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遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『プライド3 警官の本懐』    濱 嘉之    講談社文庫

2025-04-07 23:23:06 | 濱嘉之
 プライドシリーズの第3弾! 
 今年(2025)の2月に、文庫書下ろしとして刊行された。

 大石和彦・高杉隆一・本城清四郎の幼馴染3人が協力関係を密にしながら事件に取り組むというこのシリーズがここに完結した。三者三様に警官としての人生を過ごすことになる。だが、それぞれが己の本懐を遂げたと思える心境にほぼ至っただろうという余韻が残る。そこには、意外な終末も織り込まれていて、人生ままならない側面を表象している。それもありえるよな・・・・と受け入れざるを得ない。

 さて、本作そのものに入ろう。
 時代背景は、本文の読み方に間違いがなければ、2006年9月を起点として、2025年4月で終わる。ほぼリアルタイムの警察小説である。和彦・隆一・清四郎の活躍は小説としてフィクションであるが、その背景の時代は、リアルな情報をベースにワンクッションを置いて描きこまれていると想像する。勝手な思い込みかもしれないが、この時代背景の読み解きが私には副産物として魅力になっている。さまざまな情報が盛り込まれていて、考える材料になる。

 本作第1章、2008時点における3人の職務のポジションは、
   大石和彦  警察庁警備局公安課長
   高杉隆一  警視庁刑事部捜査第二課管理官
   本城清四郎 警視庁組対部組対三課主任    で始まり、
 エンディングの段階で、彼らの最終ポジションは
   大石和彦  警視庁副総監にて退職
   高杉隆一  警察学校長にて退職
   本城清四郎 駒込警察署長に就任   である。

 この期間に彼ら3人の所属先は目まぐるしく変化していく。しかし、3人が常に緊密な情報交換をしながら、長年に及び重大な事件を究明し、解決に導いていく姿が描きこまれていく。この3人の情報交換の内容は、直ちに周囲の捜査員たちに伝えられ、捜査活動に反映していく。このプロセスを楽しみながら読み進めることができる。この3人の関わり合い方が本作を読む醍醐味である。

 清四郎と和彦との会話の中で、清四郎が語る。「警察官たるものは何をするべきなのか・・・・。(中略)結構、素直な本質論に落ち着くようになったんだ」「ほう、素直な本質論か・・・・」という和彦の応答に、清四郎が言う。「ああ、『世のため人のため』だな」と。(p158)
 このやり取り、この本質論を彼らは事件の究明・解決という形で実践する。それが「警官の本懐」というタイトルに結びつく。

 1年あるいは数年で、彼ら3人の職位と職域はどんどん変化していく。職位を上がるたびに、職域が広がり、権限が広がる。それに伴い、入手情報の質と広がりも大きくステップアップしていく側面がある。3人の関りと情報交換とは、ますます彼らの能力を発揮させる推進力となり、事件の解決に寄与する。
 本作では、著者は事件の謎解き、究明の細部のプロセスに入り込むよりも、それぞれの職位と職域の違いに関わらず、幼馴染という絆のもとに3人が協力しあい、共有する情報が事件を解明する推進力となり、効果を発揮する側面を描くことにウエイトを置いているように感じた。ひょっとしたら、そこには現実の警察組織の実態に対するシニカルな視点が潜んでいるのかも・・・・そんな裏読みすらしたくなる。それほど3人の連携プレイを楽しむことができる。

