Jun日記(さと さとみの世界)

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うの華4 39

2022-04-18 11:06:16 | 日記

 「お母さんと一緒じゃ無かったんだね。」

子供が父に語り掛けた。相変わらず父からは返事は無い。が、子からは見えない父の顔に、ああんという感じで彼の顎が突き出されるのを子は感じた。変な事を言ったかしら?、考えながら子は自分の父に歩み寄って行く。すると、どうやら父は喫煙中らしいという事がこの子には分かって来た。父の顔の向こうに、すうっと細く、微かに白い煙が上空へと立ち上ったからだった。

「お父さん、タバコを吸ってるの。」

煙い煙という物を放つ煙草に、最近頓に嫌悪感を募らせ始めていたこの子は、何と無く今言った言葉の中に、その嫌悪感と自分からの父に対する非難めいた物を匂わせて置いた。するとそれまで無反応だった父の背が揺らいだ。彼の肩がピクンと上がったのだ。

 彼は振り向いて自分の子を改めて眺めそうな気配になったが、それを堪えてそのまま自分の子に彼の背と黒い髪の後頭部のみを見せていた。すると子は彼に近付いて来る気配だ。『この子は、親の嗜好にケチをつける気か。』と、彼は煙草を燻らせながら不愉快に感じた。そこでふんと肩を怒らせてみせると、彼の子は自分の父の不興を感じ取った気配だ、その歩みを止めた。彼はそんな自分の子の気配を背中で感じると、少しは世慣れた様だとその子の成長を慮った。

「何だい。」

向こうを向きながら子の父は空へと声を出した。

 彼の後方にいた子供には彼のこの言葉が聞き取れず、父の言葉の意味が判然とし無かった。

『なん…?』

何だろう?、何だ、かな?。何か用かと聞かれたんだろうか?、と、子供はあれこれ考えてみたが、それでも子には父の言葉がやはり判然としなかった。それで子供はその場で躊躇した儘、もじもじと何も返答出来ずにいた。

「何だっていうんだ。」

子のこの無反応な様子を、父は自分の喫煙を我が子が非難する為に取る沈黙の態度だと受け取った。ふん!と父は空かさず鼻息を出してみせた。が、子の方は父のこの言動がやはり全く理解出来ないのだ。兎に角何かしらを父は不快に感じ取り怒っているのだろう。こう考えると、子供の方は自分の父の側に行くのも良し悪しだなと、この先に進む考えを改め始めた。

 後退りして、振り返り、その儘一気に居間迄走り戻って仕舞おうか。こう子が自分の考えを纏め上げた所で、その子の思考の表れた小刻みな足の動きを読んだのだろう、父の方が子の動きへの先手を打った。

 彼はすいと振り向くと何気無さそうに彼の子を眺めてみせた。

「お前お父さんに用があったのだろう。」

普通に見える様、極自然に彼は自分の子の様子を眺め遣るとその様子を窺った。子供は彼が感じ取った通り、自分を厭い嫌うと避ける模様だ。

『ここでこの子に嫌われてはならん!。』

フン!と彼は奮起した。

『これ迄この子の親として取り行なって来た自分の努力が水の泡だ、全てが無駄になって仕舞う!。』

彼は一瞬彼の顔に緊張を走らせたが、ぐーっと自分の動揺を抑えると、如何にも自分は普通、目の前の子の父親である、とばかりに自身の平静を装った。

 「あの子がいるなら。お前に跡を継がせてもいいがな。」

「子の手前、お前も子に一角の人物と思われないとな。」

そうじゃ無いと、お前も困るだろうしな。と、目の前の子供が生まれた時、彼が父から初めて聞いた言葉だった。兄妹の末っ子に近い生まれの彼の事だ、兄達を差し置いて父の跡を継ぐ事等、それ迄は考えた事も無かった彼だった。ましてやこの家の身代をそっくりその儘貰い受ける事等、彼にとっては夢のまた夢と言ってよく、正に青天の霹靂と言っても過言では無かった。

「母さんには未だ伏せて置くんだよ。」

その内お前に良い様にしてやるからなと、彼の父は重ねて彼に言ったのだった。それ迄は兎に角この子と上手くお遣り、ねえさんや義姉さん達とも仲良くやってな、皆が皆で仲の良い親戚、夫婦、親子でいるんだよ。そうすれば万事が万事、世の中全てが無事に丸く治るんだよ。

 かつて彼の父はそう彼に説いたのだった。父のこの言葉に、それはそれはもう、過去には有頂天の絶頂となった彼だった。当時の彼は今にも天に舞い上がりそうな心地でいた。正に地に足が付かないでいた。そうしてその後も彼は折に付け彼の父からあれこれと父親としての心構え、子育てのアドバイスを受けて来た。それは彼の母親からも同様だった。

 「但し、子には嫌われない様にな。」

彼の両親はこう彼への念押しを忘れ無かった。親子円満、夫婦円満、家内安全を旨とせよ。両親からこう言い聞かされて来た彼は、今自分の目の前にいる子供の、自分を厭うらしい様子に非常に焦っていた。


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