鎮守の森の学校(京都北山細野の神主)

日々感じる事を想いのままに書き綴っています。神主として品位に欠ける表現が有るのはボケが始まったとお許しください

寒い京都北山から冬場だけでも温かい南国にバカンスの場所を求めて南国土佐大月町に出かける(一部)

2021年03月06日 | 傘寿からのチャレンジ

正月6日に大阪であったイタリアン・レストラン・ピノッキオを営んでいる若い谷くんの高知県大月町なら、海抜450メートルの我が家よりは暖かかろうと軽バンの車中泊と素泊まりマンションとソロキャンプを併用して4〜5日の予定で、冬場の避寒バカンス(?)の候補地調べに行ってきました。

走行10万キロの愛車軽バン

3日の午前11時過ぎに我が家を出てひとまず千里の天神社に向かい紀の川市の山仲間から何時も送ってもらっている私の好物のママレードを宮司の家族分届けて1地時間ほど雑談のあとイヨイヨ淡路島を縦断して四国に向かいました。

愛車軽バンか10万キロになるのですがすこぶる快調で今まで故障無しで走っていますが積んでいるカーナビゴリラが10数年前のもので新しい高速道路に反応してくれません。

四国に入って徳島自動車道に入らなければならないのに車は勝手に(?)高松市に向かって走っていました。気がついて途中で高速を出て一般道を走って徳島自動車道に入り、高知自動車道に入って高速道路最後のSA南国SAに入ってガソリンを給油しようと思ったらここのSAは上りしかスタンドはないという事、このまま走ったら高速道路でガス欠。  慌てて次の高知ICで出てガソリンスタンドを探して無事満タンに、また高速に戻って最後の土佐PAで車内泊にすることにしました。自宅から400キロ、ゆっくり眠るつもりで、

ベッドにシュラフを広げ、寝転ぶとイキナリ後頭部にチクリとムカデにでも刺されたときのような痛み、即右手で掴んで投げ捨てるが探しても何だったのか判らない。

腫れてくるまでしばらく掛かるだろうからその時にでも対処しようと午後9時半には眠りました。近くのトラックのエンジン音で12時半頃目が覚めたらデッカイ大型トレイラー(恐らく冷蔵車か冷蔵車)が横に停車してエンジンかけっぱなし、仕方なく離れたところに自分の車を移動して眠る。

朝は6時に起床してメタクッカーでお湯を沸かし、昨夜南国SAのコンビニで買っておいたチーズバーガーと持っていったポタージュスープを沸かしたお湯でといて朝食とする。

7時にスタートしてこの後高速道路は終わり、建設中の無料の道路を走り宿毛駅に寄って土佐くろしお鉄道の時刻表をもらい自動車の駐車場所をたずねて大月町を通過して海がキレイだと聞いていた柏島に行ききれいな海を見て回りました。

確かにキレイな水が底まで見えます。

11時半に開店するイタリアン・レストラン・ピノッキオに行き谷くんに会って話をした後当地自慢の力豚のイタリア風豚丼?をご馳走になる。

イタリア風豚丼?

この後夕食時間にまた来ると約束して大月町の観光資料など送ってもらった大月町観光協会にお礼に行き、また柏島の方に戻りキャンプ場を3箇所回るがいずれも開業している形跡は無く諦めて海沿いを進んできれいな海を見て回りました。

広い砂浜も晴れていたらキレイなのでしょうが。

この後も天気が悪くなりこれ以上、下調べにまわるところもないので帰ることにして店に向かいましたが夕方まで閉店していたので谷くんに電話して夕食をキャンセル。

帰りに四万十市に最近オープンしたモンベル四万十店を覗いてこようと店の電話番号をカーナビに入れたのですが「登録されていません」という返事、新しい店のせいか?私のカーナビが古いせいか? 電話番号に電話して町名を教えてもらい土砂降りのなか日が暮れかけている時刻にヤット到着、記念に(なんの記念?)街で担ぐのに良いザックが有ったので買っておきました。

長くなりますのでこの続きは次に。

                                                                   

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