昨年、新聞広告で本書を知った。副題に「ことばはどう生まれ、進化したか」とある。 この副題が私の読書アアンテナに届いていた。ブログをフォローしている一人、U1さんが同書に触れておられた。それで、一層関心が高まった。
手元の本は、2023年6月3版。同年5月に初版刊行なので、増刷は早いペースだ。現時点でアマゾンのサイトをみると、「新書大賞2024」第1位!、アジア・ブックアワード2024「最優秀図書賞」(一般書部門)受賞、25万部突破というメッセージが載っている。
ぐつぐつ、なよっ、べちょ、ジュージャー、ブラブラ、キラキラ、ホカホカ、ポンポン、ザラザラ、ニャー、パリーン、カチャカチャ ・・・・・
第1章の最初に、これらの言葉が文章に点在する。そこから始まる。これらの言葉は、「オノマトペ」と総称されている。オノマトペについて、世界で通用する定義は、オランダの言語学者マーク・ディンゲマンセによる定義と著者は記す。「オノマトペ:感覚イメージを写し取る、特徴的な形式を持ち、新たに作りだせる語」(p6)
著者の秋田は、他言語との比較や言語理論という観点からオノマトペの持つ言語的特徴を研究してきた。一方、今井は認知科学、発達心理学の立場から、音と意味のつながりが言語の発達にどのような役割を果たすかという問題を、成人と乳児、幼児を対象とした実験により研究してきたという。そこにはオノマトペが関わってくる。
オノマトペを、秋田は言語サイドから見つめ、今井は言語を学んでいく乳幼児という人間サイドから見つめてきたのだ。その二人が、オノマトペを主軸にして、「言語の本質」に迫って行くという試みが本書である。
オノマトペという感覚的になじみやすい言葉を使っての実験事例を様々に紹介しながら、言語学的な分析と研究成果を統合していくアプローチになっている。学術的なテーマが扱われているわりには、楽しみながら読める側面がある。本書本体の構成は次のとおり。
第1章 オノマトペとは何か
第2章 アイコン性-----形式と意味の類似性
第3章 オノマトペは言語か
第4章 子どもの言語習得1-----オノマトペ篇
第5章 言語の進化
第6章 子どもの言語習得2-----アブダクション推論篇
第7章 ヒトと動物を分かつものーーーーー推論と思考バイアス
終 章 言語の本質
覚書を兼ねて、各章について少しご紹介してみる。
< 第1章 オノマトペとは何か >
まずオノマトペについて概観する。オノマトペの持つ感覚イメージを「写し取る」という特徴が鍵となり、この特性故にアイコン性を帯びるという。アイコンとは「表すものと表わされるものが似ている記号/物事を写し取った記号」である。えがおを意味するニコニコの絵文字が本文の事例に出てくる。
< 第2章 アイコン性-----形式と意味の類似性 >
オノマトペの音のアイコン性(「サラサラ」と「ザラザラ」、「によろによろ」「ぬるぬる」など)と発音のアイコン性(「あ」と「い」の発音でのイメージ差。阻害音。共鳴音など)、日本語の音韻体系などが分析される。わかりやすい。そして、オノマトペにおいて、アイコン性が高度に体系化されていることを示す。
< 第3章 オノマトペは言語か >
本書で「言語の十大原則」という基本事項を知った。コミュニケーション機能、意味性、超越性、継承性、習得可能性、生産性、経済性、離散性、恣意性、二重性である。この十大原則の意味を説明したうえで、オノマトペとこの原則の関係性が分析されていく。これが見出し語の問いかけにリンクしていく。
「言語は身体とつながっているという考えにとって、言語的な特徴を多く持ちながら、言語でない要素もあわせもつというオノマトペの性質はうまく合致する」(p90)と説く。オノマトペが、言語という抽象的な記号の体系へと進化・成長するためのつなぎの役割を果たしているのではないかと論じている。ナルホド・・・・という思い。
< 第4章 子どもの言語習得1-----オノマトペ篇 >
ヘレン・ケラーはサリバン先生との関わりの中で「すべてのモノには名前があるのだ」という閃きを得た。この有名な「名づけの洞察」事例を引き、赤ちゃんにオノマトペを多用する意味を明らかにする。
その先に、オノマトペに親しむことで、言語の様々な性質を学ぶことになっていくことを具体的に例示する。例えば、音と動作の関係、単語が多義であるということ、など。「オノマトペは言語のミニワールドである」(p116)
著者は、「言語習得におけるオノマトペの役割は、子どもに言語の大局観を与えることと言えよう」(p120)と論じている。
言葉を学び始める最初期の期間の重要性を感じる次第。
< 第5章 言語の進化 >
