遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅸ 人の死なないミステリ』 松岡圭祐 角川文庫

2024-01-31 16:37:31 | 松岡圭祐
 新人作家・杉浦李奈の推論シリーズの第9弾。2023年8月に書き下ろし文庫として刊行されている。
 このシリーズ、出版業界の舞台裏に光をあて、そこにテーマと題材を見出して、ミステリ・フィクションに仕立てあげる。出版業界の舞台裏が表にでてくること自体が、読書人にとっては興味をかき立てるフェーズといえる。
 この第9弾は、タイトルにある通り、結果としては「人のしなない」ミステリ仕立てになっている。それはあくまで結果としてはということであり、巧みな落とし所となっている。ストーリーの変転で読者の思考を匠に困惑させる。李奈がこのミステリの意外な結末を導き出す役回りになる。さらに李奈にとってハッピーな結果が生まれるという次第。

 本作では、新人作家が発掘され、その作家と編集者がどのような人間関係を形成するのか、編集者が作品の完成までに、作品自体にどのように関与していくのか、あるいは関与する可能性があるのか。新人作家の頭脳から創作された最初の原稿がどのように変容する、あるいは変容させられる可能性があるのか。また、本という商品が完成するまでに、どのようなステップがあるのか。例えば、本の紙質の選定や装丁という側面がその一例である。本が出版される以前の舞台裏がリアルに書き込まれているところが、私には興味深い。こういう視点と出版業界知識が本作の副産物と言えるかもしれない。

 さて、杉浦李奈が鳳雛社の編集者・岡田眞博から出版の誘いを受ける。「数枚のプロットだけでも書いてくれたら」と。これに対して、李奈は長編『十六夜月』の原稿を仕上げて岡田に送信した。岡田は原稿を読み、主人公史緒里が悲劇的運命を回避していく終盤に圧倒されたと賞賛する返事を送ってきた。だが、その後、ベストセラー作りの巧みなやり手の名物副編集長宗武義男から横やりが入る。結末を読者皆が号泣を誘う方向に変える提案だった。李奈は宗武がベストセラー作家ともてはやされた岩崎翔吾の担当編集者だった理由がわかる気がした。李奈はそれを受け入れられないと拒絶した。こんなストーリーの出だしがどう展開するのか。まず、読者を戸惑わせる。

 宗武が別件として李奈に本を書いて欲しいと持ちかけてくるのだからおもしろい。宗武は、まず最初に、小説の原稿を読んで、プロの目からアドバイスを欲しいと李奈に持ちかける。未知の原稿を読める誘惑に負けて、李奈はその原稿を読むことになる。ここで李奈がその原稿について語るコメント自体が、読書好きには参考になる副産物。
 原稿の表紙の題名は『インタラプト』。一行目から「31歳の編集部員、岡田眞博は中途採用で鳳雛社に入った」という一文が出てくる小説。
 宗武は、ある新人作家につい最近までの事実をノンフィクション風ノベルに下書きとして書かせ、その原稿に宗武自身が朱を入れたという。その第八章まで書かれた原稿をベースにして、李奈に小説として仕上げて欲しい。それを李奈の作として出版するという仕事のオファーだった。これがこのストーリーの第一ステージである。
 ここまでで、既に出版業界の裏舞台の一局面が『インタラプト』の原稿文として織り込まれ、原稿への作家と編集者の視点がストーリーとして語られていく。この点もおもしろく参考になる。

 著者は宗武に次のとおり李奈に出版社の副編集長として、己の立場表明をさせている。
「創作に固定されたやり方などないはずだ。うちは今回このやり方をとる。あらかじめ打ち合わせをして、プロットを作り、そのあらすじに沿って書いてもらうというのも、ある意味で事前に方向性を定めておく方法だ。これはもっと効率的に、版元の要望と著者の創造性が一致をみる、画期的な手段だよ」(p89)と。
 「わたしの小説じゃない」と李奈は反発する。
 宗武は言う。岡田の周辺からの事実聴取をした上で原稿が書かれている。岡田には取材はしていない。だから、岡田に李奈が取材し、その結果を自由に加えて手直しして小説を書いてくれ。小説化にあたり、登場人物名等は一括変換で変えられる。現実を彷彿とさせる小説にしてほしいと。
 宗武と李奈が、駅のロータリーに駐めた大型ワンボックスカーの中で話し合いをしている時に、車の後尾のタイヤを故意にパンクさせる事件が起こった。その実行犯の顔を李奈は視認した。岡田だった。
 李奈は、宗武の小説化の依頼を受ける気はなかったが、鳳雛社の編集者として小説にオファーをしてくれた岡田についての事実を確かめたいという意志が李奈を動かす。小説『インタラプト』を引き受けるかは保留という条件付きでまず取材活動を引き受けることに同意した。ここからストーリーの第二ステージが動き出す。

 岡田の行動の裏付け取材が、鳳雛社に関わるさまざまな状況を明らかにしていく。
 この内容が一つの側面描写として、出版業界の舞台裏話につながっている。
 編集者岡田の様々な側面と行動が明らかになっていく。たとえば、鳳雛社は新人作家飯星祐一の『涙よ海になれ』という大ベストセラーを生み出した。それを推進したのが副編の宗武であり、ストーリーの結末は、宗武の意見が取り入れられ悲劇的な結末で創作された。それがヒットの一因になったという裏の経緯がわかる。この飯星祐一こと橋山将太を新人作家候補として見出したのが岡田だった。岡田は編集者として橋山とコンビを組んで、橋山の経歴を生かし、純文学の家具小説シリーズを出版していた。だが、売れなかった。橋山を宗武に引き合わせたことで、宗武の考えに沿った路線の小説を橋山が創作し、ベストセラー作家飯星祐一が誕生した。
 ベストセラー誕生の暴露話が具体的な経緯とともに明らかになっていくプロセスが興味深い。売れるように書くという商業主義の側面が描写されていておもしろい。

