交野市立第3中学校 卒業生のブログ

中高年の

皆さ~ん  お元気ですか~?

「日本人としての自覚」:「和を貴ぶ」「衆知を集める」「主座を保つ」

2012-01-31 17:26:23 | 建て直し

日本人が日本の歴史や伝統に誇りをもち、この国日本に対して深い愛情を抱いて初めて、他国の歴史や伝統を理解・尊重できるようになり、そこから真の国際親善や世界平和が生まれてくる。

 

「和を貴ぶ」とは、平和を愛好し調和を大切にする精神である。第二次世界大戦のような2、3の過ちを除けば、日本人は一貫して平和を求めつづけてきたとし、一例として聖徳太子の17条憲法の第1条「和をもって貴しとなす」を挙げる。

「衆知を集める」は、日本が長年にわたって外国のよいもの、すぐれたものを進んで受け入れ、それらを活かすことによって国を発展させ、日本文化をつくりあげてきていることを指す。それは、仏教やキリスト教のような宗教・思想から、漢字のような文字、さらには科学技術や社会制度まで多岐にわたる。もちろん、このように世界の衆知を集める前に、日本人同士で物を考え、事を行なう場合にも、つねに衆知を集めつつ行なうことが大切であるのはいうまでもない。

「主座を保つ」というのは、自主性や主体性をもつことを意味する。日本は外国からいろいろな思想や文化を受け入れるに際しても、それらをたんに鵜呑みにするのではなく、日本人としての立場を失わずに、日本の伝統に即し、日本流に咀嚼して消化吸収してきている。

 以上の三つが日本の伝統精神の中心をなすもの。

 


松下幸之助の21世紀の教育

2012-01-31 16:33:42 | 建て直し

松下幸之助の“これが理想的な国家だ”/佐藤悌二郎(PHP総合研究所取締役・経営理念研究本部長)

教育の面では、教育権を行政府から特別に切り離して“教育府”を新設するという大改革が行なわれた。大臣の任期が短く、次から次へと交代するために一貫した教育政策を行なえないとか、時の政府の政党色が出ることで教職員が振り回されるといったように、国民の教育が政情によって左右されることを防ぐためである。

 独立性の高まった教育府では、知識や技術よりもまず、人間として当然身に付けておかねばならない道義道徳を教える教育を最優先する施策がとられている。幼児期の家庭のしつけを奨励するとともに、義務教育の年限を一年延ばし、人間性を高める教育に力を入れて、自他相愛の精神や、自国の伝統や文化、歴史を尊重する気持ちを育むよう配慮されている

 さらに学歴偏重の傾向が是正され、誰も彼もが高等教育に進むというのではなく、学問に適性をもつ人や、より高等な学問知識を必要とする職業に向く人だけが高等教育に進み、それ以外の多くの人に対しては、各種の職業教育を含めた広い意味での実際教育を行なう体制が整えられている。それによって個々人の適性に合った教育が実現し、それぞれの素質・天分が十二分に発揮され、国民の幸福感も非常に高いものとなっている


衆智を集めるワンマン経営

2012-01-31 15:07:18 | 建て直し

ハングリー精神とは、腹が減っているということではなく“何でも吸収する姿勢”であり、

ワンマン経営とは“衆智を集め、自らの責任で決する”こと。

日本電産の永守重信社長は、

日本企業のトップの多くは“経営者”ではなく“管理者”だ

即断即決で判断してこそ経営者なのに、

事あるごとに会議を開き、周囲の顔色を伺いながら合議制でのろのろと経営の舵を切る。

これを管理者と呼ばずして、何と言うか!」と喝破(かっぱ)しています。

 


制裁 罰 いじめ 暴力

2012-01-31 13:27:19 | 徳育 人間力

NHKスペシャル 「ヒューマン なぜ人間になれたのか」第2集 グレートジャーニーの果てに

http://www.nhk.or.jp/special/onair/human.html


テーマは、「道具」。

私たち人類の祖先に当たるホモサピエンスが、 なぜここまで、進化を遂げ、生き残って来れたのか。

それは、
身体が小さかったホモサピエンスが、「飛び道具」の発明によって、狩りの能力を飛躍させ、より安定して食料を供給できるようになり、
身体が大きく屈強だったネアンデルタール人との生存競争に勝ち、繁栄への道を切り開いたのだと紹介されていました。

そして、その「飛び道具」が、いつしか狩りのためだけの道具ではなく、仲間を監視し、罰を与え、威嚇するための道具になっていった。


血族、親族、友人、仲間だけで構成される集団の限界数は150人くらいだそうです。
しかし、狩をするためのこの「飛び道具」(投擲具)を仲間に向けることで、人数規模がそれ以上の集会を可能にした。

150名以上の規模になると、当然知らない人がいる。

お互い知らないもの同士が集まっても、秩序が守られた状態。たとえ、争いや喧嘩がおきても鎮圧できる。

このことが安心して集まれる集会ということになる。

そのために、土手の上に投擲具を持った人を置き、その人間に見張り役をさせた。

これにより、集会が、150人レベルから1000人規模の集会が出来るようになった。


「集団」を作ることで繁栄してきたからこそ、「ルール」を守ることが大切で、その「ルール」を守らせるために、「ルールを破れば罰を受ける」という、
これもまた「ルール」を生み出したのです

そして、この「罰を与える」ということに関して、私たちには、「悪いことをした人が罰を受けると快感を感じる」という、脳の機能が備わっている。

何もなくて人が傷つけられるのを見ると、人は不快感を示す。
しかし、その人に「傷つけられるだけの理由がある」と判断すれば、逆に快感になるのです。

ある実験で、ただ男性が女性にひっぱたかれる映像を見せると、その人は不快感を示しますが、
「この男性は、女性にひどいことをした。これは罰だ」という情報を先に聞いていると、脳の快感を示す部分が反応したのです。

これもまた、集団になることで、繁栄を築いて行った人類に備わった反応です。

古くから人類は、「悪いことをした人には、他者が罰を与えてもいい」「時には、その人を殺してもいい」と、「誰か」に対して暴力を振るうことを「正当化」してきた。

科学者は、 人間が、同じ仲間を、「罪を犯した」という理由にせよ、 罰しなければいけないときに、 通常は、自分も嫌な思いをするが、
それをきちんと行うことができる様にする為に、そのような進化をして来たのではないか、と説明する。

