「花で読みとく」というタイトルのリーディング・フレーズが目に止まった。『源氏物語』を花で読みとこうというのだから、面白そうと感じてしまう。こういうアプローチは、私にとっては初めてなので、副題に「ストーリーの鍵は、植物だった」と付けられると、惹かれてしまった次第。表紙に、KODANSHA と表示されている本を手にするのも初めてかもしれない。
本書は、2024年4月に単行本が刊行された。
本書は、光源氏を筆頭に、『源氏物語』に登場する人々が花の名称を和歌に詠み込み相互にコミュニケーションをしている場面に焦点を当てる。そういう場面を抽出し、整理分類し、章立てている。そのコミュニケーション場面がどのような内容であるか、『源氏物語』に沿って人間関係等を整理し、位置づけなおして、解説していく。対話する人々の心のやり取りを分析して、対話者の心理を織り込みながらそのシチュエーションに著者が解説を加えるのだから、わかりやすい。『源氏物語』の大筋の流れも、いわばダイジェスト的に理解できることになる。
『源氏物語』には、作中和歌が795首詠み込まれている。私は瀬戸内寂聴訳『源氏物語』の文庫版を通読したのだが、その時本書に取り上げられて、一冊の本にできる位に花を詠み込んだ和歌があるということをほとんど意識していなかった。『源氏物語』に登場する個々人の特徴と彼らが歌の中に詠み込んだ花とがマッチングしているということを、分析し論じていくというアプローチがおもしろいと思った。その花がその人物を象徴している。こういう読みときもあるか・・・・。そんな思いを楽しめる。
「はじめに」で、まず著者は、『源氏物語』の作者紫式部自身と花をリンクさせることから手始める。紫式部が藤原宣孝に贈ったと書き残している歌を事例に取りあげる。
おぼおつかなそれかあらぬか明ぐれの空おぼれする朝顔の花
紫式部自身がこの歌で、宣孝を朝顔の花に例えているのだ。つまり、宣孝という人物像が浮かび上がるということ。それと同様のことが、『源氏物語』のストーリーに織り込まれているという。「紫式部が植物をよく観察し、登場人物に各植物の特性を重ね合わせ、物語をより豊かにふくらませている」(p3)と「はじめに」で述べている。
そして、本書の目的について、「『源氏物語』の命とも言える魅力的な主要登場人物と花や植物の関係をひも解こうと試みました」(p3)と記している。
本書は、4章構成になっている。各章に誰が登場するのか? 登場人物名を列挙しておこう。その人物と誰とがコミュニケーションする場面を取り上げ、その和歌にどのような植物が詠み込まれているかは、本書を読むお楽しみである。
第一章 光源氏と妻たち
光源氏、葵の上、紫の上、花散里、明石の君、女三の宮
第二章 光源氏を彩る女君たち
桐壺更衣、藤壺中宮、空蝉、夕顔、六条御息所、末摘花、朧月夜の君、秋好中宮
明石の姫君、朝顔の姫君、雲居の雁、玉蔓、真木柱、落葉の宮
第三章 光源氏を取り巻く男たち
桐壺帝、頭中将、朱雀帝、冷泉帝、夕霧、蛍宮、柏木
第四章 次世代の担い手たち
薫、匂宮、大君、中の君、浮舟
これだけの人々が本書に主だった登場人物として出て来る。和歌に詠み込まれた花の名称がその人物たちを象徴しているという分析は興味深い。その読みときは『源氏物語』の世界に入り込む上で、導きの一冊として大いに役立つ。
誰がどういう花を詠み込んだ歌で取り上げられているのか、垣間見として、少しご紹介しよう。勿論、どのようにそれが解説されていくかは本書をお楽しみあれ!
