遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『孤高の血脈』  濱嘉之    文藝春秋

2023-12-15 21:59:58 | 濱嘉之
 濱嘉之さんの小説を読み継いでいる。本書が出版されているのを知らずにいたのだが、たまたま目にとまった。今まで警察小説の領域の作品群を読み継いできた。その核になってきたのは「情報」である。本作も警察小説かと思って読み始めたのだが違った。初めて警察ものとは異なる領域での長編小説を楽しむ機会になった。
 本書は、書き下ろし作品で、2022年11月に単行本が刊行されていた。単行本としての出版に接したのも、私は初めてである。ずっと文庫で読み継いできた。

 本作は医療分野を題材にしている。東北の拠点都市で医療法人清光会中東北総合病院を経営する池田家が舞台となる。プロローグはこの総合病院の創立150周年記念の宴席場面から始まって行く。
 この時点での理事長兼院長は池田利雄。次男であり、アメリカに留学して腹腔鏡手術の分野に習熟し、中東北総合病院の医者となって名医と呼ばれる地位を確立するに至る。
 池田家の男子は医者になり、女子は医者にはならずに、医者と結婚することで、池田家一族が一体となり、総合病院の中核を担う。そして病院の発展拡大を図ってきた。
 このストーリーは、総合病院経営者として利雄が能力を発揮し病院を拡大していくプロセスを主体にしつつ、利雄が己の躓きに気づいた時の対処までを描き出して行く。その背景として、池田診療所規模からこの総合病院を確立するに至った先代院長池田利宗の時代を前史部分として織り込みながらストーリーが展開されていく。

 池田利宗はシベリア抑留経験をした。そのとき、大久保弘之という建築家と抑留地で知り合い、終生の友人関係を築く。大久保は帰国後、建築家として建築業界では一流人となって、一方で政財界等との人脈を築いていく。利宗は外科医であり、医家である幸田家から池田家の婿養子に入り、池田診療所を継ぐ。そして、診療所を病院に格上げしさらに総合病院化して行った。この時、利宗の医大時代からの友人で外科医の田邊宏一郎が利宗に協力する形で病院に入る。彼もまた利宗の終生の友人である。
 さらに、利宗の実の兄、幸田宗春は医者で、当初医者として利宗の病院経営に協力していたのだが、途中から医者としてではなく病院経営のサポートに専念して、病院に関わる周辺事業にも着手し、利宗の病院経営の円滑化と事業拡大に関わっていく。

 利雄の兄・利邦は外科医の道を歩み、父の片腕となっている。利邦は医者として優れているが学者肌の性格。利雄には姉が二人いる。長女多恵子の夫・山県篤志は産婦人科医。次女有希子の夫・伊勢哲朗は耳鼻咽喉科医。それぞれ中東北総合病院の医療分野を担っている。多恵子と有希子は専業主婦。一方、利雄には双子の弟と妹がいて、弟の利典は小児科医。利典は病院経営にはあまり関心を示さない。妹の恵理子は弁護士となっている。
 
 利雄は子供の頃から姉二人に疎まれていた。特に兄弟姉妹の中で最も優秀とみなされていた有希子は利雄を毛嫌いしていた。学業面で利雄はいわば落ちこぼれ。彼一人だけ中高一貫で全寮制の学校に行かされることになる。医者を目指すが志望校には入れず、長い浪人生活をする。その時、利雄をサポートし、人生経験をさせたのは伯父の宗春だった。志望校には入れないままで医者となった利雄は、勧められてアメリカに留学する。この時の検分と体験が医者としての転機となっていく。
 雄はある時点で生涯の秘密を知らされることになる。それが利雄の生き様に関わって行く。
 利雄は徐々に中東北総合病院で己の立場を築き上げ、戦略的に行動して、理事長兼院長へと上り詰めていく。その過程で血族内での確執が深まっていく。
 病院経営に対する己の才能に目覚めて、能力を発揮していくのだが、そこにもその才能を底上げするある秘密が隠されていた。

 このストーリーの興味深いところは、いくつかの重要な要素が巧みに組み込まれているところにある。
1.地方の名家・池田家が総合病院を経営するという立場の及ぼす影響。
2.池田池の血族内の人間関係。そこに関わる秘められた問題事象。兄弟姉妹間の確執。
3 医療行政における中央と地方の関係
4.総合病院の経営における周辺事業との関係性。周辺事業を取り込んで行く形での拡大
 トータルなマネジメントの視点とそのノウハウ、併せてリスク・マネジメントの問題
5.医療業界の隠された闇の側面。医者と薬剤業界のつながり、医療行政とのつながり、
  医療業界と建築業界とのつながり、・・・・。

これらが複雑に絡み合っていくおもしおろさ。一方で、医療業界の情報小説的側面を併せ持っている。医薬癒着の側面など、著者が得意とする情報領域にリンクしていると言える。

 本書のタイトルは、「孤高の血族」となっていて、表紙には、「Ikeda, the noble
family」と英語が併記されている。この表記を読めば、地方におけるダントツの総合病院を経営する医家・池田家一族が、地方の名士として高潔に、気高さを持って医療分野で貢献するという意味合いが含まれていることになるのだろう。確かに地方で先進的な医療を導入しようとする先端を行く側面が描き込まれている。一方で、池田利雄という主人公が、池田家の中で、己の存在を認知させ、先代利宗よりも一層大きく質の高い総合病院に拡大して、己を疎んじてきた血族を実績で見返していこうとする。己が次世代に総合病院を引き継がせる行くという姿勢を貫こうとする。孤高の存在という立ち位置を貫き、他の血族に対し己の意思を貫徹するという思いがタイトルに込められているのではないかと受け止めた。そして、それが利雄にとって、血族に対する、いわば復讐になっていく・・・・。
 
 本作の内容から考えると、著者が新しい領域を手がけようとチャレンジした単発的な小説といえるだろう。なかなかおもしろい設定の作品となっているが、シリーズ化する意図はなさそうな登場人物設定になっていると理解した。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。

『プライド 警官の宿命』   講談社文庫
『列島融解』   講談社文庫
『群狼の海域 警視庁公安部・片野坂彰』  文春文庫

「遊心逍遙記」に掲載した<濱 嘉之>作品の読後印象記一覧 最終版
                     2022年12月現在 35冊

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