老化はなぜ起こるか
ZUU online より 210731
本記事は、山岸昌一氏の著書『老けない人は何が違うのか 今日から始める!元気に長生きするための生活習慣』(合同フォレスト)の中から一部を抜粋・編集しています
■老化はなぜ起こるか
そもそも老化はなぜあるのか、また、どうして起こるのかについての知識は、健康情報に対する知恵と選択眼を身に付ける上で、とても大切なことです。
古くから老化や寿命に関する研究は世界中で行われており、老化に関していくつかの仮説が提唱されています。
●「細胞分裂限界仮説」──生命は「回数券」制!?
「テロメア」という言葉を、耳にしたことはないでしょうか。
細胞の核にある染色体には、生物の遺伝子情報を記録したDNAが収納されています。この染色体の末端にある分子構造、いわゆる塩基配列がテロメアで、靴紐の端についているキャップのような役目をしています
テロメアは「生命の回数券」とも呼ばれており、細胞が分裂を起こすたびに少しずつ減り、短くなっていく特徴があります。
テロメアの回数券が尽きると、染色体は不安定になり、遺伝子の情報が正確に伝えられなくなって細胞分裂が止まってしまいます。また、細胞分裂が停止し老化した細胞からは、さまざまな炎症を起こすサイトカインといわれる物質が分泌され、臓器が障害を受けてしまいます。
つまり、細胞分裂には限界(およそ50〜60回)があり、この限界が37兆〜60兆個の細胞から成り立つ個体の寿命を決定している。その指標となるのがテロメアの回数券だというわけです。
これが「細胞分裂限界説」で、1961年にアメリカの生化学者、レオナード・ヘイフリックが提唱しました。それ以前は、細胞は無限に分裂するとされていたので、当時としては革新的なことでした。
しかし、この説で老化が全てうまく説明できるわけではありません。細胞分裂限界説にも、いくつかの矛盾点があるのです。
例えば、加齢や老化の影響を最も受けやすい臓器として、脳や心臓が挙げられます。
ところが、神経細胞や心筋細胞は、基本的には出生後、一度も分裂しない希有な細胞であることが知られています。脳梗塞や心筋梗塞を起こすと後遺症が残りやすいのも、新たな細胞分裂によって梗塞部位の失われた細胞が補填されないからです。
つまり、細胞分裂しない脳や心臓には、細胞分裂の限界=老化という仮説が当てはまらないことになります。この事実は、むしろ、入れ替わらない細胞ほど加齢によるツケの影響を受けやすいことを示唆しています。
さらに細胞分裂限界説で寿命をうまく説明できない事象が、他にもまだあります。実は、ネズミのテロメアは、人間より倍も長いのです。とすれば、理論上は、ネズミは人より細胞分裂の限界に達するまで十分な時間的余裕があり、長生きになるはずです。ところが、ネズミの寿命は人間の分の程度で年くらいしかありません。そして、テロメアの長いネズミは、極めてがんにかかりやすい動物でもあるのです。
●「生命活動速度理論、フリーラジカル仮説」──代謝が高い動物は早死にする!?
1908年にドイツの生理学者、マックス・ルブナーは「生命活動速度理論」を唱えます。心拍数が速く、代謝率が高い動物は、早く消耗し、寿命が尽きる、つまり、生き急いでいる動物は早死にするというものです。
しかし後年、個々の動物の体の大きさで補正すると、代謝速度と寿命との間には全く相関関係がないことが分かります。また、空を飛び回る鳥類のほうが代謝率が高いにも関わらず、同じ大きさの哺乳類より長生きであるなど、この理論でうまく説明できない事象が次々と報告されていきました。
この生命活動速度理論は、老化・長寿研究の表舞台から早々に姿を消しますが、少なからず後世に影響を残し、「フリーラジカル仮説」につながっていきます。フリーラジカルとは、対をなしていない電子(フリー電子)を持つ、反応性の高いラジカル(過激)な分子のことです。活性酸素として知られているスーパーオキシド(O2)やヒドロキシラジカル(OH)は、酸素や過酸化水素に余分な電子が1つ加わったフリーラジカルです。代謝率が高いと、酸素の消費量も増えて、その分活性酸素が多くつくられ、細胞が傷害されて寿命が短くなるという説です。
この説を提唱したデナム・ハーマンは、フリーラジカルの過剰産生が、DNAやタンパク質を傷つけ、老化を促進させると主張しました。この仮説は、その後、多くの研究により支持されてきました。
しかし、この説にも、うまく説明できない現象があります。
ネズミに比べて長生きである渡り鳥や、ほとんど老化の徴候を示さないハダカデバネズミのフリーラジカル産生量は、決して少なくありません。つまり、フリーラジカルの多寡そのものが寿命を決めているわけではなく、鍵を握っているのは、むしろ受け手側のタンパク質にあるようです。
