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遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『間者 鬼役六』   坂岡 真    光文社文庫

2025-04-27 12:03:17 | 諸作家作品
 鬼役シリーズの第6弾! そのタイトル通り、「間者」をモチーフとする中編連作集と言える。三作品が収録されている。それぞれ110~120ページほどで相互に連環していく小説である。

 文庫書下ろしとして、2012年9月に初版が刊行された。手元の文庫は2014年4月第5刷。
 将軍の毒味役(鬼役)である矢背蔵人介は、この第6弾でも引き続き御小姓組番頭の橘右近から呼び出され指示を受ける立場にいる。しかし、橘右近に知られているかつてのもう一つの顔・暗殺役について、右近の命令を受けて働くことは拒絶しつづけている。一線を画すという立場を堅持する。とはいえ、橘右近から指示を受けて、蔵人介が調べ始める事案の実態が明らかになって行くと、結果的に蔵人介は長柄刀の来国次を抜くことになる。悪をこの世にはびこらさぬために・・・・・。なぜ、長柄刀を抜かねばならぬのか、その必然性を蔵人介が感じ取り、読者もうなづけるに至るプロセスがこのシリーズの読ませどころなのだ。

 三作品はそれぞれ一区切りの結末をみせながら、底流では謎の根源を追い求め、ステージを変えて連環していくことになる。それぞれの作品について、簡略にご紹介し、読後印象も付記する。

 この第6弾は、天保6年(1835)如月から始まる。日本史の年表を参照すると、徳川第11代将軍家斉の在位の晩年期にあたる。天保5年3月に、水野忠邦が老中に加わった。一方、1833年に天保の大飢饉が発生し、継続している。この時代背景は重視されるべきであろう。

< 鈴振り谷 >
 如月15日、宿直明けで帰宅する折、蔵人介は、従者の串部六郎太の諫めを無視して、近道となる番町の谷底への急坂、鈴振り谷を歩む。蔵人介は谷道の途中で、辻籠の担ぎ手変じて強盗を行う輩に狙われる。勿論難なく撃退するが、寒木瓜の枝葉に揺れるものが目に止まる。それは駕籠図だった。
 帰宅すると、義弟の綾辻市之進が来ていた。市之進は、一昨晩、一関藩の元藩士で浪人の有壁大悟が一関藩中屋敷門前で殺された事件を探索中だった。その手口から下手人はかなりの手練れだという。その場所が、駕籠図に朱でX印を付けられた場所に一致していた。殺された有壁は、高価な螺鈿細工の帯留めを握り占めていたという。駕籠図と帯留め。蔵人介は、義弟の探索する事件に自ら関心を抱き、首を突っ込んでいく。
 一方、雲上では、水野出羽守忠成が毒殺され、中奥出入りの医師が斬られるという事件が起こっていた。水野忠成の死は病死として扱われ、水野忠邦が老中に加わる結果となっていた。
 有壁殺しと奥医師殺しの下手人が同じであると結びつく。そんな矢先に、蔵人介は橘右近から呼び出される。右近の話は、江戸城の大奥と絡み、感応寺建立という話に結びついていた。それは幕府の財政を揺るがすほどに影響が出る事案でもあった。蔵人介はその事案にからむ闇の部分に踏み込まされていくことに・・・・。
 このストーリーで、間者として活躍するのは公人朝夕人の土田伝右衛門だろう。
 「気持ちの保ちようが、生死を分けた」(p119)と蔵人介が思う一行が、哀しみの余韻を残す。

< 夜光る貝 >
 飢饉の影響が大きい最中にもかかわらず、雑司ヶ谷の鼠山での感応寺の建立が公方家斉の鶴の一声で動き出す。それが真っ先に近隣の弱小町民に悪影響を及ぼし始める。この寺の建立が御政道に益なしと考えるものが蔵人介の身近にも現れる。新参の鬼役・八木沼蓮次郎、奥御右筆・長谷部新之丞である。長谷部により、蔵人介は一関藩江戸留守居役鳥谷玄蕃に引き合わされる。蔵人介は鳥谷から有壁大悟と彼の妹・古耶が間者として親藩である仙台藩の内情を探っていたという事実を聞かされる。一関藩は仙台藩からの頸木を逃れ独立することをめざしてきたという。
 蔵人介には鳥谷の話から、幕府を巡る陰謀が見え始めてくる。市之進から預かっていた帯留めには、一枚の紙が隠されていたことがわかる。それが糸口となり、蔵人介は古耶に協力して、さらに探索の深みに邁進していくことに・・・・。
 いくつもの事案が、利権と思惑が絡み合う複雑な人間関係の中で、進展し一方で頓挫していく。そのただ中、蔵人介が己の意思で一層関わりを深めていく姿が興味深い。
 また、おさとと古耶という女性が登場するが、この女性たちに対処する蔵人介の心理描写がこのストーリーの魅力の一つになると私は思う。

