張れ!湯郷ベル!(こういういい回しは当ブログでは異色です)