 そこで、本作で扱われる事件そのものなのだが・・・・・。
 2006年から2018年という期間において、次の事件が順次俎上に上がってくる。
*2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震発生に伴う関連事象への対応
 具体的には、まず、都内における帰宅困難者への対応が事件発生を未然に防止するうえからも必要になる。一方で、災害地泥棒が大集結すると予測される。その対策が必要となると、大石和彦は熊田から助言される。勿論、和彦は清四郎にその情報を速やかに伝える。ここから、対策が始まって行く。
*2012年春、隆一は警視庁組織犯罪対策部、清四郎は新宿警察署課長代理に異動。和彦は静岡県警察本部に赴任。新宿での闇の勢力は複雑化していく。
*2013年春、清四郎が一つの注意報告書に目をとめる。ゼネコンがらみの事件が推測され、そこに過去の事件で垣間見えた詐欺師・遠山茂子が再び俎上に上ってくる。
*師走後半の早朝に、京都市内で拳銃使用の殺人事件が起こる。その翌日、福岡県北九州市で、漁業組合長が射殺された。裏社会が大きく動き出していた。清四郎は京都の事件には同和問題が関わっていると隆一に己の考えを連絡する。清四郎は福岡県警への応援として派遣され、現地では遊軍チームのキャップとして捜査で活躍することに・・・・。裏社会は大きく蠢いていた。捜査は大きく広がって行く。
*一旦合同捜査本部が解散となり、清四郎が新宿署に戻ると、大手芸能プロダクションの執行役員が行方不明という事件が発生していた。清四郎は事件には半グレが絡んでいると判断する。新宿のキャバ嬢たちに、半グレ、山手連合、ブラックドラゴンが入り組んで関わりを持ち、そこにシャブが絡んでいる。清四郎は中核となりこの捜査に取り組んでいく。興味深くてかつおもしろいのは、白石原というジャーナリストが清四郎に協力してこの捜査に関わって行く点である。
*清四郎は組対三課に事件担当係長として戻る。『永田町の妖怪グループ』と呼ばれ始めていた詐欺集団と、この集団に関係する国会議員の周辺の本格捜査に取り組み始める。詐欺集団のトップとみなされるのは遠山茂子である。宿年の捜査対象、遠山茂子が再び俎上に上ってくる。清四郎が渋谷警察署組対課長に異動した後に、遂に彼の執念が実る。

 最後に、本書で印象に残る2箇所を引用し、ご紹介しておこう。
*ヤクザをぶっ潰すのは簡単だと思うんだが、その後どうするか・・・・まで考えないと、世の中は動かないからな。チャイニーズマフィアをぶっ潰して、半グレをぶっ潰した後、奴らをどうするのか・・・・・刑事政策だけでなく社会政策も考えておく必要があると思うんだ。   p159
*そういう文章を書くことができる人物だから、取り調べでホシを落とすことができるんだろうな。取り調べというのは人と人の戦いの場ではなく、被疑者の立場を理解しながら心の琴線に如何に柔らかく包み込むように触れるか・・・・が重要なんだよ。  p320

 このストーリー、本懐とはコインの両面になる言葉として、幼馴染の絆を上げたいと思う。私はそこに読後印象として重みを感じている。

 お読みいただきありがとうございます。

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『伏蛇の闇網 警視庁公安部・片野坂彰』   濱 嘉之   文春文庫

2024-11-25 22:56:44 | 濱嘉之
 警視庁公安部・片野坂彰シリーズの第6弾! 文庫のための書下ろしとして、2024年10月に刊行された。
 本作はまさに直近の世界情勢を片野坂彰をリーダーとする警視庁公安部長付特別捜査班が情報収集し、片野坂を中核に分析し論じあうというインテリジェンス・ストーリー、情報小説である。現下の世界情勢をこういう視点から見つめることができるものか、というところが、フィクションという形式を介して、大いに参考になる。

 本作はこれまでのシリーズとはちょっと全体構成の趣が違うという印象をまず抱いた。一つの特別捜査事案がメイン・ストーリーになって、いくつかのサブ・ストーリーが織り込まれていき、結果として集約統合されていくという展開とはかなり異なる。いわば、短編連作の底流に一つのテーマが横たわっていて、それぞれの短編のある局面が、その一つのテーマと接合していくというイメージである。
 
 片野坂は特別捜査班のリーダーであり、4人の部下がいる。しかし、片野坂は上司・部下という上下関係を主体とする一班ではなく、それぞれが専門領域での優秀な捜査員であり、お互いが同僚だという意識でのチーム作りを実践している。それぞれのメンバーは、己の担当する領域でテーマを主体的に追及しいく。特別捜査班全体での情報の共有化を図りつつ、海外各地域に分散し単独で諜報活動に従事していくとともに、片野坂の提起する特定事案の解決にチームプレイを発揮する。今回は、このそれぞれの活動を描くという側面の比重がこれまでの作品より大きくなり、ストーリーに色濃く反映されていると思った。

 これは、本作の目次をご紹介すれば、そこにその一端が現れていると思う。
 短編連作風の作品と感じる一つの要因は、各章での主体となり諜報活動をする人物が明確な点である。個々の主人公が片野坂と連絡を取り、一方で同僚間の相互協力とコミュニケーションを密にしている。目次と併せて主体となる人物を明記しておこう。