< 黄金の孔雀 >
 冒頭で余談だが、このシリーズを読み継ぐにつれ、公方家斉という人物像の愚劣さが鼻についてきている。本作冒頭の雑司ヶ谷の鷹場における家斉の描写にはさらに嫌悪感が増すという次第。そこからふと著者の造形したこの家斉像は歴史上実在した人物に肉迫しているのだろうか。それとも純然たるフィクションとしての造形なのか。その点が気になってきている。
 それはさておき、中尊寺金色堂を江戸に移設すると家斉が妙案を出すところから、とんでもない事態へと急進的に波紋が広がり、ノンストップでストーリーが進展していくところが、本作のおもしろさである。
 まず、一関藩江戸留守居役の鳥谷玄蕃が腹を切る。蔵人介が同じ日に佞臣二人から声をかけられる。新参の鬼役・八木沼蓮次郎が悶絶のすえ果てる。
 数日後、裃姿で御濠端を歩く蔵人介は剃髪した古耶に出会う。古耶から「奥州人の気骨」を告げられる。さらに謎の黒幕について、鳥谷があるとき語っていたというヒントめいたことを古耶から知らされる。
 古耶の恨みをはらしてやるという思いが、蔵人介の行動力の原点となる。蔵人介は黒幕の究明に踏み込んでいく。そして、遂に・・・・。
 老中水野忠邦の君命を受け、蔵人介は鬼役本来の使命に徹することになる。使命を貫徹するも、蔵人介には虚しさだけが残ったのではないか・・・・・そう思う。
 それはなぜか・・・・は本作を読んで、感じ取っていただきたい。
 収録三編のうち、場面展開のスピード感はこのストーリーが頭抜けていると感じる。
 さて、最後に蔵人介の言として次の一文が記されていることに触れておこう。
「黄金の孔雀とは、中尊寺金色堂の須彌壇に描かれた阿弥陀如来の眷属にござる」(p344)

 ご一読ありがとうございます。


補遺
関山 中尊寺 公式ホームページ
  金色堂について
中尊寺    :ウィキペディア
ヤコウガイ  :ウィキペディア
螺鈿とは   :「武蔵川工房」 
いわての5ほうび ~螺鈿(らでん)細工~|岩手・盛岡市|5きげんテレビ YouTube
徳川家斉   :ウィキペディア
徳川家斉 40人の側室に55人の子を産ませた裏に破戒坊主 :「NEWSポストセブン」
教科書に載らない大奥のスキャンダル ~禁断の「智泉院事件」とは :「草の実堂」

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『となりのナースエイド』    知念実希人   角川文庫

2025-04-25 23:41:45 | 諸作家作品
 先日、『サーペントの凱旋 となりのナースエイド』の読後印象をまとめた。読後にその副題が気になり、調べてみて、先に読んだ本が本書の続編だということを知った次第。そこで、本書を読むことにした。 『となりのナースエイド』がシリーズ化されるのかどうかはわからないので、『サーペントの凱旋』を続編と位置付けてここでは記す。
 
 まず、結論は『となりのナースエイド』を読んでから、続編『サーペントの凱旋』を読まれることをお勧めする。続編を先に読むと、本書の結末としてキーポイントになる箇所が前提になっているところから続編が始まるからである。

 本書は、2023(令和3)年11月に書下ろしとして文庫版が刊行された。
 続編の読後に、「となりのナースエイド」が2024年1~3月に日本テレビ系「水曜ドラマ」枠で全10話構成で放映されていたそうだ。

 本作の主な主人公は二人。桜庭澪(サクラバミオ)と竜崎大河。桜庭澪が主で、竜崎大河が従という位置づけでストーリーが始まる。『サーペントの凱旋』では、竜崎が主で、桜庭が従という形に近くなる展開と言える。

 さて、ナースエイドについて、まず触れておこう。ナースエイドのリーダー格で澪の教育係となった園田悦子が澪に説明する。ナースエイドは、病院において資格がなくてもできる仕事であり、医療行為ができず、病院内での雑用係である。しかし、ドクターが「患者さんを治すプロ」、ナースが「医師をサポートするプロ」に対して、ナースエイドは「患者さんに寄り添うプロ」なのだと。そして、医療現場では本当は上下関係などなく、ドクターもナースもナースエイドも同等なのだと。これは理念ではそうだが、病院内の意識の実態はそうじゃないという描写が各所に出て来る。そういう医療現場の状況も、たぶん著者の見聞と体験が反映されているのではないかと思う。

 澪は、星嶺大学医学部付属病院の5階病棟、統合外科病棟のナースエイドとして勤め始めた。だが、澪には誰にも語らない過去がある。調布中央総合病院の優秀な外科医として勤務していた。その澪が、精神科医の診察を受け、正式にPTDSの診断を下され、抗うつ剤の薬物療法を受ける立場に陥ってしまう。執刀することが出来なくなったのだ、新聞記者だった姉の唯を殺したのは結果的に私だという意識を抱くようになり、PTDSを発症したのである。澪は患者に寄り添う医療の一環として、ある人物の推薦を受け、星嶺大学医学部付属病院でナースエイドとして働き始めるに至る。
 このストーリー、澪がナースエイドとしてこの附属病院で働き始めるプロセスの中での経験と、姉の死を見つめ直さざるを得ない状況に導かれることを通し、外科医として立ち直るに至るプロセスが描かれていく。外科医として立ち直るのに力を貸すのが結果的に竜崎大河なのだ。

