*『東京ブラックアウト』著者:若杉冽
「第1章 避難計画の罠」(「プロローグ」含む)を複数回に分け紹介します。3回目の紹介
( Amazon カスタマーレビュー )から
恐ろしい本です。小説という体裁はとっていますが、帯に「95%ノンフィクション」とあるように、限りなく現実に近い話でしょう。これを読んでも、原発再稼働に賛成と言えるでしょうか。一人でも多くの国民に読んでほしい本です。
作中に登場する資源エネルギー庁次長の日村直史は、経産官僚の今井尚哉氏だと、国会議員の河野太郎氏がTwitterで言及しています。現在、安倍首相の政務秘書官を務めている人物です。
( 「東京ブラックアウト」)から
「バ、バカ野郎!おまえは知っているのか? かつて新潟県の泉田知事が、たった400人を対象に避難訓練をしただけでも、その地域には大渋滞が起こったんだぞ!・・・あと数時間で、東京の都市機能は失われるっ。いいか、これは命令だ・・・」
・・・玲子は絶句した。いつも冷静でクールな夫が、15年の結婚生活で初めて見せる取り乱しぶりだったからだ。
過去に紹介した記事(【原発ホワイトアウト】終章 爆弾低気圧(45) )から
救いがあるとすれば著者・若杉冽氏の次の言葉だ。
「まだまだ驚くべき事実はたくさんあるのです。
こうした情報が国民に届けば、きっと世論のうねりが起きる。
私が役所に残り続け、素性を明かさないのは、情報をとり続けるためです。
さらに第二、第三の『若杉冽』を世に送り出すためにも」
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**『東京ブラックアウト』著書 「プロローグ」⇒「第1章 避難計画の罠」の紹介
前回の話:【東京ブラックアウト】第1章 避難計画の罠 ※2回目の紹介
「玲子! いますぐ芳樹を叩き起こして、着の身着のままでいいから、車で羽田か成田に向かえっ」
「・・・新崎原発の事故のせい?」
玲子にはフクシマの悪夢が頭をよぎった。そして実際、フクシマ原発事故に際しては、多くの経産官僚はもちろん、実は当時の経済産業大臣たる江田川も、家族をシンガポールに逃していた。このとき即座にチケットをおさえて江田川家に届けたのは、税金で給料がまかなわれている、江田川の公設秘書であった。
あのときも玲子は、小学生の芳樹とともに、いち早く岡山の実家に避難していた。
「どこでもいい、国内はみな危なくなるかもしれない。外国行きの航空券を、空港カウンターで正価でもいいから、すぐ買うんだ、必要なものは外国でもカードで買える。ロサンゼルスでもケアンズでもいい、急げ!」
ー官房長官記者会見が30分後の午前9時に開かれる。そうしたら、羽田も成田も大混乱になるだろう。少しでも早く動いたほうがいい。
「・・・でも、東京から200キロ以上離れた場所じゃない。なんで、そんなに急ぐ必要があるの? あなたも知っているとおり、明日は芳樹の、新年ピアノ発表会なのよ・・・芳樹が、あんなに頑張って練習したのに・・・」
玲子はどこか他人事だ。口調も至って冷静である。それで日村は激情に駆られた。
「バ、バカ野郎! おまえは知っているのか? かつて新潟県の泉田知事が、たった400人を対象に避難訓練をしただけでも、その地域には大渋滞が起こったんだぞ!
覚えているか、3・11の夜を? 俺達の目白の家の近くでも大渋滞が起こっただろう? 深夜1時にお前と一緒に見て回ったら、目白通りでも新目白通りでも、そして早稲田通りでも、ピクリとも車が動いていなかった・・・300キロ以上も離れた場所で起こった震災で、東京の交通は完全に麻痺したんだぞっ。しかも今度は放射性物質が飛んでくる!
このあと数時間で、東京の都市機能は失われるっ。いいか、これは命令だ・・・いや、土下座して頼むっ、おまえと芳樹だけは、何とか生き残ってほしいんだ。原発再稼働が殺すのは、実は大都市の住民なんだ!」
玲子は絶句した。いつも冷静でクールな夫が、15年の結婚生活で初めて見せる取り乱しぶりだったからだ。
「・・・わ、わかったわ。私のお友だちの旦那さんがJALの常務さんだから、すぐに相談して、たぶんアメリカ西海岸へのチケットをおさえるわ・・・でも、あなたも必ずそこに来てね、芳樹と私だけにしないで!」
最後は玲子も声を張り上げていた。涙声だった。しかし日村は、その涙で自分の意図が完全に伝わったことを悟り、ほっとする自分に気づいていた。
・・・これで日村には心の余裕が生まれた。続いて前経済産業大臣、小口陽子の秘書にも電話を入れた。
小口前大臣には小学校1年生と4歳の男の子がいる。しかし、大臣を辞任したあとは原発事故の機密情報は入らない。だから小口前大臣も、この機転のよさには必ず恩義を感じてくれるはずだ。
なにせ、小口陽子はキャンダルで失脚したとはいえ、禊を終えれば、確実に5年後には、女性発の総理候補となるはずなのだ・・・。
ちょうど同じころ、二子玉川にある高級幹部用の公務員宿舎では、窓という窓のカーテンがすべて閉められていた。
駐車場の自動車は一台もなくなり、自転車置き場の自転車もほとんどなくなっている。慌てていなくなったのか、三輪車や子ども用の自転車だけがその場に転がっている。
多摩川沿いを、いつものように犬の散歩に出ていた元大蔵省主税局長の吉岡茂雄(75歳)は訝しく思う。
「・・・いったい何が起こっているんだ。公務員宿舎がもぬけの殻じゃないか。昨夜は灯りが点っておったが、まさか全員が、新年の朝、一斉に田舎に帰省しているわけではあるまいし・・・」
悪い胸騒ぎがした。
※続き「第1章 避難計画の罠」(「プロローグ」含む)は、2/18(水)22:00に投稿予定です。