 今、飯星はあきる野市にある宗武の自宅近くに引っ越しし、執筆活動を続けているという。李奈は飯星に取材するため、宗武の車に同乗し、宗武の自宅に向かう。宗武の自宅に飯星が来て、取材に応じるために待機しているからだ。
 飯星に面談した李奈は、二階建てアパートの飯星が借りている住居に行くことになる。ここから、大きく状況が変転していくことに・・・・・。いわば、ストーリーは第三ステージに入っていく。
 『インタラプト』の下書原稿と李奈自身の取材活動というストーリーの進展は、いわば編集者岡田をはじめ主な登場人物をクリアーにしていくための準備段階だったと言える。ミステリの真骨頂が始まっていく。
 本作でも、進展してきたストーリーのどんでん返しが李奈の推理によって行われ、結末を迎えることになる。やはり、著者は巧妙なオチをつけた。

 さて、「人の死なないミステリ」というタイトルがどのように着地するのかは、本書で確かめていただきたい。このフレーズは、宗武のつぶやきとして記述されている。

 もう一点、本作全体を眺めてみて改めて気がついたことがある。
 本作の第1~2節と最後の第24節が作るストーリーの間に、第3~23節のストーリーが入るという入れ子構造になっている。そして、第1~2節と第24節には、出版に絡む発想の逆転が見られる。それが第3~23節の結果から生み出されている。
 そこに大きな問いかけが底流にあると思う。作家の創作に対して、本を編集するとはどういうことか。編集者とは何か。という問いかけである。そのこと自体、出版業界の舞台裏である。読者にとっては、作家の名と顔は見えるが編集者等出版側は出版社名しか見えない。

 最後に、本作で印象深い文をいくつか引用しておこう。
*小説家として成功したいと願う気持ちと、魂を売り渡してもかまわないという決心とのあいだには、大きな隔たりがある。どんな恩恵にあずかろうとも、『十六夜月』の史緒里を殺せるはずがない。  p55
  ⇒宗武の小説の結論部分を悲劇の方向に書き換えてほしいという提案に対して
*歩きながら李奈は思った。・・・瑠璃は以前の李奈と多くの共通項がある。大衆から認められたい理由が、孤独にともなう寂しさにあることに気づいている。それならあとは書くだけだろう。文芸こそ誇れる自己表現だと悟ったとき、瑠璃はきっと本物の作家になるにちがいない。  p237
  ⇒瑠璃は『インタラプト』の下書原稿を書いた新人作家
*わたしは現実に生きる人間ですから・・・・。多くの別れを経験して、より重く感じるようになったんです。小説とは登場人物に命を吹きこみ、読者と共有するものだと。 p271
  ⇒李奈が宗武に語る考え
*小説家が乗り越えていく創作の苦悩の日々に、信頼できるパートナー以上の存在はありえません。   p277
  ⇒パートナーとは編集者のこと。
*吉川英治のいったとおりだと李奈は思った。晴れた日は晴れを愛し、雨の日には雨を愛す。楽しみあるところに楽しみ、楽しみなきところに楽しむ。  p287

 ご一読ありがとうございます。
 

こちらもお読みいただけるとうれしいです。

『千里眼 ブラッドタイプ 完全版』   角川文庫
『千里眼とニアージュ 完全版』 上・下  角川文庫
『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅷ 太宰治にグッド・バイ』  角川文庫
『探偵の探偵 桐嶋颯太の鍵』    角川文庫
『千里眼 トオランス・オブ・ウォー完全版』上・下   角川文庫
『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅵ 見立て殺人は芥川』   角川文庫
『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅶ レッド・ヘリング』  角川文庫

「遊心逍遙記」に掲載した<松岡圭祐>作品の読後印象記一覧 最終版
                    2022年末現在 53冊

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『おいしい水』  原田マハ  伊庭靖子画    岩波書店

2024-01-30 15:45:05 | 原田マハ
 著者の作品の文庫本が幾冊かまだ買ったままで書架に眠っているのに、たまたま図書館で著者作品の棚を眺めていて本書の薄さが目に止まった。「おいしい水」というタイトルに、「Água de Beber」と付記されている。
 コーヒーカップのイラストと、Coffee Books というシリーズ名が記されている。岩波書店がこんなシリーズを出していることを知らなかった。本書読了後に岩波書店のホームページで検索してみると、本書を含めて一作家一冊で6冊が刊行されている。
 本書は2008年11月に単行本が刊行されている。

 本書は85ページという薄さの本。その中に、伊庭靖子さんの絵が12点挿画となっている。ガラス容器、ガラスコップ、コーヒーカップ、椅子、クッションなどの個別の物体とちょっと抽象画風の作品が載っている。すごく透明感があり、写真では撮れないなあと感じる独特な物体の描写である。そこにどことなく暖かみが漂う。この挿画、見開きの2ページ全体に載る絵が3点あるので、挿画が15ページを占める。その結果、実質的には69ページの短編小説である。
 Coffee Books というネーミングは、静かなコーヒーショップの一隅あるいは自宅の静かな部屋で、まさにコーヒーでも飲みつつ、一時の安らぎの時間に読み切れる読書タイム向きの一冊ということだろうか。
 一つの短編に十分な挿画のある一冊の単行本。ある意味でゴージャスな本と言える。

