2011.02.05(Sat) JB-PRESS 川嶋 諭
与謝野馨氏に引き続き柳沢伯夫氏の登場である。政府民主党は社会保障・税一体改革の「集中検討会議」の民間委員に、自民党政権で厚生労働大臣だった柳沢(現・城西国際大学長)を起用した。
■財務省の言いなり政権ではこの国は滅びる
柳沢氏と言えば、女性を「子供を産む機械」と決めつけたあの御仁で、与謝野氏と同じ旧大蔵省(現・財務相)のキャリア出身。
2月4日付の朝日新聞では記者のインタビューに答えて、「消費税は10%では間に合わぬ」と堂々と発言している。
鳩山由紀夫政権時代に財務大臣だった菅首相は、完全に財務省官僚の洗脳を受けてしまったらしい。
人事ほどリーダーの考えを如実に示すものはないので、与謝野氏に続き柳沢氏を起用したのは、財務省の言う通りにしますと宣言しているに等しい。
だとすれば、これほど日本経済にとって危険なことはない。
デフレが続く日本でもし、経済を活性化する十分な施策のないまま大幅な増税が繰り広げられれば、経済が完全に凍り付いてしまう危険性がある。
そうなれば、菅首相はのちのち「日本にとりついた死神首相」と、孫の代まで、いや菅家が日本に続く限り、日本国民から謗りを受け続けるだろう。
まずは英フィナンシャル・タイムズ紙のこの記事「英国の緊縮財政計画に厳しい警告」を読むべきである。格好のお手本がユーラシア大陸の先の島国にあるのだから。
英国は昨年6月、ジョージ・オズボーン財務相の主導で歴史的な財政再建策に打って出た。大幅な歳出カットと日本の消費税に相当する付加価値税(VAT)アップに踏み切ったのである。
その案が出た当初から、英FT紙は英政府の“英断”には懐疑的だった(
「英国が払う緊縮財政の代償」)。そして、その懸念は2010年の第4四半期に早くも現実となって現われ始めた。
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増税と緊縮財政で経済が凍りついた英国
この期の国民総生産(GDP)は過去20年間のトレンドを8%も下回るという衝撃的なものだった。経済が麻痺し始めたのだ。
FT紙のマーチン・ウルフ氏は次のように書いている。
「政府は今、はっきりと警告を受けた。GDP比の支出の長期的なレベルの決定は、基本的に政治的価値観の問題だ。しかし、財政赤字をどれほど速く削減するかは、また別問題である」
「政府が今の経常支出の計画に固執したいのであれば、そうさせておけばいいが、筆者がかねて論じてきたように、有益な計画投資を遂行しないでおく理由はない」
「同様に、経済が今よりずっと力強くなるまで、計画した増税を先送りしたり、ことによれば今は減税したりすることを思いとどまるべき理由もない」
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日本の失政の二の舞を演じた
成長戦略をきちんと描き、そこに思い切った投資を重ねて経済を成長の軌道に完全に乗せる前に思い切った財政再建に乗り出しても、それは経済を殺すことになり、結局は再建どころか税収が減ってさらなる赤字を積み上げる結果となる。
英政府の“英断”を懸念したFT紙のフィリップ・ステファンズ記者は1990年代の日本の姿を見ているようだと書いている。
経済が多少上向いたことを理由に、わずか2%だけだったが消費税増税に踏み切ったために、その後、失われた10年に見舞われた日本の姿は英国の未来に見えるというのだ。
消費税の大幅増税を目論む日本政府が、英国の姿をどのように見ているのか聞いてみたいものだ。恐らく、「私たちはすぐに増税するわけではない。次の衆院選挙後までは増税しないと公約したのだから」との答えが返ってくるのが落ちだろう。
しかし、すでに小沢一郎氏の周辺では今年中にも衆院解散があるから準備しておけとの声が飛び交っているそうではないか。
■消費税を上げるぞと脅しただけで景気は冷える
たとえ解散がなく今の衆院議員が任期を全うできるにしても、こんな経済環境でそもそも「大幅増税やむなし」のラッパを高らかに吹き上げる意味が分からない。日本国民に「消費はできるだけ控えて将来に備えなさい」とでも言いたいのか。
それとも、国民の反対を押し切って消費税を上げることに成功したら、サッカー日本代表の李忠成選手が起死回生の1発を見事に決めてヒーローになったように、日本の総理史に名誉な名前を刻めるとでも思われたか。
消費税率のアップを検討したいなら、できるだけ秘密裏にやったらいい。経済がしぼんでいる時にわざわざ国民の前でぶち上げる話ではない。
その前に、日本経済をどのように成長させるのか、具体的に国民に示すことの方が先だ。そのうえでその成長戦略を軌道に乗せるために、投資計画を練り上げて、国民全体をその気にさせなければならない。
それこそがリーダーとしての務めではないのか。サッカー日本代表のアルベルト・ザッケローニ監督を見よう。選手のモチベーションを高めるために何をしているのか。