ここでは、言語がオノマトペを離れて、巨大な記号の体系に成長していく進化自体を論じている。語彙の大部分が「恣意的な記号の体系」となっていく側面が分析される。第4章までとは、論調の視点が変わる。
本書の「はじめに」の冒頭で、著者は「記号接地問題」を提示している。そして、この章で「一次的アイコン性→恣意性→体系化→二次的アイコン性」(「アイコン性の輪」仮説)というサイクルが生まれるプロセスを論じ、これが記号接地問題に対する答えになると言う。
「言語とは一般に、その形式と意味の結びつきに慣れ親しむことでしっくりくるようになる体系である」(p165)という一文がある。同様に、私には今一つこの章の理解が及んでいない。しっくりというには距離がある。論述の意味合いを感じとったに過ぎない気がする。理解を深める必要がありそう。課題を残した。改めて、読み直してみようと思う。
< 第6章 子どもの言語習得2-----アブダクション推論篇 >
オノマトペは子どもにとり言語修得の足場の役割を果たす。しかし、ほとんどのことばは、音と意味の間にすぐわかるつながりがなく、一つの単語が多義となる故に、オノマトペを離れなければならない。仮説形成推論(アブダクション)を修得する必要性を論じている。この章で、言語習得のために「ブートストラッピング・サイクル」の想定を著者は提案している。そのモデルを説明していく。そして、次のように述べている。
「言語習得とは、推論によって知識を増やしながら、同時に『学習の仕方』自体も学習し、洗練させていく、自律的に成長し続けるプロセスなのである」(p204)と。
このサイクルの理屈はわかるけれど、その仮説形成推論のスキルを修得するトレーニング方法は開発されているのだろうか。開発が進行形ということなのだろうか。
< 第7章 ヒトと動物を分かつものーーーーー推論と思考バイアス >
チンパンジーを使った推論実験とヒト乳児に対する推論実験の事例を取り上げて説明し、ヒトと動物を分かつものは何かを論じている。分かつものは、人類だけが言語を持つことであり、言語を使ってアブダクション推論を展開できることだと理解した。
< 終 章 言語の本質 >
再び、「はじめに」の冒頭近くに一旦戻る。
”記号接地問題は、もともとは人工知能(AI)の問題として考えられたものであった。「〇〇」を「甘酸っぱい」「おいしい」という別の記号(ことば)と結びつけられたら、AIは○○を「知った」と言えるのだろうか?” つまり、身体に根差した(接地した)経験がないとき、人工知能は○○を「知っている」と言えるのだろうか? という問題である。 この終章では、AIとヒトの違いが、別の視点から問題提起されている。
そして、最後に、著者二人が考える「言語の本質的特徴」が列挙されている。
終章は本書を開いてお読みいただきたい。
オノマトペを何となく使ってきたし、今も使っているときがある。だけど、オノマトペを突き詰めていけば、言語の本質に結びつくなんて、考えたこともなかった。私には理解不足に留まる感強しの箇所が残る。一方、言語について考えるのに役立つ本だと思う。
第5章、p131に「音と意味のつながり」という見出しがある。ここに、クイズが載っている。読者の体験用に載せられたクイズ。「次のクイズは、多くの人に耳馴染みのない言語における対義的な形容詞に関するものである。何問できるか試してみてほしい。」というもの。10問載っている。おもしろい体験になる。やってみてほしい。
ご一読ありがとうございます。
補遺
算数が苦手な子どもはAIと似ている 「記号接地問題」とは? :「日経ビジネス」
By Mutsumi Imai Read time:11min 2023.6.29
ChatGPTには言葉の「意味」が分からない カギは「記号接地」 :「朝日新聞」
記号接地問題における地とは何か:視覚的物体の同一性の分析 :「日本認知科学会」
記号接地問題 ~AIは言葉の意味を理解できるのか?~ :「no+e」
聞いてビックリ!“オノマトペ(擬音語や擬態語)”の知られざる底力とは?:「NHK」
オノマトペ まとめ :「日本語NET」
「やさしい日本語 Easy Japanese」の使い方オノマトペ :「NHK WORLD」
チャールズ・ホケット :ウィキペディア
Charles F. Hockett From Wikipedia, the free encyclopedia
図形文字を覚えたチンパンジー・アイ :「生命科学DOKIDOKI研究室」
チンパンジーの認知機能の基本特性 京都大学 松沢哲郎 :「JーStage」
ニューラルネットワーク :ウィキペディア
ニューラルネットワークとは?仕組みや歴史からAIとの関連性も解説 :「AISmiley」
ネットに情報を掲載された皆様に感謝!
