*『東京ブラックアウト』著者:若杉冽
「第1章 避難計画の罠」(「プロローグ」含む)を複数回に分け紹介します。10回目の紹介
( Amazon カスタマーレビュー )から
恐ろしい本です。小説という体裁はとっていますが、帯に「95%ノンフィクション」とあるように、限りなく現実に近い話でしょう。これを読んでも、原発再稼働に賛成と言えるでしょうか。一人でも多くの国民に読んでほしい本です。
作中に登場する資源エネルギー庁次長の日村直史は、経産官僚の今井尚哉氏だと、国会議員の河野太郎氏がTwitterで言及しています。現在、安倍首相の政務秘書官を務めている人物です。
( 「東京ブラックアウト」)から
「バ、バカ野郎!おまえは知っているのか? かつて新潟県の泉田知事が、たった400人を対象に避難訓練をしただけでも、その地域には大渋滞が起こったんだぞ!・・・あと数時間で、東京の都市機能は失われるっ。いいか、これは命令だ・・・」
・・・玲子は絶句した。いつも冷静でクールな夫が、15年の結婚生活で初めて見せる取り乱しぶりだったからだ。
過去に紹介した記事(【原発ホワイトアウト】終章 爆弾低気圧(45) )から
救いがあるとすれば著者・若杉冽氏の次の言葉だ。
「まだまだ驚くべき事実はたくさんあるのです。
こうした情報が国民に届けば、きっと世論のうねりが起きる。
私が役所に残り続け、素性を明かさないのは、情報をとり続けるためです。
さらに第二、第三の『若杉冽』を世に送り出すためにも」
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**『東京ブラックアウト』著書 「プロローグ」⇒「第1章 避難計画の罠」の紹介
前回の話:【東京ブラックアウト】第1章 避難計画の罠 ※9回目の紹介
役人のあいだの揉め事は、役人出身の、事務の官房副長官が仕切る。政治家である政務の官房副長官、官房長官、総理には、口を出させない。そんな不文律が、かつて官僚の世界にはあった。
しかし、先の保守党政権の末期に、旧内務官僚ではない財務官僚OBの政治任用が行われたり、民自党政権の際に政務の官房副長官による仕切りが多用されたりして、「次官のなかの次官」といわれた事務の官房副長官の威厳は、官界のなかでも著しく低下していた。
代わりに実権を握ったのは、政務の官房副長官、そして保守党政権に復帰してからは、官僚の操縦術に長けた官房長官であった。
「有無をいわさず、一発で決める」
そういう官邸の気合が、呼び出し先から伝わってくる。
事務の官房副長官が相手であれば、井桁としても、形式的には官邸の調整結果を持ち帰って、さらに大臣に上げて、政治レベルで抵抗を試みることは可能である。しかし官房長官の決定であれば、もはや大臣が辞表を胸に総理に直談判するしか抵抗の術は残っていない。
原子力規制庁長官の井桁は、自分一人が呼び出されたことから、ここで言い渡されるであろう結論を既に悟っていた。まず間違いなく、避難計画策定の仕事が、原子力規制庁に押し付けられるのだろう。
さはさりながら、「安全を司る規制庁が、再稼働の片棒を担いでいる」と世の中から批判されることに対して、政府がどのように説明するのか、彼自身が得心する台詞を官房長官からもらいたかった。
官房長官執務室に入った。
明るいベージュ色の絨毯、その先のソファの奥に、眼光鋭い官房長官が立って、手でソファを示していた。
「どうぞ、井桁さん」
と勧められるがままに、井桁規制庁長官はソファに腰を下ろした。
「あの避難計画の仕事ですがね・・・」
実務家肌の官房長官は、早速、口を開く。
柔和な口調だし、目も垂れ下がったままだ。が、その三白眼の奥底には、不知火のような光がちらついている。
中学卒業後、東北から集団就職で上京し、夜学で高校と大学を卒業した。政治家の私設秘書から地方議会議員を経て、国会議員に当選した。この世が理性や綺麗事だけではなく、暴力やカネ、恐怖や不条理、差別や嫉妬といった原理で動いていることを、誰よりも知っている男だ。
国家議員に初当選してから20年。派閥を渡り歩き、辛酸を嘗め尽くして、総理に次ぐ実質的な権力者の座に上り詰めたという経歴が、オウム真理教、革マル派、中核派、指定暴力団など、数々のアウトローと業務上付き合ってきた井桁をしても、異次元の恐怖に包み込ませた。
「内閣府にやらせますよ」
と、官房長官は口元に微笑を浮かべた。
その微笑が、井桁規制庁長官の全身の筋肉を瞬時に硬直させた。予想外の発言だったからだ。
「内閣府に、原子力災害対策担当室を置くことにします」
と、官房長官は続ける。
(一体何が起こったのか?)
井桁はなるべく無表情を装い、必死に頭を巡らせる。
呼び出しを受けた昨夜からこの部屋に入るまで、ああいわれたらこういおうと、頭のなかで何度もシュミレーションを繰り返していた。しかし、こういうシナリオは、まさに「想定外」だった。本当に内閣府にやらせるならば、なぜ原子力規制庁長官を呼び出しているのだろうか・・・。
(その代わりに、何を求めているのか?)
何の見返りもなく、内閣府に困難な仕事をやらせるなどという、原子力規制庁にとって100%、ハッピーな結末になるはずがない。
「ハッ、ハァー」
しかし時代劇の侍のように、井桁は神戸を垂れた。
※続き「第1章 避難計画の罠」(「プロローグ」含む)は、2/27(金)22:00に投稿予定です。