■IQ/ジョー・イデ 2018.11.12
ジョー・イデの 『IQ』 を読みました。
面白いミステリでした。
本書の紹介文に、「彼が探偵として生きる契機となった壮絶な過去」とありました。
今の社会状況から想像するのは、両親の離婚に起因するものや虐待、いじめなどなのですが、この物語のそれは、スケールとすさまじさが全く異なります。
このことが主人公アイゼイアの性格を形成し、探偵に精出すことになるのですが。
アイゼイアはウェブサイトも、フェイスブック・ページも、ツイッター・アカウントも持っていないが、なぜか人はアイゼイアを見つける。アイゼイアは警察が手を出せない、あるいは出さない地元の事件を優先的に引き受けている。処理しきれないほどの仕事があるものの、依頼主の多くは、サツマイモのパイとか、庭掃除とか、一本の真新しいラジアル・タイヤなどで仕事の報酬を支払う。支払わないやつもいるけど、日当を払えるクライアントなら、ひとりで食っていけて、フラーコの費用の足しにもなるのだが。
アイゼイアと腐れ縁が切れないドッドソンのやり取りが面白い。
このドッドソン、意外にきれい好きでしかも、料理好きなのです。
悪党で食えないやっだが、憎めない。何となく好きになってしまうんですよねえ。これが。
その一場面を紹介してみます。
アイゼイアは車を走らせ続けながら、ドッドソンのそういうところにいちばん腹が立つと思った。良心から逃げたり、いろんな悪事を犯しても短絡的にチャラにできると思っているところに。刑期を勤め、月に一度保護観察官に面会すれば終わり。終わったこと。それで借りは返したと思っている。
「カネは」
「今週はちょこっと金欠なんだ。とりあえず百ドルやるから、残りは来週ってことでどうだ?」
「二百五十稼いでから戻ってきたらどうだ?」
こんなガリ勉くそ野郎にいい負かされて、ドッドソンは怒濤の屈辱を感じた。その場に突っ立ったまま、首を少しかしげ、片方の拳を握りしめて床に目を落とした。このガキを何発かぶん殴り、誰に喧嘩を売ってるのかわからせてやりたい。だが、そうはせず、くしゃみをした。くされネコの毛のせいだ。ドッドソンはくるりとうしろを向き、こう考えながら歩き去った。“まだ一ラウンド目だぜ、くそったれ”
「おれにいわせれば、よくいる悪党に過ぎない」
「無知を曝してやがる」
「悪党じゃなかったというのか?」
「昔のおれみたいじゃなかったって意味ならそのとおりだ。2パックのいう悪党は、何がなくても上を向き、誰にもなめられず、やることをやるブラザのことだ。2パックはとことん前向きで、仲間を気づかっていた。貧困、不公平、それに制度に打ちのめされる状況をラップにしていた。シュグ・ナイトいわく、2パックはまだ生きていて、どこかの島で暮らしてるとか」
「金欠ではないし、車はおれが組み立てたものだ」
「おい、嘘こけ、くされアウディなんか誰にも組み立てられねえよ。おまえでもな。カネといえば、おれの分け前は半分だ。そんな目で見るなって。おれがいなきゃカネはテーブルに載らねえんだし、おれの飽くなき精力、ビジネスにおける炯眼、そして、相当な人付き合いの技術がなければ、この取り引きをまとめられないんだから、その分のカネはもらう」
「おまえが探偵の仕事をばっちりやってきたのはわかる」ドッドソンがいった。「だが、このレベルの接客は誰かの迷子の犬を探すのとはわけがちがう。外交手腕、術策、売り込み術が必要になる。どれもおまえのようなむっつり不愉快なやつには、残念ながら欠けている資質だ。腕がよくてよかったじゃねえか。そんな性格で生き抜くには、遺体安置所で死人を相手にするしかないからな」
ドッドソンは床にへたり込み、悲鳴を上げた。またメイおばさんの家の庭での一件が繰り返されるなんて信じられねえ----犬がのしかかり、熱い息が耳にかかる。こんな死に方は嫌だ、嫌だ---- .................
