■彼女のいない飛行機/ミシェル・ビュッシ 2018.4.30
心は決まっていた。真実を、恐ろしい真実を知ってしまった以上、もう選択の余地はない。自分で引き受けなければ。
このミステリーが面白かったので........
2018年版 このミステリーがすごい!
海外篇 第5位 黒い睡蓮
同じ作家の作品を探したら、 『彼女のいない飛行機』 を見つけた。早速、読んでみました。
「訳者あとがき」にもありますが、読者はグラン=デュックのノートを作中のマルクと一緒に読むことになるのですが、これがなかなか焦らされる、小出しにされるで、これが我慢ならない方は途中であえなく沈没。
話は面白いので、ぼくはなんとか泳ぎ切ることが出来ました。
グラン=デュックの語り口が、また実にうまいではないか。なかなか本題に入らず、思わせぶりな口調で読む者を焦らし続ける。作中のマルクといっしょにこの記録を読んでいる読者も、じりじりとしながらページをめくる手が止まらなくなるという、なんとも心憎い仕掛けである。 (訳者あとがき)
どれだけ焦らされるか。
答えは一目瞭然だった……
たったひとつの、思いもよらない条件。
十八年後に、この新聞をひらかねばならないという条件が。
何とこのことの内容が分かるのが、p24から遙か終盤になった、p600以降です。
それまで焦らされるのです。しかし、読んでいればうすうす感づきはするのですが。
次のことを訳者あとがきで知りました。
「ビュッシの名がミステリファンのあいだで知られるようになったのは、パリの大手出版社プレス・ド・ラ・シテからだされた『黒い睡蓮』(2011)によって」「彼の人気を決定づけた本書、『彼女のいない飛行機』(2012)」
出版は、「黒い睡蓮」の方が先だということを(日本では逆)。
マティルド・ド・カルヴィルとグラン=デュック
それが思慮分別というものだ。
けれどもマティルド・ド・カルヴィルはとっくの昔に、この言葉を頭から追い出していた。
運命に身をまかせ、神の裁きを仰ぐのが、いちばんかんたんなことじゃないの。いつだって。
誰かの生死をこの手で決めるっていうのは、なんのかんの言っても愉快なものだ、とグラン=デュックは思った。大事に守ってきたあときっぱり死刑宣告をすること、希望を与えたあと生贄に捧げることは。そう、なにをしでかすかわからない、ずる賢い神のように運命を弄ぶことは……結局は彼自身、そんなサディスティックな神の犠牲者だったのだが……
神の不当な仕打ちは、反抗ではなく恭順をうながす。懲罰が----とりわけ、見せしめのため無作為に科される懲罰が----服従を強いるように。マティルド・ド・カルヴィルは修道女よろしく、罰に甘んじた。どんな過ちを犯したかは、神のみぞ知ることだ。彼女は神の正しさを、そして人間の正しさも信じていた。神の炯眼は人間の蒙を啓くのだから。
彼女は変わってしまった。神に身を捧げ、ただ瞑想に耽るだけの信仰ではいけない。これからは、神と人間をつなぐ地上の仲介者にならなくては。信仰はわたしの力、武器なのだ。マティルド・ド・カルヴィルはそう自覚したのだった。信仰が進むべき道を示してくれる、自分には尊い使命がある。そのために、行動しなくては。
そうした考え方がどんな狂信へいたるかは、知ってのとおりだ。ひとは世界中で、神のために殺し合いをしている。神になにを命じられたわけでもないのに。わたしは私立探偵を始める前、そんな例を間近に見てきた。
マティルドの口調が変わった。まるで威嚇するように、声がいっそう大きくなる。彼女はピアノに歩み寄った。
「ひとは生きるため、生き残るために、自分の感情と折り合いをつけていくものです。」
マルヴィナ・ド・カルヴィルは、このような女性
レースの襟がついた、スカイブルーのウールのセータが嫌いだった。
胸のない胴、細い腕、体重四十キロの身体が嫌いだった。
通りを歩いていると、通行人たちは彼女を十五歳の少女だと思う……少なくとも、うしろから見ているときは。正面にまわると、みんな決まって驚きのあまり目を丸くした。なんとそこにいるのは五〇年代風の服装をした二十四歳の女だったから。
だからって、どうでもいいわ。
この作品のなかで、このような女性に描かれているマルヴィナ・ド・カルヴィルですが、実に生き生きとしています。
そして、活発で行動力に溢れています。
彼女の人生は、惨めで悲惨です。それでも彼女は、くじけません。ある意味、ぼくには健気に映ります。
ついつい応援します。「頑張れ、そうだそれで行け、強く生きろ。」
全体に暗く焦らされる雰囲気の物語で、マルヴィナの言葉遣いと行動力が息抜きです。
この作品のなかで、生き生きとしているのは、他には、ふたりの祖母、ニコル・ヴィトラルとマティルド・ド・カルヴィル。です。
彼女たちの人生も、また、決して幸せとは言えないのですが。
そんなものでしょうかねえ。
アレクサンドルの浮気相手は、たちまち半ダースほど見つかった。ふしぎなことに女ってやつは、死んだ愛人とのアヴァンチュールは平気で告白するものらしい……とりわけ、その妻も亡くなっている場合には……
[注]1フランスフラン=約20円
『 彼女のいない飛行機/ミシェル・ビュッシ/平岡敦訳/集英社文庫 』
心は決まっていた。真実を、恐ろしい真実を知ってしまった以上、もう選択の余地はない。自分で引き受けなければ。
このミステリーが面白かったので........