 さて、本書の読後印象。ひと言でいえば、19歳の女性の甘酸っぱい恋心が1年弱の時の流れと交際の中で、ほろ苦い思い出に転じていく。その心理プロセスが読者を惹きつけていく。読者の青春時代の一コマ、あの頃の私は・・・・・を想起させる契機になるかもしれない短編である。

 「白い厚紙のマウントがすっかり古ぼけたスライドがある。泣き顔の女の子がポジフィルムに写っている。
  ぼろぼろに泣いている。・・・・・・・
  これは19歳の私。                
  もう1枚。別のスライドが、・・・・・・  」(p5) 
こんな冒頭文から始まっていく。

 このストーリー、関西でも有数の名門大学に入学、女子寮に入寮し、最寄り駅の西宮北口から神戸にある大学に通う「私」、「19歳の私」が登場する。
 「やがてあの地震が、すべてを一変してしまう十年まえのことだ。多くの人がそうであったように、私もあの街で大切なものを失った」(p6)という形で。少なくとも十有余年の歳月を経た時点で、「19歳の私」にとっての「憧れのひと」との恋物語を回想する形の短編小説。ストーリーが「私」の視点で進んで行く。後半になって、「私」の姓が「安西」であると、読者にもわかる。

 19歳の私は、元町北の路地裏、古ぼけた雑居ビルの1階にある「スチール・アンド・モーション」という輸入雑貨店で週末には店番のアルバイトをしている。そこはナツコさんが経営するお店。
 そこから、早足で行けば10分もかからないところに「エビアン」という喫茶店がある。私は、アルバイトに行く前には、この「エビアン」に立ち寄り、その結果、アルバイト先には、遅刻常習犯となっていた。
 それは、なぜか? 「エビアン」には、いちばん奥の席に、ベベと称する客がいつも居るからだ。ベベを私は「憧れのひと」として恋うようになっていく。
 ある日曜日の午前中、アルバイトに行く前に、「エビアン」のガラスのドアから中を覗き込み、奥の席にベベが居るのを見つけた。だが、ベベの対面に大柄な男がいる。しばらく覗いていると、その男が途中で激高する場面を目にした。大柄な男が店から出て来て立ち去った。その後ベベが「エビアン」から出て来た。
 駅に向かって歩き出したベベに初めて思わず声をかける。そして私は持っていたドアノーの写真集を「これよかったら」とベベに差し出す。この時の状況描写、そうだろうな・・・と共感する。この時、私はアルバイト先をべべに告げた。これが、私とベべとの交際の実質的な始まりとなる。
 
 翌年の2月の最後の日曜日が、私の最後のアルバイト日となる。雑居ビルが取り壊されることになり、ナツコさんが店を閉じるから。
 あたたかな日に、ベベと私は神戸港の遊覧船に乗る。だが、それがベベと私の交際の最後の日となる。この日にベベは初めて己の事を私に語った。最後に、「だからおれ、もう安西に会われへん。明日から、永遠に」(p80)

 大学の新学期が始まる頃、安西はナツコさんからの電話を受けて再会する。
 その時、ナツコさんを介して、冒頭の今は古ぼけてしまったスライドを受け取る。
 この顛末がこのストーリーの最後の場面となる。

 この私(安西)の恋の顛末がこのストーリー。私の内心描写の変転が読ませどころとなる短編である。ドアノーの写真集の表紙が一つの表彰として、「おいしい水」の場面に織り込まれている。そして、遊覧船上でのベベの告白が衝撃的!

 このストーリー、最後は次の文で終わる。
「おいしい水、とベベが言った。
 アストラッド・ジルベルトの名曲のタイトルだと、いまならわかる。
 けれどあの頃、私は19歳。
 桜が咲き乱れる季節に20歳になる、ほんの一歩手前を生きていた。
 ようやくほころびかけた、硬いつぼみ。
 おいしい水の味に気づくには、もう少し時間が必要だった」 (p85)

 この最後の文に照応する文が最初の場面に出ている。
「そして、いま頃ようやく気づいたけれど、かけがえのないものを得た、とも思う。
あの頃。
 私は花びらの開き方も知らない、固いつぼみだった。
 19歳の私。                   」(p6)

 著者は、19歳という青春の一時期を、恋心と重ねながら、鮮やかに切り取って描きあげている。「私」が回想する「19歳の私」。
 次の一文が、このストーリーの核になっていると思った。
「光のなかにいるときは、その場所がどんなに明るいか気づかない。そこから遠ざかってみて、初めて、その輝きを悟るのだ」(p11)

 最後に、この短編には、私の知らない音楽や写真の領域でのアーティスト名が数多く出てくる。私(安西)が週末にアルバイトをしている「スチール・アンド・モーション」の背景イメージを作る一環の描写である。だが、これらのアーティストを知っている人と知らなかった私とでは、読者としてこの記述個所を読むときのイメージの広がりと印象は、たぶん大きな開きがあることだろうな・・・・と思う。
 次の人名が出てくる。私の覚書として、列挙する。
 音楽家として:
 アストラッド・ジルベルト、エリック・サティ、ブラアイアン・イーノ
 トレーシー・ソーン、ジェーン・バーキン、チエット・ベーカー
 そして、もう一つが写真家として:
 ロベール・ドアノーの「市庁舎前のキス」、アジェ、ブラッサイ、エルスケン
 ロバート・フランク

 この短編、私にとっては、未知のアートの領域への扉を開けてくれた。取りあえずは、YouTube やウィキペディアなど、ネット情報の活用を手がかりにする楽しみが増えた。

