■護られなかった者たちへ/中山七里 2021.8.31
「変な臭い、お気づきになっていますか」
「ええ、これはいったい何の臭いなんですか」
「貧困の臭いです」
「きょうの料理」を見ていたら、
映画化で話題急上昇! あなたに この物語の犯人は わからない。
導き出される切なすぎる真実とは..........
なる、広告が掲載されていた。
2018年出版。見落としていた。読んでない。早速、読みました。
『 護られなかった者たちへ 』
面白かったし、考えさせられた。
最近の日本の政治、社会の現状を見れば目に付くのはこんなことばかりだ。
「生活保護に関する」話だ。
生活保護申請者とそれを審査する福祉事務所の役人のそれぞれの生き方の問題。
制度を利用して甘い汁を吸おうとする者と本当に生活保護が必要なのに認められない者の矛盾。
国の政策。国や役所は、生活保護受給者やその申請者をどのような目で見ているのか。
切ない話でした。
「あなたに、犯人はわからない...........」は、利根勝久が刑務所から出所して直ぐに、あのような好都合な殺人実行場所を見つけるのは不可能だ。だとすれば登場人物から“彼”しかない。
「全くあんたら公務員ってのは本当にタチが悪いな。面倒なことや難しいことは後回しにして、簡単なこと成果が見えることから手をつけようとする。税金は取りやすいところから取る。年金はうるさいところから支給する。犯人を逮捕する前に家主のわたしを逮捕するなんて、言語道断だぞ」
「まさか、戦時中ならいざ知らずあなたみたいに若い人が餓死の現場をご存じなんですか」
「生活保護の現場は戦争中とあまり変わらないような気がします」
年に不相応な物言いだった。
「生活保護受給者がケースワーカーの指導に従わなかったり不正受給が発覚したりすると生活保護が打ち切られるケースがあるんです。自業自得と行ってしまえばその通りなんですが、今まで生活保護で何とかやってきた人間が、唯一の収入源を断たれて生きていけるはずがない。打ち切られた人の何人かは食うや食わず、しばらくは水だけで生活します。やがて栄養失調で動くこともできず、水さえ飲めなくなる。そして飢餓と脱水症状に襲われます。近所の人から異臭がすると連絡をもらって担当者が駆けつけると……後は言わずもがなです」
「他人の世話になるのは嫌だ。食い詰めても、なるべく国に頼りたくない……高齢者の中には、まだまだそういう方が多いんです。美徳と言えば聞こえはいいのでしょうけど、わたしたちにしてみれば痩せ我慢もいいところです。我慢に我慢を重ね、そしてとうとう万策尽きてから窓口へやってくる。その頃には栄養失調の一歩手前、担当者を罵倒する元気はあっても、闇討ちするような体力も気力も残っていない。嫌な話ですが、自分で首を括るくらいです。絶望というのは、人間からそんな力まで奪ってしまうものなんです」
悲惨な言葉が胸に刺さる。
「でも、景気が悪かったら、人を雇いたくても雇えないでしょう」
経済原理だけで言えば確かにそうだろうな。しかし、社会貢献なり社会保障は不景気の時ならば余計に機能しなけりゃいかん。景気がよくなる時には富裕層から恩恵を受けるが、不景気の時は逆に低所得の人間から割を食う。景気なんて軽々しく言うが、その影響で下層の人間は冗談でも何でもなく死んでしまう。いったい何のための社会保障なのかね。そんな事態に機能しないような社会保障なんぞ、絵に描いた餅にすぎない」
「貧困は不幸しか生まない。それは人も社会も同じだ。貧困を防ぐには、誰もが働いて、その給金で生活できるようにするのが一番だと思っていた。だが、ここのところの不況はこんな年寄りの経験など霞んでしまうくらいに深くて暗いらしい。保護司としてこれを言うのは敗北宣言のようで口惜しいが、わしらがいくら尽力しても、病んだ心までは治すことができない。そして病んだ者は己が病んでいることさえ知らずに、また同じことを繰り返す。刑務所へ戻っても同じ病人の集まりだから治るはずもない」
