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写真は、病院で寝て鼻に蒸気を掛けている父。
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鼻に蒸気を15分位あてると、看護士は柔らかいプラスチックのチューブを鼻孔に通して、たんの吸引をします。 柔らかいチューブとはいえ、鼻孔に突っ込まれるのですから、本人はもろにいやがり、顔をしかめます。
鼻孔の粘膜も傷つき、引き出したチューブには出血の跡があり、口の中にもその血が流れ落ち、唾液と一緒にたまります。 また それが唇にも溢れ、乾燥してこびり付き、痛々しい様子に見えます。 しかしたんの吸引をしなければ、呼吸器官に詰まって窒息の恐れがあり、しない訳にはいきません。
2人部屋のもう一人の患者さんは、もっとつらそうで 大きな声を出して相当にいやがっているのが聞こえます。 看護士は「ちょっと痛いけど我慢してね」「ごめんね ごめんね」と繰り返しながらチューブのバルブを操作しながら、鼻孔と口腔の中のたんの吸引をします。
傍で見ていて、とてもつらそうです。 時々咳き込むので、母がティッシュを口にあてがってやるとたまにたんを出しますが、殆どは飲み込んでしまいます。
………………………………………………………
元々 結核にかかって片肺が機能してない父は、過去の健康診断の検査で、レントゲン写真を見た医者にいつも驚かれたそうです__「よくこれで生きていますね」と。 今回の肺炎で真っ先にこの肺がやられ、レントゲン写真は片肺が真っ白です。
そのせいか、父は昔から力仕事をしませんでした。 フトンの上げ下ろしから、雪かき/雪下ろし/家の中の整理も。 逆の意味で そのために、これまで体が持ったのかも知れません。
………………………………………………………
父と同世代の私の家の隣のオバアちゃんが自分の連れ合いのことをいっていました__「何にもしないんですよ 口ばーっかり達者で」
今の80台の男の人は若い頃、いわゆる「男子厨房に入らず」の人達でしたから、家庭の仕事は妻に任せっぱなしで、家の外で働いて給料を持ち帰るだけの人が殆どだったのでしょう。 その時代の風潮が悪いと、現代の感覚で論じることが100%正しいとはいえません。
母は、私たち子供の世話から家庭の雑事を一切合切していましたから、足は衰えず、元気そうに見えます。 けれど今は疲れ易くなり、家事が一段落すると、よく横になって休みます。 ですからヘルパーを週2回頼んで来てもらっています。
………………………………………………………
その母の世話があったから、父は今迄生き延びたのは間違いないところですね。 今 私は母によくいっています_「おふくろはもう十分オヤジの世話をしたよ」。 聞こえているのかいないのか分からない父にはこういっています_「オヤジはもう十分生きたよ その体で」
以前にも、父にはこういっていました__「オヤジはもう母の世話がないと生きられないんだから、たまには母に有り難うと感謝したら」と。 で父はどう答えたかというと、首をコクコクと上下に振って顔をしかめてみせただけでした。
85歳で、表現力も衰えていたのでしょう。 殆どしゃべらなくなっていました。 母が「何かしゃべったら」と促すと、「何もしゃべることはない」としか返事がなかったそうです。 それから3年です。
以上
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鼻に蒸気を15分位あてると、看護士は柔らかいプラスチックのチューブを鼻孔に通して、たんの吸引をします。 柔らかいチューブとはいえ、鼻孔に突っ込まれるのですから、本人はもろにいやがり、顔をしかめます。
鼻孔の粘膜も傷つき、引き出したチューブには出血の跡があり、口の中にもその血が流れ落ち、唾液と一緒にたまります。 また それが唇にも溢れ、乾燥してこびり付き、痛々しい様子に見えます。 しかしたんの吸引をしなければ、呼吸器官に詰まって窒息の恐れがあり、しない訳にはいきません。
2人部屋のもう一人の患者さんは、もっとつらそうで 大きな声を出して相当にいやがっているのが聞こえます。 看護士は「ちょっと痛いけど我慢してね」「ごめんね ごめんね」と繰り返しながらチューブのバルブを操作しながら、鼻孔と口腔の中のたんの吸引をします。
傍で見ていて、とてもつらそうです。 時々咳き込むので、母がティッシュを口にあてがってやるとたまにたんを出しますが、殆どは飲み込んでしまいます。
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元々 結核にかかって片肺が機能してない父は、過去の健康診断の検査で、レントゲン写真を見た医者にいつも驚かれたそうです__「よくこれで生きていますね」と。 今回の肺炎で真っ先にこの肺がやられ、レントゲン写真は片肺が真っ白です。
そのせいか、父は昔から力仕事をしませんでした。 フトンの上げ下ろしから、雪かき/雪下ろし/家の中の整理も。 逆の意味で そのために、これまで体が持ったのかも知れません。
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父と同世代の私の家の隣のオバアちゃんが自分の連れ合いのことをいっていました__「何にもしないんですよ 口ばーっかり達者で」
今の80台の男の人は若い頃、いわゆる「男子厨房に入らず」の人達でしたから、家庭の仕事は妻に任せっぱなしで、家の外で働いて給料を持ち帰るだけの人が殆どだったのでしょう。 その時代の風潮が悪いと、現代の感覚で論じることが100%正しいとはいえません。
母は、私たち子供の世話から家庭の雑事を一切合切していましたから、足は衰えず、元気そうに見えます。 けれど今は疲れ易くなり、家事が一段落すると、よく横になって休みます。 ですからヘルパーを週2回頼んで来てもらっています。
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その母の世話があったから、父は今迄生き延びたのは間違いないところですね。 今 私は母によくいっています_「おふくろはもう十分オヤジの世話をしたよ」。 聞こえているのかいないのか分からない父にはこういっています_「オヤジはもう十分生きたよ その体で」
以前にも、父にはこういっていました__「オヤジはもう母の世話がないと生きられないんだから、たまには母に有り難うと感謝したら」と。 で父はどう答えたかというと、首をコクコクと上下に振って顔をしかめてみせただけでした。
85歳で、表現力も衰えていたのでしょう。 殆どしゃべらなくなっていました。 母が「何かしゃべったら」と促すと、「何もしゃべることはない」としか返事がなかったそうです。 それから3年です。
以上