アイゼイアは犬をどかし、立ち上がった。
ドッドソンが寝室から出てきた。「どこにいたんだよ?」泣きじゃくている。「あのくそ犬に生きたままケツを食われそうになったんだぞ! アイゼイアのばか野郎、だから来たくないっていったんだ! だからいったんだ!」
ドッドソンがついに食いつき、顎を突き出し、クール過ぎる顔つきがこわばり、戦闘態勢に入った。「言葉に気をつけろ、おい。おれの肩に止まっている天使じゃあるまいし。肩にはもう先客がいるし、そいつがおれに何を囁いているかはおまえの知ったことじゃねえ」
人生を感じさせる文章もあります。
荒々しく、激しく、そして、地獄のとらわれ人に乗り移られたかのように物悲しかった。
「この女性はおれが実体を確認したなかでもっとも雅量に富む巨乳の持ち主だ」
癖は直りにくいものだとマーカスはいつもいっていた。いい癖でも悪い癖でも。
アイゼイアの兄、マーカスに関する次の物語があるようです。
発表が楽しみです。
『 IQ/ジョー・イデ/熊谷千寿訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』
ジョー・イデの 『IQ』 を読みました。
面白いミステリでした。
本書の紹介文に、「彼が探偵として生きる契機となった壮絶な過去」とありました。
今の社会状況から想像するのは、両親の離婚に起因するものや虐待、いじめなどなのですが、この物語のそれは、スケールとすさまじさが全く異なります。
このことが主人公アイゼイアの性格を形成し、探偵に精出すことになるのですが。
アイゼイアはウェブサイトも、フェイスブック・ページも、ツイッター・アカウントも持っていないが、なぜか人はアイゼイアを見つける。アイゼイアは警察が手を出せない、あるいは出さない地元の事件を優先的に引き受けている。処理しきれないほどの仕事があるものの、依頼主の多くは、サツマイモのパイとか、庭掃除とか、一本の真新しいラジアル・タイヤなどで仕事の報酬を支払う。支払わないやつもいるけど、日当を払えるクライアントなら、ひとりで食っていけて、フラーコの費用の足しにもなるのだが。
アイゼイアと腐れ縁が切れないドッドソンのやり取りが面白い。
このドッドソン、意外にきれい好きでしかも、料理好きなのです。
悪党で食えないやっだが、憎めない。何となく好きになってしまうんですよねえ。これが。
その一場面を紹介してみます。
アイゼイアは車を走らせ続けながら、ドッドソンのそういうところにいちばん腹が立つと思った。良心から逃げたり、いろんな悪事を犯しても短絡的にチャラにできると思っているところに。刑期を勤め、月に一度保護観察官に面会すれば終わり。終わったこと。それで借りは返したと思っている。
「カネは」
「今週はちょこっと金欠なんだ。とりあえず百ドルやるから、残りは来週ってことでどうだ?」
「二百五十稼いでから戻ってきたらどうだ?」
こんなガリ勉くそ野郎にいい負かされて、ドッドソンは怒濤の屈辱を感じた。その場に突っ立ったまま、首を少しかしげ、片方の拳を握りしめて床に目を落とした。このガキを何発かぶん殴り、誰に喧嘩を売ってるのかわからせてやりたい。だが、そうはせず、くしゃみをした。くされネコの毛のせいだ。ドッドソンはくるりとうしろを向き、こう考えながら歩き去った。“まだ一ラウンド目だぜ、くそったれ”
「おれにいわせれば、よくいる悪党に過ぎない」
「無知を曝してやがる」
「悪党じゃなかったというのか?」
「昔のおれみたいじゃなかったって意味ならそのとおりだ。2パックのいう悪党は、何がなくても上を向き、誰にもなめられず、やることをやるブラザのことだ。2パックはとことん前向きで、仲間を気づかっていた。貧困、不公平、それに制度に打ちのめされる状況をラップにしていた。シュグ・ナイトいわく、2パックはまだ生きていて、どこかの島で暮らしてるとか」
「金欠ではないし、車はおれが組み立てたものだ」
「おい、嘘こけ、くされアウディなんか誰にも組み立てられねえよ。おまえでもな。カネといえば、おれの分け前は半分だ。そんな目で見るなって。おれがいなきゃカネはテーブルに載らねえんだし、おれの飽くなき精力、ビジネスにおける炯眼、そして、相当な人付き合いの技術がなければ、この取り引きをまとめられないんだから、その分のカネはもらう」
「おまえが探偵の仕事をばっちりやってきたのはわかる」ドッドソンがいった。「だが、このレベルの接客は誰かの迷子の犬を探すのとはわけがちがう。外交手腕、術策、売り込み術が必要になる。どれもおまえのようなむっつり不愉快なやつには、残念ながら欠けている資質だ。腕がよくてよかったじゃねえか。そんな性格で生き抜くには、遺体安置所で死人を相手にするしかないからな」
ドッドソンは床にへたり込み、悲鳴を上げた。またメイおばさんの家の庭での一件が繰り返されるなんて信じられねえ----犬がのしかかり、熱い息が耳にかかる。こんな死に方は嫌だ、嫌だ---- .................
アイゼイアは犬をどかし、立ち上がった。
ドッドソンが寝室から出てきた。「どこにいたんだよ?」泣きじゃくている。「あのくそ犬に生きたままケツを食われそうになったんだぞ! アイゼイアのばか野郎、だから来たくないっていったんだ! だからいったんだ!」
ドッドソンがついに食いつき、顎を突き出し、クール過ぎる顔つきがこわばり、戦闘態勢に入った。「言葉に気をつけろ、おい。おれの肩に止まっている天使じゃあるまいし。肩にはもう先客がいるし、そいつがおれに何を囁いているかはおまえの知ったことじゃねえ」
人生を感じさせる文章もあります。
荒々しく、激しく、そして、地獄のとらわれ人に乗り移られたかのように物悲しかった。
「この女性はおれが実体を確認したなかでもっとも雅量に富む巨乳の持ち主だ」
癖は直りにくいものだとマーカスはいつもいっていた。いい癖でも悪い癖でも。
アイゼイアの兄、マーカスに関する次の物語があるようです。
発表が楽しみです。
『 IQ/ジョー・イデ/熊谷千寿訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』