実際、ハダカデバネズミには、フリーラジカルがつくられてもタンパク質が大きなダメージを受けずにすむような防御機構が存在します。さらに、ハダカデバネズミにはインスリンがなく、この動物に糖負荷試験を行うと、糖尿病に類似した高血糖パターンを示しますが、タンパク質が糖化されにくいという事実も見つかっています。
以上のことから、フリーラジカル、高血糖ともタンパク質を傷つけ、臓器障害を引き起こしますが、いかにうまくその傷ついたタンパク質を修復し、その品質を維持、管理できるかという能力の多寡が老化のスピードを規定しているともいえます。
●「使い捨ての体理論」──体は子孫を残すための使い捨て商品
「使い捨ての体理論」は、南アフリカの生物学者、トム・カークウッドが1977年に提唱したもので、その大要は次のような話になります。
生き物にとって一番重要なことは「子孫を残す」ことです。そのための戦略は個々の生き物によって異なります。
一般的に、体の大きい動物は長生きして、体の小さい動物は短命ですが、それは外的要因、つまり「補食のリスク」によるものです。
ゾウのように体の大きい動物は、他の動物に食べられてしまう心配がないので、すぐに繁殖し、子孫を残す必要はありません。その分、自分が持っている資源を生殖以外の部分に割く余裕が生まれます。
具体的には、タンパク質が糖化や酸化を受けないように、あるいは糖化や酸化を受けたタンパク質があれば、すぐに入れ替えて品質を管理できるよう資源を割いて対処することが可能なわけです。その結果、生殖を行って子孫を残すという、生き物にとって最も重要な命題を担保しつつ、同時に体の健康も維持できるというわけです。
一方、ネズミのように小さい動物は天敵が多く、補食されるリスクが高い。だから、資源を体のメインテナンスに割くのは得策ではありません。なにせ、明日をも知れない命ですから、全ての資源を生殖、つまり子孫を残すことに使わざるを得ないのです。しかも大至急で。なぜなら、天敵に食べられてしまえば子孫を残せず一巻の終わり、生き物としての究極的な目的を達せられずに終わってしまうからです。このように、小動物の場合は、フリーラジカルや糖化によるツケがたまり、短時間のうちに老化が進行していきます。
人間を含む全ての動物にとって、体は子孫、すなわち遺伝子を次世代へ伝えるための運び屋に過ぎず、使い捨て商品ということなのでしょう。
このことを、進化生物学者で動物行動学者でもあるリチャード・ドーキンスは、「利己的遺伝子」という呼び名で象徴的に言い表しています。
●人は子孫を残すがゆえに老化する
生殖か、タンパク質の品質管理か。そのどちらに、より多くの資源を注ぐかによって、老化や寿命は決まってくる──。
この「使い捨ての体理論」から見えてくるのは、子どもをつくること、つまり生殖と老化は「トレードオフ」の関係にあるということです。
トレードオフとは、ある目的を達成するために別の何かを犠牲にしなければならないこと。要するに「あちらを立てれば、こちらが立たず」という関係です。
そして、この資源分配の比率が子孫をつくるほうに傾くほど老化が早く、寿命が短くなります。多産の動物ほど寿命が短いことは、これまでの多くの研究で明らかにされています。そして、人間においてもそれは事実のようです。
例えば、イギリスには世紀から世紀までの1200年間にわたって貴族を対象に出産と寿命との関係を調べた貴重な研究があります。このデータによれば、60歳以上の閉経した女性では、子どもの数が多いほど寿命が短いこと、さらに初産が早い女性ほど早死にする傾向にあることが示されています。
つまるところ、生き物にとって老化は、効率的に子孫を残す戦略の中で生まれた副産物ともいえるのでしょう。
山岸昌一
昭和大学医学部内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科学部門主任教授/久留米大学医学部客員教授/医学博士。1963年新潟県生まれ。金沢大学医学部卒業。日本内科学会、糖尿病学会、循環器学会、高血圧学会の専門医。金沢大学医学部講師、米国アルバートアインシュタイン医科大学留学を経て、久留米大学医学部教授を10年間勤め、2019年より現職。30年以上前から老化の原因物質AGEに着目。AGEに関する英文論文数は600編を超え、世界で最も精力的に生活習慣病の治療に取り組んでいる医師の一人。「ためしてガッテン」「あさイチ」「たけしの健康エンターテインメント!みんなの家庭の医学」「主治医が見つかる診療所」など多くのテレビ番組にも出演。AGEに関する医学研究により、世界最大規模の学会である米国心臓協会最優秀賞ほか、日本糖尿病学会賞、抗加齢医学会奨励賞を受賞。『AGEsと老化』(メディカルレビュー社)、『老けたくなければファーストフードを食べるな』(PHP研究所)、『老けない人は焼き餃子より水餃子を選ぶ』(主婦の友社)など著書多数。