2018年版 このミステリーがすごい!
海外篇 第5位 黒い睡蓮
同じ作家の作品を探したら、 『彼女のいない飛行機』 を見つけた。早速、読んでみました。
「訳者あとがき」にもありますが、読者はグラン=デュックのノートを作中のマルクと一緒に読むことになるのですが、これがなかなか焦らされる、小出しにされるで、これが我慢ならない方は途中であえなく沈没。
話は面白いので、ぼくはなんとか泳ぎ切ることが出来ました。
グラン=デュックの語り口が、また実にうまいではないか。なかなか本題に入らず、思わせぶりな口調で読む者を焦らし続ける。作中のマルクといっしょにこの記録を読んでいる読者も、じりじりとしながらページをめくる手が止まらなくなるという、なんとも心憎い仕掛けである。 (訳者あとがき)
どれだけ焦らされるか。
答えは一目瞭然だった……
たったひとつの、思いもよらない条件。
十八年後に、この新聞をひらかねばならないという条件が。
何とこのことの内容が分かるのが、p24から遙か終盤になった、p600以降です。
それまで焦らされるのです。しかし、読んでいればうすうす感づきはするのですが。
次のことを訳者あとがきで知りました。
「ビュッシの名がミステリファンのあいだで知られるようになったのは、パリの大手出版社プレス・ド・ラ・シテからだされた『黒い睡蓮』(2011)によって」「彼の人気を決定づけた本書、『彼女のいない飛行機』(2012)」
出版は、「黒い睡蓮」の方が先だということを(日本では逆)。
マティルド・ド・カルヴィルとグラン=デュック
それが思慮分別というものだ。
けれどもマティルド・ド・カルヴィルはとっくの昔に、この言葉を頭から追い出していた。
運命に身をまかせ、神の裁きを仰ぐのが、いちばんかんたんなことじゃないの。いつだって。
誰かの生死をこの手で決めるっていうのは、なんのかんの言っても愉快なものだ、とグラン=デュックは思った。大事に守ってきたあときっぱり死刑宣告をすること、希望を与えたあと生贄に捧げることは。そう、なにをしでかすかわからない、ずる賢い神のように運命を弄ぶことは……結局は彼自身、そんなサディスティックな神の犠牲者だったのだが……
神の不当な仕打ちは、反抗ではなく恭順をうながす。懲罰が----とりわけ、見せしめのため無作為に科される懲罰が----服従を強いるように。マティルド・ド・カルヴィルは修道女よろしく、罰に甘んじた。どんな過ちを犯したかは、神のみぞ知ることだ。彼女は神の正しさを、そして人間の正しさも信じていた。神の炯眼は人間の蒙を啓くのだから。
彼女は変わってしまった。神に身を捧げ、ただ瞑想に耽るだけの信仰ではいけない。これからは、神と人間をつなぐ地上の仲介者にならなくては。信仰はわたしの力、武器なのだ。マティルド・ド・カルヴィルはそう自覚したのだった。信仰が進むべき道を示してくれる、自分には尊い使命がある。そのために、行動しなくては。
そうした考え方がどんな狂信へいたるかは、知ってのとおりだ。ひとは世界中で、神のために殺し合いをしている。神になにを命じられたわけでもないのに。わたしは私立探偵を始める前、そんな例を間近に見てきた。
マティルドの口調が変わった。まるで威嚇するように、声がいっそう大きくなる。彼女はピアノに歩み寄った。
「ひとは生きるため、生き残るために、自分の感情と折り合いをつけていくものです。」
マルヴィナ・ド・カルヴィルは、このような女性
レースの襟がついた、スカイブルーのウールのセータが嫌いだった。
胸のない胴、細い腕、体重四十キロの身体が嫌いだった。
通りを歩いていると、通行人たちは彼女を十五歳の少女だと思う……少なくとも、うしろから見ているときは。正面にまわると、みんな決まって驚きのあまり目を丸くした。なんとそこにいるのは五〇年代風の服装をした二十四歳の女だったから。
だからって、どうでもいいわ。
この作品のなかで、このような女性に描かれているマルヴィナ・ド・カルヴィルですが、実に生き生きとしています。
そして、活発で行動力に溢れています。
彼女の人生は、惨めで悲惨です。それでも彼女は、くじけません。ある意味、ぼくには健気に映ります。
ついつい応援します。「頑張れ、そうだそれで行け、強く生きろ。」
全体に暗く焦らされる雰囲気の物語で、マルヴィナの言葉遣いと行動力が息抜きです。
この作品のなかで、生き生きとしているのは、他には、ふたりの祖母、ニコル・ヴィトラルとマティルド・ド・カルヴィル。です。
彼女たちの人生も、また、決して幸せとは言えないのですが。
そんなものでしょうかねえ。
アレクサンドルの浮気相手は、たちまち半ダースほど見つかった。ふしぎなことに女ってやつは、死んだ愛人とのアヴァンチュールは平気で告白するものらしい……とりわけ、その妻も亡くなっている場合には……
[注]1フランスフラン=約20円
『 彼女のいない飛行機/ミシェル・ビュッシ/平岡敦訳/集英社文庫 』