リスペクトコラムです。
レジェンドの福元選手が湯郷ベルに電撃復帰し、クラブが益々かつての黄金時代に近づいている事を感じていた時に思うのがもう一人のレジェンド、宮間あやさん。ベルに帰ってこないかなと密かに思っていましたが、その希望が薄れていく情報を知りました。何と、日本協会女子委員会で佐々木委員長の補佐になられたとか。まぁふさわしい仕事といえばそうなのかもしれません。今までは何かの特番でちょろっと姿が見えたとか、声だけ聞こえたという露出でしたが、これからは委員長補佐として、女子サッカー界と導いてくれます。佐々木氏の後任にも繋がるかもしれませんね。そのコラムをリスペクトしてみましょう。

【元なでしこ・宮間あやさん(40)「絶望でしかなかった。でも生きていくと決めた…」。彼女が初めて語った《引退の真相》とサッカーへの思い】
〔人々に勇気を与えたW杯初優勝〕
2015年のカナダワールドカップでは、宮間はレジェンド・澤の後を継いでキャプテンを務め、チームを準優勝に導いた。しかし、なでしこブームは長くは続かなかった。
精神的支柱だった澤が引退した翌2016年2~3月に行われたリオデジャネイロ五輪最終予選で敗退。オリンピックへの道が断たれると、宮間はその責任を一身に背負った。さらに所属チームの岡山湯郷Belleでは監督と選手の不協和音が取り沙汰され、同年11月に電撃退団。以降、ピッチに戻ることはなかった。」
「それからの宮間は、時折サッカー教室やイベントに参加することはあるものの、解説者として活躍する澤やタレントとして人気を博する丸山桂里奈とは対照的に表舞台から姿を消した。『お酒を飲みながら、テレビに出ているかりちゃん(丸山)を観ているほうが楽しいですから』と宮間。そんななか、彼女が日本サッカー協会女子委員長補佐に就任したというニュースが飛び込んできた。」
〔それでも生きていかなければならない〕
それでも、生きていくために、宮間は『まずは、人間らしい生活を始めることからスタートした』。毎日決まった時間に起きて、3度しっかりと食事を摂る。現役時代ほど厳密ではなかったが、生活リズムを整えた。
そして、『強制的に気持ちを切り替えるために、拠点を作ることにしました』。
湯郷を退団した翌年の2017年に地元・千葉県で会社を設立。『何をするかは決めてなかったのですが、自分が何かをすることを通して生まれ育った千葉や、社会の役に立つことはできないかと考えていました』。」
〔キッチンカーでアイスやカレーを販売〕
地元の先輩や引退してから知り合った人たちと一緒に仕事を始め、建築資材を卸したり、地元の名産であるハマグリを販売したり。直近では、キッチンカーでアイスクリームやカレーを売っていた。
『市の臨時職員をやってみようと思って、市役所に相談に行ったこともありました。自分に何ができるのか探しながら、最初の3〜4年はいろいろなことを細々とやりながら生活していました』」
「今は、甥っ子、姪っ子をはじめ、元チームメイトなど友人の子どもたちの成長を見るのが楽しいと微笑む。
『私は今年40歳になったのですが、自分たちに必死に走ってきた時間があったように、「今の子どもたちもこれからきっとそこに向かうんだろうな」「この子たちは未来の日本を作っていく1人なんだ」と思ったら、何かしてあげたいと思ってしまうんですよ』
自分のことよりも、誰かのために。引退しても、彼女が大切にしているものは変わっていない。」
元なでしこ・宮間あやさん(40)「絶望でしかなかった。でも生きていくと決めた…」。彼女が初めて語った《引退の真相》とサッカーへの思い
「朝、目が覚めたとき、もしその日一番やりたいことがサッカーじゃなかったら、私はその日に引退する」現役時代、彼女はそう断言していた。「彼女」とは、元なでしこジャパ...