「お婆ちゃんの世代は、二言目には世間に迷惑をかけるからって言うけど、それは違うんだからね。生活保護というのは、税金っていうのはあんたみたいな人たちを掬い上げるためにあるんだ。それ以上に税金の真っ当な使い道なんてないんだから」
護られなかった人たちへ。どうか声を上げてください。恥を忍んでおらず、肉親に、近隣に、可能な環境であればネットに向かって辛さを吐き出してください。何もすることがなくて部屋に閉じ寵もっていると自分がこの世に一人ぼっちでいるような気になります。でも、それは間違いです。この世は思うよりも広く、あなたのことを気にかけてくれる人が必ず存在します。わたしも、そういう人たちに救われた一人だから断言できます。
あなたは決して一人ぼっちではありません。もう一度、いや何度でも勇気を持って声を上げてください。不埓な者が上げる声よりも、もっと大きく、もっと図太く」
「世話になったな」
礼を言ったが、けいはにこりともしない。
「ちゃんと診てもらうよ。それよりひと晩泊めてもらったのと夕飯ご馳走してくれたお礼なんだけど……」
最後まで言わせてもらえなかった。
「ああ、もう最近の若いヤツってのは人の厚意までカネで返そうっていうのかね」
「いや、そんなつもりは」
「人から受けた恩は別の人間に返しな。でないと世間が狭くなるよ」
「どういう理屈だよ」
「厚意とか思いやりなんてのは、一対一でやり取りするようなもんじゃないんだよ。それじゃあお中元やお歳暮と一緒じゃないか。あたしやカンちゃんにしてもらったことが嬉しかったのなら、あんたも同じように見知らぬ他人に善行を施すのさ。そういうのが沢山重なって、世の中ってのはだんだんよくなっていくんだ。でもね、それは別に気張ってするようなことでも押しつけることでもないから。機会があるまで憶えておきゃあ、それでいい」
『 護られなかった者たちへ/中山七里/NHK出版 』
「変な臭い、お気づきになっていますか」
「ええ、これはいったい何の臭いなんですか」
「貧困の臭いです」
「きょうの料理」を見ていたら、
映画化で話題急上昇! あなたに この物語の犯人は わからない。
導き出される切なすぎる真実とは..........
なる、広告が掲載されていた。
2018年出版。見落としていた。読んでない。早速、読みました。
『 護られなかった者たちへ 』
面白かったし、考えさせられた。
最近の日本の政治、社会の現状を見れば目に付くのはこんなことばかりだ。
「生活保護に関する」話だ。
生活保護申請者とそれを審査する福祉事務所の役人のそれぞれの生き方の問題。
制度を利用して甘い汁を吸おうとする者と本当に生活保護が必要なのに認められない者の矛盾。
国の政策。国や役所は、生活保護受給者やその申請者をどのような目で見ているのか。
切ない話でした。
「あなたに、犯人はわからない...........」は、利根勝久が刑務所から出所して直ぐに、あのような好都合な殺人実行場所を見つけるのは不可能だ。だとすれば登場人物から“彼”しかない。
「全くあんたら公務員ってのは本当にタチが悪いな。面倒なことや難しいことは後回しにして、簡単なこと成果が見えることから手をつけようとする。税金は取りやすいところから取る。年金はうるさいところから支給する。犯人を逮捕する前に家主のわたしを逮捕するなんて、言語道断だぞ」
「まさか、戦時中ならいざ知らずあなたみたいに若い人が餓死の現場をご存じなんですか」
「生活保護の現場は戦争中とあまり変わらないような気がします」
年に不相応な物言いだった。