実験では、その「悪い人」が、本当に悪いことをしたのかを知らなくても、
「この人は悪いことをした」と、自分で確かめていない、不確かな情報を聞いただけで、その人が罰を受けることに快感を示した。

つまり私たち人類には、その情報が確かかどうかわからなくても、「悪い人」と言われる人に「暴力を振るってもいい」と思う性質が備わっているのです。

「悪いことをすれば罰を受ける」というルールが、仲間や知り合いの集団規模よりもさらに大きな集団になることを可能にした。

それは、人間として「知性」とは別に、「暴力」を利用しなければ規律できなかった、ということでもあります。


ネアンデルタール人よりも体つきが小さく、 明らかに不利にあった、ホモサピエンス(我々の祖先)が、 獲物をとるために 開発をした道具、投擲具。


それが、次第に、 人間の集まるグループ内の、 秩序を守らせる為の道具となり、 それがやがて、 人が人をお互いに攻撃する道具へと変わって行く。

 

 

 

この映画の出だしは、ホラー映画かと思うほど怖くって、途中で、見るのやめようかと数回思いましたが、最後まで観て、ようやく、えがきたかったことがわかります

【ストーリー】
かつていじめられっ子だった村崎十三は、一見穏やかな青年に成長して、建築現場の仕事に就き、とあるボロアパートに引っ越してくる。だが、彼のカラダには凶暴な別人格“13号”が巣食っており、怒りの沸騰と共に顔を出す。そして少年時代の自分をいじめた赤井トールへ、10年越しの壮絶な復讐を仕掛けるのだった。しかし、その凶暴性は徐々に増していき、ようやく事の重大性に気づいた十三は、なんとか“13号”を抑えようとするが、もはや自分の力ではコントロールすることはできなくなっていた…。

 

ネットサーフィンで見つけたサイト

http://www2.chokai.ne.jp/~assoonas/UC135.HTML

 

罰を与えなかったツケ

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<悪魔が育った>


 この頃(現在は平成10年9月)、食品への毒物混入など、不特定多数の人間をねらった犯罪が多発している

 特定の誰かに恨みがあるわけでもない。金を手に入れようとしての犯罪でもない。おそらくちょっとしたイタズラ程度と思ってやっている愉快犯的な犯行なのであろう。

 全国各地で多発しているので、全ての事件にあてはまるわけではないが、これらの事件の犯人の多くは若い年代の人間のように思える。和歌山の事件は保険金目当てという感じがあるので(現在、逮捕されているわけではないので断定はできないが)年齢が高そうだが、他の事件の場合、どんなに年をとっていても、せいぜい40代までだろう。

 戦後の教育、もっと限定すれば最近の教育を受けた年代である。

 子供の能力や長所を伸ばすことに力を入れてきたが、悪いことに対するけじめをつけないできた教育のつけが、こんな悪魔のような人間が多発するという現象に出てきたように思う。

 

<悪いことがわからない>


 「子供の個性を尊重し、よさを認め、心を育てる」というのが、今の教育の基本である。これはこれで良い。最近の子供は心が貧しいと言われる。それを様々な体験などを通して豊かな心に育てるというのは、本当に必要なことだし、実際にそのような取り組みが多く行われ、成果も出てきている。

 しかし、良い人間に育ったからといって、その人が「悪い人間でない」と言い切ることはできない。某国の大統領のように、政治家として成果をあげ、プラスの方向に大きな力を持つ人間でも、同時に倫理から外れた行動をとるというマイナスの方向の人間性を持つ例もある。

 よく、事件の犯人がつかまったりすると、近所の人が「普段はとてもよい子だったのですが、あんな犯行をするなんて想像もつきません」などというが、犯人が「よい子」のふりをしていたのではなく、本当によい子だったけれども、同時に悪い子でもあったと考えるべきである

 しかも、意図的に悪いことをしたというよりは、悪いことをするという行動に歯止めがきかなかったと見るべきであろう

 要は、善悪の判断(特に悪に対する判断)が育っていないということである

 

<悪に対する歯止めは>


 「悪いことをしてはいけない」ということを身につけさせるには、どんなに口で言っても効果は少ない。また、良いことをどんなにほめたり勧めたりしても、良い行動に対しての効果はあるが、悪い行動に対しては無関係である

 「悪いことをしたら、大変なことになる」ということを身にしみて感じさせなければならない。

 宗教が徹底している国なら、「どんな行動も神は見ており、死後、裁きにあう」ということだけで足りる。しかし我が国は基本的に無宗教である。

 「大変なことになる」ということを被害にあった人が大きな迷惑を被る」とか「相手の人の気持ちを思いやれば悪いことはできない」などと言って諭しても、効果はない

 人間は基本的に自己中心に生きている。それが生きる力のもとになっているのであり、自己中心が悪いことではないだから「悪いことをしたら、自分がひどい目にあう」ということをきちんと教えていかなければならない

 悪いことをしたら、簡単に許したりしないで、きちんと罰を与えて叱るということをやっていかなくてはならない。叱って善悪の判断を教えていくことが、幼児期のしつけの基本であることは誰も否定できないだろう。

 ところが、これがきちんと行われていない。また、このしつけは大人になるまで継続して行わなければならないのに、「子供にも人権がある」などと言って、早い時期にしつけをやめてしまう傾向がある

 とんでもないことである。人権などというものは、悪いことに対しての判断がつく人間にだけ許されるもので、飲み物に毒を入れて誰かが死ぬのを愉快がっているような生き物に人権もなにもない。こんな人間の顔をした悪魔には、地上に存在する権利を与えてはいけないのである。

 ところが、私たちは、こんな生き物を量産してきた‥‥‥

 

<甘やかさずに厳罰を>


 世の中全体が犯罪者を甘やかしていると感じる。

 今回のような犯罪の場合、徹底して犯人を見つけ、たとえ被害者に死者がいない場合でも、死者を出す可能性があった場合は、全て死刑または無期懲役にすべきである。犯人の氏名もはっきり公表すべきだ。それが未成年者でも、精神状態に異常があった場合でも同様にすべきである。

