鎮守の森の学校(京都北山細野の神主)

日々感じる事を想いのままに書き綴っています。神主として品位に欠ける表現が有るのはボケが始まったとお許しください

人間一生どんな生き方が理想なのでしょう?(一)

2023年03月20日 | 傘寿からのチャレンジ

タイトルのような問いかけにどう答えるか?

もし答えることができるのなら?それはもう1度人生をやり直さなければ?

そんなことは誰もできませんから歳をとればあとは惰性で生きてゆくしか無いのか?

それもシャクですね。そこで私は考えました。(考えても良い答えが出せないのが何時ものことですが)

この歳になれば振り出しに戻ってやり直すことはできないがスタート気分は何時でも味わえる。(ゴールをのぞまなければ)

何時のときもスタートというのは気持ちが良いですね。成功のゴールを夢見て駆け出すのですから。

だけど、何時もゴールを迎えず、方向転換してしまうことや放り出してしまうことがシバシバありました。

昔商売をしていた頃、問屋の会長さんから「あなたは最初に言っていることと違うことをやっている。

男は一旦言った以上は最後までやるべきだ」と言われたことがあります。

その時私は「その時はそれが一番良い方法だと思ったのです。その後もっと良い方法を思いついたので方向転換したのです」と。

「改めることをハバカルこと無かれ」を心情にしてきました。と言い訳をしました。その時は呆れた顔をされていました。

1年ほど過ぎてその会長から「あなたの好きなようにやりなさい、私は全面的に応援するから」と言われてホットしました。

人それぞれ生き方があるからその人に合った生き方をやれば良いので「神様から御霊をもらってこの世に生まれてきた」のに「決まりきった他人の創ったレールにしたがってしか生きてゆかないって勿体ない」と私は思っています。

だからドラマなんて見る気にもまれません。他人のテッチ挙げたドラマに一喜一憂するなんて、そんな暇は私にはありません。自分の人生を生きるのに精いっぱいですから。

現代人も暇なのですね?朝ドラに一喜一憂して涙まで流す人がいるそうですから。でも昔からなのですね、平安時代に源氏物語が書かれるのを待つ人が居たということですから。

人それぞれの生き方があると言っておきながら人の生き方を批判して申し訳ない「ごめんなさい」

何を言いたかったか?話がそれましたが若い人たちに自分の思った人生を歩む努力をしてほしいということを伝えたかった。

今流行の「今だけ、金だけ、自分だけ」ではなく一度しかない人生を楽しく過ごしてほしい、特に晩節を汚す生き方を避けるには?

自分の生き方も反省してごく僅かになった私の残りの人生をも考えてみたいと思います。

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