 竜崎大河は、星嶺大学医学部付属病院統合外科のドクター。技術至上主義で、データに基づいて執刀するという天才外科医。統合外科は手術のエキスパート集団。統合外科は火神教授を頂点にした手術の腕に唯一の価値を置き、ピラミッド構造の完全な階級制で組織されている。研修医は「ブロンズ」、その上に、シルバー、ゴールド、プラチナとランク付けされている。プラチナは毎日手術部にいて、朝から晩まで手術だけしているスペシャリストに位置付けられる。竜崎大河はそのプラチナであり、火神教授に次ぐ位置に入る。
 普通なら、接触する機会がほとんど生まれそうにない澪と竜崎が思わぬ偶然も影響して人間関係を築いていくというプロセスに面白さがあり、医療現場で様々な事象が次々に発生していく。そこが読ませどころとなっていく。医療サスペンス小説と言える。
 このストーリは、澪の病む心が解放され立ち直るに至るという大きな流れを生み出す形を基盤に織り込みながら、短編連作が積み上げられられていく趣がある。

 全体の構成を目次に沿い簡単にご紹介しよう。

< 第一章 ナースエイドのお仕事 >
 ナースエイドとして勤め始める桜庭澪の背景と星嶺大学医学部付属病院統合外科の環境がわかる導入部の描写。そして、最初の仕事として、澪は患者の木下花江を担当する。手術当日に、花江が痛みを訴える様子が気になり、執刀医の竜崎に直に伝えようとする。それは外科医としての知識と経験からくる意識のなせることなのだが、ナースエイドの立場としては型破りな行動となる。ストーリーの出だしから興味を惹きつけられる。
 桜庭澪と竜崎大河が知り合うことになる偶然性がおもしろい。さらに、竜崎が澪のキャリアに気づいてしまう。なぜ? そこがおもしろいオチとなる。

< 第二章 二人三手の旋律 >
 胸部が結合した状態で生まれた一卵性双生児の加賀野すみれと加賀野百合。この二人の分離手術を竜崎が執刀する予定が組まれる。ここに一つの悩ましい問題が浮かび上がる。二人で三手である。姉と妹のどちらに一手を残すか。もう一人は隻椀になることに・・・。
 澪はこの双子のナースエイドとして働く立場になる。
 これとパラレルに、アパートの澪の自室が何者かに空き巣に入られていた。部屋はめちゃめちゃにされていたが、ノートパソコン以外に盗まれたものはなかった。澪には犯人の見当すら思い浮かばない。刑事はもし犯人が目的のものを見つけていなければ、再び危害を加えて来ることも考えられるという。
 澪は竜崎に姉の唯の病気と死について語ることになる。また、事件の事を知った橘刑事が澪を訪ねて来て告げる。唯は殺されたのだと。橘は姉の恋人だった。

< 第三章 潜在意識の告発 >
 ナースエイドとして澪は、カウンセラーの仕事をしているという患者笹原遥未を担当する。彼女は膠芽腫の患者である。遥未の病棟担当医が火神玲香であり、3人の会話の中からヒントを得る。橘に告げられたことが契機となり、姉の過去の行動を追跡し始めた。それが契機で、ある場所で思わぬ状況を目撃することになる。その目撃が、澪を新たな局面に立ち向かわせる。そこに竜崎が絡んでくることに・・・・・。
 また、澪は遥未の膠芽腫の手術に加わり、手術中の遥未の話相手になる役割を担った。その時、遥未が潜在的に記憶していたことを話すのを聞き取る。

< 第四章 家族のために >
 澪は姉の死の問題に関わる人物を洗い出すために、ある計画を立て実行する。そこから思わぬ事実が明らかになっていく。
 一方、養護施設の子供が統合外科に緊急搬入されてくる。その子供の名は小夜子。虫垂炎が悪化していた。竜崎が緊急手術をしようするが、そのためには小夜子の親の同意が必要となる。親は手術に同意しない。それが重大な障壁となっていた。澪は携帯電話で急遽呼び出されて、その渦中に巻き込まれていく。

< 第五章 それぞれの選択 >
 澪は姉・唯の死について事実を知ることに。
 シムネスが発症している末期がん患者の火神教授に対する竜崎の手術に澪も第二助手として加わることになる。
 さらに、小夜子が養護施設から行方不明になったという事態が発生する。