  目次              主体として活動する特別捜査員
    プロローグ         片野坂彰警視正  本筋の事案の始まり
  第1章 ロシア情勢       香川潔警部補
  第2章 中国情勢        壱岐雄志警部
  第3章 中東情勢        望月健介警視
  第4章 福岡          片野坂彰警視正
  第5章 経過報告        片野坂がメンバーと活動状況を共有化
  第6章 新たな問題       緊急事案への対処:片野坂・香川・壱岐
  第7章 事件捜査        緊急事案が事件捜査に転じる
  第8章 海外警察の拠点摘発   片野坂の扱う本筋の事案の解決へ
    エピローグ

 プロローグで、片野坂が京都の八坂の塔の近くに現れる。土地鑑のある地域から始まると情景のイメージが湧きやすく一層ストーリーに入り込みやすくなる感じがした。
 片野坂はそこから京都の中心地区に移動し、とあるビルにある監視カメラに情報収集のための小細工を加える。それは片野坂が友人から入手した情報を契機に、ある事象の殲滅をテーマとして着手する始まりとなる。ここからまず面白いのは、ウィーンを拠点とする白澤香葉子警部のもとに、監視カメラに加えた細工を通して得られる情報を送信し、白澤がリモートでアクセスして、そこを起点に情報源を遡っていき、さらに関連情報をハッキングするというルートを構築していくところにある。片野坂が国土防衛のために取り組む事案は、その進め方が頭からグローバルな展開となる点である。このシリーズに引き込まれるのは、グローバルな情勢分析感覚がベースにあることだ。
 では、片野坂が友人から協力依頼を受ける形で得た情報を契機に取り組み始めたのは何か? 中国公安が、日本に秘密警察の「海外派出所」を設営して、留学生などの在日同朋を脅迫する一方で、チャイニーズマフィアと連携して大規模詐欺に関与しているという事象だった。京都に海外派出所の一つがあることと場所を片野坂が特定した。片野坂はこの京都から得られる情報を起点に、日本に設営された中国の秘密警察派出所の殲滅を一挙に行うことを決意する。これがこの第6弾のメイン・ストーリーに相当する。

 しかし、この事案だけを主体に捜査を展開していくストーリーの構成になっていないところが面白いところである。片野坂は、ロシア、中国、中東の各エリアで活動している同僚たちと、コミュニケーションを取り、情報を共有しながら、片野坂の視点で諜報活動の目標について助言・指示したり、危険性の評価などをしたりする。また、各捜査員の入手情報は、ウィーンの白澤のもとに中継拠点として集約される。一方、白澤は情報源へのハッキング活動により、片野坂以下4名に収集・分析した情報をフィードバックする。このスケールの広がりが、このシリーズの魅力的なのだ。

 第1章~第3章のロシア・中国・中東各地域の情勢分析とグローバルな相互関係についての描写は、ほぼリアルタイムな世界の情勢・情報が扱われている。その情報分析を一つの視点として受け止めると有益である。見方が広がることは間違いない。リアルな情報が巧みに織り込まれ、その動向がこの5人のメンバーの分析の俎上に上ってくるのだから、おもしろい。
 
 3人の特別捜査員がこのストーリーではどこに出かけているかだけはご紹介しておこう。特別捜査班の全員が片野坂の指示で警視庁本部庁舎で一堂に会するのは、クリスマスイヴの前日になる。それまで、片野坂は日本で単独捜査。白澤はウィーンで主にハッカーとしての業務に従事し、ストレートに帰国。あとの3人は以下の通り。
 香川:ウラジオストク→(シベリア鉄道・北ルート)→モスクワ→サンクトペテルブルク
 壱岐:上海・長江河口地域→香港→江西省の南昌市
 望月:フォレストシティ(マレーシア・ジョホール州)→モルディブ

 全員が集合して会合した後、片野坂は皆に1月15日の集合を告げ、それまでは有給休暇を取るように指示する。だが、年が明けてから、思わぬ新たな問題が発生する。それは公安部のサイバー犯罪特別捜査官の出奔事件である。その重要性に鑑みて、片野坂は即刻捜査に取り組む。そこに香川と壱岐が加わっていく。サブ・ストーリーの進展なのだが、それがまた、片野坂の事案に繋がっていく。外国と国内が絡むと、広いようで狭い裏社会の繋がりが露呈する。まあ、そんなものかも・・・・と思ってしまう。
 このサブ・ストーリー、リアルにあるかもと思うような話であり、興味深い。

