神が宿るところ

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小野小町遺跡(その2・岩屋洞)

2016-08-10 23:07:16 | 伝説の地
岩屋洞(いわやどう)。
場所:秋田県湯沢市小野大山沢。前項「小町堂」前の道路を北へ約300m進んで左折(南西へ)、突き当りを右折(北へ)、JR奥羽線の踏切を渡ったところにある「熊野神社」横の狭い道路に入る。道なりに進むと雄物川の川岸に出るので、突き当りを右折(北へ)、その直ぐ先の橋を渡って左折(南西へ)。駐車場有り。そこから山道を徒歩10分程度上る。
平安時代前期の女流歌人で美人の代名詞・小野小町は生まれも不詳なら、亡くなったのも不詳で、全国各地にその墓といわれるものが存在するが、確実なところは全く不明である(一般的に、平安時代には現代のイメージのような墓はなく、多くは後世の供養塔などと思われる。)。秋田県湯沢市での伝承によれば、36歳で京都の宮廷を離れ、生まれ故郷の現・湯沢市、小野の里に戻ったという。そして、有名な「深草少将の百夜通い」も、当地での出来事とされている(前項「小町堂」記事にある「二ツ森」が深草少将の墓所とされる。)。「小町堂」が「芍薬塚」と呼ばれていたのは、深草少将が毎夜、芍薬を1株ずつ植えたことに因むという。しかし、深草少将は百夜を前に亡くなってしまい、これを悔やんだ小町は「岩屋洞」という洞穴に籠り、観世音菩薩を祀りながら92歳で亡くなったとされる。なお、この間、自身の像を自刻し、当時は「岩屋洞」の麓にあったという「向野寺」に納めたという。


「まるまる秋田」のHPから(岩屋洞)


写真1:「熊野神社」(湯沢市小野字小野115)。小野小町の父、小野良実が延暦21年に建立したものという。主祭神は所謂「熊野三神」(伊邪那岐命・伊邪那美命・速玉之男神)。かつて境内に「和歌堂」という小堂があり、小野小町が書いたという和歌や文などを納めてあったが、文禄年間に最上義光の兵火により焼失してしまったという。


写真2:「野中山 向野寺」(湯沢市小野字小野138。上記「熊野神社」の北、約270m)。小野良実が小野氏の菩提寺として建立した元は天台宗の寺院「小野寺(こやじ)」で、千手観世音菩薩を祀っていた。江戸時代に曹洞宗寺院として再興され、本尊は釈迦牟尼仏。当寺に小野小町が自刻したという自らの像が安置されている。


写真3:「岩屋洞」に上る山道の途中にある「二つ滝」のうち「男滝」。別名:「小野小町沐浴の滝」。この水で洗うと眼病に効くともいう。


写真4:同上、「女滝」。


写真5:同上。「女滝」には石仏が嵌め込まれており、「小野寺」の修行の場であったという。


写真6:「岩屋洞」。間口は広いが、奥行きはあまりない。なお、湯沢市は北国・秋田県でも有数の豪雪地帯で、少なくとも雪の時期には、ここではとても生活できたとは思えない。


写真7:同上。内部には石仏が祀られている。
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