「生活保護受給者がケースワーカーの指導に従わなかったり不正受給が発覚したりすると生活保護が打ち切られるケースがあるんです。自業自得と行ってしまえばその通りなんですが、今まで生活保護で何とかやってきた人間が、唯一の収入源を断たれて生きていけるはずがない。打ち切られた人の何人かは食うや食わず、しばらくは水だけで生活します。やがて栄養失調で動くこともできず、水さえ飲めなくなる。そして飢餓と脱水症状に襲われます。近所の人から異臭がすると連絡をもらって担当者が駆けつけると……後は言わずもがなです」
「他人の世話になるのは嫌だ。食い詰めても、なるべく国に頼りたくない……高齢者の中には、まだまだそういう方が多いんです。美徳と言えば聞こえはいいのでしょうけど、わたしたちにしてみれば痩せ我慢もいいところです。我慢に我慢を重ね、そしてとうとう万策尽きてから窓口へやってくる。その頃には栄養失調の一歩手前、担当者を罵倒する元気はあっても、闇討ちするような体力も気力も残っていない。嫌な話ですが、自分で首を括るくらいです。絶望というのは、人間からそんな力まで奪ってしまうものなんです」
悲惨な言葉が胸に刺さる。
「でも、景気が悪かったら、人を雇いたくても雇えないでしょう」
経済原理だけで言えば確かにそうだろうな。しかし、社会貢献なり社会保障は不景気の時ならば余計に機能しなけりゃいかん。景気がよくなる時には富裕層から恩恵を受けるが、不景気の時は逆に低所得の人間から割を食う。景気なんて軽々しく言うが、その影響で下層の人間は冗談でも何でもなく死んでしまう。いったい何のための社会保障なのかね。そんな事態に機能しないような社会保障なんぞ、絵に描いた餅にすぎない」
「貧困は不幸しか生まない。それは人も社会も同じだ。貧困を防ぐには、誰もが働いて、その給金で生活できるようにするのが一番だと思っていた。だが、ここのところの不況はこんな年寄りの経験など霞んでしまうくらいに深くて暗いらしい。保護司としてこれを言うのは敗北宣言のようで口惜しいが、わしらがいくら尽力しても、病んだ心までは治すことができない。そして病んだ者は己が病んでいることさえ知らずに、また同じことを繰り返す。刑務所へ戻っても同じ病人の集まりだから治るはずもない」
「お婆ちゃんの世代は、二言目には世間に迷惑をかけるからって言うけど、それは違うんだからね。生活保護というのは、税金っていうのはあんたみたいな人たちを掬い上げるためにあるんだ。それ以上に税金の真っ当な使い道なんてないんだから」
護られなかった人たちへ。どうか声を上げてください。恥を忍んでおらず、肉親に、近隣に、可能な環境であればネットに向かって辛さを吐き出してください。何もすることがなくて部屋に閉じ寵もっていると自分がこの世に一人ぼっちでいるような気になります。でも、それは間違いです。この世は思うよりも広く、あなたのことを気にかけてくれる人が必ず存在します。わたしも、そういう人たちに救われた一人だから断言できます。
あなたは決して一人ぼっちではありません。もう一度、いや何度でも勇気を持って声を上げてください。不埓な者が上げる声よりも、もっと大きく、もっと図太く」
「世話になったな」
礼を言ったが、けいはにこりともしない。
「ちゃんと診てもらうよ。それよりひと晩泊めてもらったのと夕飯ご馳走してくれたお礼なんだけど……」
最後まで言わせてもらえなかった。
「ああ、もう最近の若いヤツってのは人の厚意までカネで返そうっていうのかね」
「いや、そんなつもりは」
「人から受けた恩は別の人間に返しな。でないと世間が狭くなるよ」
「どういう理屈だよ」
「厚意とか思いやりなんてのは、一対一でやり取りするようなもんじゃないんだよ。それじゃあお中元やお歳暮と一緒じゃないか。あたしやカンちゃんにしてもらったことが嬉しかったのなら、あんたも同じように見知らぬ他人に善行を施すのさ。そういうのが沢山重なって、世の中ってのはだんだんよくなっていくんだ。でもね、それは別に気張ってするようなことでも押しつけることでもないから。機会があるまで憶えておきゃあ、それでいい」
『 護られなかった者たちへ/中山七里/NHK出版 』