 ご一読ありがとうございます。


補遺  ちょっと調べ始めて:
アストラッド・ジルベルト :ウィキペディア
おいしい水  YouTube
Astrud Gilberto - Best Vol.1   YouTube
エリック・サティ    :ウィキペディア
サティ:ピアノ曲集Ⅰ(compositions by Erik Satie)  YouTube
Erik SATIE - Gymnopedies 1, 2, 3 (60 min)    YouTube
ロベール・ドアノー   :ウィキペディア

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)



こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『奇跡の人』    双葉文庫
『20 CONTACTS 消えない星々との短い接触』  幻冬舎
『愛のぬけがら』 エドヴァルト・ムンク著  原田マハ 翻訳  幻冬舎

「遊心逍遙記」に掲載した<原田マハ>作品の読後印象記一覧 最終版
                   2022年12月現在 16冊

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『道長ものがたり 「我が世の望月」とは何だったのか-』 山本淳子 朝日選書

2024-01-26 21:34:55 | 源氏物語関連
 此の世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたる事も 無しと思へば

 藤原道長が全盛の時期に詠んだ歌。望月は満月のこと。私は道長がまさに満月の夜に己の境地を満月に喩えて高らかに詠んだ歌だと思っていた。
 ここしばらく、地元の源氏物語ミュージアムが企画する源氏物語の連続講座を、地の利を生かして毎年受講してきている。その講座のなかで、著者が講師として登壇される機会がある。その際のある講義の途中で、道長が「我が世の望月」を歌ったのは、満月の夜ではなく十六日であり、自然現象としての空の月は欠けていたのです。ではなぜ、歌に望月と詠んだのか。その点について今考えをまとめているところですと触れられたことがあった。それが気になっていた。新聞広告で本書の出版、副題に「我が世の望月」とは何だったのかとあるのを読み、気になっていた事項が語られているかも・・・と思い、早速読んだ。私の関心事項は、第12章「我が世の望月」と題して、論じられている。関心事項についの読み解き方を、なるほどと理解できて、過年度より持ち越していた疑問が解けた。

 本書の位置づけは著者が「あとがき」で明記されている。最初にその点をご紹介しておこう。本書のタイトルを「道長ものがたり」とされている。読み始めると、史実だけに基づいた藤原道長伝記とも評論とも少し違うな・・・ということを感じ始めた。歴史物語とされる『大鏡』や『栄花物語』に描かれた道長等についての一節が随時引用され、著者の読み解きが加えられて行く。著者は、幸運ともてはやされた道長の内心は、幸せに満ちていたのかどうか、どうだったのか。この疑問を抱いていたと言う。それゆえ「本書で道長の心を辿ろうと思った」(o290)と語る。そして、「本書のタイトルを『道長ものがたり』としたのも、ゴールに置いたのが史実よりも彼の心であることによる。読者の方々にも、物語を読むように、彼の心に寄り添ってほしいと考えたのだ。」(p291)と。 さらに、その続きに以下の文が続く。
「結果として、従来彼がまといがちであった『傲慢な権力者』の顔一辺倒ではなく、怨霊におびえ、病気に苦しみ、身内の不幸に泣くという弱い部分も分かってもらえたと思う」(p291)と。つまり、政治家道長が何をなし、どのように権謀術数を働かせたのかは、道長を知るための重要な側面である。一方、コインの両面として、源倫子を正妻とし、源明子も妻にして、数多くの娘・息子を持つ生活者としての道長の側面がある。この側面をパラレルに描き出すことで、道長という人物をトータルにとらえた上で、彼の心理心情に迫ろうとしている。様々なエピソードが史実・物語の両面から捕らえ直す形で織り込まれていくので、読みやすい。要所要所で系図が掲載されているので、その時点時点での人間関係がわかりやすい。系図による図解のメリットが発揮されている。

 政治家道長、生活者道長の両面は、本書の構成をご紹介すれば、少しイメージしやすくなると思う。
[第一章 超常的「幸ひ」の人・道長]
 道長30歳で公卿の時に、長兄・道隆と次兄・道家が病死し、上席公卿たちも同時期に流行の疫病で死亡が相次ぐ。道隆の息子で道長のライバルであった伊週(コレチカ)は自滅の道を歩む。結果的に権力の座が道長に転がり込んでくる。道長は強運の持ち主だった。この点がまず押さえられる。だが、その一方で、道長が源雅信の女倫子を妻にし、倫子という同志を得ていた側面を著者は重視する。まずは雅信のバックアップという点を押せている。
 平安時代の言葉では強運を「幸い」と呼んだという。
「あとがき」を読むと、著者はこの「幸い」について、次のように述べている。
「<幸い>は、幸せとは一致しないのである。<幸ひ>は結婚、出産、あるいは仕事など、世俗的で目に見える事柄に関わり、あくまでも世間が認めるような外見の幸運を言うに過ぎない」(p290)と。この第一章では、他人から眺めた道長の外見的な強運をまずとらえている。

[第二章 道長は「棚から牡丹餅」か?]
 長兄・道隆が娘の定子を一条天皇の中宮とした時期に、道長は中宮大夫という定子の事務方長官の職にあったという。本書で初めて当時の道長の位置を知った。この章では道長が虎視眈々と雌伏する時期の様子が簡潔に語られていく。政治家道長の一面がイメージできる。
 
