*『原発ゼロ』著者 小出裕章 を複数回に分け紹介します。32回目の紹介
『原発ゼロ』著者小出裕章
原発を廃絶させるまで、私は闘いたい。
原発は、都会では引き受けることができない寛大な危険を抱えています。「原子力マフィア」はまさか大事故は起きないだろうと高を括り、人々に対して「原発 は決して大事故を起こさない」と嘘をつきました。それでも不安を払拭できない彼らは、原発を過疎地に押し付けたのです。私は破局的な事故が起きる前に原発 を廃絶させたいと活動してきましたが、福島第一原発事故が起きてしまいました。私の人生すべてが否定されてしまい、自分の非力を無念に思わずにはいられま せんでした。しかし、この事故を忘れまいとする人々もまだ大勢いてくれることを、本当にうれしく思います。被害者の苦しみを少しでも減らし、嘘をついてき た巨大な権力を処罰するために、私自身も決して挫けずに闘いたいと改めて思います。
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**『原発ゼロ』著書の紹介
「第6章 これ以上過ちを繰り返さないために」より
4 エネルギー消費の歴史 P260~
太陽は永遠のエネルギー、でも・・・
では、これからのエネルギー政策をどうすればいいか?私は太陽だと思います。地球上にあるエネルギー資源の埋蔵量を示した図を前に掲載しましたが(191ページ)、太陽は石炭、天然ガス、石油、オイルシェール、タールサンド、ウランの究極埋蔵量を合計したものの14倍を超えるようなエネルギーを1年ごとに地球にくれています。
地球が46億年という長い歴史の中でつくり上げてくれた資源、そのすべてを合計したものと比較にならないほどのエネルギーを、太陽は送り続けてくれているのです。もう、原子力なんていうエネルギーにいつまでも酔っていてはいけません。さっさと原子力から足を洗って、どうすれば環境を破壊しないように太陽のエネルギーを利用できるかという方向に向かわなければいけない。
ただし、その太陽エネルギーも無制限に使っていいわけではありません。図26は、日本がこれまで、どんなふうにエネルギーを使ってきたかという実績を表したものです。横軸が西暦で1マス50年、縦がエネルギー量で一段上がると10倍増えるようになっています。太いグレーの線が実績値で1880年から始まっています。明治13年、ようやく近代国家の体裁をなしてきた頃で、エネルギーを使えば豊かな国になれる、ヨーロッパや米国に追いつけ追い越せを標語に、どんどん近代化を進めてエネルギーを厖大に使い始める時代に入りました。
猛烈にエネルギーを使っていって、1950年の手前で太平洋戦争になった。それでエネルギーを使えなくなりましたが、戦後はまた高度成長期に入ります。そしてやがてバブルを迎え、それがはじけて今、横ばいになっている状態です。
私は縦軸の「100」の少し下のところに点線を引きました(図27)。これは37万8000平方キロメートルある日本という国に、太陽が1年間にくれているエネルギー量です。ここが100パーセントで、一段下がると10パーセント、もう一段下がると1パーセントです。その下にさらに0.2パーセントというラインがありますが、これは何かというと、太陽がくれているエネルギーのうちで、風とか波とか空気の対流とかいった自然現象を起こすために使われているエネルギー量です。
私たちはいま2000年を過ぎたところにいるわけですが、太陽がくれているエネルギーに換算すれば、約0.6パーセント使っています。自然現象を起こしているエネルギーの何と3倍ものエネルギーを人工的に使って、私たちはこういう贅沢な暮らしをしているのです・これほどのことをやっても、自然というものはまだ持ちこたえてくれていることを、私はありがたいと思います。
さて、このままエネルギーを使えば使うほど豊かになれるという考え方を維持するとどうなるでしょうか? 予測できる3つの傾向を点線の矢印で示しました(図27=263ページ)。真ん中の線でいけば、いま現在から横軸を約1マス分いった2050年のころには、太陽エネルギーの10パーセントを人為的に使いたいという時代になってしまいます。そしてさらに50年経つと、100パーセント、目一杯の量を人為的に使いたくなる。そのまた50年先の2150年には、太陽が日本にくれているエネルギーの10倍を人為的に使いたいという時代になってしまいます。それで人間は生きられるのでしょうか。
※『原発ゼロ』著書の紹介は、今回で終了します。
※引き続き、『死の淵を見た男』~吉田昌郎と福島第一原発の500日~の紹介を始めます。
2016/1/27(水)22:00に投稿予定です。
====『死の淵を見た男』著書から一部紹介====
「その時、もう完全にダメだと思ったんですよ。椅子に座っていられなくてね。椅子をどけて、机の下で、座禅じゃないけど、胡坐をかいて机に背を向けて座ったんです。終わりだっていうか、あとはもう、それこそ神様、仏さまに任せるしかねぇっていうのがあってね」
それは、吉田にとって極限の場面だった。こいつならいっしょに死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう、とそれぞれの顔を吉田は思い浮かべていた。「死」という言葉が何度も吉田の口から出た。それは、「日本」を守るために戦う男のぎりぎりの姿だった。(本文より)
吉田昌郎、菅直人、斑目春樹・・・当事者たちが赤裸々に語った「原子力事故」驚愕の真実。