< エピローグ >
 ストーリーの終わり方をお楽しみに。

 患者とナースエイドとの関りを軸に、医師、看護師とナースエイドの相互関係がリアルな医療現場の様子として描きこまれていく。症状の違う患者を様々に取り上げていくところが興味深い。それと、パラレルに、一方で相互関係を持ちながら、このストーリーの本筋が進行していく。
 本筋は、澪がトラウマから脱却し、本来の姿を取り戻すに至るプロセスである。
 そこに、姉・唯の死についての事実の一角が明らかになる側面が関わって行く。
 さらに、天才外科医・竜崎大河の過去と実像が明らかになっていくという側面が絡んでいく。この側面が実に興味深い。特異な存在として描きこまれているとも言える。
 加えて、統合外科の頂点に居た火神教授が、澪に新たな謎を残すという事態が生み出される。この謎が、続編として進展するのは必然でもあったのだ。当初からの構想なのだろうと思う。これは続編を先に読んだからこそここに書き加えられる印象である。

 ふと、なぜ、「となりのナースエイド」というタイトルになったのだろうと思った。
 「患者さんに寄り添うプロ」としてのナースエイドという意味で、患者のすぐそば、となりにいるナースエイドという意味になるのだろう。一方、ストレートな意味で「となりのナースエイド」になるんだなと気がついた。ダブルミーニングのタイトルになるようである。

 ご一読ありがとうございます。


補遺
知念実希人  :ウィキペディア
ナースエイドってどんな仕事?業務内容や1日の流れを詳しく解説:「介護のみらいラボ」(マイナビ)
ナースエイド(看護助手)とは?仕事内容や給料、資格をご紹介 :「mikaru」
レトロウィルスって何?通常のウィルスと何が違うの。 :「中部科学機器株式会社」
解離性大動脈瘤(大動脈解離)って?  :「日本血管外科学会」
初期臨床研修医のための外科糸結び 動画 :「長野松代総合病院」
膠芽腫(Glioblastoma: GBM) :「旭川医科大学 脳神経外科」
成人膠芽腫(GBM)ガイドライン  :「日本脳腫瘍学会」

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『サーペントの凱旋 となりのナースエイド』  知念美希人  角川書店

2025-04-16 21:02:16 | 諸作家作品
 2023年11月に『硝子の塔の殺人』を読んで以来である。その後、文庫本を数冊購入し、積読本になっている。地元の図書館の紹介コーナーで本書が目にとまった。サーペントって蛇のはず。凱旋という言葉とのつながり。これ何? それがきっかけで借りて読んだ。
 本書は2024年12月に、書下ろしの単行本として刊行された。
 「となりのナースエイド」という副題が付いている。読後にネット検索してみると、
『となりのナースエイド』と題する本が2023年11月に発行されているので、本書はこの『となりのナースエイド』の続編に位置付けられるようである。また、「となりのナースエイド」は連続ドラマ化されて、日本テレビ系「水曜ドラマ」枠で放送されていたことも知った。未読なので遡って読まなければ・・・・・と動機づけられた。
 
 本書単独での読後印象を述べたい。第一印象は、近未来の医療SFミステリー小説。
 ストーリーの中核になるのは火神細胞を進化させた新火神細胞。星嶺医大付属病院統合外科の初代教授火神郁男がこの火神細胞を発明した。「火神細胞による万能免疫細胞療法は、手術、化学療法、放射線療法に継ぐ第四のがん治療法として世界中で広く使われるようになった」(p21)つまり、この記述時点でSFと言える。
 統合外科は20年ほど前に開設されている。
 十数年前に、あらゆる臓器に同時多発的に悪性腫瘍が生じる奇病が社会に現れ出した。全身性多発性悪性新生物症候群。この英文名称の略称で、「シムネス」と通称される。
 3年前には、火神郁男教授自身がシムネスを患い、統合外科の天才外科医・竜崎大河による手術中に、火神の心臓が破裂して死亡した。この時、桜庭澪も手術チームに加わっていた。竜崎は医師免許停止となる。免許停止中に、少女の命を救うために手術を強行し、医師免許を剥奪される処分を受けた。竜崎は日本を去る。ここからこのストーリーが始まる。

 医学界における星嶺医大付属病院統合外科の影響力はこれで地に落ちる。
 だが、3ヶ月前に状況が再度一変する。なぜか? 
 星嶺医大付属病院統合外科で、通称「オームス」のオペレーティングユニットを使用したオームス手術が開始されるようになったからである。楕円形で巨大な黒い繭のような新時代のがん治療装置は『Outside operated Higami cell machine system』と呼ばれ、通称が「オームス」なのだ。
 
 火神細胞は、火神郁男がパナシアルケミと共同で開発した。火神教授の死後、外科医だった娘の玲香は統合外科医局を対局し、メガファーマ(巨大製薬会社)になっていたパナシアルケミに就職する。父の悲願を継ぎ、オームスの完成を目指すためだった。新火神細胞が開発される。それは火神細胞にバイオコンピュータを組み込んだ細胞。この新火神細胞を患者の血管内に投与し、オペレーティングシステムに入った執刀医が、スーパーコンピューターで新火神細胞を離合集散させる操作を行い、患者体内の固形がんを除去するという画期的な手法である。このオームス手術で従来の治療手法が不要になるのだ。
 オームスの装置内に入り、執刀をするのは桜庭澪である。澪はナースエイドの役割を続けることを条件に統合外科で外科医として勤務している。今は火神玲香に協力し、治験例を重ね、標準装置の開発を目指している。