[第三章 <疫>という僥倖]
 長兄・道隆一家、つまり中関白家と定子の栄華の状況を語り、一方、一条天皇の母后であり実姉である女院・詮子に頼る道長の状況を描写する。道長は中関白家と距離を取り続ける。道隆の持病・飲水病と疫の流行が、道長に強運をもたらす。
 裏付ける史料がない部分は、『大鏡』の引用と推測とにより、道長の内心を著者は語っていく。そこに「道長ものがたり」と題する所以があるといえよう。

[第四章 中関白家の自滅]
 中関白家の自滅が、結果的に道長が政治家として汚れ役や重責・秘密を背負う立場になっていかざるをえない場に置かれたと著者は語る。「道長はずっとクリーンでスマートな貴公子で、道兼のように修羅場をかいくぐった経験があるようには思えない」(p72)とそれまでの道長について要約する。道長にとり道兼は次兄であり、父・道家のために修羅場をかいくぐてきた人。その道兼もまた長徳元年に病死したのだ。
 道長は政治家へと変容していく。著者は「道長は中関白家の失脚を見越して、確信犯的に手を下した。自らの権力保持のために政治の泥に手を染めたのである」(p87)という。それが「長徳の政変」だったと。
 この頃から道長にとって「生涯悩ませることになる多種多様な病悩の始まり」(p87)を迎えるというのは皮肉なことでもある。生活者としての道長を知る上で、実に興味深い。

[第五章 栄華と恐怖]
 この章で、著者は重要な点を指摘している。一つは紫式部の歌を冒頭に掲げて、その説明の中で紫式部の考えとして指摘していることである。
「怨霊はむしろ自身の内にある。人が疑心暗鬼を抱く限り、怨霊はそこかに生まれる。自らの恐怖心が自分を蝕むというこのシステムからは、誰も逃れられないのである」(p89)
 また、道長は病気がたび重なり、長徳4年(998)には出家願望から辞表を一条天皇に提出したという。道長のこういう側面を初めて知った。著者はその道長を支えたのは家族であると記す。その上で、
「道長は自分と家族のためだと信じれば、ひどく冷酷になることができた。そのやり方は、時にいささか感情的に過ぎると思えるほどである。最初にその標的になったのは姪の中宮定子。道長にとって彼女は、入内を前にした彰子の前に立ち塞がる、目障りな敵だった」(p100)と。定子を排除するために、いじめる立場を貫いていくのだ。
 さらに、「つまるところ、人生に何を求めるか。その根源的な願いの点で、道長と一条天皇とはすれ違っていた」(p106)点を、明らかにしている。

[第六章 怨霊あらわる]
 「幼き人」彰子の入内と中宮定子の出産。第一皇子の誕生である。道長が「二后冊立」に動いた状況とその背景が語られる。
 そして、彰子が中宮になった2ヶ月後に、道長が邪気に憑かれたという。こういう類いの史実は初めて知った。この時も、道長は辞表を提出したとか。

[第七章 『源氏物語』登場]
 出家後一条天皇に呼び戻された中宮定子は、第三子を出産するが難産により非業の死を遂げた。中宮定子の死後、出家し青年貴族たちがいた。清少納言筆の『枕草子』は定子を美化した。『枕草子』は当時の貴族たちにとり癒やしになる側面があったようだ。それに対抗する形で、『源氏物語』が道長により公に登場する場が生み出される。こういう読み解きの視点を本書で知った。紫式部の登場となる。
 もう一つ、『源氏物語』には定子をモデルにした側面も含まれている。この側面への危惧に対して、「学問好きな一条天皇は儒教精神を理想とし、諷喩という文学の方法についていも知っていた。それどころか、臣下には自分を諷喩する詩文を作るように求めるほどだった」(p147)との読み解きがされていて興味深い。

[第八章 産声]
 道長邸である「土御門殿」での彰子の出産。その状況と道長がその折、どのような行動をとったのかが、詳細に描写されていく。「物の怪調伏班」がどのように編成され、どのようなことをおこなったのか。具体的な描写がおもしろい。
 道長がどれだけ怨霊を恐れていたかがよくわかる。そのために道長が相当な資金を使っていることも推測できる。

[第九章 紫式部「御堂関白道長の妾?」]
 この『道長ものがたり』の章立ての中でも、一番読者の興味を惹きつける箇所ではないかと思う。生前の瀬戸内寂聴尼から直接うかがった説も紹介しつつ、著者の見解が展開されている。
 紫式部が『紫式部日記』に記すことと、『紫式部集』に記すこととの間には、ニュアンスが異なると著者は指摘する。その上で、著者の見方が述べられている。お楽しみに。
 
[第十章 主張する女たち]
 平安時代の女性は男の言いなりになっていただけではない。自己を主張した女性たちがいたことを著者は重要な点として押さえている。道長との関係でいえば、正妻となった源倫子がまさに主張する女性だったという。それ故に、第一章で「源倫子という同志」という小見出しも出てくるのだろう。
 それと、入内以降耐え続けていた彰子が父とは一線を画する<主張する中宮>への変貌を採りあげている。この点も中宮彰子を理解するのに役立つ。
 一条天皇の辞世の和歌の解釈、及び、葬儀について、「土葬か、火葬か」という方法についての背景と経緯の説明は、彰子、道長を知る上で読ませどころになっていると思う。研究者たちの定説を踏まえているのか、著者独自の見解なのかは知らない。こういう箇所にも、人の心の動きを知る上で一考の余地があることに気づかされた。