 家族に迷惑がかかるということもあるが、自分の家庭から凶悪な犯罪者を出した責任は家族にもある。それで一家が破滅するようなことになっても、甘んじて受けるべきであろう

 殺人および未遂に限らず、多額の金を不正に手にしたような犯罪も同様である。死をもって断罪するぐらいの姿勢で臨まないと不正は絶えない。

 推理小説などでは、犯人には過去の出来事に対する復讐など、共感できる動機があることが多いが、この頃の犯罪にはそんなものはないように思える。自分のたいくつや不機嫌をまぎらし、面白半分の興味を満足するために、人の命を危険にさらすようなことを(重大な犯罪とも考えないで)やっているのだとしたら、そのような人間に情状酌量の余地は少しもない。こんな人間は人間として存在することは許されない。

 人間は神ではないから、個人の存在の可否を他者が判定するなどという権利はないのかもしれないが、人間とも呼べないような生き物の存在を許さないことも、人間としての責任なのではないだろうか。

 「一度だけのあやまちだから許す」のではなく、「一度だけのあやまちも許さない」という厳しい態度が、悪いことをしない人間を作っていく唯一の方法であると思う

 

<学校でも罰を>


 しつけは子供のうちに行わなければ意味がない。学校でも悪いことに対してはきちんとけじめをつけさせることが必要である

 中学生の非行はこれまでずっと問題になってきており、近年は事件の件数も増し、低年齢化の傾向も見られる。また、いわゆる「非行少年」の犯罪だけでなく、「ふつうのよい子」が起こす犯罪が増えてきている

 中でも多いのが「万引き」である。「お金がないけどどうしても欲しいものがあるので盗んでしまった」という事例はほとんどなく、「お金は持っていたけど使いたくないので」とか、「見つかったらお金を払おうと思っていた」とか、「スリルを楽しみたくて」とか、「つかまって、親が呼ばれて怒られるとおもしろいと思って」とか、「つかまっても説教されるだけで済むと思ったから」など、悪いことをやっているという意識があまりない遊び感覚でやってしまう子供が多いそうだ。

 親も、それほど自分の子供が悪いことをしたという感覚がないようで、「いくら弁償すればいいんですか?」と聞く親や、「自分の子供がつかまえられたときに、公衆の面前で連れていかれたので、子供の人権が侵害された」などと寝ぼけたようなことをいう親がかなりいるそうだ

 自分の子を殴りつけ、涙を流して土下座し、「取り返しのつかないことをしました。この通り謝りますので、どうか許してください」と言い、翌日には親子ともども頭を丸め、謝罪の品を持って謝りに行くのが、正しい親の姿(?)であると、私は思う。そうしないと子供は悪いことの判断ができない人間になる

 現在の法律(学校教育法第11条)では、体罰を与えることはできないことになっている。体罰自体は暴力であるから肯定することはできないのだが、万引き・ゆすり・暴力などの事件を起こした子供には、きちんとした制裁の罰を与える必要があると思う。子供だから許すという甘い態度では、「俺が悪いことをしても、学校なんて何にもできない」となめられてしまうし、その子自身の一生にとっても良いことではない

 学校教育法第26条には、「性行不良であって他の児童の教育に妨げがあると認める児童があるときは、その保護者に対して、児童の出席停止を命ずることができる」とあるが、これは制裁としての罰としてふさわしくはない。あくまでも学校の秩序を維持し、他の児童の教育を受ける権利を保障するためだけに行われるものであって、悪いことをした子供に対する教育を放棄することになる。

 学校として罰を与える場合、私だったら次のような方法を考える。

 ○ 坊主刈りにさせる。
 ○ 一定の期間、部活動に参加させない。
 ○ 一定期間、草むしり・トイレ掃除などの奉仕活動をさせる。
 ○ 早朝登校し教科書を音読する。

 この程度の内容なら、極端に身体的苦痛を与える体罰にはならないだろう。坊主刈りはきついかもしれないが、2ヶ月もすれば髪は普通に戻る。

 このようなことをすれば、悪いことをした事実は他の子にわかられてしまう。しかし、それはそれで必要なことだと思う。子供の人権を守るというきれいごとのために、やってしまった悪いことを隠してうやむやにする必要はない。

 「この子はこんな悪いことをした。そして、こんな罰を受けた。そして、今は立ち直った」ということを明確にしていけばよい。他の子にも「悪いことをしたら、あんな罰を受ける」ということをわからせておくことも必要だ。

 私が中学校の校長ならば、入学式のときに、生徒と保護者に対して、そのことを明言しておく。そして、そのことに対して意見のある方は、電話でも手紙でもよいのでお話くださいとしておく。

 罰を与えるのは悪いことではない。むしろ必要なことなのだ。そして、きちんと罰を受けたあとで、更生しようとする子供を力づけて育てていくことが、学校としての義務であると考える。

 

(強硬意見なので、反論が多そうですね‥‥)(^^;)  (秋田の教頭)

 

 

 

 

 


「日本海」「東海」併記 米州法案1票差で否決(産経ニュース)

2012-01-30 22:15:43 | 節電 経済 政治 産業 食料 エネルギー

「日本海」「東海」併記 米州法案1票差で否決
2012.1.29 01:32 [韓国]
 【ワシントン=佐々木類】米ワシントン近郊のバージニア州議会で、州内の公立学校の教科書に日本海を「東海」と併記することを求める州法案の採決が行われ、1票差で否決されたことが分かった。歴史的事実を知らない地方議員が韓国系団体のロビー活動を受けて法案を提出していた。米国では最近、韓国系米国人らが日本の教科書の使用中止を求める動きもあり、日本政府は官民を挙げた対策が求められている。

 州法案は「日本海と表記する際、『東海』も併記するよう求める公立学校の教科書に関する法案(州法案第200)」。

 バージニア州の公立学校の教科書はすべて、国際基準に従って「日本海(Sea of Japan)」の呼称を使用しているが、法案の名称通り、韓国政府が主張する「東海(East Sea)」を併記するよう求める内容だ。

 首都ワシントン近郊で、韓国系米国人や韓国人が多く住む同州アナンデール選挙区のデーブ・マーズデン議員が提出。26日午後(日本時間27日午前)に州上院教育厚生委員会で採決され、賛成7、反対8の1票差で否決された。

 賛成7の内訳は民主党が5票、共和党2票。反対8の内訳は民主党2票、共和党6票。7票対7票になった後、共和党のスティーブ・マーチン委員長の反対でからくも否決した。

 法案が州議会本会議の採決を経て成立した場合、2015年度(14年10月~15年9月)から「日本海」と「東海」を併記した教科書が使用されることになっていた。

 今回、州上院議員にこの法案の提出を働きかけたバージニア韓国人会のホン・イルソン会長は27日、産経新聞の電話インタビューに答え、「来年も再来年も同様の法案上程を働きかけるつもりだ」と語った