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
手元の本は、2023年6月3版。同年5月に初版刊行なので、増刷は早いペースだ。現時点でアマゾンのサイトをみると、「新書大賞2024」第1位!、アジア・ブックアワード2024「最優秀図書賞」(一般書部門)受賞、25万部突破というメッセージが載っている。
ぐつぐつ、なよっ、べちょ、ジュージャー、ブラブラ、キラキラ、ホカホカ、ポンポン、ザラザラ、ニャー、パリーン、カチャカチャ ・・・・・
第1章の最初に、これらの言葉が文章に点在する。そこから始まる。これらの言葉は、「オノマトペ」と総称されている。オノマトペについて、世界で通用する定義は、オランダの言語学者マーク・ディンゲマンセによる定義と著者は記す。「オノマトペ:感覚イメージを写し取る、特徴的な形式を持ち、新たに作りだせる語」(p6)
著者の秋田は、他言語との比較や言語理論という観点からオノマトペの持つ言語的特徴を研究してきた。一方、今井は認知科学、発達心理学の立場から、音と意味のつながりが言語の発達にどのような役割を果たすかという問題を、成人と乳児、幼児を対象とした実験により研究してきたという。そこにはオノマトペが関わってくる。
オノマトペを、秋田は言語サイドから見つめ、今井は言語を学んでいく乳幼児という人間サイドから見つめてきたのだ。その二人が、オノマトペを主軸にして、「言語の本質」に迫って行くという試みが本書である。
オノマトペという感覚的になじみやすい言葉を使っての実験事例を様々に紹介しながら、言語学的な分析と研究成果を統合していくアプローチになっている。学術的なテーマが扱われているわりには、楽しみながら読める側面がある。本書本体の構成は次のとおり。
第1章 オノマトペとは何か
第2章 アイコン性-----形式と意味の類似性
第3章 オノマトペは言語か
第4章 子どもの言語習得1-----オノマトペ篇
第5章 言語の進化
第6章 子どもの言語習得2-----アブダクション推論篇
第7章 ヒトと動物を分かつものーーーーー推論と思考バイアス
終 章 言語の本質
覚書を兼ねて、各章について少しご紹介してみる。
< 第1章 オノマトペとは何か >
まずオノマトペについて概観する。オノマトペの持つ感覚イメージを「写し取る」という特徴が鍵となり、この特性故にアイコン性を帯びるという。アイコンとは「表すものと表わされるものが似ている記号/物事を写し取った記号」である。えがおを意味するニコニコの絵文字が本文の事例に出てくる。
< 第2章 アイコン性-----形式と意味の類似性 >
オノマトペの音のアイコン性(「サラサラ」と「ザラザラ」、「によろによろ」「ぬるぬる」など)と発音のアイコン性(「あ」と「い」の発音でのイメージ差。阻害音。共鳴音など)、日本語の音韻体系などが分析される。わかりやすい。そして、オノマトペにおいて、アイコン性が高度に体系化されていることを示す。
< 第3章 オノマトペは言語か >
本書で「言語の十大原則」という基本事項を知った。コミュニケーション機能、意味性、超越性、継承性、習得可能性、生産性、経済性、離散性、恣意性、二重性である。この十大原則の意味を説明したうえで、オノマトペとこの原則の関係性が分析されていく。これが見出し語の問いかけにリンクしていく。
「言語は身体とつながっているという考えにとって、言語的な特徴を多く持ちながら、言語でない要素もあわせもつというオノマトペの性質はうまく合致する」(p90)と説く。オノマトペが、言語という抽象的な記号の体系へと進化・成長するためのつなぎの役割を果たしているのではないかと論じている。ナルホド・・・・という思い。
< 第4章 子どもの言語習得1-----オノマトペ篇 >
ヘレン・ケラーはサリバン先生との関わりの中で「すべてのモノには名前があるのだ」という閃きを得た。この有名な「名づけの洞察」事例を引き、赤ちゃんにオノマトペを多用する意味を明らかにする。
その先に、オノマトペに親しむことで、言語の様々な性質を学ぶことになっていくことを具体的に例示する。例えば、音と動作の関係、単語が多義であるということ、など。「オノマトペは言語のミニワールドである」(p116)
著者は、「言語習得におけるオノマトペの役割は、子どもに言語の大局観を与えることと言えよう」(p120)と論じている。
言葉を学び始める最初期の期間の重要性を感じる次第。
< 第5章 言語の進化 >
ここでは、言語がオノマトペを離れて、巨大な記号の体系に成長していく進化自体を論じている。語彙の大部分が「恣意的な記号の体系」となっていく側面が分析される。第4章までとは、論調の視点が変わる。
