■笑う死体 2022.5.30
マンチェスタ市警 エイダン・ウェイツシリーズ 『 笑う死体 』 を読みました。
詩情豊かなミステリーです。
ようやく訪れた夜は幻覚に似て、電気を帯びていた。街のどこへ行っても火花が閃いた----夏服の少女たち、白い歯を輝かせる少年たち。
万年夜勤は二つのうちずれかを意味する。仕事以外にやることがないか、出世街道を完全にはずれたか。入職から数年にして、俺はその条件を両方ともクリアした。
「俺を事件から排除したがってるわけですね」
「いや、おまえをこの星から排除したがっている」
「警視は何とおっしゃったんですか」
「気持ちはわかると言ったよ。言いたいことはよくわかると。だがこうも言った。おまえとサティは、二人いないと前に進めないロバの被り物のようなものだとね。おもえを舞台から下ろすと、でっぷり太った尻だけがうろうろするばかりで何の役にも立たないだろうと」
この日遭遇したもののうち俺にとって筋が通っていたのは、アリの病棟にいた錯乱した患者、恐怖と混乱のなか世界に向かってわめいていたあの声だけだった。
「きっかけはみんな似たようなものだと思いますけどね。仕事上のつきあいで始まって、次に少し砕けた間柄になり、思わせぶりな態度で始まったものが酒の勢いで次の段階に進んだ。最終的には、いうまでもなく、涙で終わった」
シャンはしばし考えこんだ。「あなたって人がときどきわからなくなるよ・・・・・・」
「俺は傷だらけの自分の手を見て、目を閉じた。」
「わたしたち、これから疎遠になっていくんだろうね」シャンは言った。
「そうだな」
「また遠い人になるんだね」
「そうだな」
「ソフィは大丈夫なの」
「とりあえずはな。いま話したいのはきみのことだ。人はいろいろな理由から嘘をつくものだな、アール。善意から嘘をつくことだってある」
「僕がどんな嘘をついたっていうのさ」
「よせよ」俺はカクテル一口飲んでいった。
『 笑う死体/ジョセフ・ノックス/池田真紀子訳/新潮文庫 』
マンチェスタ市警 エイダン・ウェイツシリーズ 『 笑う死体 』 を読みました。
詩情豊かなミステリーです。
ようやく訪れた夜は幻覚に似て、電気を帯びていた。街のどこへ行っても火花が閃いた----夏服の少女たち、白い歯を輝かせる少年たち。
万年夜勤は二つのうちずれかを意味する。仕事以外にやることがないか、出世街道を完全にはずれたか。入職から数年にして、俺はその条件を両方ともクリアした。
「俺を事件から排除したがってるわけですね」
「いや、おまえをこの星から排除したがっている」
「警視は何とおっしゃったんですか」
「気持ちはわかると言ったよ。言いたいことはよくわかると。だがこうも言った。おまえとサティは、二人いないと前に進めないロバの被り物のようなものだとね。おもえを舞台から下ろすと、でっぷり太った尻だけがうろうろするばかりで何の役にも立たないだろうと」
この日遭遇したもののうち俺にとって筋が通っていたのは、アリの病棟にいた錯乱した患者、恐怖と混乱のなか世界に向かってわめいていたあの声だけだった。
「きっかけはみんな似たようなものだと思いますけどね。仕事上のつきあいで始まって、次に少し砕けた間柄になり、思わせぶりな態度で始まったものが酒の勢いで次の段階に進んだ。最終的には、いうまでもなく、涙で終わった」
シャンはしばし考えこんだ。「あなたって人がときどきわからなくなるよ・・・・・・」
「俺は傷だらけの自分の手を見て、目を閉じた。」
「わたしたち、これから疎遠になっていくんだろうね」シャンは言った。
「そうだな」
「また遠い人になるんだね」
「そうだな」
「ソフィは大丈夫なの」
「とりあえずはな。いま話したいのはきみのことだ。人はいろいろな理由から嘘をつくものだな、アール。善意から嘘をつくことだってある」
「僕がどんな嘘をついたっていうのさ」
「よせよ」俺はカクテル一口飲んでいった。
『 笑う死体/ジョセフ・ノックス/池田真紀子訳/新潮文庫 』