玉響(たまゆら)
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見えないものをどれくらい
信じることができるだろう
どこまでいけば
理解(わか)るだろう
わたしたちは
確かなものを
探し続けて旅をする
確かなものなど
ひとつもないのに
ふと通りゆく玉響は
わたしをどこへと誘(いざな)うだろう
どこまでいけば
理解るだろう
・・・
***
ほんのかすか
玉響(たまゆら)とは
「かすかな」「あるかないか」といったことをさします
玉響(たまゆら)は
現在ではほとんど使われない言葉ですが
なんという美しい響きと文字でしょう
しかもその意味するところは
翡翠や瑠璃 真珠などの
美しい宝玉が触れ合って
かすかな音を立てる様子が
元になっているのです
昔の人は
宝石の見た目の美しさと共に
かすかに響くその音までも
愛でていたのでしょうか
現代でももっともっと使って
残していきたい言葉の筆頭かもしれません
「君が手とわが手とふれしたまゆらの
心ゆらぎは知らずやありけん」
(大田 水穂)
手が触れ合った瞬間
ほんのかすかに胸がときめく
恋の始まりにつながるかどうか
自分にもわからないような
心の動きを美しく歌い上げています
でも当たる強さでいくらでも~柔らかい音にもなりますね
ただ、感覚的には・・確かに繭玉のような見るからに柔らかさは
石からはイメージできませんから・・時代感覚の違いかも(笑)
心通わせる昔の人の自然との一体感は
すばらしいの一言ですね・・
あまりにも文明に頼り、現代人は五感を
鈍らせてしまったようです。
竹林の写真は・・全体を見ると・・
ここが?あの写真っていう感じですが・・
カットすることで少し見られるようになるから不思議(爆)
アリーヌさんにほめてもらうと・・本当にうれしい~~
しかし、由来が少々、意外。
「宝石が触れ合うかすかな音を立てる様子」・・・・何だかとっても硬い響を感じます。とても「たまゆら」という、優しい柔らかい響とは・・・・・。
「繭玉」が触れ合うくらいの優しい柔らかい音のことかと、勝手に思っていました・・・・
>翡翠や瑠璃 真珠などの 美しい宝玉が触れ合って
かすかな音を立てる様子
とても大切でいとおしい音を想像します。
夫婦や恋人同士であっても、この感覚は忘れたく
ないですね。
竹林の写真♪良いですね~パターン化された美を
感じます。