 オームス手術の治験は次の段階に入る。オームス手術用の専用手術室が港区赤坂にあるアメリカ大使館の一室に設営された。そこで駐日アメリカ大使の母親を治療するということに。進行した乳がんが発見され、すでに骨や肺へ転移し、根治手術は不可能な状態になっていたのである。この治療が成功すれば、オームスの名は世界中の医療界に響き渡っていくことは明かだった。

 その直前に、竜崎大河が帰国する。この3年間、竜崎は海外で裏の世界に関わり、天才外科医として知れ渡り、「サーペント」と呼ばれるようになっていた。<プロローグ> では、竜崎がイスラム原理主義者でテロリスト、独裁者のジャミール・ラジャンの手術をする場面が描写される。竜崎は、世界各地を求めに応じて移動する一方、アフリカのシエラレオネに幾度もシムネスの調査に出かけていた。医師免許を剥奪された竜崎がなぜ、帰国したのか。

 竜崎が成田空港から入国した時、彼の前に新宿署の橘刑事が立ちはだかる。橘は6年ほど前から、新聞記者だった桜庭唯と交際していた。桜庭澪の姉である。4年前に、唯はシムネスという不治の病に冒され、入院先の屋上から転落死した。その唯は病に冒されながらも社会正義を貫くための事件を追っていた。唯は統合外科のトップ外科医として君臨する火神郁男をなぜか調べていた。その唯と火神がともに希少疾患に罹患したのである。これが偶然であるはずはないと橘は考える。唯は自殺ではなく、誰かに殺されたのだと橘は確信していた。火神が死んでしまったので、橘は竜崎から事情聴取をしたいのだ。竜崎が手術に関わる現場を必ず押さえて、法律違反で逮捕すると橘は竜崎に宣告する。

 桜庭澪が火神玲香に協力し、オームスのオペレーター(執刀医)になっていることには密かな目的があった。姉の唯が追究していた真実とは何なのか。火神郁男が心臓の破裂で術中死する前に、秘密を隠し続けるために姉の唯を殺してしまったことを澪に告げた上で、「この秘密が暴かれたら、多くの人々が命を落とすことになる」「真実を知りたいなら、外科医に戻りなさい。戻って、オームスのオペレーターになるんだ」(p93)と澪に囁いていたのだ。このことを澪は誰にも話していない。
 この秘密が何なのか。その謎解きミステリーという重要な側面が関わって行く。
 海外でサーペントと通称される竜崎大河もまた、独自に火神教授が秘密にしていることが何かを独自に究明していた。
 この小説、このミステリーの側面が重要な要因となっていく。
 一方で、、秘密の暴露を阻止しようとする側が暗躍し始める。
 このせめぎあいが、読ませどころとなっていく。

 そして、三枝友理奈という小柄な少女に対するオームス手術が、ファイナル・ステージになっていく。臨場感に満ちた手術プロセスが描きこまれていく。医師でもある著者の本領が、この医療SFに発揮されていく。一気読みしてしまう。

 < エピローグ > の最後の一行をご紹介しよう。
 「I'm just a Doctor. I'm Serpent.(俺はただの医者、サーペントだ)」
この一行。これが「サーペントの凱旋」を象徴していると感じた。

 序に触れておこう。玲香が澪に語る箇所である。
 「『サーペント』とか名乗っているんだって。あれよ。医学の神アスクレピオスの杖に巻き付いている蛇のことよ」(p56)
 サーペントの由来はここにあるようだ。

この小説、重要な課題を含んでいる。それが根底のテーマにあるのだろう。
 Xという医療行為は多くの人々の命を救う可能性が高い。だが、一方で確率はごく低いが命にかかわる副作用を発症すること、死に至ることも起こりうる。ならば、Xという医療行為は捨てるべきなのか。

 ストーリーにいろいろと仕掛けが組み込まれていて、楽しめるSFミステリーである。 それだけではない。一方で、医療業界で現実に行われているかもしれないダークサイドを感じさせる部分を暗示しているようにも思う。それは深読みだろうか。
 「事実は小説よりも奇なり」なんて、フレーズもあったな・・・・・。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『硝子の塔の殺人』   実業之日本社
 
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『写楽殺人事件』  高橋克彦  講談社

2025-04-15 17:40:28 | 諸作家作品
 2月下旬に谷津矢車著『憧れ写楽』(文藝春秋)を読んだ後、写楽関連でネット検索をしていて、本書の題名と出会った。その時、本書が昭和58年度第29回江戸川乱歩賞受賞作であることを知った。受賞は42年前になる。当時、なぜ気づかなかったのだろう。写楽に関心を抱くようになったのは、その後の時代だったのかもしれない。
 この賞、調べてみると2024年度には第70回という歴史を刻んでいる。