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120129/amr12012901320001-n1.htm

産経ニュース


「どん底の淵から私を救った母の一言」  奥野博(オークスグループ会長) 

2012-01-30 16:45:11 | 建て直し

『致知』1998年8月号より、北陸地方随一の冠婚葬祭チェーンを育て上げた
オークスグループ創業者・奥野博氏の心にしみるお話。
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        「どん底の淵から私を救った母の一言」
      
       
            奥野博(オークスグループ会長)
        
            『致知』1998年8月号
             特集「命の呼応」より
 

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【記者:昭和四十二年、四十歳のときに経験された倒産が、
    今日の奥野会長の土台になっているようですね】
    
 
倒産が土台とは、自分の至らなさを
さらけ出すようなものですが、
認めないわけにはいきません。
 
戦後軍隊から復員し、商社勤務などを経て、
兄弟親戚に金を出してもらい、
事業を興したのは三十歳のときでした。
 
室内設計の会社です。
仕事は順風満帆でした。
私は全国展開を考えて飛び回っていました。
 
だが、いつか有頂天になっていたのですね。
足元に忍び寄っている破綻に気づかずにいたのです。
それが一挙に口を開いて。
 

【記者:倒産の原因は?】
 


「滅びる者は、滅びるようにして滅びる」。
 


これは今度出した本の書き出しの一行です。
 
倒産の原因はいろいろありますが、
つまるところはこれに尽きるというのが実感です。
私が滅びるような生き方をしていたのです。
 

出資者、債権者、取引先、従業員と、
倒産が社会に及ぼす迷惑は大きい。
倒産は経営に携わる者の最大の悪です。
 
世間に顔向けができず、私は妻がやっている美容院の二階に
閉じこもり、なぜこういうことになったのか、考え続けました。
 
すると、浮かんでくるのは、
あいつがもう少し金を貸してくれたら、
あの取引先が手形の期日を延ばしてくれたら、
あの部長がヘマをやりやがって、
あの下請けが不渡りを出しやがって、
といった恨みつらみばかり。
 
つまり、私はすべてを他人のせいにして、
自分で引き受けようとしない生き方をしていたのです。
 
だが、人間の迷妄の深さは底知れませんね。
そこにこそ倒産の真因があるのに、気づこうとしない。
 
築き上げた社会的地位、評価、人格が倒産によって
全否定された悔しさがこみあげてくる。
 
すると、他人への恨みつらみで血管がはち切れそうになる。
その渦のなかで堂々めぐりを繰り返す毎日でした。
 

【記者:しかし、会長はその堂々めぐりの渦から抜け出されましたね】
 

いや、何かのきっかけで一気に目覚めたのなら、
悟りと言えるのでしょうが、凡夫の悲しさで、
徐々に這い出すしかありませんでした。
 

【記者:徐々にしろ、這い出すきっかけとなったものは何ですか】
 


やはり母親の言葉ですね。
 
父は私が幼いころに死んだのですが、
その三十三回忌法要の案内を受けたのは、
奈落の底に沈んでいるときでした。
 
倒産後、実家には顔を出さずにいたのですが、
法事では行かないわけにいかない。
行きました。
 
案の定、しらじらとした空気が寄せてきました。
 
無理もありません。
そこにいる兄弟や親族は、私の頼みに応じて金を用立て、
迷惑を被った人ばかりなのですから。
 

【記者:針の莚(むしろ)ですね】
 

視線に耐えて隅のほうで小さくなっていたのですが、
とうとう母のいる仏間に逃げ出してしまいました。
 

【記者:そのとき、お母さんはおいくつでした?】
 

八十四歳です。母が「いまどうしているのか」と聞くので、
 

「これから絶対失敗しないように、
 なんで失敗したのか
徹底的に考えているところなんだ」


と答えました。
すると、母が言うのです。
 

「そんなこと、考えんでもわかる」
 

私は聞き返しました。
 

「何がわかるんだ」
 

「聞きたいか」
 

「聞きたい」
 

「なら、正座せっしゃい」
 

威厳に満ちた迫力のある声でした。
 

【記者:八十四歳のお母さんが】
 

「倒産したのは会社に愛情がなかったからだ」
 

と母は言います。心外でした。
自分のつくった会社です。
だれよりも愛情を持っていたつもりです。
 


母は言いました。
 


「あんたはみんなにお金を用立ててもらって、
 やすやすと会社をつくった。
 
 やすやすとできたものに愛情など持てるわけがない。
 
 母親が子どもを産むには、死ぬほどの苦しみがある。
 だから、子どもが可愛いのだ。
 
 あんたは逆子で、私を一番苦しめた。
 だから、あんたが一番可愛い」
 
 
 
母の目に涙が溢れていました。
 

「あんたは逆子で、私を一番苦しめた。
 だから、あんたが一番可愛い」
 

母の言葉が胸に響きました。
 
母は私の失態を自分のことのように引き受けて、
私に身を寄せて悩み苦しんでくれる。
愛情とはどういうものかが、痛いようにしみてきました。
 
このような愛情を私は会社に抱いていただろうか。
いやなこと、苦しいことはすべて人のせいにしていた
自分の姿が浮き彫りになってくるようでした。
 

「わかった。お袋、俺が悪かった」
 

私は両手をつきました。
ついた両手の間に涙がぽとぽととこぼれ落ちました。
 
涙を流すなんて、何年ぶりだったでしょうか。
あの涙は自分というものに気づかせてくれるきっかけでした。
 

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 「人間のプロになれ」  杉原輝雄(プロゴルファー)

2012-01-30 14:19:53 | 徳育 人間力

  「人間のプロになれ」
 

    杉原輝雄(プロゴルファー)
 
        『致知』2008年8月号「致知随想」
         ※肩書きは『致知』掲載当時のものです
 

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■前立腺がんの告知
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 
医師から「前立腺がん」の宣告を受けたのは、
11年前のことになる。
 
プロゴルファーとして40年目を迎えた年だった。
 
すぐにも手術が必要だと言われたが、
休めば一から体づくりをしなければならない。
60歳を迎えていた私にそんな時間はなかった。
 
手術を拒否して投薬治療をすることに決め、
食事も健康食に切り替えた。
さらに、短時間の運動で大きな効果が得られる
加圧トレーニングを開始し、
この体でやれるところまでやってやろうと決めた。
 
