神が宿るところ

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秋田諏訪宮

2016-09-03 23:41:57 | 神社
秋田諏訪宮(あきたすわぐう)。
場所:秋田県仙北郡美郷町六郷字本道町19。国道13号線「側清水」交差点から南東へ約500mのところ(「手づくり工房 湧子ちゃん」の案内標識がある。)で左折(北へ)、直進(途中で右へカーヴするが)約700m。駐車スペースあり。
社伝によれば、延暦21年(802年)、征夷大将軍・坂上田村麻呂が東征のとき諏訪大神に国家鎮護を祈願し創建。寛治元年(1087年)には、後三年合戦に参戦した信濃国(現・長野県)一宮「諏訪大社」の大祝為仲が当神社で祭祀を行ったという(当時、「諏訪大社」の大祝は神官であるとともに地方豪族・武士の一族でもあった。)。中世~近世には時の領主に厚く崇敬され、江戸時代には社家大頭役である出羽国式内社「保呂羽山波宇志別神社」に次ぐ格式があった。明治2年には「羽後国総鎮守諏訪宮」を名乗るが、「羽後国」がなくなり、「宮」号が使用不可となったため、単に「諏訪神社」となった。昭和62年には「秋田諏訪宮」と改称し、現在の宮司は第40代「諏方祝子(すわほうり)」という。なお、創建以来、仏教寺院の支配を受けず、純粋な「神社」・「神主」として続いた数少ない例とされる。また、祭神は建御名方富命と八坂刀女命であるが、かつては2社あって、それぞれの神を祀っていた。そして、八坂刀女命を祀る社の「祝子」は女性で、「旭の神子(あさひのみこ)」と称したともいう。
因みに、「日本三代実録」貞観12年(870年)の記事によれば、「白磐神」とともに「須波神」が従五位下の神階を授与されているが、その「須波神」がいずれかの「諏訪神社」であろうという説がある。所謂「式外社」の1つであるが、出羽国の他の式内社・式外社の殆どが山や温泉など自然神を祀っているのに対して、建御名方富命等を祀るというのは違和感がある。一方、逆に、「諏訪神社」であるとすると、出羽国の中でも数多く、どの神社に比定すべきか迷うところである。当神社は、由緒や社格などからみて、その有力候補たり得ると思われるが、当神社のHPなどをみても、特段そういう話はないようである。


秋田諏訪宮のHP

秋田県神社庁のHPから(秋田諏訪宮)


写真1:「秋田諏訪宮」正面鳥居


写真2:社殿


写真3:社号標(大正8年建立)


写真4:境内の「諏訪清水」
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