光源氏:ヤマザクラ、紫の上:ハス、明石の君:マツ、六条御息所:サカキ
明石の姫君:マツ、頭中将:フジ、夕霧:フタバアオイ、薫:オミナエシ
匂宮:コウバイ、 浮舟:タチバナ この辺りでとどめておきたい。
各パートでは、そこで取り上げられた花について、花のイラストが掲載され、その花について、学名・分類・原産・開花期・特徴が簡潔に付記されている。読者にとっては、花そのものを知り、イラストで楽しめるという副産物になっている。これらの要素が読みやすさを加えている。
また、東京都立中央図書館蔵の<源氏絵物語>から歌川国貞筆の各帖の絵が文中で各帖に言及される箇所に掲載されている。江戸時代に人々が見る機会をもった『源氏物語』の一端をここに垣間見することができるという要素も組み込まれている。
『源氏物語』に登場する人々を理解する鍵が花にあるという分析と説明を加えた上で、最後の的確なポイントとして、その花の花言葉を巧みに援用して著者は論じていく。なるほどと思う説得力が生まれている。
一方で、ふと思ったことがある。花言葉というものは、何時頃始まり、現在各所で紹介されている形に定着してきたのだろうか。『源氏物語』が書かれた時代に、著者がここで紹介する花言葉に端的に表される形の認識が既に共有されていたのだろうか。紫式部はどのように認識してそれらの花を登場人物に関わる花として詠み込んで行ったのだろうか。 本書は、『源氏物語』を花という観点から、捉え直した現代的解釈書なのだろうか。
読後印象の一つとしてこの素朴な関心事項に留まっている。
いずれにしても、読ませどころに満ちた花いっぱいの源氏物語解説書である。
ご一読ありがとうございます。
本書は、2024年4月に単行本が刊行された。
本書は、光源氏を筆頭に、『源氏物語』に登場する人々が花の名称を和歌に詠み込み相互にコミュニケーションをしている場面に焦点を当てる。そういう場面を抽出し、整理分類し、章立てている。そのコミュニケーション場面がどのような内容であるか、『源氏物語』に沿って人間関係等を整理し、位置づけなおして、解説していく。対話する人々の心のやり取りを分析して、対話者の心理を織り込みながらそのシチュエーションに著者が解説を加えるのだから、わかりやすい。『源氏物語』の大筋の流れも、いわばダイジェスト的に理解できることになる。
『源氏物語』には、作中和歌が795首詠み込まれている。私は瀬戸内寂聴訳『源氏物語』の文庫版を通読したのだが、その時本書に取り上げられて、一冊の本にできる位に花を詠み込んだ和歌があるということをほとんど意識していなかった。『源氏物語』に登場する個々人の特徴と彼らが歌の中に詠み込んだ花とがマッチングしているということを、分析し論じていくというアプローチがおもしろいと思った。その花がその人物を象徴している。こういう読みときもあるか・・・・。そんな思いを楽しめる。
「はじめに」で、まず著者は、『源氏物語』の作者紫式部自身と花をリンクさせることから手始める。紫式部が藤原宣孝に贈ったと書き残している歌を事例に取りあげる。
おぼおつかなそれかあらぬか明ぐれの空おぼれする朝顔の花
紫式部自身がこの歌で、宣孝を朝顔の花に例えているのだ。つまり、宣孝という人物像が浮かび上がるということ。それと同様のことが、『源氏物語』のストーリーに織り込まれているという。「紫式部が植物をよく観察し、登場人物に各植物の特性を重ね合わせ、物語をより豊かにふくらませている」(p3)と「はじめに」で述べている。
そして、本書の目的について、「『源氏物語』の命とも言える魅力的な主要登場人物と花や植物の関係をひも解こうと試みました」(p3)と記している。
本書は、4章構成になっている。各章に誰が登場するのか? 登場人物名を列挙しておこう。その人物と誰とがコミュニケーションする場面を取り上げ、その和歌にどのような植物が詠み込まれているかは、本書を読むお楽しみである。
第一章 光源氏と妻たち
光源氏、葵の上、紫の上、花散里、明石の君、女三の宮
第二章 光源氏を彩る女君たち
桐壺更衣、藤壺中宮、空蝉、夕顔、六条御息所、末摘花、朧月夜の君、秋好中宮
明石の姫君、朝顔の姫君、雲居の雁、玉蔓、真木柱、落葉の宮
第三章 光源氏を取り巻く男たち
桐壺帝、頭中将、朱雀帝、冷泉帝、夕霧、蛍宮、柏木
第四章 次世代の担い手たち
薫、匂宮、大君、中の君、浮舟
これだけの人々が本書に主だった登場人物として出て来る。和歌に詠み込まれた花の名称がその人物たちを象徴しているという分析は興味深い。その読みときは『源氏物語』の世界に入り込む上で、導きの一冊として大いに役立つ。
誰がどういう花を詠み込んだ歌で取り上げられているのか、垣間見として、少しご紹介しよう。勿論、どのようにそれが解説されていくかは本書をお楽しみあれ!
光源氏:ヤマザクラ、紫の上:ハス、明石の君:マツ、六条御息所:サカキ
明石の姫君:マツ、頭中将:フジ、夕霧:フタバアオイ、薫:オミナエシ
匂宮:コウバイ、 浮舟:タチバナ この辺りでとどめておきたい。
各パートでは、そこで取り上げられた花について、花のイラストが掲載され、その花について、学名・分類・原産・開花期・特徴が簡潔に付記されている。読者にとっては、花そのものを知り、イラストで楽しめるという副産物になっている。これらの要素が読みやすさを加えている。
また、東京都立中央図書館蔵の<源氏絵物語>から歌川国貞筆の各帖の絵が文中で各帖に言及される箇所に掲載されている。江戸時代に人々が見る機会をもった『源氏物語』の一端をここに垣間見することができるという要素も組み込まれている。
『源氏物語』に登場する人々を理解する鍵が花にあるという分析と説明を加えた上で、最後の的確なポイントとして、その花の花言葉を巧みに援用して著者は論じていく。なるほどと思う説得力が生まれている。
一方で、ふと思ったことがある。花言葉というものは、何時頃始まり、現在各所で紹介されている形に定着してきたのだろうか。『源氏物語』が書かれた時代に、著者がここで紹介する花言葉に端的に表される形の認識が既に共有されていたのだろうか。紫式部はどのように認識してそれらの花を登場人物に関わる花として詠み込んで行ったのだろうか。 本書は、『源氏物語』を花という観点から、捉え直した現代的解釈書なのだろうか。
読後印象の一つとしてこの素朴な関心事項に留まっている。
いずれにしても、読ませどころに満ちた花いっぱいの源氏物語解説書である。
ご一読ありがとうございます。