投薬をしながらではあるが、
71のいまもおかげさまで現役を続けている。
国内では通算54勝の戦績を収め、
気がつけば永久シード権を持つ
現役最年長のプロゴルファーになっていた。
 
一昨年には、つるやゴルフオープントーナメントの予選を通過し、
結果的にそれは米国のサム・スニード選手が残した
レギュラーツアーでの世界最年長記録を上回るものとなった。
 
決して満足な結果を残せているわけではないが、
試合に出る以上は目標を持ち、
どこまでもそれに挑戦していきたいと感じている。
 

私がゴルフを始めたのは小学校五5の時、
キャディーのアルバイトをしたことがきっかけだった。
 
そのバイトは中学校に上がってからも続け、
土曜の午後と日曜になると、たいていゴルフ場へ足を運んだ。
卒業する頃にはプロになれればいいなと思ったが、
いまのように養成所があるわけではない。
ゴルフ場で選手の近くにいるのが一番勉強になるだろうと思い、
洗濯係などもしながらプロになる道を探っていた。
 
私のことを「練習の虫」と言う人がよくいるが、
20歳でプロテストに合格してからも、
練習量はまるで足りなかったと思う。
 
ただ、私は試合で負けた人たちすべてを、
自分のライバルだと考えていた。
またゴルフ界に限らず、世の中で活躍している人であれば、
誰もがワンサイド・ライバル──
つまり、こちらで勝手にライバルだと決めて、
決して負けないつもりで生きてきた。
 


■人間の使命
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 
ゴルフにおける勝者は一つの試合にたった一人しかいない。
だからこそ、無数の負けとどう向き合うか、
また悲観的な状況にあっても、決して腐らず
一所懸命に取り組むことが大切になってくるのである。
 
そのことを私に教えてくれたのは、
オーストラリアのグラハム・マーシュという選手だった。
 
彼はもともとゴルフが下手で、
しばらくして日本ツアーに参戦できるようになったものの、
プレーの運び方が非常に鈍く、
他の選手やギャラリーたちをいつも苛々させていた。
 
約30年前に名古屋で開催された
中日クラウンズで彼と一緒に回った時、
初日、二日目とも成績は振るわず、
彼も私も予選落ちは確定と言える状態だった。
 
しかしマーシュは懸命だった。
 
18番ホールのグリーン上で、
入ろうが入るまいが大した意味のないパーパットを沈めようと、
彼は入念に芝目を読んでいたのである。
 
一方、勝ち目のない試合だと踏んでいた私は、
彼のプレーを苛立ちながら眺めていた。
 
しかしそのパーパットを着実に沈めたマーシュは、
翌週ぐんぐんと調子を上げ、
予選を通過するどころか、
見事優勝を決めてしまったのである。
 
その日の調子が良かろうが悪かろうが、
目の前にある一打一打を一所懸命に打たなければいけない、
常にベストを尽くさなければいけないと教わった出来事だった。
 
ゴルフは努力をしさえすればいい結果が
得られるものではないが、
どんな時でも一所懸命に取り組んでいないと、
よい結果には繋がりにくい。
その時その時において常にベストを求められるのは、
人生においても全く同じではないだろうか。
 
思えば小学校の頃からゴルフの世界に携わらせていただき、
いろいろな方にお世話になった。
昔はいまのように試合数が多くなく、
出場したくてもできなかったことがたくさんあった。
 
いまの若いプロゴルファーの多くは、
小さな頃から自分のクラブを与えられ、
試合に出られることも、練習をさせてもらえることも
当然のように思っている。
 
もっとも、私自身も気がつくのが遅かったが、
誰のおかげでゴルフをしていられるのかと考えた時、
私は試合後にお世話になったスポンサーや
コースの支配人宛に礼状を出すことにした。
40歳を過ぎた頃だっただろうか。
 
私は人は皆、生まれた時から“人間のプロ”になる
という使命を担っているのではないかと考えている。
 
人間であれば心があるのだから、
挨拶もするし、相手への思いやりも当然持つことだろう。
何も特別なことは必要なく、
当たり前のことを当たり前にできるようになれば、
その人は人間として立派なプロなのだ。
 
ゴルフに限らず、その世界の上位クラスで
活躍をする人は一流の素質か、
それに近いものを持っている。
しかし人間として一流でなければ、
その人の値打ちは半分以下になってしまう。
 
人間のプロ──。
病気や年齢の壁に立ち向かい、
自らに挑み続けることもその条件の一つであると思う。
 

 

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統計によると、私の人生はあと1年足らずしかないそうなんです

2012-01-30 14:09:35 | 健康 怪我 ダイエット 老後 など

私自身もこの程、100歳の日野原先生のお姿と言葉に、
衝撃に近い感動を覚えました。
 

それは昨年末、NHKで放映された、先生のドキュメント番組のことです。
先生はその日インフルエンザにかかり、39度をこす身でありながら、
どこかの学校の講演会に熱を押して登壇し、役目を果たし、
顔を真っ赤にしながら帰宅されたのです。
 
100歳の先生が39度の高熱を出している、
悪いが講演会は延期して欲しいといっても、誰も批難する人はいないでしょう。
しかし、先生は「約束だから」と高熱を押して、出かけられた。
この事実に、私は改めて、先生の使命感の強さを思い、
形容のできないほどの感動と畏敬の念を覚えたのです。
使命感は単なる言葉ではなく、先生の人生のバックボーンそのものになっているのです。
 
その日野原先生が対談の中で、こう言われています。
 
「統計によると、私の人生はあと1年足らずしかないそうなんです。
 だから自分には死の足音が確かに聞こえてくるように思う。
 にもかかわらず、私は常に“上を向いて歩こう”という気持ちを持っている。
 
 とにかく、私の命は神様から与えられたものです。
 その与えられたものに対して自分自身がどこまでも充実して、
 感謝して生きていきたいと願い、全力疾走を続けています」
 


100歳 現役医師 日野原重明氏がご自身のターニングポイントとして挙げられるお話

2012-01-30 14:04:05 | 健康 怪我 ダイエット 老後 など

100歳になったいまも現役医師として
   活動を続ける聖路加国際病院理事長・日野原重明氏が
   ご自身のターニングポイントとして挙げられるお話を
   ご紹介いたします。
 