 本書は、昭和58年(1983)9月に単行本が刊行された。
 地元の図書館の蔵書にあったので、借りて読んだ。1983年10月第5刷発行である。

   現在文庫本では新装版が出ている。これはその表紙
今や、ロングセラーの一冊になっているのだろう。

 読もうと思った動機は勿論、題名に「写楽」が含まれていること。そして、写楽と「殺人」がどう関係するの? 時代設定は江戸時代? という疑問。

 本書を読み始めてわかったのは、現代小説であること。
 <プロローグ> は2ページにわたり、一本の掛軸の画を描写する。その掛軸の画面の左上部に、<寛政戊午如月 東洲斎写楽改近松昌栄画>と書き込まれていることを記す。後に、その書き込みを発見したのが写楽を研究する独身の研究者・津田良平だと読者にはわかる。彼は、私立の武蔵野大学で浮世絵を教えている西島俊作のゼミの10回生であり、西島の研究室に助手として残り、写楽を研究している。津田は「写楽研究ノート」という論文を発表していた。助手としては4年目。先輩で8年目の岩越が助手としていた。

 ストーリは、一転して東京の篆書家・嵯峨厚(56)が探索むなしく遺体として沖合の海上で発見されるという状況から始まっていく。

 嵯峨厚は、篆書家であるとともに浮世絵研究者としても著名で、「東京愛書家倶楽部」を主催する会長でもあった。在野の浮世絵研究者として著書も多数出版していた。嵯峨は研究上の見解の相違からここ5年来、いわゆる冷戦状態の関係にあった。
 西島は、アカデミックな性格を持つ「江戸技術協会」に所属し、理事を務めていた。
 嵯峨は、反協会的な姿勢をスローガンにして生まれた「浮世絵愛好会」の中心的人物の一人だった。この両会の対立が二人の冷戦を生んだのだ。嵯峨の死は、それが自殺か他殺かは別にして、西島にとっては論敵がいなくなったことを意味する。
 この両会の対立が、まずこのストーリーの背景に存在する。

 津田は、西島門下生であるがあることから破門状態になっている先輩の国府とは有効な関係を維持していた。この国府との関わりが、嵯峨の死という問題に津田が巻き込まれる一因にもなる。国府は嵯峨の失踪後に、嵯峨の義弟・水野に同行し、嵯峨の探索に関わっていたのだ。岩手県警の小野寺が、国府を訪ねてきたことが縁で、その時国府と一緒だった津田は、小野寺との面識ができる・・・・袖触り合うも多生の縁が深くなる方向に進展することに・・・・・。

 津田は、「東京古書会館」での古本市に注文した本を受け取りに行く。そこで、嵯峨の義弟。水野に出会う。津田は展示会専門の古書商の水野から、一枚一枚写真を貼り付けた画集を譲られることになる。それは、白い帯に「清親序文入り、肉筆画集」と水野が記した古書で秋田蘭画だった。「湖山荘主人収蔵品名幅図録序」の末尾に「明治40年12月 清親」と記名がある。浮世絵の終焉を飾った絵師・小林清親が序文を書いた画集だった。
 国立のアパートに戻った津田は、夕食後にこの画集を見始める。
 これが、プロローグにリンクしていく。「東洲斎写楽改近松昌栄」という記入。これが写楽研究者である津田の関心を惹きつけていく・・・・・。

 この小説の興味深いのは、この画集が契機となり、津田はこの画集のルーツを探求し始める。写楽と秋田蘭画の結びつきの信ぴょう性について。
 津田の現地調査旅行に、国府の妹・冴子が興味を示し同行することになる。
その調査プロセスで、現地の古書店主たちとの交流が深まって行く。
 このストーリーの前半は、津田が緻密な探求、分析のプロセスから写楽について一つの仮説「秋田蘭画説」を構築するプロセスが描きこまれていく。これ自体が一つの謎解きミステリーである。

 この小説の起草された時点までに、写楽の正体と目される人物仮説について、昭和32年(1957)の円山応挙説から始まり、昭和56年(1981)の山東京伝説まで、13の人物仮説が、本文に一覧として列挙されている。これも興味深い。いくつかの説は見聞していたが、こんなにあるとは知らなかった。その後さらに増えているのだろうか。この箇所を読み写楽について興味がさらに深まった。

 津田の仮説と論証について、報告を受けた西島教授はその仮説を認め、それを世界に発表するという方向で行動をとり始める。ここには、西島教授が言葉巧みに助手津田の仮説を己の業績にしていくやり口が描かれていく。こういうこと、あるだろうな・・・・そんな気にさせるシニカルな視点が盛り込まれている。
 その過程で津田は疎外された立場に置かれていく一方で、己の仮説に新たな疑問点を見つけていく。仮説が破綻する可能性・・・・・。
 仮説の構築を確かなものにするには、新たな謎解きミステリーに立ち向かう必要性が現れる。

 津田の仮説に基づく論文が発表されたのち、西島が自宅で焼死する事件が起こる。
 冷戦状態にあった嵯峨と西島が共になくなってしまった。これらは自殺なのか他殺なのか、事故死なのか。謎が深まる。
 写楽を因とした殺人事件という観点が浮上してくる。ストーりーの後半は、殺人事件の謎解きミステリーが展開していくことになる。

 そして、最後は、写楽秋田蘭画説構築の基盤となる証拠の中に仕組まれていたカラクリの謎解きに転じていく。津田自らがその謎の部分を発見する!! 
 
