国立大学でも研究者の大量雇い止め危機 若者の研究に猶予を与えられない国家でいいのか
Newsポストセブン より 220831
雇い止め撤回を求める訴訟を起こし、記者会見する理研の研究者。2022年7月(時事通信フォト)
文部科学省科学技術・学術政策研究所が発表した「科学技術の状況に係る総合的意識調査(NISTEP定点調査)」が、日本の科学技術力の低下を示していると、衝撃をもって受け止められている。
なかでも自然科学分野で多くの研究者に引用された質の高い論文の2018~2020年の年平均数調査で日本は前年の10位から韓国にも追い抜かれ12位に転落。
2000~2002年は米国、英国、ドイツに次ぐ4位だったのが、2006~2008年から順位を下げ続けている。俳人で著作家の日野百草氏が、科学技術立国を支えてきた日本の科学者たちが置かれている環境についてレポートする。
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「アジア各国、とくに中国の基礎科学分野の伸びは本当に凄い。その陰には日本人研究者もいます。このまま日本国内の冷遇が続けば、さらに海外、もちろん中国に協力する日本人研究者が増えることでしょう」
関東の国立大学で博士号を取得、いくつかの大学、民間企業を渡り歩いた70代の元研究者が語る。本稿、専門用語や一般的でないと思われる言い回しは平易に置き換えた。あくまでアカデミズムの界隈に馴染みのない多くの方にも知っていただきたいという趣旨である。
「国立大学法人化からしばらくでしょうか、国から国立大学への運営費交付金が減らされ続けた結果、ということです」
日本の国立大学は2003年制定の「国立大学法人法」により各大学とも法人化された。それにともない2004年度から国の運営費交付金は削られ続け、2022年現在で約1300億円も削減された。
国立大学の学費が高騰しているのもその影響で、現在の標準額(近年は国立大学も各大学により異なるため標準額とする)の1年次81万7800円(入学金含む)は私立大学(以下、学費平均値による)と比べても、その差は約1.6倍しかなくなっている(文部科学省調べ)。1975年は5.1倍と国立は圧倒的に安かった。それが現在は入学金に至っては約1倍、国立も私大もほぼ変わらない。
それでも理系となれば圧倒的に国立大学のほうが安いが、昭和のころのような「国立大学なら誰でもバイトで学費も生活費も全部まかなえる」という時代はとうに終わっている。いまの50代の方々の大学時代(1980年代ごろ)に30万円から40万円ほどだったことを考えるとほぼ倍である。
「学生にも影響ありましたが、やはり研究者に一番のしわ寄せが来た形です。理化学研究所(以下、理研)の件もそうですが、国立大学も同じような研究者の不遇とリストラ問題を抱えています」
⚫︎日本は国家としての役目を放棄している
理研の研究者、および研究チーム関係者が2022年度末を目処に約600人も雇い止めにされる恐れがあるという件は拙ルポ『「理研600人リストラ」に中国人ITエンジニアは「不思議です」と繰り返した』で報じた通りだが、これを報じた4月から、理研労組によればすでに約100人が理研を去ったという。理研側は8月現在、いまだに労組への回答を先送りしている。
「理研といえば日本の基礎科学研究の最高峰です。科学で食べていくしかない国が、その最高峰にいる中の600人もを切り捨てる、いまは結果が出なくとも、いつ日本を食べさせてくれる研究成果を上げてくれるかわかりません。かつてはそうして科学立国日本を築き上げたのに、この国は何で食べていく気なのでしょう」
前述のルポで中国人技術者は「優秀な研究者をクビにすることは、他国に渡すのと同じです」と言っていた。また「研究は結果がすぐ出るわけではありません。とくに基礎研究は百年かかるかもしれません。それでも国のためになるなら続けるべきでしょうし、必要な人はとっておくものです」とも言っていた。
国は違えど研究者、技術者ともに思うところは同じということか。
理研といえば湯川秀樹、朝永振一郎、利根川進など錚々たるノーベル賞学者を輩出した名門である。みな決してすぐに結果が出たわけではないし、ことによってはまるで理解されなかった時期もあった。それでも研究を続けた。理研も、国もそれを助けた。これが国家というものだ。