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        「第二の人生の指針をくれた妻の手紙」
       
       
       
            日野原重明(聖路加国際病院理事長、名誉院長)
        
              『致知』2012年2月号
               特集「一途一心」より
           http://www.chichi.co.jp/monthly/201202_pickup.html
 
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 私は一九七〇年、五十八歳の時に
 よど号ハイジャック事件の現場に居合わせました。
 
 よく晴れた朝の七時頃、富士山の真上を飛んでいると、
 日本刀を抜いた若者たちが座席から立ち上がり、その一人が
 
 
 「我われ日本赤軍はこの飛行機をハイジャックし、
 北朝鮮の平壌を目指して直行することを命ずる」
 
 
と叫んだんです。

 私も含め、百二十二人の乗客と客室乗務員は
 全員麻縄で手を縛られました。
 
 機長は機転を利かせて
 「北朝鮮に行くにはガソリンが足りないから」と嘘を言い、
 いったん福岡に降りて給油することになりました。
 そこで子供や老人たちは解放されました。
 
 北朝鮮へ向かう途中、赤軍の若者たちは
 「機内に本をいくつか持ち込んでいるから、
  読みたい者は手を挙げよ」
 と言って本のタイトルを読み上げていきました。
 
 赤軍の機関誌、金日成や親鸞の伝記、
 伊東静雄の詩集などが挙がり、
 最後にドストエスフキーの『カラマーゾフの兄弟』がありました。
 しかし乗客は誰一人として手を挙げようとしない。
 

 そんな中、私一人だけが
 「『カラマーゾフの兄弟』を貸してください」
 と手を挙げた。すると文庫本五冊を膝の上に
 置いてくれましてね。
 
 あぁ、これを読んでおれば、何か月抑留されても、
 心が支えられると思いました。
 
 開いてみると冒頭に『聖書』の教えの一節が出ていました。
 
 
 「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、
  死なば多くの実を結ぶべし」
  
  (ヨハネによる福音書十二章二十四節)。
 

 私もここで一粒の麦となって死んでしまうかもしれない。
 けれども私のこれからの振る舞いが、
 後に続く人たちに何かの結果を及ぼすかもしれない――。
 そういう気持ちを持って心を静かにし、
 皆のためにできるだけのことをやろうと考えたんです。
 
 私たち乗客は事件から四日目に全員無事、
 韓国の金浦(きんぽ)空港で解放されることになりました。
 
 靴底で大地を踏んでその土の音を聞いた時
 「無事、地上に生還した」と感じました。
 
 そして「あぁ、これからの私の人生は与えられたものだ」
 と思いました。
 
 帰国すると、千人を超える皆さんから
 お見舞いやお花が届いていました。
 
 私たち夫婦は皆さんに感謝の意を表し、
 礼状を出すことにしたのですが、
 妻は私の文章の後に続き、こんな言葉を添えました。
 

「いつの日か、いづこの場所かで、
 どなたかにこのうけました大きな
 お恵みの一部でもお返し出来ればと願っております」
 

 妻は無口で出しゃばらず、いつも控えめな女性でしたが、
 この言葉は私を驚かせ、妻に尊敬の念を覚えさせました。
  
 そしてこの言葉が私の第二の人生の指針となりました。
 
 その後しばらくして、マルティン・ブーバーという
 哲学者の本を読んでいた時に
 
 「人は創(はじ)めることさえ忘れなければ、
  いつまでも若い」
  
 という言葉に出合いました。
 そうだ、いままでやったことのないことをやってみようと。
 
 その四年後、私はライフ・プランニングセンターを創設して
 予防医学の重要性などを訴え、
 八十九歳の時に「新老人の会」を立ち上げ、
 七十五歳以上の新しい生き方を提唱してきました。
 
 その会に掲げた
 
 
 「愛し愛されること、創めること、耐えること」
 
 
 という三つのモットーは、それまでの私の人生体験を
 踏まえてつくられたものなんですね。
 
 つまりああいう事件に遭遇したことが、
 私に本当の生きる意味というものを教えてくれたんです。
 
 
 


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人材育成のヒント 21年前「バレー界の名将・松平康隆氏の飴と鞭論」 

2012-01-30 13:33:54 | 建て直し

 
   人材育成のヒント。
 
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     「バレー界の名将・松平康隆氏の飴と鞭論」
      
 
           『致知』1981年7月号より
      
     
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現代の人の中では、亡くなりましたが、
愛知揆一さんという政治家に一番影響を受けています。
 
愛知さんが教えてくれたことに、
立体史観というのがあります。
 
どういうことかというと、視野の狭い人は点でしか判断できない、
ちょっと視野を広くすると線になり課長クラスの仕事ができる、
さらに広くすると面になり、大会社の部長クラスだ。
 
面を上下へ延ばすと円筒形になる。
そうなると樋口清之さんではないが、
梅を見ただけで「梅ぼしと日本刀」という本が書けるようになる。
 
バレーボールで世界一になろうというなら
最大の円筒形になれというのです。
 
とくに立体的に過去を勉強しろ、
エジソンもキュリーも学びなさい、
バレーと関係ないと思ってはいけないというのです。
 
それ以来私は円筒形を続けるためにも、
努力して交友関係を広げています。
スポーツ界で私はいちばん交友は多いと思います。
 

円筒形がなぜバレーに関係があるかというと、
それがアメになるのです。
 
バレーの選手が、例えば図書館へ行って勉強したいという、
あるいはなぜポーランドにワレサという新しい指導者が
出てきたかなどといいだすと、
そんな暇があったら練習しろというのが、
バレー馬鹿のいうせりふです。
 

私はそうはいわない。
 
お前がポーランド問題に関心があるのなら、
きょうの練習三時間やるよりも、新聞社の編集委員に会って来い、
俺が紹介してやろう、といいます。
そうして話を聞いてやる。
 
そしてポーランドはそういうことになっているのかというと、
コートの上では私にしごかれている選手が、この問題については
監督より上なのだという気持ちになれますよ。
 
これはおだてです。
ほめる材料を与えるわけです。
しかも監督が馬鹿にされることにはなりません。
 
むしろそういう示唆を与えてくれたことに対する尊敬というか、
情を感ずる、そういうプラスがあるのです。
アメというものを、私はそこまで広く受けとめています」
 

企業の中で英語教育をやらせるのもアメだし、
専門外のセミナーに行かせるのも、
アメを心得た指導者のやることです。
 
そんな時間はもったいない、
自動車の一台も売ってこいというのは、点か線の発想です。
 

 