[第十一章 最後の闘い]
 新帝・三条天皇の即位は既定の方向であった。それを受け入れた上で、政治家道長が彰子の生んだ第一の皇子を天皇にするために、三条天皇との間でどのように最後の闘いを進めて行ったのか。その背景事情がよく分かる。
 三条天皇は一条天皇の在位期間が長かったので、春宮(居貞親王)としての期間が長かった。春宮の時に、道長の父・兼家の娘、綏子が入内している。道長にとっては腹違いの妹にあたる。綏子にまつわるエピソードも紹介されている。道長の扱い方がよく分かる。

[第十二章 「我が世の望月」]
 この章で採りあげられる「望月」についての読み解き方が、冒頭で触れたように私の一番の関心事だった。
 道長の和歌を聞いた藤原実資の態度と行動は、以前にどこかで読んで知っていた。しかし、この和歌の背景にある意味合いまでは深く考えていなかった。本章を読んで一歩深く歌意を理解できた気がする。この章もまた、お楽しみいただきたい。

[第十三章 雲隠れ]
 著者は、小一条院(敦明親王)の女御・延子と彼女の父・藤原顕光の死、さらには道長の明子腹の長女で、敦明親王の女御になった寬子の死、加えて、道長の四女で敦良親王との間の子を出産した後に死ぬ嬉子について、次々と語っていく。その先で、道長自身が死を迎える状況を記す。「実際には、その死は凄絶だった」(p284)という。史料に基づき具体的な事実が記されている。
 著者は、「『源氏物語』の主人公・光源氏のモデルの一人は、藤原道長だろうと言われる」(p263)という見方を道長の死と重ねている。そして、最後に、『栄花物語』における道長の死についての記述を紹介しているところがおもしろい。

 本書は、己の死期を悟った道長が長女の上東門院・彰子に送った一首で締めくくられている。最後にこの歌をご紹介しよう。

 言の葉も 絶えぬべきかな 世の中に 頼む方なき もみぢ葉の身は

 道長という人物にさらに興味が湧いてきた。
 NHK大河ドラマ「光る君へ」の中で、道長がどのような人物として登場するのか、楽しみでもある。

 ご一読ありがとうございます。

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『脈動』  今野 敏   角川書店

2024-01-18 12:09:48 | 今野敏
 ウィキペディアの「今野敏」によると、本書は鬼龍光一シリーズの一冊に分類されている。この分類に従うと、第6弾ということになる。だが、中央文庫刊の『鬼龍』を読んだ読後印象で書いたように、この鬼龍光一の登場するシリーズにはかなりの変遷がある。
 現在は、警察小説と亡者祓い師たちの登場する伝奇小説を融合させた領域にシフトし、事件の捜査とオカルトが渾然と結びつくエンターテインメント小説になっている。
 本書は2023年6月に単行本が刊行された。

 なぜ、警察小説と伝奇小説をハイブリッドに出きるのか。それは、警察官富野輝彦を鬼龍光一とのリンキング・パーソンとして、富野を主人公に登場させていることによる。鬼龍は脇役に回り、富野に協力する形になった。
 富野の警察官としての肩書は、正式に言えば、警視庁生活安全部少年事件課少年事件第三係となる。略して言えば、少年事件係。職位は巡査部長。
 刑事事件(刑法が適用され、処罰されるべき事件)の捜査にあたる巡査や巡査部長、警部などは刑事と称される。少年事件係はそうではないので、警察官、捜査員と呼ぶのだろうか。
 富野には、全く自己認識がないのだが、富野の先祖を遡るとトミ氏、トミノナガスネ彦の系譜なのだと鬼龍は言う。鬼龍は鬼道衆で、鬼道衆は卑弥呼の鬼道に由来するらしい。鬼龍とペアのようにして登場する祓い師の安部孝景は奥州勢という一派に属している。トミ氏は鬼道衆や奥州勢よりも上位の祓い師(術者)だと見做されてきたらしい。この点で、富野はオカルトの領域とのリンキング・パーソンになっている。富野は祓いについては一切知らないが、鬼龍や孝景が亡者祓いをする瞬間に、光が発するのを感じることができる。富野の相棒である有沢英行は、富野の傍にいてその場に立ち会っていても光の発生など感じない。

 このストーリー、警視庁内で、捜査一課の刑事が記者クラブの記者を殴るという事件が6日前に起こったというところから始まる。有沢が何かがおかしいと富野に投げかけたことを契機に、富野はこの状況に関心を持ち始める。
 さらに、庁舎内で男女の淫らな行為が目撃されるという事態が発生。更には少し前に、庁舎6階の鏡が壊されるという破壊行為も発生していた。立て続けに不祥事が発生している。警察用語で言う非違行為が頻発していた。記者を殴った刑事は、富野の同期の警察官だったことが、しばらく後でわかる。
 その矢先に、神田にある私立高校の生徒、池垣亜紀から富野に電話がかかってくる。亜紀は、警視庁内での問題事象をネット情報で知ったと言い、富野にそれは亡者になったやつらの仕業だと告げる。亜紀は富野に強力な術者に相談するよう助言した。亜紀は玄妙道の術者なのだ。富野は亜紀の助言を無視できない。

 富野は、鬼龍と孝景を呼び出し、相談をもちかけることにした。
 鬼龍は話を聞き、非違行為の頻出は、過去に誰かが警視庁に張っていた結界が、何者かによって破られた。このままでは警視庁の警察組織は崩壊する。結界の有り様と破れをまず早急に調べ、結界を張り直さねばならないと言う。どのようにして調べるか。
 警視庁の浄化装置修復作戦は、まず玄妙道の亜紀を捲き込んで相談することから始まる。
 そして、富野が祓い師たちを案内し、まず警視庁内を調べて回ることになるのだから、おもしろい。どう理由づけし、祓い師たちを警視庁内で自由に行動させるか・・・・。
 
