2011.4.16 産経新聞
◆「レベル7」の情報発信力
「テクネー」というギリシャ語は「つくる」という意味をもち、「技術(テクニック)」の語源とされる。派生語として、たんに「つくる」だけでなく、創造性が求められる「芸術(アート)」が生まれた。
技術は芸術とは異なり、絶えざる「進歩」が求められる。「IT革命」のさい、ドッグ・イヤーというコトバが生まれたように、1年間で4年間ほどのペースで、技術が進歩した。
進歩は技術にとって、いわば「無意識の過程」に属している。無意識の過程とは、無前提的かつ不可逆的に前に進んでいく、といったほどの意味である。
東日本大震災の福島原発事故をめぐって、原発に対する畏怖と忌避の動きが日本だけでなく、ドイツなど欧米各地に広がっている。たしかに事故を直視したら、「こんな、恐ろしいモノを近くに造られたらたまらない」という反対の声も当然である。
原発は水力や火力を経て、生まれたエネルギー源である。日本ではすでに電力供給の3割を占め、さらに促進させる計画だった。世界でも四十数カ国で稼働、建設、計画中とされる。
米国やフランスなどの「原発大国」は、いち早く原発建設計画の継続を打ち出した。現在の技術のレベルでは、原発に代わるエネルギー源はないからだ。
それだけに、東電や政府の情報発信や事故処理をめぐっては、世界各国から不審の目を投げかけられている。すみやかな情報発信は、いたずらな危機意識を抑制するためには欠かせないのに、その発信力は当初から「レベル7」に陥っていた。
◆代替エネルギーはない
だが事故の処理は、純然たる技術の問題である。技術がもたらした瑕疵(かし)は、あらたな技術によって解決するしかない。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故をめぐり、菅直人首相と同じ東京工業大学出身で、技術者の経験もあった思想家、吉本隆明氏は、世界的に巻き起こった反原発の運動に対し、こう発言している。
「ただ原則は、原発の科学技術安全性の課題を解決するのもまた科学技術だということだ。それ以外の解決は文明史にたいする反動にしかすぎない」
吉本氏は、原発もまた科学技術の進歩によって将来的には消滅し、有効で安全なエネルギー源にとって代わられると指摘した。10年くらいのうちに、その可能性を持つとも述べた。
これは甘かった。有効で安全なエネルギー源とは、人類が使っている全エネルギーの1万倍を放っているといわれる太陽エネルギーを指すのであろう。だが太陽を含めた自然エネルギーが、原子力の代替エネルギーとなるには、まだ数十年はかかるらしい。10年後でも、電力供給の2%ほどにしかならないという。
ギリシャ神話に出てくるプロメーテウスは、天界にあった火を人類にもたらした神として知られる。だが主神ゼウスの怒りを買い、山に縛りつけられ、ワシに毎日、肝臓をついばまれるという責め苦を強いられた。不死のプロメーテウスの肝臓は夜中に再生し、拷問に耐え抜いた。
原発が最初にできたとき、この神話にちなみ、「プロメーテウスの第二の火」と呼ばれた。温室効果ガスも出さず、山や谷を切り崩してコンクリートでかためたダムをつくる必要もない。「クリーンエネルギー」だと、もてはやされもした。
◆「巧みなわざ」に期待
古代ギリシャの劇作家、アイスキュロスの『縛られたプロメーテウス』(呉茂一訳)では、ゼウスの伝令役であるヘルメースの脅しを受けたプロメーテウスは、こう叫んで反論する。
「大地をさえも根底から、根ぐるみ颱風(はやて)にゆるがし立てろ、海原の波は逆まく怒濤(どとう)に吹き上げさせ、天頂にある星々の行き交う路に注(そそ)ぎかけろ--」
東日本大震災でも、太平洋からの「逆まく怒濤」が、東北の沿岸部の村落や都市を襲った。自然の暴虐は、時として神の仕業のようにも思えてしまう。関東大震災や阪神大震災、さらに今回の大震災でも、一部の知識人から「天譴(てんけん)論」が出たゆえんである。
プロメーテウスは盗んだ火について、「あらゆる技術」を人間に教える贈り物だとも語った。呉訳では、この「技術」について、「たくみ」と「わざ」という2種類のルビを振っている。
事故の処理で、創造力をも駆使した「巧みなわざ」を喫緊に発揮しないと、日本のエネルギー政策は危機的な状況に陥る。プロメーテウスの怒りも「レベル7」に達しているはずだ。(論説委員・福島敏雄)