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「人には三種類の師がある」

2012-01-30 13:27:10 | 商い

「人には三種類の師がある」    西堀榮三郎(理学博士)
        
  『致知』1981年9月号     連載「わが人生の師」より
 
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先生とか師というものは如何様にも解釈することができるので、
たくさんの先生や師といわれる人たちを持ってきた。
 
それは時代、時代によってみな違う。
けれども、私は特定の先生とか師というものは、
むしろ、それほど重要に思っていない。
 
師には、解釈によっていろいろな種類があるが、
私は三通りに分けている。
 

 

・自分に知識をさずけてくださる人
 


次に
 


・人生の指針を与えてくれる人
 


三番目に
 


・自分の考えていることを
 実行するのにおいて援助してくれる人
 

 

の三通りが師と呼ばれうる人々である。
 

“知識を与えてくれる師”には、学校の先生がいるが、
私は自分で勉強して知識を獲得するということに重点をおいている。
文献を読むことで知識は得られる。
しかし、もっと大切な対象は、現実の現象そのものである。
 
いいかえれば、自分の探求心によって求めさえずれば、
だれからも、あらゆる現象のどんな事柄からも
知識は得られる。
 
従って、自分に知識を与えてくれる師は、
森羅万象すべてである。
 

第二番目の“自分に人生の指針を与えてくれる”師には、
身近な人々たちや過去のいろいろな先人の経験談がある。
自分が悩んでいるようなときに心の琴線にふれる、
 
そんなときに強く師を感じる。
これまた、いたるところに師あり、といってよい。
 


第三番目の“自分のやろうということに援助してくれる人々”は、
もしその人を師と呼びうるならば、非常に大切な師である。
 
特に、自分がだれもやっていないような新しい事柄、
考えを持っているときには、いっそう得難い。
 

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「あなたの運命をデザインしなさい」 日野原重明

2012-01-30 13:08:28 | 健康 怪我 ダイエット 老後 など

「あなたの運命をデザインしなさい」  日野原重明(聖路加国際病院理事長、名誉院長)
        
  『致知』2012年2月号     特集「一途一心」より
  http://www.chichi.co.jp/monthly/201202_pickup.html
 
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自分の人生に起こることを「運命だ」と
受け身的に捉える人が多いようですが、私はいつも
 

「あなたの運命をデザインしなさい」
 

と言うのです。
 
人生はよいことばかりではありませんが、
誰かとの出会いを契機によい方向に変えていくこともできる。
 
運命は与えられるものではなく、
自分から動いてデザインしていくものだというのが私の考え方です。
そうやってあなたの生きる道を選び取り、
つくり上げていきなさいというのが、
いまの私から伝えたいことですね。
 

        * *
 

人間という存在や命には必ず終わりがある。
その終わりまでの与えられた時間を、
どうすればギリギリまで有効に使えるかということを
私はいつも考えています。
 
例えば私はいま2011年から2020年まで使える
十年手帳を使ってそこにスケジュールを書き込んでいるんですが、
2020年を迎える時には私は数えの110歳ですよ
 
統計によると、私の人生はあと1年足らずしかないそうなんですよ。
だから自分には死の足音が確かに聞こえてくるように思うんです。
にもかかわらず、私は常に
「上を向いて歩こう」という気持ちを持っている。
 

とにかく私の命は神様から与えられたものです。
その与えられたものに対して自分自身がどこまでも充実して、
感謝して生きていきたいと願い、全力疾走を続けているところです。
 

人生、これからが本番ですよ。
これから本当の人生が始まる。
私は100歳を機に、
新たに人生のスタートラインに立つ覚悟を持っています。
 
先日、サッカーのなでしこジャパンが
アメリカにリードされていたものの、
後半戦の終盤で追いつき、延長戦でも食らいついた末、
PK戦で勝利して遂に世界一になりました。
 
人生もまた同様に、延長戦の中に本当の学びと実りを持つような、
一途一心に歩まんとする姿勢が大切なのだと思いますね。
 

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 「笑いは神様がくれた最終兵器」

2012-01-30 12:24:57 | 徳育 人間力

「笑いは神様がくれた最終兵器」 中島英雄(中央群馬脳神経外科病院理事長)
        
  『致知』2008年1月号      特集「健体康心」より
  http://www.chichi.co.jp/monthly/200801_index.html
 
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例えば残虐な事件に出くわしたとします。
 
すると非常に不快な気持ちになった後、
大きな不安が襲ってくる。
その行き着くところは恐怖です。
恐怖の根源には死、つまり自分自身の滅亡がある。
 

それをどう解決するかという時に、戦う、
または徹底的に逃げるといった選択肢が出てくる。
 
そして死に物狂いで戦ったり逃げたりする際に
アドレナリンやドーパミンといった
ストレス対抗ホルモンが猛烈に出るのです。
その対象物が大きくて強いほど多量に出る。
 

しかしその危険が去った後、このストレス対抗ホルモンが
体内に残ると猛毒と化してしまう。
 
ストレス対抗ホルモンは
ストレスに対抗している時には必要なのですが、
その状態から回避された時、
体内に残ってもらっていては困るのです。
 
これを消去するために癒やしのホルモンが出るのですが、
このホルモンは作用が弱く、かなりの量を放出しても、
ストレス対抗ホルモンをつぶしていくのにはとても追い着かない。
 
だからそういう時に笑うんです、人間は。
 
あるいは大泣きをすることで、
固体だったホルモンが一瞬にして気体となって
バッと昇華してしまう。
 
ある人はこれを
「余剰エネルギーの昇華」
という言い方をしています。
 
おなかがすいて泣いていた赤ちゃんが、
おっぱいを飲むとニコッと笑う。
 
別に笑う必要はないんですよ。
 
満足したならそのまま寝てしまえばいい。
だけど人間は、笑うというある意味で
「無駄」な行為をする。
 

なぜか? 
 
