いかりや爆氏の毒独日記

最近の世相、政治経済について「あれっ?と思うこと」を庶民の目線から述べていきたい。

菅氏自ら招いた敗北?天の配剤?

2010-09-04 19:14:17 | 日記

 民主党代表選は9月2日告示されたばかりだが、ほぼ勝敗は決した感がある

 菅氏の総理在任期間は僅か3ヶ月、誰がみても短か過ぎる。今回の代表選の行方は、菅氏の参院選の敗北に始まった。参院選で民主党が少なくとも50議席あれば、菅氏続投でもやむを得なかったに違いない。参院選挙の大敗が、小沢氏の危機感を呼び覚ました。菅氏は、この敗北がもたらした「ねじれ現象」を「天の配剤」と自己弁護に努めているが、結果として自ら仕掛けた罠にはまって自分を首相の座からひきずり落とすようなものである。いかに彼の見通しが甘かったかを露呈した。

 日本は今、様々な困難に直面している、菅氏には荷が重過ぎる。バブル後20年近くになるが、経済の長期低迷はいよいよ深刻度を深め、超円高がさらに追い討ちをかけている。小沢氏の代表選立候補こそ、この危機に対する最後に残された切り札「天の配剤」ではなかろうか。
 小沢氏の出馬は、菅氏にとっては予期しない出来事であったかもしれない。小沢氏の出馬に、先の見通しのきかないノー天気男菅氏は小沢氏に当初勝てるとみていたのだろう。小沢氏の立候補を「とてもいいことである」とむしろ歓迎する余裕を示していた。

 小沢氏の出馬に慌てたのは、むしろ菅氏の背後にいた仙谷氏だったはずである。仙谷氏は根っからの財源論者であり、消費税アップ論者であったので菅氏の突然の消費税アップ論も仙谷氏の入れ智恵であったはずだ。ところが国民から総スカンを食らって参院選で大敗した。

参考:4月14日の日記「仙谷由人氏は消費税アップ論者:彼は民主党議員である必要はない」http://blog.goo.ne.jp/ikariyax/d/20100414

 鳩山グループが早々と小沢氏支持を鮮明にしたため、小沢氏有利となり、小沢氏が勝利すれば、仙谷氏の出番がなくなり、彼の政治生命はほぼ断たれることになる。そこで突然浮上したのが、小沢氏の出馬辞退を「党分裂回避」だとか「挙党一致」という美名にして、何とか小沢氏の出馬辞退を画策したものと思われる。鳩山前首相が伝書鳩よろしく小沢ー菅の間を行き来した、そのなかでトロイカ体制案が浮上した。ところが、トロイカ体制のなかに自分(仙谷氏)が入っていないことに気づき、これも破綻した(筆者の推測だが)。

 一貫性もなく信念もない菅氏は、仙谷氏にふりまわされた。総理の資質を欠く菅氏は、お気の毒ながら天の配剤によって首相の座を降りることになるだろう。
 
菅首相が参院選で突然、消費税アップ論を言い出させたのは、彼を背後で操った仙谷氏だろう。だが、それが結局小沢氏の代表選出馬という幸運を生んだ。日本のために、仙谷氏のおおいなる貢献を讃えるべきかもしれない(苦笑)。

蛇足: 民主党徳島県連は29日、徳島市内で幹事会を開き、党代表選で、県連として特定候補の支持は打ち出さず、事実上の自主投票とする方針を決めた(仙谷氏の故郷も仙谷氏を信頼していないことの表れ?)。

追補: 仙谷由人官房長官は3日午後の記者会見で、民主党の小沢一郎前幹事長が首相に就任し、検察審査会の議決により強制起訴された場合、小沢氏が無罪を主張して首相の職にとどまっても、衆院で過半数を占める民主党などの賛成で内閣不信任決議案が可決される可能性に言及した。(時事ドットコム(2010/09/03-19:26)より)

仙谷氏は小沢氏の足をひっぱることばかりしか考えていない、かなり焦っている。彼は自暴自棄になっている?



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1 コメント

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老いの一念 (明け烏)
2010-09-06 12:48:16
もう物故してしまったが、ある歌舞伎俳優が八十何歳かで死ぬ間際に、「妻の産んだ子は私の子ではなく、新国劇の俳優Tとの間に出来たものだ」という発言をして物議をかもしたことがあった。人間、もうすぐ墓に入ろうかという年齢になっても妄執は易々とは消えず、枯れた境地には至ることができないものなのか、とギョッとしたことがある。
またこれとほぼ同じ例をごく身近なところで知ることになり溜息が出たものだった。

人間は、きっと自分に何らかの形で加えられた「屈辱」を忘れることなく、これに苦しみながら、そして機会あらば復仇したいと思いながら死んでゆく愚かな代物なのだろう。

野中広務氏の「官房機密費」暴露事件、後の行動から推察するに、宿敵・小沢一郎にどうにかして掣肘を加えんとした非常に生臭いものであったらしい。
私自身でもこれについて書いたときに多少の違和感があったくらいだから、「いかりや爆師匠」はきっと野中広務の意図に気付いていたものと思う。
しかし文藝春秋に掲載されていた「小沢一郎について書いたものはちゃんと保存しておくから私が死んだ後に、立花隆さんでも開封してくれ云々」は大層な傍迷惑である。死んでしまってからでは反論が一切できないからだ。まあ、こういう思わせぶりな態度で効果を高めようとしているのであろうが。
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