昨日からの大雪のため、バスが運行中止。
今日の陳式普及会土曜教室はお休み。。。
時間があいたので、顧 留馨 著「陳式太極拳」の翻訳を最後まで打ち込みできた。
何度読み返してもそのたびに、気がつくことがあり、忘れていたことがあり、身体の反応について「こういうことだったのか!」と確信することあり、であらためて勉強になりましたっ!
前回からの続き。これで最終です。
変換できない漢字が箇所箇所あるけど、太極拳をやっている人には見覚えのあるもののはず。
ーーーーーーーーーーーーーー・・・・-------------------
第二特長 身肢放長の弾性運動
(1) 虚領頂勁 気沈丹田
(2) 含胸抜背 沈肩墜肘
(3) 松腰円トウ(月+当) 開胯屈膝
(4) 神聚気斂 身手放長
(精神を集中させ気を収める)
上記の四規定の中に見られるように、虚領頂勁と気沈丹田は身軀の放長であり、含胸抜背の前の胸は、後ろの背を放長することにより叶えられる。沈肩墜肘は、手、肘を放長にしなければならない。
松腰円トウと開胯屈膝は、腿部を円滑に旋転させる。これは腿部を特定な姿勢で放長させることによって得られる結果である。故に、太極拳の歩法は、松腰円トウ(月+当)と開胯屈膝の姿勢で、踝を回して大腿部を回し、虚実を転換しなければならない。外に表れるものは腿部の纏糸勁の表現であって、内部は大腿部を放長にしなければならない。
この一連の放長は、また、全身の放長を促し、身肢に弾性をつくり、棚(=ポン/扌+朋)勁を形成するだけでなく、全身の放長により精神も自然に高まってくる。このため、放長の姿勢を備えてさえいれば無駄な力が発生するのを防ぎ、自然に松開と身手の放長の条件を備えるのである。
身肢放長の弾性運動が、つまり太極拳の第二の特長である。
身肢放長
上述のごとく、太極拳の練習には身肢の放長が必要で、以て全身の弾性を加えると、棚勁ができてくる。つまり、棚勁は弾性より生じ、弾性は身肢の放長より生じる。
身体各部にいかに放長を行き渡らせるかーここに拳譜に準じて下に述べる。
(1) 虚領頂勁と気沈丹田
いわゆる虚領頂勁は、頂勁をうなじの上に向けて起こさせることで、気沈丹田は気を丹田に収める。この両者は相対して行われるものである。意識でお互いが相反する方向に引っ張り合うように意図するのである。これが、身軀を放長の感覚にさせるのである。
(2) 含胸抜背
含胸は、胸部を張り出さず、またくぼませず。胸は背を緩め、伸びやかにするための支柱となるのである。力学上においても、杵を上から抑え付けても曲がることはないからである。
背は緩め、伸びやかになることによって、この支柱に依存している(つまり)背中の力を抜いての伸びやかに緩めるわけである。
この点に関して初心者は、背中を猫背にすることと勘違いしやすい。猫背は胸がくぼむことになり、(つまりは)支柱の作用ができなくなり、背中の放長の弾性が失われるばかりでなく、健康にもよくない。
(3) 沈肩墜肘
沈肩の主要作用は、臀部と肩部を沈下させることによって堅固にさせる。同時に、肘を下げるとこによって肘と肩の間を放長させることができる。
手と臂が螺旋の纏糸運動をしている時は、肘を下げることが中心となる。同時に、肘を下げることと坐腕は、手臂全体の放長である。
(4) 開胯屈膝の旋転
これは腿部の放長である。
腿は地面の上に立っていて、放長にするのが比較的困難である。だから腿部に対しては、股関節を開き、膝を緩めて曲げることが要求されることになる。
この特定の姿勢円トウ(月+当)においては、螺旋の運動で変換、虚実をし、主に膝頭の旋転によって表現する。このように腿部が外に旋転するとき、外側は放長で内側は収縮することになる。
理論と実技より引用
憧(忄+董)勁について
はじめに憧勁を称え始めたのは、王宗岳であった。
彼は「太極拳論」の中でこう書いている。
“由着熟而漸悟憧(忄+董)勁”??着を熟練して次第に憧(忄+董)勁を悟ってくる。
この言葉は二つのことを強調している。一つは“着”で、もう一つは“勁”である。無形な“勁”を知るために有形の“着”を知らなければならない。
拳式の中のいずれの動きも、一つの“着(手法)”である。拳法を習う人は、まずあらゆる動きの“着”を知って、熟練することによって憧(忄+董)勁を悟ってくる。
憧(忄+董)勁は相手の勁の変化に応じて、どの瞬間にどの方向に向かって勁を出せば、自分にとって有利となり、相手を不利な体勢にさせられるか、ということである。
“彼不動、己不動”?彼が動かなければこちらも動かない?は、勁の方向問題を指している。“彼微動、己先動” ?彼が動こうとしたらこちらは先に動く?は、勁のタイミングを指している。
今日の陳式普及会土曜教室はお休み。。。
時間があいたので、顧 留馨 著「陳式太極拳」の翻訳を最後まで打ち込みできた。
何度読み返してもそのたびに、気がつくことがあり、忘れていたことがあり、身体の反応について「こういうことだったのか!」と確信することあり、であらためて勉強になりましたっ!
