神が宿るところ

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諏訪神社(秋田県大仙市協和中淀川)

2016-09-07 23:48:12 | 神社
諏訪神社(すわじんじゃ)。
場所:秋田県大仙市協和中淀川字白井沢111。国道341号線と秋田県道319号線(雄和協和線)の交差点(県道終点)から、県道側に(北西へ)約60m入り、右折(北東へ)して約150m。駐車スペースあり。
社伝によれば、延暦21年(802年)、征夷大将軍・坂上田村麻呂が東夷征伐のとき、現・大仙市協和町中淀川の小田地という所に休息し、その地に祠を建てて建御名方神を祀ったのが始まりとされる。伝承では、この神は、淀川の上流、現・大仙市協和荒川の奥から流れてきたのを、中淀川の白岩(小田地)で拾われ、当地の村人により産土神として祀られた、ともいう。祭神である健御名方神は風の神であり、風鎮めの神として農民らの信仰が篤かったとされる。
なお、境内に大きな砂岩で作られた「庚(いぬい)さん」が建っている。この「庚さん」は年と共に成長して大きくなり、2~3年毎に大きな御堂を建て替しなければならなかったという伝説があるらしい。
ところで、「日本三代実録」貞観12年(870年)の記事によれば、「白磐神」とともに「須波神」が従五位下の神階を授与されているが、その「須波神」がいずれかの「諏訪神社」であろうという説がある。それが当神社ではないか、という説を唱えたのは、江戸時代の紀行家・菅江真澄である。「日本三代実録」の記事で「白磐神」と「須波神」が並んでいるところから、当地に「白岩」という地名があり(かつては有名な「千手観音」堂があったらしい。)、川を挟んで当「諏訪神社」があることをもって、これらに比定したもののようだ。ただし、菅江真澄自身が認めているように、「白磐(岩)」という地名も、「諏訪神社」も各地に多数あり、当地とする根拠は甚だ薄いと言わざるを得ないだろう。


秋田県神社庁のHPから(諏訪神社)


写真1:「諏訪神社」鳥居


写真2:社殿


写真3:境内の「庚さん」
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