 実在した人物、史実としての人間関係と交流、実在した文物などを基盤にして、そこに巧妙に織り込まれたフィクションが、緻密な写楽仮説を構築させ、さらにそれを突き崩し破綻させる。そこに殺人事件を必然性のあるものとして組み込んでいく。実に巧妙なミステリーになっている。
 40年という歳月を経ているが、色褪せてはいないストーリー展開である。ロングセラーであることを納得させる。実におもしろい。
 
 今、NHKでは蔦屋重三郎を主人公とする大河ドラマ『べらぼう』が進行している。
 この小説の中に、次のような会話が出て来る。引用する。
 「そのまま田沼が権勢を誇っていたら、秋田藩も安泰、蔦屋も万万歳ってとこだったろうが、天明6年に田沼が失脚したことによって蔦屋の経営も苦しくなり始めたんだろう。だが、それまでの間に築きあげた強力な基盤があるから、何年かは持ちこたえた・・・・そこに第一回の発禁処分を言い渡された」(p166)
この第1回目は、天明8年で喜三二の『文武二道万石通」で、翌寛政元年に二冊が発禁。寛政3年に京伝の作が4回目の発禁処分になる。
 こんな史実に絡んだ会話が織り込まれている。なぜ、写楽が生まれたかの背景話としてである。現在の大河ドラマとの接点が含まれているところも、興味深かった。この文脈では、「男に意地」が蔦屋に絡むキーワードになっている。
 このくだり、私にとっては、副産物としておもしろく読めた。
 秋田蘭画というのが存在したというのも、私には初めて知った副産物だった。

 このストーリーの最終ステージで、津田の根底にあった心理を対話者が津田にあざやかに指摘している箇所がある。(p297)
 「君は、あの画集を自分が掘り出したものと完全に信じた。」
 「偶然に手に入れたものだと思い込ませることが、この計画の最も大切な部分だった」
 この根っ子の心理がどのようにカラクリに組み込まれて行ったのか。楽しんでいただきたい。

 ご一読ありがとうございます。


補遺
東洲斎写楽     :ウィキペディア
東洲斎写楽 作品一覧   :「日本文化遺産オンライン」
ユリウス・クルト  :ウィキペディア
小島烏水 「江戸末期の浮世絵」:「横浜市立図書館デジタルアーカイブ」
小林清親      :ウィキペディア
小林清親一覧   :「秋華洞」
鳥高斎栄昌    :ウィキペディア
秋田蘭画とは?  :「秋田県立美術館」
秋田蘭画     :ウィキペディア
世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画  :「水と生きるSUNTORY」
観光スポット:角館エリア  :「仙北市」
角館    :ウィキペディア
朋誠堂喜三治 → 平沢常富   :ウィキペディア
朋誠堂喜三治(平沢常富)  :「名古屋刀剣博物館 名古屋刀剣ワールド」 
山東京伝  :ウィキペディア
蔦屋重三郎 :ウィキペディア

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『またうど』   村木 嵐    幻冬舎

2025-03-07 20:30:30 | 諸作家作品
 第10代将軍徳川家治が田沼意次に言う。
 「意次。そなたはさすが、父上がまたうどと仰せになられただけのことはある。
 全き人、遇直なまでに正直な信(マコト)の者という意味だ。    p54

 本書のタイトルはここに由来する。
 学生時代に日本史を学び始めた頃、田沼時代は商業資本重視であり、賄賂政治が横行し、その筆頭が田沼意次だというイメージを当時の風聞から抱いた。この時代の史実を深く学んだわけではないのに、そういう刷り込まれた記憶が残っている。冒頭の記述、「またうど」は、まさに真逆である。
 本作の面白さは、まさに180度逆転した田沼意次像が描き出されるところにある。

 将軍家治の父、第9代将軍家重のもとで、小姓として仕えることから始まった田沼意次の出世人生、政治で采配を振るった人生が描かれる。将軍家治の側室が出産をまじかにしている宝暦12年(1762)10月から、意次の臨終時点までを描く伝記風小説である。
 本作のテーマは鮮明だ。田沼意次は「またうど」であり、将軍家治の治下で、老中として政治を担った。田沼意次は何をなし、何を成し遂げようとしたのか。その姿を描き出す。この一点にあると思う。

