『東京の坂、日本の坂』その159。小金井市の坂③新小金井街道に沿って少し歩き、薬師通りを右折する。木馬公園手前を左に登って行くと左側に『念仏坂』の標識がある。ここから先は坂道なので多分この坂と検討を付けるが、細く頼りない坂道。
ただ、昔坂巡りをした人たちのブログを見ると坂の下から見て左側は竹藪だが、既に開発が始まり、更地となっていたので雰囲気も変わっている。但し、道端に墓地があり、念仏を唱えながら歩いたのが名前の由来らしい。(坂の案内標識の場所が坂上に移動していて探すのに苦労した)
幡随院という大きなお寺の前を通過、次の道を左に登る坂が『なそい坂』。バス停もあるから間違いないが、実は平成10年に市政施行40周年を記念してつけられた名前。なそいとは『ななめ』の意味。しかし、この道はほぼまっすぐなのだがと私は疑問に思った。(昔は幡随院坂と呼んでいたらしい)
因みに幡随院は徳川家康が京都知恩院住持幡随意を呼び寄せ、東京神田に作らせた由緒のある寺院。その後、度重なる火事で堂宇を焼失、関東大震災後の1940年にこの地に移転したものである。
さらに薬師通りを歩くと『質屋坂』が左側に出てくる。長い坂道で左に少し曲がりながら登っていく。
幕末から明治にかけて当時の下小金井村の星野家の質屋があったことからこの名前がついた。坂の案内板があるのは中腹の古く大きな屋敷の玄関、ここが星野家の屋敷だったのかもしれない。坂を登り切ると小金井街道前原坂上交差点に出る。(以下、次回)