◆「レベル7」の情報発信力
「テクネー」というギリシャ語は「つくる」という意味をもち、「技術(テクニック)」の語源とされる。派生語として、たんに「つくる」だけでなく、創造性が求められる「芸術(アート)」が生まれた。
技術は芸術とは異なり、絶えざる「進歩」が求められる。「IT革命」のさい、ドッグ・イヤーというコトバが生まれたように、1年間で4年間ほどのペースで、技術が進歩した。
進歩は技術にとって、いわば「無意識の過程」に属している。無意識の過程とは、無前提的かつ不可逆的に前に進んでいく、といったほどの意味である。
東日本大震災の福島原発事故をめぐって、原発に対する畏怖と忌避の動きが日本だけでなく、ドイツなど欧米各地に広がっている。たしかに事故を直視したら、「こんな、恐ろしいモノを近くに造られたらたまらない」という反対の声も当然である。
原発は水力や火力を経て、生まれたエネルギー源である。日本ではすでに電力供給の3割を占め、さらに促進させる計画だった。世界でも四十数カ国で稼働、建設、計画中とされる。
米国やフランスなどの「原発大国」は、いち早く原発建設計画の継続を打ち出した。現在の技術のレベルでは、原発に代わるエネルギー源はないからだ。
それだけに、東電や政府の情報発信や事故処理をめぐっては、世界各国から不審の目を投げかけられている。すみやかな情報発信は、いたずらな危機意識を抑制するためには欠かせないのに、その発信力は当初から「レベル7」に陥っていた。
◆代替エネルギーはない
だが事故の処理は、純然たる技術の問題である。技術がもたらした瑕疵(かし)は、あらたな技術によって解決するしかない。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故をめぐり、菅直人首相と同じ東京工業大学出身で、技術者の経験もあった思想家、吉本隆明氏は、世界的に巻き起こった反原発の運動に対し、こう発言している。
「ただ原則は、原発の科学技術安全性の課題を解決するのもまた科学技術だということだ。それ以外の解決は文明史にたいする反動にしかすぎない」
吉本氏は、原発もまた科学技術の進歩によって将来的には消滅し、有効で安全なエネルギー源にとって代わられると指摘した。10年くらいのうちに、その可能性を持つとも述べた。
これは甘かった。有効で安全なエネルギー源とは、人類が使っている全エネルギーの1万倍を放っているといわれる太陽エネルギーを指すのであろう。だが太陽を含めた自然エネルギーが、原子力の代替エネルギーとなるには、まだ数十年はかかるらしい。10年後でも、電力供給の2%ほどにしかならないという。
ギリシャ神話に出てくるプロメーテウスは、天界にあった火を人類にもたらした神として知られる。だが主神ゼウスの怒りを買い、山に縛りつけられ、ワシに毎日、肝臓をついばまれるという責め苦を強いられた。不死のプロメーテウスの肝臓は夜中に再生し、拷問に耐え抜いた。
原発が最初にできたとき、この神話にちなみ、「プロメーテウスの第二の火」と呼ばれた。温室効果ガスも出さず、山や谷を切り崩してコンクリートでかためたダムをつくる必要もない。「クリーンエネルギー」だと、もてはやされもした。
◆「巧みなわざ」に期待
古代ギリシャの劇作家、アイスキュロスの『縛られたプロメーテウス』(呉茂一訳)では、ゼウスの伝令役であるヘルメースの脅しを受けたプロメーテウスは、こう叫んで反論する。
「大地をさえも根底から、根ぐるみ颱風(はやて)にゆるがし立てろ、海原の波は逆まく怒濤(どとう)に吹き上げさせ、天頂にある星々の行き交う路に注(そそ)ぎかけろ--」
東日本大震災でも、太平洋からの「逆まく怒濤」が、東北の沿岸部の村落や都市を襲った。自然の暴虐は、時として神の仕業のようにも思えてしまう。関東大震災や阪神大震災、さらに今回の大震災でも、一部の知識人から「天譴(てんけん)論」が出たゆえんである。
プロメーテウスは盗んだ火について、「あらゆる技術」を人間に教える贈り物だとも語った。呉訳では、この「技術」について、「たくみ」と「わざ」という2種類のルビを振っている。
事故の処理で、創造力をも駆使した「巧みなわざ」を喫緊に発揮しないと、日本のエネルギー政策は危機的な状況に陥る。プロメーテウスの怒りも「レベル7」に達しているはずだ。(論説委員・福島敏雄)