 本書は、2024年9月に、書き下ろしで単行本が刊行された。

 田沼意次は600石の家格の家に生まれ、9代将軍家重の小姓として仕えるところから始まり、10代将軍家治のもとで老中になった。
 意次の信条の一つは、武家の家格ではなく、実力主義で能力のある人材を登用するという方針。本作の冒頭は、宝暦12年(1762)10月25日、将軍家治に待望の男子が生まれるという直前の場面から始まる。城内で待機中の意次がたまたま天守跡に現れ、御天守番を務める松本十郎兵衛、33歳と会話をする。松本が倹約に関連する細やかな工夫を述べたことが契機となり、意次は彼の才覚を見出し勘定方に起用する。そんなエピソードが、意次のスタンスを象徴している。十郎兵衛は、意次が打ち出す政策路線の実務担当者になって行く。貨幣の改鋳、南鐐二朱銀の発行。商人に株仲間を作らせるとともに運上冥加金を課税。印旛沼・手賀沼の干拓と新田開発。蝦夷の俵物と蝦夷地開発のための見分調査などの推進の中核になっていく。後に勘定奉行となる。さらに勘定方に有為な人材が起用される状況も織り込まれていく。
 意次がなぜ、これらの政策を実施して行ったのか。この時代を読み解く鍵となり、政治家としての意次を知る上での読ませどころといえる。

 家重・家治という父子二代の将軍に仕えた意次という人物の姿、家重と意次との信頼関係、家治と意次との信頼関係がこのストーリーの柱になっている。そして、「またうど」という四字が意次を評するに最適な言葉であることを明らかにしていくところに、本作の真骨頂があると言える。
 意次の臨終間際に、意次の妻綾音に著者はこう語らせている。 p294
 「殿が思い残されるのはあの薔薇と、またうどの文字だけでございますね。ほら、ちゃんとここにございますよ。
 案じられるには及びませぬ。あとでわたくしが必ず殿の懐に入れて差し上げますから」
 もう一つの観点として、政権交代の局面がある。このプロセスの読み解きが田沼意次を知る重要な切り口となる。田沼意次が政治の表に立ち、様々な改革を手掛け、田沼時代と称されるほどになった。それが一転して失脚し、政権が第11代将軍家斉に切り替わる。松平定信が老中職に就き、後に、田沼意次とは真逆の改革を始めていく。この政権交代の舞台裏が描かれ、読み解かれていく。なぜ、意次が「またうど」とは真逆の賄賂政治の悪者として表象されるに至るのか、一説として理解できる。なるほどと思う読み解きである。
 ストーリーの最終ステージで記される次の下りが私には特におもしろかった。
 天明7年(1787)10月時点、意次が70歳手前の時点である。

 < >の箇所は私の補足説明。
 <意次の甥・意致が来訪し、意次のもとに奉書(申渡状)を差し出す。その文面>
意次儀、御先々代お取り立ての儀につき、御先代にもご宥恕の御旨これあり候につき、その方へ家督として一万石下しおかれ、遠州相良城召し上げられ候-------- p281

 <この奉書の内容に対して意次が反応して発した言葉 >
 それは真か。いやはや、白河侯はようやってくだされた。わざわざ私が家重公、家治公に信を賜っておったと知らしめてくださるとは思いもかけなかったぞ。
 有難いことじゃ。これで田沼が蟄居を命じられたと書付が残るかぎり、家重公、家治公の信が篤かったことも後の世に伝わるではないか。  p282

ここに表白された意次の思いを深く理解するには、本作を開いて読んでいただくことが必要だろうと思う。そこには文書の文意をどこまで読み込めるかということも関係してきて興味深い。
 この後、田沼家は陸奥国信夫郡に移封となる。その前に、意次は家臣の整理をする。ここにも意次の真骨頂が表出されている。
 上記の文書と意次が行った家臣の整理の経緯は史実・史料をベースにしていることだろう。フィクションではなく、史資料ベースだと思いたい。
 田沼意次という人物を、リセットして考え直すためにも・・・・・・・・。

 ご一読ありがとうございます。


補遺
『またうど』刊行記念インタビュー
「田沼意次って、本当にこういう人なんです」  村木嵐   :「幻冬舎plus」
田沼意次を重用「徳川家治」どんな人物だったのか  :「東洋経済ONLINE」
「将軍の跡継ぎ問題」頭悩ませた田沼意次の"誤算"  :「東洋経済ONLINE」
田沼意次展、静岡・牧之原ではじまる 絶頂期の動静伝える新史料公開 :「朝日新聞」
田沼意次 相良城 田沼街道  :「牧之原市観光案内」
「田沼意次侯ゆかりのまち」イベント情報  :「牧之原市」
相良の名君 田沼意次とその時代 夢風便り Vol.11  :「浜松いわた信用金庫」
田沼意次と税   :「国税庁」
5分でわかる!田沼意次の「わいろ政治」   :「中学暦」

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