のんきいきいき So(走) Happy! -櫻庭健一の日記-

いつも笑顔と感謝を忘れずに
甘っちょろいと言われても希望を捨てず生きる
過去の少しの試練はそれで乗り越えたのだから

止まるために急ぐ

2011年11月22日 06時05分23秒 | Weblog
止まるために急ぐ。
心がけていることです。
何のこっちゃと思われた方。
もう少しわかりやすい表現にするなら、
止まる余裕を持つために急ぐ、ってところか。

歩くのは遅いほうではない。
っていうか平均から考えたら速いほうだと思う。
昔はその「急ぐ」は一本早い電車に乗るとか。
「急ぐために急ぐ」だったわけで。
正直な話、急ぐあまり、
危ないタイミングで道路を渡ったりもありましたよ。

最近は前述のように「止まるために急ぐ」になってきた。
当たり前といえば当たり前だが、
信号は必ず守る。
見渡す限り車が居ないような場所でも、
歩行者用信号があればそれは必ず守る。
ある意味アホに見えるかもしれないけれど、
こういうことって習慣だと思うんですね。
あとはちっちゃい子どもが見ていたらとか、
そういう想像力を働かせる。
「信号守れ守れって言うけれど、大人が守っていないじゃん」
そう思われたら未来を背負って立つ
日本の子どもの教育上よろしくない。
だから信号は守る。
信号のない場所では、極力横断歩道を渡る。
横断歩道もなければ、本当に細心の注意をもって渡る。
自分なりの目安は、
横断中に転んで動けなくなっても車にはひかれない。
ってところか。

発想も変わったね。
約束の時間は守るのはモットーだったけれど、
その守り方が変わってきた。
普通に家を出て、歩くところはダッシュで行って余裕を持って着く。
だったのですよ、昔は。
今は普通に歩いて信号運が悪い場合を想定して、
そこから更に最低15分余裕を持って家を出る。
15分の余裕を見れば、電車一本の遅れくらいは吸収できる。
時間に関して信用を失うことがない。
更に「絶対に遅刻できない」という、ここぞのときは、
集合場所30分前着を目標に動く。
時間の無駄?
もし待たされたら?
そんなことどうってことないね。
こちとら本好き、本の2冊も持っていけば、
読書の時間が増えて感謝したくらいだ。まったく問題ないもの。

この習慣、生き方は慣れてしまえばとても楽。
何よりせかせかしなくていいから、
生活に心にゆとりが出てくる。
イライラすることがなくなる。
いいことずくめです。

止まるために急ぐ。
冒頭を見て「こいつアホか」と思われた方。
これでも私はアホに見えますか?