 さらには現在の陰陽師本家である萩原家をも捲き込んでいくことに発展していく

 富野・有沢と術者の鬼龍・孝景・亜紀が調べ方を相談した翌日の朝、富永と有沢は、小松川署に行き、少年の傷害事件の送検に立ち会うよう係長に命じられる。それは不良少年たちの荒川の河川敷での乱闘事件だった。
 富野は送検対象となっている少年、村井猛の取り調べをする。村井の知り合いの島田凪という少女が、対立グループに売春をさせられることになった。事件での対立グループは、木戸涼平とその仲間。島田凪の行方がわからない。ということを村井から聞き出した。
 富田と有沢は、小松川署の担当者である田中巡査部長たちに、本部の少年事件係として協力する形に進展していく。木戸涼平の捜査と、島田凪の行方の捜査がここから始まって行く。
 つまり、少年少女の捜査と警視庁の浄化装置修復作戦。全く次元の異なる二つの課題がパラレルに進展していく。

 少年事件係の捜査実務と警視庁の浄化装置修復作戦の接点が生まれてくる。どのようにしてその接点が論理的に推定されていくか。そして、どんなアクションをとるのか。そこがこのストーリーのエンタ-テインメント性の発揮どころとなっている。これまたおもしろいつながりとなっていく。そこに亡者が絡んでくるのだから。
 
 警視庁舎の浄化装置修復について、少し触れておこう。結界に関わるものはまず、三種の神器の剣と鏡と勾玉である。警視庁内におけるそれに相当するものは何か。庁舎の二階には初代大警視・川路利良の愛刀が展示されている。それはちゃんと保管されていた。六階の鏡は破壊されていた。勾玉はどこにあるのか・・・・・。
 さらに、この庁舎に対して、結界がどのように張られているのか。それが破られているとすれば、どこがどのように、・・・・。そこに、陰陽師本家と祓い師たちの活躍の場がある。
 勿論、最後は結界を張り直すという行動が実行されることになる。

 このストーリーの構成の妙味は、神田署の刑事組対課強行犯係の橘川係長に富野がアプローチして、警視庁内の浄化装置修復作戦の協力者に捲き込んでいくところにある。橘川係長はオカルトマニアなのだ。そして、神霊世界について、豊富な知識を持っている。彼は既に、鬼龍と孝景の能力を信じた警察官の一人であった。

 もう一つ、警察小説と伝奇小説を融合するのをスムーズにするために、第2章の初めに、富野が有沢に「亡者」について説明してやるという記述と会話がある。これが融合への自然さを加えている。読者にその概念を伝えることにもなるのだから。その箇所をご紹介しておこう。
 「怨恨、激しい怒り、喪失感、劣等感、自己憐憫、妬み・・・・・。そうした負の想念が濃縮され、一ヵ所に凝り固まると、大きな影響力を持つ『陰の気』となることがある。
 その『陰の気』に取り付かれたのが亡者だ。亡者になると理性が失われる。いや、麻痺すると言うべきか。理性はあるのだが、それがどこかに追いやられるのだ。
 そして、『陰の気』によって情欲がむき出しになる。激しい暴力衝動や性欲に従って行動するようになるのだ」(p17-18)と富野は語る。
 富野「いくら何でもおかしい。そういったのはおまえだ」
 有沢「でも、その理由が亡者だなんて・・・・・・」
 富野「俺だってばかばかしいと思う。だが、原因を知る手がかりになるかもしれない。
    さあ、ごちゃごちゃ言ってないで、鬼龍と孝景に電話しろ」 (p18)

 本作のタイトル「脈動」がどこに由来するか。脈動という語句は一切出て来ない。
 だが、最終段階に亜紀がある場所で鬼龍が唱える祝詞と同じものを唱える場面が描写される。この場面に由来すると受け止めた。どんな場面かお楽しみに。
 その祝詞とは「ひとふたみよいつむゆななやここのたり・・・・・」

 警察小説好きには、気分転換になる一書といえる。少年事件の捜査がパラレルに進展するストーリーであり、それが警視庁の浄化装置修復作戦というオカルト・ストーリーとリンクしていくのだから、小説ならではの面白さがある。ストーリーの進展を楽しみたい人にはお奨め。

 ご一読ありがとうございます。



こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『白夜街道』  文春文庫
『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』   徳間書店
『審議官 隠蔽捜査9.5』   新潮社
『マル暴 ディーヴァ』   実業之日本社
『秋麗 東京湾臨海署安積班』   角川春樹事務所
『探花 隠蔽捜査9』  新潮社
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                      2022年12月現在 97冊

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『日本宗教のクセ』 内田樹 × 釈徹宗  ミシマ社

2024-01-10 13:37:31 | 内田樹 X 釋徹宗
 本書は対談集である。この共著者の対談集は、最初に『現代霊性論』を読み、その後、『聖地巡礼』の3シリーズ;<ビギニング>、<リターンズ>、<ライジング>を読み継いできた。
 新聞広告で本書を知り、そのタイトルと対談集ということに関心を抱き読んでみた。
 本書は2023年8月に単行本が刊行されている。

