織りと いろいろ・・・・♪

備忘録を 兼ねて・・・少しづつ。

はまぐり・蛤・・・♡

2016-03-23 | グルメ
糸島の牡蠣小屋で 1個100円の一番小さな蛤を 20個買ってきてた。

はまぐり豆腐

あさり豆腐と同じ・・・ 昆布だしと 酒 みりん 薄口しょうゆで。
やはりあさりより 数段 美味しかった。
だし汁も ・・・
久し振りの 国内産のはまぐり。

先日 孫娘の初節句の日は 見つけられなかった。
雛ちらしに 是非欲しかったけれど・・・・少し早い日程で お祝いしたので 出先にはあさりしかなかった。

















蛤と菜の花の スパゲッティ・・・
残りの 6個で・・・ランチ。

















パルミジャーノレッジャーノがあった・・・

お醤油を 小出しに入れ足したり・・・チーズを削っておいたり・・・梅干しの小さな壺に入れ足したり・・・
そんな台所仕事が 好き。

さんざやったおままごとの名残り・・・
私は スープ屋さんが好きだった。
お水に 葉っぱや お花を浮かべて・・・お玉 1パイで お金に決めていた丸い葉を 1枚。
お米屋さんが好きな子もいて・・・。

雨の日は お菓子の空き箱に仕切りをして・・・小部屋を作って・・・6DKくらいの豪邸を作っていた。
厚紙で作ったお人形で 着物を着せ替えて・・・着物と帯は 千代紙なんかで。

そんな遊びの元は・・・・姉と 母が楽しそうに見ていた雑誌だった。
”ひまわり””ジュニア それいゆ”・・・昭和30年代 ヘアのアレンジや フリフリの替え衿の編み方、残り毛糸で編むショールなんかが載ってイタ。
肩に大きな結びリボンがある綿の水玉のワンピースなど・・・。
林檎箱などに 布を貼って フックをねじで付け・・・コーヒー椀など下げて 仕舞ってイタ。

中原 淳一の大きな目の女の子の 挿絵が 忘れられないなぁ・・・。

母は 奉天・葫蘆島からの引揚者で・・・
引揚げ時、姉は9歳、兄は 2歳だった。
人が まだ食べることにせいいっぱいの時期・・・いまの呉服町にある会社に勤務、夕方からは そばの帽子店に刺繍を習いに行ってイタ、と 姉から聞いたことがある。

母の手袋の甲には 黒のビロードの袋物と同じ 枯葉模様の竹ビーズが刺してあった。
3歳の私のジーンズのサロペットの胸と膝には 汽車の刺繍。
紙ふうせんの刺繍は スモック。

戦争終わって・・・そんなことがしたかったのね