長年太極拳の学習を続けていると、やっぱりいつか知らず初心を忘れていくものである。
上達したと勘違いしたり、間違った理解をしていたり・・・。そんなときは壁にぶつかったと思う。
これでOKというのがない太極拳。
最近、少しヒマになって以前からの資料を整理していたら、陳正雷老師がある会報に寄稿した記事が出てきた。
タイトルが「いかに効率よく太極拳を練習するか」という。
「えっ?そんな方法あるの?聞きた~い!」って感じでしょ。
今読み返すと、あらためてそうだな~、と納得するところばかり。
せっかくの資料も埋もれたままでは勿体ないと、今回、会報の団体主宰者である日本陳式太極拳学会・麗太極拳の及川さんに許可をいただき、数回に分けて掲載。
陳式太極拳を全体として把握して、アプローチの仕方を理解することができる(はず)。
ま、簡単な近道はないんだけどね。。
以下、日本陳式太極拳学会会報「陳家溝」から(掲載年は不明)。
~~~~~~~・~~~~~~~~・~~~~~~~~~
いかに効率よく太極拳を練習するか
陳 正雷・著(及川重道・監訳)
ここ数年来、私は国内外で太極拳の指導・普及に従事してきたが、どうすれば効率よく太極拳を練習することができるか、という質問をしばしば受けてきた。そこで私の意見をいくつかまとめて述べることとしたい。
理解・認識を明確に
太極拳の練習は他の学習同様、まず第一に、対象の基本的な理解から始める必要がある。太極拳についてのさまざまな角度からの理解・認識は、太極拳を効率よく練習するためにまずもって必要な条件である。「太極拳とは何か」を明確に理解していないものが太極拳を身につけることができるとは、想像しがたい。
太極拳は、河南省温県陳家溝の陳氏第9代・陳王庭が、家伝の拳術の基礎の上に、他の拳術の精華を組み入れ、古代の導引術と吐納術とを結合し、「易経」の陰陽学と中国医学の経絡学説を吸収して編み出した、内外全錬の拳術である。
その拳架の編成と設計は、人体生理の法則のみならず、天地自然の運行法則にも符合している。太極拳は、一連の動きが途切れることなく続き、遅速は交互に、剛柔は相補いあうことをもって、その特徴とする。
武術的な側面のみならず、養生鍛錬法として、また、趣味娯楽としてなど、いくつかの側面を持ち、これらの働きと効用のために、国内外において人々に愛好されている。また、太極拳は、修練の全過程にわたって練り上げられた理論を有している。したがって、太極拳は広大な体系であり、その習得は生易しいことではないと考えるべきである。
先人諸氏の拳論と長年の実践から体得した知識により、私は太極拳の練習方法を「三練三不練」の法則にまとめることができた。
「三練三不練」の練習法則とは、すなわち、「力でなく理を練習する」、「枝葉末節ではなく根本を練習する」、「技ではなく身法を練習する」というものである。
1. 力ではなく理を練習する
「理」とは、太極拳の道理、原理である。
太極拳で練習するのは大きな道であり、陽が陰を生じ、陰が陽を生じるという、太極陰陽の転換原理である。
剛の中に柔を、柔の中に剛を宿し、剛柔相補い、虚が実を生じ、実は虚を生じて虚実は転換し合う。精神を集中し、意をもって気を導き、気をもって身体を導き、意気が到達し形が従う練習を通して、一カ所が動けば全体が従い、全身が遵い合って内外が一致するようになる。
練習する時には、規範にのっとって行い、自ずと成果が現われるまでは急いではならない。「力」の練習は単に肉体的な力の鍛錬に過ぎない。この種の練習は局部的な力を増大することはできても、その力は盲目的な馬鹿力であり、しなやかさのない力であるから、太極拳武術家からは好まれないのである。
(2.以下続く)
上達したと勘違いしたり、間違った理解をしていたり・・・。そんなときは壁にぶつかったと思う。
これでOKというのがない太極拳。
最近、少しヒマになって以前からの資料を整理していたら、陳正雷老師がある会報に寄稿した記事が出てきた。
タイトルが「いかに効率よく太極拳を練習するか」という。
「えっ?そんな方法あるの?聞きた~い!」って感じでしょ。
今読み返すと、あらためてそうだな~、と納得するところばかり。
せっかくの資料も埋もれたままでは勿体ないと、今回、会報の団体主宰者である日本陳式太極拳学会・麗太極拳の及川さんに許可をいただき、数回に分けて掲載。
陳式太極拳を全体として把握して、アプローチの仕方を理解することができる(はず)。
ま、簡単な近道はないんだけどね。。
以下、日本陳式太極拳学会会報「陳家溝」から(掲載年は不明)。
~~~~~~~・~~~~~~~~・~~~~~~~~~
いかに効率よく太極拳を練習するか
陳 正雷・著(及川重道・監訳)
ここ数年来、私は国内外で太極拳の指導・普及に従事してきたが、どうすれば効率よく太極拳を練習することができるか、という質問をしばしば受けてきた。そこで私の意見をいくつかまとめて述べることとしたい。
理解・認識を明確に
太極拳の練習は他の学習同様、まず第一に、対象の基本的な理解から始める必要がある。太極拳についてのさまざまな角度からの理解・認識は、太極拳を効率よく練習するためにまずもって必要な条件である。「太極拳とは何か」を明確に理解していないものが太極拳を身につけることができるとは、想像しがたい。
太極拳は、河南省温県陳家溝の陳氏第9代・陳王庭が、家伝の拳術の基礎の上に、他の拳術の精華を組み入れ、古代の導引術と吐納術とを結合し、「易経」の陰陽学と中国医学の経絡学説を吸収して編み出した、内外全錬の拳術である。
その拳架の編成と設計は、人体生理の法則のみならず、天地自然の運行法則にも符合している。太極拳は、一連の動きが途切れることなく続き、遅速は交互に、剛柔は相補いあうことをもって、その特徴とする。
武術的な側面のみならず、養生鍛錬法として、また、趣味娯楽としてなど、いくつかの側面を持ち、これらの働きと効用のために、国内外において人々に愛好されている。また、太極拳は、修練の全過程にわたって練り上げられた理論を有している。したがって、太極拳は広大な体系であり、その習得は生易しいことではないと考えるべきである。
先人諸氏の拳論と長年の実践から体得した知識により、私は太極拳の練習方法を「三練三不練」の法則にまとめることができた。
「三練三不練」の練習法則とは、すなわち、「力でなく理を練習する」、「枝葉末節ではなく根本を練習する」、「技ではなく身法を練習する」というものである。
1. 力ではなく理を練習する
「理」とは、太極拳の道理、原理である。
太極拳で練習するのは大きな道であり、陽が陰を生じ、陰が陽を生じるという、太極陰陽の転換原理である。
剛の中に柔を、柔の中に剛を宿し、剛柔相補い、虚が実を生じ、実は虚を生じて虚実は転換し合う。精神を集中し、意をもって気を導き、気をもって身体を導き、意気が到達し形が従う練習を通して、一カ所が動けば全体が従い、全身が遵い合って内外が一致するようになる。
練習する時には、規範にのっとって行い、自ずと成果が現われるまでは急いではならない。「力」の練習は単に肉体的な力の鍛錬に過ぎない。この種の練習は局部的な力を増大することはできても、その力は盲目的な馬鹿力であり、しなやかさのない力であるから、太極拳武術家からは好まれないのである。
(2.以下続く)