(昨日「つぶやき」ましたが投稿されていませんでしたので……)
昨日は「逗子の歴史を学ぶ会」の月例会、先月は選挙で先々月は体調を崩して休んでいたので3ヶ月ぶりでした。話の中心は引き続き「砲台に消えた子供たち」で、事件の現場になった小坪地域の市議会議員が参席し、遺族の関係者として慰霊碑問題を中心に話されました。
慰霊碑問題は行政の関わり合いもあることで、これからも会の運動を通じて語られていくでしょう。それとの関連で今日新しい視点で「砲台」問題を見ることを気が付かせてもらったにはこの一文です。
全体で12ページをこえるので、肝心なところだけアップしておきますがいずれ全文に渡って紹介すことになるでしょう。
野村昇司さんは『砲台に消えた子どもたち』を著した
逗子市の教育委員長を務めた方です、野村さんの書かれた最後の部分、
「この砲台に消えた子どもたちの事実を小坪小学校の沿革史に書き込むことを成し得なかったことが今でも無念のひとつであります」
この無念さは共感できるものです。
野村さんはすでに亡くなられています、遺された者としてまた短い期間でしたが逗子の歴史に対しする思いを共有した者として、無念の思いに応えねばと考えます。同時にそれは単に一人の先輩の思いに応えるにとどまらず、戦後の実態を通じ戦争というものの実態を明らかにすることにもなります。
「戦前」の次は「戦争=戦中」でありその後に迎えるであろう「戦後」、それがどう想像出来るのか?
新しい時代を生み出す機能を創造と呼びますがそれを真に創造するためには、想像力が豊かでなければなりません。確かな想像力を得るために求められますのが歴史への観察力です。
野村昇司さんそしてより先輩の黒田康子(しずこ)さんの歴史観察力に学びつつ「戦前にしないために戦後を知る」学びをすすめたいと思います。
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