遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『天空の魔手 警視庁公安部・片野坂彰』  濱嘉之  文春文庫

2024-06-20 21:12:22 | 濱嘉之
 警視庁公安部・片野坂彰シリーズの第5弾! 2023年5月に書き下ろしの文庫が刊行された。ネット検索してみると、現時点(6/20)では、後続第6弾は刊行されていない。

 このシリーズの魅力は、実にリアルタイムなテーマ設定でインテリジェンス要素に満ちるコンテンツを扱ったフィクションだという点にある。
 最初にこのストーリーのキーワードを列挙してみよう。ドローン、eスポーツ、ミニ富岳、中国による台湾侵攻の想定、テルミット弾、対日有害活動の抑止、費用対効果、シュミレーションゲーム、ロボットの応用、衛星画像技術、SAR衛星、現地実験というところか。
 これらのキーワードが公安部の片野坂彰の頭脳の中でどのようにリンクしているのかが、このストーリーであり、それが実にリアルに結びついていくところを楽しめる。けれども、それがリアルに感じられるだけ余計に、この現実世界をリアルタイムで考える上でのインテリジェンスとなる。
 
 科学技術はコインのようなもの。平和利用と軍事利用の両面をもつ。どちらの側面で使うか。それは人間に課せられた選択である。このストーリーでは、ある目的のもとで、あるターゲットに対しドローンを飛ばすという行為が中心にストーリーが進展していく。
 プロローグは、群馬県の山間にある牧場に30人程度の選抜された青少年が、ドローンを操作し、最終的には高度50mから目標の直径2mの円内に3kgの重りを落とし、ドローンを出発地点に帰還させるという競技である。いわゆるeスポーツの一種といえる。
 この競技現場に片野坂は、警視庁警備局担当審議官五十嵐雄一警視監を伴って来ていた。ミニ富岳を1台レンタルして、この競技大会をオブザーブした。片野坂の脳裡には、公安の観点から、ドローンを実戦的に使うという発想があった。この競技大会はその発想を実現化する一歩だったのだ。それは五十嵐審議官への己の発想と実現化へのプレゼンでもあった。
 この競技大会での優勝者と準優勝者は、新規ソフト開発への参加権を獲得できるのだった。
 
 外見上はゲームソフト開発の会社を立ち上げ、eスポーツとしてドローンを使ったゲームソフトを開発する。eスポーツとしては、ドローン操縦は人間である。操縦には人間のスキル、ノウハウが累積され磨かれていく。しかし、それをコンピュータによる操縦という形に技術転換させたソフト開発を実現することが片野坂のねらいだった。つまり、ドローンを公安的観点から、対日有害活動の抑止に使う技術開発と技術確立である。
 その為には、ソフト開発をする特定の会社や資材調達をする会社などの基盤環境整備が勿論、マル秘レベルで必要となる。
 一方でそのソフト開発は、操縦者の操作という次元に落とし込み、形を変えることで、eスポーツのゲームソフトとしての販売ができる。採算性という側面が存在する。おもしろい領域に片野坂は着目したのだ。

 片野坂の脳裡には、直近の有事として、中国による台湾侵攻が想定され、かつその延長線上に、中国の日本国領海侵犯がリンクしており、そこに公安部としての立場での関与の限界と関与方法への独自の思考が渦巻いているのだ。

 このストーリーは、勿論、第一段階は実戦的ドローン作戦の実機とソフトの開発というプロセスがある。そして、実機とソフトの性能テストが成されねばならない。第二段階は、片野坂が想定して開発したドローン作戦のシミュレーション技術が、本当に実戦的なものといえるか。その調査と検証は不可欠である。公安部長の許可を取り、片野坂はアメリカに飛ぶ。
 片野坂の元同僚であり、NSBの上席調査官であるレイノルド・フレッチャーにまず相談を投げかけることから始まって行く。NSBはFBIの内局の1つ。連邦捜査局国家保安部である。
 片野坂が持参したのは、ドローンを使ったウクライナでの戦い方のゲーム感覚でのシミュレーションだった。この相談が、さらに実戦的なブラッシュアップへとつながっていく。
 第三段階は、現地実験へとステップアップすることに・・・・・。

 これをメインの大筋とすれば、ここに幾つもの筋が織り込まれていく。
1. リアルタイムで発生してきた様々な公安領域絡みの事象に関連した情報話
2. この第5作から、新人が加わる。片野坂の部下・望月の外務省時代の同僚で32歳の一等書記官、東大卒。中国の北京大使館と上海・瀋陽の領事館勤務経験あり。語学では「チャイナ・スクール」のエースとみなされていた男。現在は外務省アジア大洋州局北東アジア第二課勤務である。名前は壱岐雄志(イキユウジ)。本シリーズの愛読者にとっては、楽しい側面となる。片野坂のチームが教化されるのだから。
3. 片野坂はチームメンバーに、ロシア軍と中国人民解放軍の詳細な動向調査が喫緊の問題と判断し、その調査を指示する。メンバーが協力してこの課題に取り組んでいく。
 壱岐にとっては、トレーニングの要素を含めた実戦の調査活動となる。
4. 時事、世界情勢に関連した会話が、様々な関連情報を含んでいて、リアルタイムな豆知識情報を副産物として提供してくれる。

 このストーリー、フィクションではあるが、重要な点に気づかせてくれる。
 ドローンの利用が戦争そのものを変える段階に入っていること。
 衛星画像技術の進化によって、かつての軍事的極秘情報が手に取るように即座にわかる時代になってきたこと。
 他にもあるだろうが、この2点が印象的である。

 ストーリーを楽しみながら、思考材料となる情報を副産物として提供してくれる小説だと思う。
 ご一読ありがとうございます。

補遺
ドローンとは? 国土交通省の定義や語源、ヘリ・ラジコンとの違いも解説
                      :「ドローンナビゲーター」
ドローンとは?意外と知らないドローンの定義を簡単に解説  :「mazex」
無人航空機  :ウィキペディア
日本水中ドローン協会 ホームページ
ウクライナ「ドローン戦」で変貌する戦争 :「REUTERS」
[密着]ウクライナ軍”ドローン部隊”徹夜の任務で目標『バンキシャ!』 YouTube
  2024年5月19日放送「真相報道バンキシャ!」より との付記あり
仏大統領"支援"のホンネは?/ウクライナ「新ドローン部隊」発足・・・G7サミットの舞台裏【6月14日(金)#報道1930】|TBS NEWS DIG
衛星データ入門  SAR(合成開口レーダ)のキホン 
   ~事例、分かること、センサ、衛星、波長~
    :「宇畑 SORABATAKE」

国土地理院で利用している主なSAR衛星  :「国土地理院」
光学衛星とSAR衛星の違い     :「SPACE SHIFT」

 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『プライド2 捜査手法』   講談社文庫
『孤高の血脈』   文藝春秋
『プライド 警官の宿命』   講談社文庫
『列島融解』   講談社文庫
『群狼の海域 警視庁公安部・片野坂彰』  文春文庫

「遊心逍遙記」に掲載した<濱 嘉之>作品の読後印象記一覧 最終版
 2022年12月現在 35冊



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