 本作は、メイン・ストーリーと思う片野坂の取り組む事案を描くボリュームが相対的に少ない。それ以外の世界情勢の話題と分析に結構拡散している。なので、世界情勢の論議をフィクションを介して読むことに関心がない人にはお勧めとはいいがたい。
 フィクションを介しながらも、ここまで一つの視点で、世界情勢と過去の歴史の一端を取り上げ、読み解き、書き込んでいるところが興味深くおもしろいと思う。

 香川潔警部補の発言は、いつも過激で極端な側面があるのだが、それ故に思考の刺激になる。香川と片野坂の会話をいつも楽しみながら読める。
 最後に、香川が毒舌・揶揄でネーミングし、会話に頻出させるあだ名を挙げておこう。
    プー太郎、チン平、黒電話頭。
 小説ならではのあだ名ではないか。

 ご一読ありがとうございます。


補遺
CISSPとは  :「ISC2」
OSCPとは? :「CONPUTERFUTURES」
ガスプロム  :ウィキペディア
鬼城(地理学):ウィキペディア
恐れていた事態が起こった「中国の不動産業界」…中国で「完成はしたけれど住む人がいない」マンションが急増   :「現代ビジネス」
南昌市   :ウィキペディア
江西省・南昌市 概況説明資料  :「JETRO」
ヒズボラ  :ウィキペディア
バース党  :「日本国際問題研究所」
ハマース  :ウィキペディア
フーシ   :ウィキペディア
イスラエル国   :「外務省」
イスラエル    :ウィキペディア
モルディブ共和国 :「外務省」
モルディブ    :ウィキペディア
AIアシスタントとは?   :「RAKUTEN」
生成AIのパワーを活用する :「intel」
生成AI    :「NRI](野村総合研究所)

ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

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『天空の魔手 警視庁公安部・片野坂彰』  濱嘉之  文春文庫

2024-06-20 21:12:22 | 濱嘉之
 警視庁公安部・片野坂彰シリーズの第5弾! 2023年5月に書き下ろしの文庫が刊行された。ネット検索してみると、現時点(6/20)では、後続第6弾は刊行されていない。

 このシリーズの魅力は、実にリアルタイムなテーマ設定でインテリジェンス要素に満ちるコンテンツを扱ったフィクションだという点にある。
 最初にこのストーリーのキーワードを列挙してみよう。ドローン、eスポーツ、ミニ富岳、中国による台湾侵攻の想定、テルミット弾、対日有害活動の抑止、費用対効果、シュミレーションゲーム、ロボットの応用、衛星画像技術、SAR衛星、現地実験というところか。
 これらのキーワードが公安部の片野坂彰の頭脳の中でどのようにリンクしているのかが、このストーリーであり、それが実にリアルに結びついていくところを楽しめる。けれども、それがリアルに感じられるだけ余計に、この現実世界をリアルタイムで考える上でのインテリジェンスとなる。
 
 科学技術はコインのようなもの。平和利用と軍事利用の両面をもつ。どちらの側面で使うか。それは人間に課せられた選択である。このストーリーでは、ある目的のもとで、あるターゲットに対しドローンを飛ばすという行為が中心にストーリーが進展していく。
 プロローグは、群馬県の山間にある牧場に30人程度の選抜された青少年が、ドローンを操作し、最終的には高度50mから目標の直径2mの円内に3kgの重りを落とし、ドローンを出発地点に帰還させるという競技である。いわゆるeスポーツの一種といえる。
 この競技現場に片野坂は、警視庁警備局担当審議官五十嵐雄一警視監を伴って来ていた。ミニ富岳を1台レンタルして、この競技大会をオブザーブした。片野坂の脳裡には、公安の観点から、ドローンを実戦的に使うという発想があった。この競技大会はその発想を実現化する一歩だったのだ。それは五十嵐審議官への己の発想と実現化へのプレゼンでもあった。
 この競技大会での優勝者と準優勝者は、新規ソフト開発への参加権を獲得できるのだった。
 
 外見上はゲームソフト開発の会社を立ち上げ、eスポーツとしてドローンを使ったゲームソフトを開発する。eスポーツとしては、ドローン操縦は人間である。操縦には人間のスキル、ノウハウが累積され磨かれていく。しかし、それをコンピュータによる操縦という形に技術転換させたソフト開発を実現することが片野坂のねらいだった。つまり、ドローンを公安的観点から、対日有害活動の抑止に使う技術開発と技術確立である。
 その為には、ソフト開発をする特定の会社や資材調達をする会社などの基盤環境整備が勿論、マル秘レベルで必要となる。
 一方でそのソフト開発は、操縦者の操作という次元に落とし込み、形を変えることで、eスポーツのゲームソフトとしての販売ができる。採算性という側面が存在する。おもしろい領域に片野坂は着目したのだ。