東洋経済オンライン
まずは前編。退団時は引退会見も引退試合も無かったのですね。退団した翌2017年に地元・千葉県で会社を設立していたのですね。全く情報が流れなかったなぁ。いろいろ事業をして、いろいろ試行錯誤されたのですね。その間いろいろオファーがあったようですが、すべて断ってきたとか。その流れで決めた日本協会の仕事。今まで貯めていたパワーを全開して大活躍されるかもしれませんね。やはりポスト佐々木のイメージが出てくる。個人的にはイメージ的に日本バスケ協会の三屋会長のような存在を思い浮かべてしまいます。
一つ不思議なのが、今回の事がスポーツニュースに一切出てこなかった点。ググっても全くこの情報が出てこない。まさにレアな情報になりました。そして後編。
【元なでしこ・宮間あやさん(40)突然の引退から9年。「大切なものを守るために、自分はどうなってでもがんばりたい」表舞台に戻ってきた理由】
〔引退から9年経って――〕
「2025年3月、なでしこジャパンの黄金時代を支えた司令塔・宮間あやは突如表舞台に戻ってきた。日本サッカー協会(JFA)女子委員会委員長補佐に就任し、日本女子サッカーの未来に関わることを決断した。
前編で語った『引退』から約9年。数々のオファーを断り続けてきた彼女が、なぜこのタイミングで戻る決断をしたのか。そこには、彼女が一貫して大切にしてきた『仲間』の存在があった。」
〔表舞台に戻ってきた理由〕
「宮間は今、ワールドカップをともに戦った指揮官、佐々木則夫日本サッカー協会女子委員会委員長の補佐を務めている。『これまでいろいろなお話をいただきましたが、自分にできる役割を見出せず、お断りしてきました』と話す宮間がこの役職を引き受けたのもまた、“仲間”のためだ。
宮間が言う“仲間”とは、特定の大会やチームでともに戦ったチームメイトだけを指すのではない。
自分がサッカーを始める以前から女子サッカーを脈々とつないできた先輩たち。同世代のチームメイト、対戦相手。そして、今現役でプレーをし、再び世界一になることを目指している後輩たち。」
「ワールドカップ優勝メンバーで、その間日本代表で居続けたのは、熊谷紗希と岩渕真奈、鮫島彩、阪口夢穂。私たちの世代が先輩から受け継いできたものを、この少ない人数でつないでいくのは、かなり酷だったと思います。サッカーの戦術的な面でもメンタルの面でも、うまく世代交代ができなかったことに関して、年を経るごとに申し訳ない気持ちが大きくなっています」
だから、戻ってきた。
なでしこジャパンは2027年の女子ワールドカップで世界一に返り咲くことを目指している。宮間の女子委員長補佐としての主な仕事は、いまの女子サッカー選手たちの環境を少しでもよくするように整備することだ。それに加えて、代々のなでしこが受け継いできたものを今の選手に渡していく役割も果たそうとしている。」
元なでしこ・宮間あやさん(40)突然の引退から9年。「大切なものを守るために、自分はどうなってでもがんばりたい」表舞台に戻ってきた理由
2025年3月、なでしこジャパンの黄金時代を支えた司令塔・宮間あやは突如表舞台に戻ってきた。日本サッカー協会(JFA)女子委員会委員長補佐に就任し、日本女子サッカーの未...
東洋経済オンライン
女子サッカーの先輩達、同世代の選手達、今の現役選手達のために任を背負うという事です。確かにW杯優勝メンバーで現役選手はもう熊谷選手しかいなくなりましたね。代表チームは男子代表と同じくW杯優勝を目標に掲げています。一度優勝しているから男子よりも全然現実味があります。同時に女子委員長補佐としての主な仕事は、今の女子サッカー選手達の環境を少しでも良くするための整備だそうです。そうなると、WEリーグも絡んでくるかもしれませんね。今は野々村チェアマンがWEリーグチェアを兼任されていますが、その後任だったりして。深読みし過ぎでしょうか。宮間WEリーグチェアというのはいいんじゃないでしょうか。
【日本サッカー協会、女子委員会に技術部会設定 さらなる女子サッカー発展へ理事会で承認】
「日本サッカー協会(JFA)は13日、理事会を開催し、女子委員会の中に、技術部会を設置することを承認した。これまで委員会に部会は設置されていなかったが、「各年代日本女子代表チームの強化および育成における女子委員会での承認事項に関し、専門性の高い技術面における事項について知見を有するメンバーによって議論を深め、女子委員会に上程する素案を作成する」ために創設され、女子サッカーの発展に寄与する。」
「メンバーは11人。佐々木則夫女子委員長、能仲太司副委員長、鈴木貴浩ユース育成ダイレクター、宮間あや委員長補佐、JFAアカデミー福島の山口隆文統括、元なでしこジャパンフィジカルコーチの大塚慶輔氏、セレッソ大阪の岡本三代女子アカデミーダイレクター、三菱重工浦和レッズレディースの工藤輝央スポーツダイレクター、米ワシントン・スピリッツの今泉守正アシスタントコーチ、静岡県サッカー協会の半田悦子女性ユースダイレクター、Jリーグの足立修フットボールダイレクターが参加し、議論を深めていく。」
日本サッカー協会、女子委員会に技術部会設定 さらなる女子サッカー発展へ理事会で承認 - 日本代表 : 日刊スポーツ
日本サッカー協会(JFA)は13日、理事会を開催し、女子委員会の中に、技術部会を設置することを承認した。これまで委員会に部会は設置されていなかったが、「各年代… - 日刊...
nikkansports.com
今年3月のリリースでした。この報道を見ると技術委員会で、現場色が強くなりますね。日本サッカー協会の技術委員会は各カテゴリの日本代表の強化や監督候補者の推挙、指導者養成、普及活動などを所管する組織ですが、各カテゴリにも目を配るのかもしれませんね。あと、日本協会関係者として、美作市にやって来るというシーンも今後あるかもしれないですね。福元選手がいつか湯郷で引退される時は、ぜひ宮間さんと2人で引退試合をやって欲しいですね。宮間さん、頑張ってください。いつかベルに帰ってきて下さい。
#がんばろう石川 #がんばろう能登