「いまの日本は国家としての役目を放棄しているということです」
厳しい言い方だが、これもまた同じ研究者としての切なる思いから来るものだろう。石油、石炭、鉄、銅、ニッケル、ボーキサイト、天然ガス、レアメタル、レアアースと、何もかも輸入に頼る国なのに研究まで放棄しては、研究者という人材まで海外に流出させて困るのは日本だというのに。
基礎研究は多くの方に馴染みがないかもしれないが、これこそ国家の礎、アメリカも中国も21世紀の覇権を握るために力を入れている。
「私の現役時代、とくに1990年代からそうですが、この国は理系軽視で文系の下で理系が働く、文系が管理して理系が現場、という構図がより強くなったように思います。これは官も民も同じでしょう。私も身をもって経験しています」
文部科学省は旧来の「天下り」はもちろん、天下り批判を避けるためか「現役出向」も加える形で国立大学法人を牛耳ってきた。このことを2017年、河野太郎衆議院議員が「国立大は文科省の植民地」と与党議員ながら予算委員会で批判している。
世界的な機械メーカー、富士ゼロックス(当時)のサラリーマンだった河野氏らしい指摘だが、実際に文科省は補助金や新設学部の設置許可を人質に、OBの天下りや職員の現役出向を常態化させていた。それはいまも変わらない。
「国は予算を減らすだけでなく、さらに研究の選別をしました。選別は構いませんが近視眼的な誤った選別をしたのです。それが基礎研究をさらに追い詰めました」
結果、短期的な成果を求められるままに基礎研究の空洞化を招いてしまった。そしていま、研究者の大リストラに至る。
「国立大学も理研と同じように研究者の雇い止めが始まっています。この国は本当にどうするつもりなのでしょう」
東北大学は2022年度末で若手研究者を中心に239人が雇い止めになるおそれがある。大阪大学や九州大学でも同様の事案が起こる可能性があるという。東京大学に至っては346人が雇い止めと予想されている。理研の600人と同様、このような旧帝国大学、日本の優秀な研究者の多くが集う大学ですら大量の雇い止め、リストラが実行されてしまうかもしれない。
「とくに中堅や若手の研究員は有期雇用ばかりですから10年でクビです。これからという研究者ばかりなのに」
有期雇用が大半となった国立大学の研究員。2013年の改正労働契約法で5年を超えた場合は労働者の希望で有期雇用から無期雇用に転換すると定められた。
研究者や教員の場合は10年という特例だったが、これがそっくりそのまま杓子定規に当てはめられてしまった格好だ。さらなる特例を急ぎ取り決めてもいいほどの事態にも関わらず、国の対応は及び腰だ。
「このような言い方は誤解されるかもしれませんが、この国の予算からすれば彼らの雇用など小さな金額のはずです」
⚫︎中国は日本が勝手に優秀な日本人を捨ててくれると大喜び
確かに言い方が難しいが、2021年5月に会計検査院が指摘した「国の無駄遣い」を見ると筆者もそう思わされてしまう。
「アベノマスク」は115億円分が倉庫に余り、再検品で21億円、保管費も2020年8月から2021年3月までで6億円かかった。
他にもGoToトラベルではキャンセル対応費用として旅行代理店に1157億円払ったもののホテルや旅館に行き渡ったかは不透明、接触確認アプリ「COCOA(ココア)」の度重なる不具合による追加対応や、農林水産省の「全国農地ナビ」の閲覧システムが137億円かけたのに未更新、など総額2108億7231万円の「無駄遣い」および「不適切経理」と指摘された。
「基礎研究は分かりづらいかもしれませんが、かつての『科学大国日本』時代のように、やがて大きなリターンとなり、長い目で見てこの国を豊かにしてくれるでしょう。若者の研究に猶予を与えられずに、なにが国家ですか」
研究には時間がかかるのはもちろん、研究者が育つにも時間がかかる。たとえばCNSと呼ばれるCell(セル)、Nature(ネイチャー)、Science(サイエンス)といった科学ジャーナルに論文を載せようと思えば研究には時間も費用もかかるし研究者自身の成長も必要だ。
短期間の有期契約では手近な論文で雇用を繋ぐしかなくなる。いまやCNSは圧倒的にアメリカと中国の研究者がしのぎを削る場となっている。