 片野坂の脳裡には、直近の有事として、中国による台湾侵攻が想定され、かつその延長線上に、中国の日本国領海侵犯がリンクしており、そこに公安部としての立場での関与の限界と関与方法への独自の思考が渦巻いているのだ。

 このストーリーは、勿論、第一段階は実戦的ドローン作戦の実機とソフトの開発というプロセスがある。そして、実機とソフトの性能テストが成されねばならない。第二段階は、片野坂が想定して開発したドローン作戦のシミュレーション技術が、本当に実戦的なものといえるか。その調査と検証は不可欠である。公安部長の許可を取り、片野坂はアメリカに飛ぶ。
 片野坂の元同僚であり、NSBの上席調査官であるレイノルド・フレッチャーにまず相談を投げかけることから始まって行く。NSBはFBIの内局の1つ。連邦捜査局国家保安部である。
 片野坂が持参したのは、ドローンを使ったウクライナでの戦い方のゲーム感覚でのシミュレーションだった。この相談が、さらに実戦的なブラッシュアップへとつながっていく。
 第三段階は、現地実験へとステップアップすることに・・・・・。

 これをメインの大筋とすれば、ここに幾つもの筋が織り込まれていく。
1. リアルタイムで発生してきた様々な公安領域絡みの事象に関連した情報話
2. この第5作から、新人が加わる。片野坂の部下・望月の外務省時代の同僚で32歳の一等書記官、東大卒。中国の北京大使館と上海・瀋陽の領事館勤務経験あり。語学では「チャイナ・スクール」のエースとみなされていた男。現在は外務省アジア大洋州局北東アジア第二課勤務である。名前は壱岐雄志(イキユウジ)。本シリーズの愛読者にとっては、楽しい側面となる。片野坂のチームが教化されるのだから。
3. 片野坂はチームメンバーに、ロシア軍と中国人民解放軍の詳細な動向調査が喫緊の問題と判断し、その調査を指示する。メンバーが協力してこの課題に取り組んでいく。
 壱岐にとっては、トレーニングの要素を含めた実戦の調査活動となる。
4. 時事、世界情勢に関連した会話が、様々な関連情報を含んでいて、リアルタイムな豆知識情報を副産物として提供してくれる。

 このストーリー、フィクションではあるが、重要な点に気づかせてくれる。
 ドローンの利用が戦争そのものを変える段階に入っていること。
 衛星画像技術の進化によって、かつての軍事的極秘情報が手に取るように即座にわかる時代になってきたこと。
 他にもあるだろうが、この2点が印象的である。

 ストーリーを楽しみながら、思考材料となる情報を副産物として提供してくれる小説だと思う。
 ご一読ありがとうございます。

補遺
ドローンとは? 国土交通省の定義や語源、ヘリ・ラジコンとの違いも解説
                      :「ドローンナビゲーター」
ドローンとは?意外と知らないドローンの定義を簡単に解説  :「mazex」
無人航空機  :ウィキペディア
日本水中ドローン協会 ホームページ
ウクライナ「ドローン戦」で変貌する戦争 :「REUTERS」
[密着]ウクライナ軍”ドローン部隊”徹夜の任務で目標『バンキシャ!』 YouTube
  2024年5月19日放送「真相報道バンキシャ!」より との付記あり
仏大統領"支援"のホンネは?/ウクライナ「新ドローン部隊」発足・・・G7サミットの舞台裏【6月14日(金)#報道1930】|TBS NEWS DIG
衛星データ入門  SAR(合成開口レーダ)のキホン 
   ~事例、分かること、センサ、衛星、波長~
    :「宇畑 SORABATAKE」

国土地理院で利用している主なSAR衛星  :「国土地理院」
光学衛星とSAR衛星の違い     :「SPACE SHIFT」

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『プライド2 捜査手法』  濱 嘉之  講談社文庫

2024-02-12 21:01:53 | 濱嘉之
 プライド・シリーズの第2弾、書き下ろし文庫。2024年1月に刊行された。
 田園調布署管内の3駐在所それぞれに勤務する警察官たちの家族付き合いから、同年齢の息子達が幼馴染みとなる。その3人が歩んだ径路は異なるが、結果的に警察官になっていた。警察庁、警視庁というピラミッド型警察組織の中で、3人は警察組織での階級も職域も全く異なるが、幼馴染みの絆が、警察組織の壁を乗り越えて、法の下での正義のために情報交換し、協力し合い、重要な事件の解決への推進力となっていく。いわば、警察、警察官のプライドを実践するというストーリーである。