本書の「はじめに」の冒頭で、著者は「記号接地問題」を提示している。そして、この章で「一次的アイコン性→恣意性→体系化→二次的アイコン性」(「アイコン性の輪」仮説)というサイクルが生まれるプロセスを論じ、これが記号接地問題に対する答えになると言う。
「言語とは一般に、その形式と意味の結びつきに慣れ親しむことでしっくりくるようになる体系である」(p165)という一文がある。同様に、私には今一つこの章の理解が及んでいない。しっくりというには距離がある。論述の意味合いを感じとったに過ぎない気がする。理解を深める必要がありそう。課題を残した。改めて、読み直してみようと思う。
< 第6章 子どもの言語習得2-----アブダクション推論篇 >
オノマトペは子どもにとり言語修得の足場の役割を果たす。しかし、ほとんどのことばは、音と意味の間にすぐわかるつながりがなく、一つの単語が多義となる故に、オノマトペを離れなければならない。仮説形成推論(アブダクション)を修得する必要性を論じている。この章で、言語習得のために「ブートストラッピング・サイクル」の想定を著者は提案している。そのモデルを説明していく。そして、次のように述べている。
「言語習得とは、推論によって知識を増やしながら、同時に『学習の仕方』自体も学習し、洗練させていく、自律的に成長し続けるプロセスなのである」(p204)と。
このサイクルの理屈はわかるけれど、その仮説形成推論のスキルを修得するトレーニング方法は開発されているのだろうか。開発が進行形ということなのだろうか。
< 第7章 ヒトと動物を分かつものーーーーー推論と思考バイアス >
チンパンジーを使った推論実験とヒト乳児に対する推論実験の事例を取り上げて説明し、ヒトと動物を分かつものは何かを論じている。分かつものは、人類だけが言語を持つことであり、言語を使ってアブダクション推論を展開できることだと理解した。
< 終 章 言語の本質 >
再び、「はじめに」の冒頭近くに一旦戻る。
”記号接地問題は、もともとは人工知能(AI)の問題として考えられたものであった。「〇〇」を「甘酸っぱい」「おいしい」という別の記号(ことば)と結びつけられたら、AIは○○を「知った」と言えるのだろうか?” つまり、身体に根差した(接地した)経験がないとき、人工知能は○○を「知っている」と言えるのだろうか? という問題である。 この終章では、AIとヒトの違いが、別の視点から問題提起されている。
そして、最後に、著者二人が考える「言語の本質的特徴」が列挙されている。
終章は本書を開いてお読みいただきたい。
オノマトペを何となく使ってきたし、今も使っているときがある。だけど、オノマトペを突き詰めていけば、言語の本質に結びつくなんて、考えたこともなかった。私には理解不足に留まる感強しの箇所が残る。一方、言語について考えるのに役立つ本だと思う。
第5章、p131に「音と意味のつながり」という見出しがある。ここに、クイズが載っている。読者の体験用に載せられたクイズ。「次のクイズは、多くの人に耳馴染みのない言語における対義的な形容詞に関するものである。何問できるか試してみてほしい。」というもの。10問載っている。おもしろい体験になる。やってみてほしい。
ご一読ありがとうございます。
補遺
算数が苦手な子どもはAIと似ている 「記号接地問題」とは? :「日経ビジネス」
By Mutsumi Imai Read time:11min 2023.6.29
ChatGPTには言葉の「意味」が分からない カギは「記号接地」 :「朝日新聞」
記号接地問題における地とは何か:視覚的物体の同一性の分析 :「日本認知科学会」
記号接地問題 ~AIは言葉の意味を理解できるのか?~ :「no+e」
聞いてビックリ!“オノマトペ(擬音語や擬態語)”の知られざる底力とは?:「NHK」
オノマトペ まとめ :「日本語NET」
「やさしい日本語 Easy Japanese」の使い方オノマトペ :「NHK WORLD」
チャールズ・ホケット :ウィキペディア
Charles F. Hockett From Wikipedia, the free encyclopedia
図形文字を覚えたチンパンジー・アイ :「生命科学DOKIDOKI研究室」
チンパンジーの認知機能の基本特性 京都大学 松沢哲郎 :「JーStage」
ニューラルネットワーク :ウィキペディア
ニューラルネットワークとは?仕組みや歴史からAIとの関連性も解説 :「AISmiley」
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