とくに中国はCNSに限らず自然科学系の全論文数、上位10%論文数、上位1%論文数すべてで1位である。
2022年版の文科省「科学技術指標」によれば日本は全論文数5位、上位10%論文数12位、上位1%論文数10位である。
2000年代前半まではアメリカに次ぐ2位だったはずなのに。CNSがなんだ、論文数ばかりではない、という向きもあろうが、ほんの20年前のネットで揶揄され続けた「お笑い中国」から考えれば、こうした学術面の成果で日本どころかアメリカすら抜くとは、今や昔である。
「それなのに理研の研究者はもちろん、国立大学の研究者まで若手を中心に追い出そうとしています。彼らの多くは国内に見つからなければ海外に出ていくことでしょう。もちろんこれまで以上に中国に手を貸す人も出てくるでしょう。中国は日本が勝手に優秀な日本人を捨ててくれると大喜びでしょうね」
これもまた、かつて中国人技術者が言っていたことと同じだ。「日本はまた何百人も研究者を辞めさせる。それを中国が手に入れるなんて申し訳なく思います」「中国は日本人研究者や技術者のおかげで大国です。本当にありがたい話です」と利敵行為にも通じる行為を不思議がっていた。
この中国人技術者の言うところはどちらかといえば民間技術で、日本の家電やITの不遇な研究者、技術者たちが中国に渡って結果を出し続けたことに対してだったが、同じく拙ルポ『70代元家電メーカー技術者の悔恨「メイド・イン・ジャパンを放棄してはいけなかった」』でお話いただいた元技術者の「メーカーを追い出されたり、独立して小さな工場を経営したりの技術者が中韓の仕事を請けてました」「そういうことをするから他国に技術が流れるんですよ。
そんなことを国や企業が30年間繰り返した結果が、いまの日本です」「待遇が悪いのですから流出は止まりませんよ。ずっとそうなのですから」といった言葉も思い起こさせる。
とくにこの30年、「好きなことやっているんだから」と研究者や技術者をないがしろにしてきたのは官も民も同じだろう。いまだに「研究者自身にこそ問題がある」「評価される成果を出せなかった人」などと事の本質を理解できない残念な意見もある。
「本当に日本は何を考えているのでしょうか。私も自分の不甲斐なさも含めて、それほど恵まれた研究人生ではなかったと思っていますが、時代を考えれば全うできただけマシなのかもしれません。これからの日本の科学、日本の研究者はどうなってしまうのか」
かつて日本に捨てられた日本人技術者の一部は韓国で厚遇され、結果を出したからこそ現在の韓国がある。同じように日本に捨てられた、もしくは日本を捨てた研究者たちが中国でさらなる結果を出すかもしれない。日本はもちろん欧米に比べて給与面では厚遇とは言えないが、研究者として食っていくため、そして十分な研究環境を求めた果てのリベンジマッチである。
筆者はいつかの中国人技術者の言葉を、また思い出す。
「優秀な人が安かったり辞めさせられたり。とても不思議だと思っています」
国は研究者も、技術者も、クリエイターも、あまたの専門職も「捨ててもすぐ降って湧いてくる」とでも思っているのだろうか。それともベテラン政治家は「どうせ寿命はあと10年20年だからその後の日本などどうでもいい」とでも思っているのだろうか。まさか「いずれ国ごと売り渡す」つもりなのだろうか。
そうとしか思えないほどに、今回の理研はもちろん、国立大学法人研究者の任期雇い止めという大量リストラは「不思議」としか言いようがない。
日本が誇る新幹線も、優秀な自動車エンジンも、壊れない家電も、精密な光学機器も何もかも中国や韓国へ売り渡したのは日本である。そうしてついに国家百年の礎たる基礎研究者、それも若手まで捨て始めた。
科学も技術も、結果が出ないからと性急に捨てる行為を繰り返し、この国と子どもたちは将来、どうして食べていけというのだろうか。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員、出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。
💋相変わらず、どこに予算がいってるのか?会計検査院は?
給与=人財の生活必需費が理解されてないというか常識的に分かって当たり前。行政立法の不作為不勉強。xx学術会議はボンクラ集団である証。