 この『プライド2』では、本城清四郎が中心になり、清四郎が幼馴染みの高杉隆一と大石和彦とコンタクトをとり、3人の協力関係が進展する。
 本城清四郎は私立大学に進み、大学時代はゴルフ三昧。その特技でかなりの人脈を作っている。結果的に警視庁に入庁する道に進み、組織犯罪対策部で現場一筋の捜査にやり甲斐を感じて邁進し、巡査部長に留まっている。ようやく昇任試験に目を向け始めたところ。捜査での情報分析能力を認められている。
 高杉隆一は高校卒業後警視庁に入庁。警察学校時代に一週間の世話係となった上原の薫陶と影響を受け、警察官としての能力を発揮する上で昇任の重要を認識し意識した。順調に昇任試験に合格。隆一は海外研修としてFBI派遣をも経験している。今の階級は警視庁警視。丸の内署の刑事課長である。
 大石和彦は、東大卒業後、キャリアとして警察庁に入庁。公安分野のキャリアの道を歩む。在ロシア日本大使館参事官として3年間赴任し、2003年4月に帰国。今は警察庁警視正。警備局警備企画課第二理事官。このストーリーの進展中、2005年(平成17年)3月末、警視庁公安部公安総務課長に異動する。
 3人のこの職域とキャラクターが、このストーリーの広がりという点で面白さを加える背景となっていく。

 プロローグは、2004年(平成16年)4月に、本城清四郎が組織犯罪対策部長に呼び出される。巡査部長時代最後の仕事として、コールドケース-迷宮入りの未解決事件-から事件を抽出して、その解決に取り組んでほしいと指示される場面から始まる。
 清四郎は平成元年から16年分のコールドケースのデータから2件に絞り込んだ。一件は永田町を中心としたマル暴絡みの詐欺事件。もう一件は渋谷区内で発生した不動産奪取案件。こちらは北朝鮮による拉致問題にも裏で関係するもので、警察官僚も関わっていた。 清四郎は、キャリアの太平組対三課長に部長の指示を報告した後、太平課長に警視庁公安部公安総務課内にある相関図ソフトを活用することを進言した。太平課長はこの相関図ソフトを知らなかった。この相関図ソフトが公安部ではここしばらくお蔵入りになっていた実態から始まるところがおもしろい。頻繁なキャリアの人事異動に伴う引き継ぎの不十分さを皮肉っていることにもなる。清四郎の進言から、この相関図ソフトが復活することに。かつて高杉隆一の世話係を担当した上原がこのとき、公安総務課の理事官になっていた。彼は隆一を介して清四郎を知っていた。人のつながりの妙である。
 公総課長のところで、清四郎が取りかかろうと考えている事件に絡んで、過去の事件関連から5人のデータを説明し、上原理事官が相関図ソフトの検索エンジンにデータを入力した。その結果、新たに相関図が生成された。それが、まさにパンドラの箱をあけた気分をその場にいた者に感じさせることになる。
 なぜか? その相関図には、ヤクザ、政治家、新興宗教団体・世界平和教関係者の名前が含まれていたからだ。

 この『プライド2』のタイトルは『捜査手法』である。このストーリー、まさにその捜査手法自体にフォーカスを当てる展開になっている。清四郎が採りあげたコールドケースに対して、水と油のように分かれていた公安警察と刑事警察が事件解決のために情報交換を密に行う展開が始まっていく。つまり、捜査手法の異なる点をクリアしつつ、事件解決のために協力する姿が描き込まれていくという次第。
 コールドケースを扱う故に、その事件当時の社会背景を踏まえた事実関係の再捜査と情報収集並びに情報の分析がストーリー進展の中心になっていく。

 フィクションという形ではあるが、平成10年代(1998~)頃の日本並び世界の政治経済状況がもろにこのストーリーに反映している。いわば情報小説の色彩が濃厚になっている。当時の社会状況、世界状況を思い起こしてとらえなおしてみる上で、情報分析の機微が内包されていると言える。
 フィクションに仮託して描かれていく場面の会話に、例えば次の事項が登場する。
 世界平和教の霊感商法について。少年法と犯罪少年のデータ抹消について。名簿商法の横行。霊園問題。政治家に対するハニートラップ。財政投融資問題の一側面。静音保持法制定の経緯。空き家対策問題・・・・。まさに、現実世界を考える上でも、ここには考える材料が豊富に書き込まれている。