前回からの続き。これで最終です。
変換できない漢字が箇所箇所あるけど、太極拳をやっている人には見覚えのあるもののはず。
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第二特長 身肢放長の弾性運動
(1) 虚領頂勁 気沈丹田
(2) 含胸抜背 沈肩墜肘
(3) 松腰円トウ(月+当) 開胯屈膝
(4) 神聚気斂 身手放長
(精神を集中させ気を収める)
上記の四規定の中に見られるように、虚領頂勁と気沈丹田は身軀の放長であり、含胸抜背の前の胸は、後ろの背を放長することにより叶えられる。沈肩墜肘は、手、肘を放長にしなければならない。
松腰円トウと開胯屈膝は、腿部を円滑に旋転させる。これは腿部を特定な姿勢で放長させることによって得られる結果である。故に、太極拳の歩法は、松腰円トウ(月+当)と開胯屈膝の姿勢で、踝を回して大腿部を回し、虚実を転換しなければならない。外に表れるものは腿部の纏糸勁の表現であって、内部は大腿部を放長にしなければならない。
この一連の放長は、また、全身の放長を促し、身肢に弾性をつくり、棚(=ポン/扌+朋)勁を形成するだけでなく、全身の放長により精神も自然に高まってくる。このため、放長の姿勢を備えてさえいれば無駄な力が発生するのを防ぎ、自然に松開と身手の放長の条件を備えるのである。
身肢放長の弾性運動が、つまり太極拳の第二の特長である。
身肢放長
上述のごとく、太極拳の練習には身肢の放長が必要で、以て全身の弾性を加えると、棚勁ができてくる。つまり、棚勁は弾性より生じ、弾性は身肢の放長より生じる。
身体各部にいかに放長を行き渡らせるかーここに拳譜に準じて下に述べる。
(1) 虚領頂勁と気沈丹田
いわゆる虚領頂勁は、頂勁をうなじの上に向けて起こさせることで、気沈丹田は気を丹田に収める。この両者は相対して行われるものである。意識でお互いが相反する方向に引っ張り合うように意図するのである。これが、身軀を放長の感覚にさせるのである。
(2) 含胸抜背
含胸は、胸部を張り出さず、またくぼませず。胸は背を緩め、伸びやかにするための支柱となるのである。力学上においても、杵を上から抑え付けても曲がることはないからである。
背は緩め、伸びやかになることによって、この支柱に依存している(つまり)背中の力を抜いての伸びやかに緩めるわけである。
この点に関して初心者は、背中を猫背にすることと勘違いしやすい。猫背は胸がくぼむことになり、(つまりは)支柱の作用ができなくなり、背中の放長の弾性が失われるばかりでなく、健康にもよくない。
(3) 沈肩墜肘
沈肩の主要作用は、臀部と肩部を沈下させることによって堅固にさせる。同時に、肘を下げるとこによって肘と肩の間を放長させることができる。
手と臂が螺旋の纏糸運動をしている時は、肘を下げることが中心となる。同時に、肘を下げることと坐腕は、手臂全体の放長である。
(4) 開胯屈膝の旋転
これは腿部の放長である。
腿は地面の上に立っていて、放長にするのが比較的困難である。だから腿部に対しては、股関節を開き、膝を緩めて曲げることが要求されることになる。
この特定の姿勢円トウ(月+当)においては、螺旋の運動で変換、虚実をし、主に膝頭の旋転によって表現する。このように腿部が外に旋転するとき、外側は放長で内側は収縮することになる。
理論と実技より引用
憧(忄+董)勁について
はじめに憧勁を称え始めたのは、王宗岳であった。
彼は「太極拳論」の中でこう書いている。
“由着熟而漸悟憧(忄+董)勁”??着を熟練して次第に憧(忄+董)勁を悟ってくる。
この言葉は二つのことを強調している。一つは“着”で、もう一つは“勁”である。無形な“勁”を知るために有形の“着”を知らなければならない。
拳式の中のいずれの動きも、一つの“着(手法)”である。拳法を習う人は、まずあらゆる動きの“着”を知って、熟練することによって憧(忄+董)勁を悟ってくる。
憧(忄+董)勁は相手の勁の変化に応じて、どの瞬間にどの方向に向かって勁を出せば、自分にとって有利となり、相手を不利な体勢にさせられるか、ということである。
“彼不動、己不動”?彼が動かなければこちらも動かない?は、勁の方向問題を指している。“彼微動、己先動” ?彼が動こうとしたらこちらは先に動く?は、勁のタイミングを指している。