■バラマキではないと鬼気迫る首相
衆院予算委員会では、「子ども手当てはバラマキでは絶対にない」と強弁を繰り返している姿が印象的だ。鬼気迫るものがある。
バラマキという言葉の定義はよく分からないので、その真偽を問う気はないが、実際のお金の流れを見ればこの政策が経済を冷やすことに一役買っているのは明白だ。
子ども手当ては、その約6割が貯蓄に回っているという。銀行に預けられた子ども手当てはどこへ行くか。銀行から中小企業などへの融資に回されるならそれもいいだろう。
しかし、現実には銀行は集めた預金で日本国債を買っている。何のことはない。扶養手当などの廃止で増税し、それを子ども手当ての名目で一部の国民に支給して日本国債を買わせているのである。
回転させてこそ価値があるお金を塩漬けにしているのだ。銀行が国債を買えば国債の価格が上がり利回りが下がる。赤字国債の利子払いを少しでも下げたい財務省にとってはあり難い戦略なのだろうが、国民経済にとってはたまったものではない。
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経済成長なくして財政再建なし
今の日本に必要なのは、お金をあつめて国債で運用することではない。
>国内に成長産業を作るために投資することだ。どのような成長産業が考えられ、どのような投資をすれば最も効率的なのかを考えることだ。
民間の金融機関が投資意欲を減退させているのであれば、その意欲が回復するように政府が代って投資すべき時だろう。そうでなくて、どうやってデフレ経済から脱却できるのだろう。
「英国の緊縮財政計画に厳しい警告」の記事で筆者のマーチン・ウルフ氏が英国政府に対して提案しているように、
日本でも今は増税よりも減税を検討すべきではないか。
法人税を減税するではないかという。企業の国際競争力を考えたら、世界で際立つ日本の法人税を下げるのは意味がある。しかし、それだけの意味であって、日本経済を成長軌道に乗せるための政策としては効果が低い。
前にこのコラム「法人税引き下げは日本を弱体化させる」で指摘したように、多額の法人税を納付している大企業は、外国人株主の比率が高い。減税分は外国人への配当原資として多くが使われる可能性がある。
■所得税の大胆な減税を提案する
また、資金が余っている大企業は減税分を貯蓄に回す可能性が高い。それはすなわち銀行を通してお金が日本国債に向かうわけだ。
日本経済を成長軌道に乗せるための減税を目指すなら、大胆な所得減税こそ必要なのではないだろうか。自動車や家電製品に対するエコ減税が大きな効果を上げたように、消費者全体に対する減税は消費の拡大をもたらす。
日本国内でお金を回し、かつその回転率をできるだけ上げて税収を増やす。日本経済をその路線に復帰させない限り、いくら増税しても財政は破綻に向かってしまう。
そして、今すぐやらなければ間に合わない。
成長を続ける中国経済に加え、米国の景気回復によって世界のコモディティー価格は上昇の勢いを強めている。食料品や原油の価格高騰が問題になり始めている。
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スタッグフレーションの足音が近づいている
円高の日本はその影響が比較的軽微だとはいえ、物価上昇圧力は増しているわけで、いったん円安に振れ始めたら輸入インフレによって、不況下の物価高、スタッグフレーションを招く危険性が強まる。
そうなってしまえば、政府が大胆な景気刺激策を打てなくなるばかりでなく、金利の急上昇によって日本国債のディフォルト懸念が強まり、さらなる円安、物価高という悪循環をもたらしかねない。
その時は、山崎養世さんがこの記事「
2011年、戦後最大の経済危機が訪れる」で提案する日銀による国債の全量買取という、究極の日本経済再建策も実行不可能になる。量的緩和でインフレを加速させるからである。
政府が検討を始めた増税政策は日本経済の自家中毒を招き、かえって国債がディフォルトする危険性を高める。
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おじいちゃんにITが分かるのか
与謝野氏も柳沢氏も日本きっての経済の専門家なのだろうが、おじいさんでもある。人生の下山期に入った人は、「成長」という概念を忘れやすい。しかも、若くて成長しようとしている人たちまで自分と同じように下山期に入っていると勘違いしてしまう。
その結果、「成長するより経済や社会をメンテナンスしながら維持することの方が大切だ」などと言い出す。
当然、ITなど新しい技術にリテラシーがないから、いま世界が大きく変化していることを理解できない。その変化には成長のチャンスがあり、それを勝ち得たところだけが豊かさを享受できるのだということが分からない。
税制は国家の柱である。
その抜本改革をおじいさんたちに任せるのだけはやめてほしい。日本を衰弱する国にしないでほしい。お願いだから。