 本作で興味深いと感じたのは、反社会勢力の裏社会においても、関東と関西に構造的・風土的な相違点があることだ。捜査の一環として清四郎は武田班長と一緒に関西に出張し情報収集するとともにその差異を実感するというサブストーリーが第3章として織り込まれている。社会構造的な一側面にフォーカスして、フィクションの形で実態を反映させ、切り込んでいるのだろう。
 
 大石和彦が警視庁の公安総務課長に就任した時点(第4章)から、清四郎、隆一との関わりが密になっていく。ここからの展開がやはりおもしろい。幼馴染みの絆で結ばれた上に、警察官としてのプライドが彼等の協力関係を一層緊密にしていく。それが当面の事件解決への梃子になる。このあたりがやはり読ませどころと言える。

 清四郎を主軸にした事件解決のための関連情報捜査が幅広く描かれていく故に、取り組んだコールドケースでの容疑者の捜査追跡ストーリーという局面が少しショートカットされている感を受ける。その局面の具体的描写が少ないように思う。
 これは、相関図で表れた広がりと政治家の関与部分をいずれ確実に叩くために、今回はピンポイントで最大の弱点だけを潰すという解決策に持ち込む政治案件となることによるせいかもしれない。
 逆に捕らえると、事件処理という点で、このシリーズがさらに続くことが明白になったとも言える。和彦が公総課長になったことが今後さらに、ストーリーをおもしろくしていくのではないか。今後の展開に期待したい。

 情報小説の側面が強く表に出て来ている印象がのこった。この情報小説という側面は考える材料として、私の好みであるので、今後の進展を楽しみにしている。

 エピローグは、2006年初夏の日曜日の昼前に、隆一、清四郎、和彦の3人が地中海料理屋のテーブル席で会話をする場面で終わる。会話の一部として以下のような発言が書きこまれている。
「国会というところはまさに魑魅魍魎の巣だからな。特に比例代表で出てくるような議員の中には、なんでこんな奴が国民の代表なんだ・・・・と思ってしまう輩もいるのが事実だ」 p384
「とはいえ、企業からの政治献金は規制が掛からないままになっているんじゃないのか」 p385
「実はそうなんだ。政治家の発想が国民からますます乖離していることを、一旦政治家になってしまうと忘れてしまうんだな。・・・・・・」 p385
 この会話、現在の状況を重ねてみると、今も何ら変わっていない思いを強くする。
 ここにも著者のアイロニーが込められているのではないか。
 高潔な政治家不在。政治屋の蔓延・・・・・・それが変わらぬ現実なのか。

 ご一読ありがとうございます。

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『孤高の血脈』  濱嘉之    文藝春秋

2023-12-15 21:59:58 | 濱嘉之
 濱嘉之さんの小説を読み継いでいる。本書が出版されているのを知らずにいたのだが、たまたま目にとまった。今まで警察小説の領域の作品群を読み継いできた。その核になってきたのは「情報」である。本作も警察小説かと思って読み始めたのだが違った。初めて警察ものとは異なる領域での長編小説を楽しむ機会になった。
 本書は、書き下ろし作品で、2022年11月に単行本が刊行されていた。単行本としての出版に接したのも、私は初めてである。ずっと文庫で読み継いできた。

 本作は医療分野を題材にしている。東北の拠点都市で医療法人清光会中東北総合病院を経営する池田家が舞台となる。プロローグはこの総合病院の創立150周年記念の宴席場面から始まって行く。
 この時点での理事長兼院長は池田利雄。次男であり、アメリカに留学して腹腔鏡手術の分野に習熟し、中東北総合病院の医者となって名医と呼ばれる地位を確立するに至る。
 池田家の男子は医者になり、女子は医者にはならずに、医者と結婚することで、池田家一族が一体となり、総合病院の中核を担う。そして病院の発展拡大を図ってきた。
 このストーリーは、総合病院経営者として利雄が能力を発揮し病院を拡大していくプロセスを主体にしつつ、利雄が己の躓きに気づいた時の対処までを描き出して行く。その背景として、池田診療所規模からこの総合病院を確立するに至った先代院長池田利宗の時代を前史部分として織り込みながらストーリーが展開されていく。