母親への「ありがとう」という気持ちを伝えるためです
 

そしてその笑顔を見た母親も
「あぁ、この笑顔がまた見たいなぁ」と感じる。
だからまたおなかがすいた時におっぱいをやろうと思う。
親子のやりとりはその繰り返しなんですね。
 
* *
 
先日もテレビでこんな番組を見ました。
ある幼い女の子が小脳欠損症で
歩けない体であるにもかかわらず、
ちゃんと笑っているんです。
 

親の影響ですよ。
 
笑顔のお父さん、お母さんにつられてその子も笑うんです。
それを見た両親もその子のためにまた一所懸命になる。
 
恐ろしい力ですよ、笑顔というのは。
大の大人を二人動かしてしまうんですから。
 
笑いは神様が人類に与えてくれた
最終兵器ではないでしょうか。
 

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人間は成功した理由で失敗する。

2012-01-28 12:45:09 | 建て直し

「創造的自己否定」      本名正二(プロントコーポレーション社長)
 
   『致知』2000年3月号「致知随想」   ※肩書きは『致知』掲載当時のものです
 ………………………………………………………………………………………………
 
人間は成功した理由で失敗する。
 
極端なことをいうようだが、
このすさまじい変化の時代に経営に携わる私は、
そのことを肌身で感じている。
 
過去にいくら素晴らしい成功を収めていても、
いまはそれが通用するとは限らない。
むしろその体験が、そのまま失敗の要因ともなり得る。
 
過去の成功体験を否定し、変革に挑戦する勇気を持たなければ、
あっという間に時代に取り残されてしまうのである。
 
かつて、テニスラケットでシェア50%を誇る有力メーカーがあった。
ある時期その市場に、当時としては“邪道”のグラスファイバーで
ラケットを製造する新興メーカーが登場した。
 
しかし有力メーカーはその新しい動向にまったく関心を示さず、
従来の素材に固執し続けた。
結果的にシェアは急落し、いまやその社名の記憶すら定かでない。
 
昭和62年にプロントコーポレーションの社長に就任する前、
私は、親会社サントリーの業態開発部で新しいスタイルの
飲食店の開発に取り組んでいた。
 
新しい店を成功させる方法はいくつかあるが、
業種全体が不振の場合の施策として、
お客さまが満足していない要素を集めて
その逆をやるというのがある。
 
メニュー、価格、内外装、BGM等々、
不振の要因は様々である。
 
興味深いのは、不振店のオーナーが
それを自覚しつつも改めようとしないことである。
 
なぜか。
そのスタイルでかつて成功したことがあるからである
そのスタイルがもう通用しないと認めることは、
それまでの努力の否定につながるからである
 
時代の変化を乗り越えて成功を持統させるためには、
絶えず進化・創造し続けなければならない。
そのためには、いい意味での破壊、
すなわち“創造的自己否定”が必要である。
 
しかし、破壊と創造という相反する行為を
同時に実行していくことは至難の業である。
ここに経営の難しさがある。
 
私が、プロントという新しい業態の店を手がけたのは、
ちょうどバブルの絶頂期。
地価は高騰し、飲食店経営で利益を出すことは困難を極めた。
 
そこで、一つの店に昼はベーカリーカフェ、
夜はダイニングバーという二つの顔を持たせ、
昼夜フルに稼働させることで、高い家賃でも
利益を出せる店づくりに挑戦したのである。
 
それまでにも喫茶店が夜アルコール類を出したり、
スナックが昼にランチを提供するなど、一つの店で
売り上げの二毛作を狙うところはあったが、
どうしても本業の片手間という印象を免れず、
確固たる利益に結びつかなかった。
 
これに対してプロントは、昼夜のメリハリを明確にし、
それぞれに本物を追求したところに新しさがあった。
それがお客さまの支持を集め、おかげさまで
バブルの絶頂から崩壊への激動期にも、
継続して業績を拡大することができたのである。
 
しかし、この成功に安住してはおれない。
私には危機感がある。
店舗の増加でプロント全体の売り上げは
前年比108%と上向いてはいるが、
これは決して成功の尺度にはならない。
 
むしろこれまでに出店した一店一店が
各地域でどれだけお客さまに愛されているか、
それを示す既存店の売上前年比こそ重視しなければならない。
その尺度ではあいにく98~99%。
 
外食業界全体から見ると良い数字だが、
1、2%のお客さまからは見放されている事実を
認識する必要がある。
 
創造的自己否定の必要性を感じる部分に、
店舗デザインがある。
プロントのデザインはグリーンが基調色となっている。
 
創業当初は、これが強烈なインパクトを生み
業績に寄与してきた
 
ところが、時代の変化と共に街並みも変わり、
当初のようなインパクトはもう期待できなくなってきたのである
 
この状況下でこれまでの成功体験に固執し
 

「わが店のグリーンは素晴らしいでしょう」
 

と、同じ色調を押し通していったらどうだろうか。
おそらく、いずれお客さまからそっぽを
向かれるときが来るに違いない
 
このため当社では、すでに新しいスタイルの実験店を通じて、
今後の方向を見定めつつある。
変化に対応する新発想を生み出す上で
大切なことの一つは、「体験」である。
 
頭のなかだけで考えたアイデアは、
これからは通用しなくなってくると思う。
 
どれだけ感性が磨かれるような体験をしたか、
どれだけ本物に触れる体験をしてきたか。
その蓄積がものをいうと思う。
 
もう一つには「遊び心」である。
ことにサービス業に関していえば、
頭がコチコチの真面目人間よりも、
心のハンドルに遊びのある人間のほうが
いい仕事ができると思う。
 
遊び心ある人間の発言は、
他とひと味違ってユニークである。
その言葉はたいてい耳に痛いものだが、
会社はそれを受け止めるだけの度量がなければ伸びない。
 
会社を変えるのは、人と違った発想のできる
ユニークな人間なのである。
短期間に急成長を遂げてきた当社だが、
五年前、その勢いが初めて鈍化した
 
ハードの面でいくら検討してもその要因が見えてこない。
行き着いたのは、見えない部分。
すなわち、心や人間力であった。
 
店の急激な伸びに見合った成長を、そこで働く社員が
十分に遂げていなかったことを痛感した。
そのときから私は、社員の心の教育、
人間力の教育に取り組み始めたのである
これは当社にとって、ひとつの創造的自己否定といえるかも
知れない。
 
いま痛感するのは、もはや机上の戦略戦術だけで通用する
時代ではないということである
もてなしや満足感といった目に見えない部分、
心や人間力の充実がますます重要になってくると確信している
 
その確信のもと、社員の心の教育、
人間的な教育に一層力を注ぎ、
これからも末永く皆さまに愛される
お店づくりを目指してゆきたい。
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