 くせ[癖]という言葉を辞書で引くと、「①その人がいつもそうする習慣的動作や、行動の個人的な傾向(のうちで、好ましくないと受け取られるもの)②曲がったり折れたりなどして、直そうとしてもなかなか直らない状態。③[洋裁で]からだの形に合うように整えたふくらみやへこみ」(『新明解国語辞典 第5版』三省堂)と説明されている。
 一般的には「くせ」という言葉から連想するのは、第一羲、第二義の説明にある意味合いでのネガティヴなイメージが強いと思う。この語感をもっているので、「日本宗教のクセ」というタイトルを見たときに、日本宗教のネガティヴな側面について、談論風発するのかなと思った。
 読んでみて、そうではないな、が第一印象である。本書では「クセ」という言葉を特徴、特性という意味や特異性、差異性という意味を包括させた形で使用し、「クセ」をニュートラルな形で使っていると思う。ざっくり言えば、日本には日本の宗教の実態があり、それをまずは受け止めることから始めようではないかというスタンスのもとで対談が行われている。
 対談集なので、当初の設定テーマから、様々な論点が語り出され、談論風発の結果、話材はどんどん広がって行く。発想の広がりと論点の提示がなされ、それなりの説明が加えられて行く。ただし、論文ではないので厳密な論証とは縁がない。逆に、自由な対談の話材がシフトしていくおもしろみはふんだんにある。日本の宗教に関心のある人には、考える材料に溢れた対談集といえる。

 「まえがき」(釈撤宗)によると、ミシマ社のオンラインイベントという企画のもとで、通算5回のトークライブをもとに本書ができた。各回のテーマは釈撤宗さんが設定し、内田樹さんとは全くの打ち合わせなしでのぶっつけ本番トークのまとめであるという。
 本書は、トークライブの中での両者の合意点も相違点も話の流れの中でそのままに留められている内容である。つまり、読者にとっては、上記につながるが、思考材料と知的刺激を得られる本なのだ。

 この対談集、内田樹著『日本習合論』、釈徹宗著『天才富永仲基』が発刊された直後の時期からトークライブが始まったという(両書は未読)。本書の構成は以下のとおり。
 第一章 日本宗教のクセを考える
 第二章 夕日の習合論
 第三章 お墓の習合論
 第四章 今こそ、政教分離を考える
 第五章 戦後日本の宗教のクセ
章の見出しのネーミングにその点が反映しているのかもしれない。テーマ設定の広がり方もまた興味深いではないか。

 第一章の冒頭で、釈さん(以下敬称略)が、日本宗教文化が「習合」を得意技とし、一つのスタイルになった点を認めつつ、習合しない方向の流れを説明するこから始める。浄土真宗と日蓮宗の不受布施派を習合しない方向の例に採りあげる。すると、内田さん(以下敬称略)が、一般性がない定義だがと言いつつ「習合」とは「土着のものから創造的なエネルギーを引き出す」(p14)ことだと言う。この創造的なエネルギー、「大地の霊」を引き出しうる人々の登場により、「初めて日本列島に宗教らしい宗教が現れた」(p14)のだとした上で、習合しない方向という釈所見については、「鎌倉仏教はもうそれ以上習合する必要がなかったということになる。すでに土着のものとつながっていたのですから」(p14)と返している。冒頭からおもしろいやりとりが展開していく。
 そして、内田は「足裏から大地のエネルギーを吸い上げるような回路を持っていることと、外来のかちっとした整合的な体系が結びつかないと、日本の場合、どんな文化領域でも豊穣なものは生まれてこない。・・・・日本列島の大地に根を張っているものであれば、何とくっついてもかまわない」(p16)と論じている。おもしろい。

 第一章のライブトークで出された論点を要約しご紹介する。関連ページを表示する。
*日本の場合、山とか半島が神仏習合を生み出す場となった。 釈 p21
   ⇒習合は聖地(パワー・スポット)が足場になる、 内田の付言  p22
*習合には絶対に譲れない原理原則はない。だから、議論にはならない。 内田 p29
*日本の宗教は、近いものほど違いを強調したがる。一方、違う宗教との同じところを強調したがるという習性がある。  釈 p30
*日本には「習合信仰(シンクレシティズム)」がある。  ⇒神仏習合  釈 p40
*強い原理原則を避ける傾向がある。   釈 p40
*日本の宗教の特徴は、「行(ギョウ)を重んじる。  内田 p40
*聖地巡礼は必ず観光とセットになっている。厳しい行の後には、「直会(ナオライ)」が必ずある。 ⇒宗教的な緊張を保ったまま、現実世界に戻るとうまく順応できない。
      日本の宗教には世俗化への技術がある    内田  p41
*日本の「行」は、内面重視じゃなくて、行為先行である。  釈  p42
  ⇒淡々とした「行」の実行→心身の宗教的成熟→霊的感受性の深化→世界の捉え方
   が宗教的になってゆく   内田の付言  p43
*聖徳太子信仰は古代から現代まで連続して存在する。しかし、聖徳太子その人に対する評価と信仰形態は様々に変化。時代や社会がそこに投影されている。  釈 p44-47
*神道では「人並外れた存在は神として祀る」という形態がある。  釈 p48
*日本の宗教の一番根っこにあるのは「天皇制」である。    内田 p50

 このような論点が第1回のライブトークで話し合われていた。コロナ流行の中でのマスク着用に話が飛び、そこに潜む「二項対立のワナ」という問題への警鐘に波及して対談は終わる。対談という場での流れのなせるところか。まあ、そこがおもしろさでもあると言える。
 こんな調子で各回の対談録である第二章以降も、テーマは起点であり、論点は広がって行く。後はまあ、本書を開いてみていただくとよい。
 読みながら、まずは一杯付箋を貼る状況になってしまった。

 ご一読ありがとうございます。


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
「遊心逍遙記」に掲載した<内田樹×釈徹宗>作品の読後印象記一覧 最終版
                   2022年12月現在 
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