 池田利宗はシベリア抑留経験をした。そのとき、大久保弘之という建築家と抑留地で知り合い、終生の友人関係を築く。大久保は帰国後、建築家として建築業界では一流人となって、一方で政財界等との人脈を築いていく。利宗は外科医であり、医家である幸田家から池田家の婿養子に入り、池田診療所を継ぐ。そして、診療所を病院に格上げしさらに総合病院化して行った。この時、利宗の医大時代からの友人で外科医の田邊宏一郎が利宗に協力する形で病院に入る。彼もまた利宗の終生の友人である。
 さらに、利宗の実の兄、幸田宗春は医者で、当初医者として利宗の病院経営に協力していたのだが、途中から医者としてではなく病院経営のサポートに専念して、病院に関わる周辺事業にも着手し、利宗の病院経営の円滑化と事業拡大に関わっていく。

 利雄の兄・利邦は外科医の道を歩み、父の片腕となっている。利邦は医者として優れているが学者肌の性格。利雄には姉が二人いる。長女多恵子の夫・山県篤志は産婦人科医。次女有希子の夫・伊勢哲朗は耳鼻咽喉科医。それぞれ中東北総合病院の医療分野を担っている。多恵子と有希子は専業主婦。一方、利雄には双子の弟と妹がいて、弟の利典は小児科医。利典は病院経営にはあまり関心を示さない。妹の恵理子は弁護士となっている。
 
 利雄は子供の頃から姉二人に疎まれていた。特に兄弟姉妹の中で最も優秀とみなされていた有希子は利雄を毛嫌いしていた。学業面で利雄はいわば落ちこぼれ。彼一人だけ中高一貫で全寮制の学校に行かされることになる。医者を目指すが志望校には入れず、長い浪人生活をする。その時、利雄をサポートし、人生経験をさせたのは伯父の宗春だった。志望校には入れないままで医者となった利雄は、勧められてアメリカに留学する。この時の検分と体験が医者としての転機となっていく。
 雄はある時点で生涯の秘密を知らされることになる。それが利雄の生き様に関わって行く。
 利雄は徐々に中東北総合病院で己の立場を築き上げ、戦略的に行動して、理事長兼院長へと上り詰めていく。その過程で血族内での確執が深まっていく。
 病院経営に対する己の才能に目覚めて、能力を発揮していくのだが、そこにもその才能を底上げするある秘密が隠されていた。

 このストーリーの興味深いところは、いくつかの重要な要素が巧みに組み込まれているところにある。
1.地方の名家・池田家が総合病院を経営するという立場の及ぼす影響。
2.池田池の血族内の人間関係。そこに関わる秘められた問題事象。兄弟姉妹間の確執。
3 医療行政における中央と地方の関係
4.総合病院の経営における周辺事業との関係性。周辺事業を取り込んで行く形での拡大
 トータルなマネジメントの視点とそのノウハウ、併せてリスク・マネジメントの問題
5.医療業界の隠された闇の側面。医者と薬剤業界のつながり、医療行政とのつながり、
  医療業界と建築業界とのつながり、・・・・。

これらが複雑に絡み合っていくおもしおろさ。一方で、医療業界の情報小説的側面を併せ持っている。医薬癒着の側面など、著者が得意とする情報領域にリンクしていると言える。

 本書のタイトルは、「孤高の血族」となっていて、表紙には、「Ikeda, the noble
family」と英語が併記されている。この表記を読めば、地方におけるダントツの総合病院を経営する医家・池田家一族が、地方の名士として高潔に、気高さを持って医療分野で貢献するという意味合いが含まれていることになるのだろう。確かに地方で先進的な医療を導入しようとする先端を行く側面が描き込まれている。一方で、池田利雄という主人公が、池田家の中で、己の存在を認知させ、先代利宗よりも一層大きく質の高い総合病院に拡大して、己を疎んじてきた血族を実績で見返していこうとする。己が次世代に総合病院を引き継がせる行くという姿勢を貫こうとする。孤高の存在という立ち位置を貫き、他の血族に対し己の意思を貫徹するという思いがタイトルに込められているのではないかと受け止めた。そして、それが利雄にとって、血族に対する、いわば復讐になっていく・・・・。
 
 本作の内容から考えると、著者が新しい領域を手がけようとチャレンジした単発的な小説といえるだろう。なかなかおもしろい設定の作品となっているが、シリーズ化する意図はなさそうな登場人物設定になっていると理解した。

 ご一読ありがとうございます。

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