神が宿るところ

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耳守神社

2023-10-14 23:34:46 | 神社
耳守神社(みみもりじんじゃ)。通称:みみっちょ様。
場所:茨城県小美玉市栗又四ケ2051。国道355号線「新高浜駅入口」交差点から東に約200mで左折(北へ。ガソリンスタンドの西側の道路に入る。)、道なりに北西へ約800m。駐車スペース有り(鳥居前に2台程度)。
社伝(というか、民話として伝わるところ)によれば、平安時代末期、田余郷飯塚に香丸殿と呼ばれた豪族・飯塚五郎左衛門平兼忠(第2代常陸大掾貞盛の弟・繁盛の5男)がいたが、その娘・千代姫は7歳になるのに耳が聞こえなかった。病の回復を願う両親は21日間の断食をして「熊野権現」に祈願し、その甲斐があって満願の暁に姫の耳は聞こえるようになったが、今度は足が萎えて立てなくなり、ついには33歳のときに「我亡きあとは、1社を祀りたまえ。耳の病から守護するであろう。」と遺言し、薄幸の生涯を閉じた。これにより、千代姫愛用の鏡を御神体として栗又四ケ字上郷に創建された「耳守神社」は、耳の不自由な人たちの信仰の場となった。しかし、天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐に際し、豊臣方の佐竹氏に攻められて常陸大掾氏が滅亡したことにより、その一族である飯塚氏も没落し、当神社も荒廃することとなった。耳の神様としては日本で1社といい、遠方からも参拝者があったようで、その後も地元集落の人々により維持され、昭和58年に社殿再建された。祭神は、千代姫命。
蛇足:社号標にも「日本一社 耳守神社」とあって、日本で唯一ということが強調されている。そういえば、河童を祀る日本で唯一の神社も小美玉市にある(「手接神社」(2019年2月9日記事)。当神社の東、約6km(直線距離)。)


小美玉観光協会のHPから(耳守神社)


写真1:「耳守神社」境内入口。鳥居と社号標


写真2:拝殿


写真3:拝殿に、願い事を書いた竹筒が結び付けられている。これは、竹筒のように耳がよく通るように、ということらしい。


写真4:本殿


写真5:再建記念碑。碑文は、現・茨城県筑西市出身の元衆議院議員・赤城宗徳氏によるもので、かつて霞ヶ浦高校の校長を務め、平将門の研究家としても有名。
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