Jun日記(さと さとみの世界)

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青葉は和シュロ

2016-03-07 19:35:51 | 日記

さて、

ここで元の祖父のボケていたという話に戻る。

 ある日のこと、もう私は小学校の高学年か、中学にはまだ上がっていなかったと思うのだが、祖母の死後かなり経ち、仏間には祖父だけという生活にも慣れた頃、気候の良い頃だったと思う。

私は外出から帰り、洗面所で手など洗っていた。日差しや水が気持ちよかった。

台所は明るく、庭から入る午後の日差しに溢れていた。

「やあ、帰ってきたね。」

そんな声に振り向くと、伯父が傍に立っていた。

普段めったに家には来ない、珍しくにこやかな伯父の様子に驚いた。そんな私をよそに、伯父は話し続けた。

「父さんから連絡があって、家に良い木が生えたから見に来いというので、見に来たんです。」

との事だった。

良い木?何の事だろうと私は思ったが、それはどうも和シュロの事であったらしい。

一昨年前、近くの城跡で土の中から見つけた球根を庭に埋めて置いたところ、昨年芽が出てぐんぐん成長し、今は50センチを超え、見事に特徴のあるばらばらと細い葉を広げた柄が、何本か木の先端から生い出る状態になっていた。

「ビロウの事ですか?」

と、私は図鑑で調べて自分なりに見当を付けた植物名を言った。

「シュロだよ」と、伯父はやや渋い顔をしたが、私は成長したこの木の姿を知らなかったので、当時幼木の形から図鑑の絵で近いものを選ぶ事しかできなかった。

「ビロウです、図鑑で調べましたから。」

そんなやり取りを伯父としながら、なぜこの木が良い木なのか疑問に思ったものだった。

 伯父とのやり取りはさておいて、珍しく伯父は爽やかでにこやかに人当たりがよかった。いつもほぼ真面目な顔しか見たことがなかった私は、何があったのかと怪訝な気がしたが、親戚の伯父の機嫌の良い様子を見ることができて、姪としては好ましい事と思った。当時、それが礼儀だろうと思っていた。

 どうも、祖父が庭の木を見て気に入り、叔父に見に来るよう、近所の伯母に電話させたようだった。伯父も良い木だといって、この木が庭に生え成長したことを気に入った風であった。

そしてにこやかなまま祖父の部屋へと戻って行った。

暫くしてまた台所に取って返して来ると、「私はこれで帰るから」と告げ、すぐに仏間へと戻り、そのまま帰宅したようだった。

私も伯父とあいなしに仏間に向かったが、部屋に入るともう伯父の姿はなく、祖父一人が布団に座っていた。

祖父も晴れ晴れと穏やかな表情で、何だか嬉しそうだった。

「あれは、伯父さんはどこへ行った?」

と、祖父が言うので、私は

「帰られたよ。」

と答えたのだが、祖父はびっくりしたようで、帰るはずがないから何処にいるか探してくれという。

私は家内を一通り探索してみたものの、やはり伯父の姿はなく、音もなく忽然と家から消えてしまった伯父の素早さに、やはり帰られたのだと祖父に報告したものだった。

 その時の祖父の様子と来たら、見るも哀れな落胆ぶりであった。

「帰ったのか。」

「帰ったのか、この家以外にあの子が帰る家などないのに…。」

そう呟いてがっくりと肩を落とす祖父の姿に、私は祖父の、伯父に対する一方ならぬ愛情の深さを感じたものだった。

父親にするとやはり上の男の子は可愛いのだろう。

そう祖父の心情を推し量たりした。そして、父や、私達家族の事を考えないではいられなかった。

 


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