◎ギリシャ神話 11 古代オリンピック 3
★オリュンピア競技祭の5日間の日程
☆初日
・選手やコーチたちが評議会場におもむき、ゼウス像の前の祭壇に犠牲獣の豚(もしくは猪?)をささげ、10か月間トレーニングを行なったこと、ルールに則り競技を行うことをゼウス像の前で誓った
・審判は賄賂を受け取らず、公正な審判を下すこと、資格審査の際に知った選手らの秘密を漏らさないことなどを誓った
・「触れ役」(出場選手の呼び出しや、優勝者の名前を読み上げる)や「ラッパ吹き」(優勝者をたたえるラッパを吹く)のコンテスト
・哲学者、詩人、歴史学者による講演会
・オリュンピアの神域内にあるたくさんの祭壇に犠牲獣を捧げ、神々に勝利の祈りをささげた
・神域を自由に散策したり、各国の宝物庫をまわって奉納品を見たり、土産を買い求めたりした
☆2日目
○午前中、日の出とともに競馬競技や戦車競技が始まった
・4頭立ての戦車競走や2頭立ての戦車競走など
・人気があったのは4頭立ての戦車競走
・御者たちはそれぞれ自分の所属チームの色のついたユニフォームを着ていたという
・勝利の栄冠をさずけられるのは御者ではなく馬主であった
・競走馬は非常に高価なもので、馬主として巨額の経費がかかる戦車競技に参加できるのは名門貴族や王族など大富豪ばかりであった
・戦車競技に優勝することが社会的、政治的な力を強めることになった
○午後からは競技場で「5種競技」が行われた
○夕方は、戦車競走の初代優勝者とされるペプロスを祀った塚に黒牡羊がささげられ、優勝者をたたえ、宴会も催されたという
◎5種競技
・円盤投げ、槍投げ、幅跳び、スタディオン走(徒競走)、レスリングの5種
○円盤投げ
・円盤の素材は青銅と鉄。大理石製や鉛製の円盤も残っているが実用品だったか不明
重さは1.5キロ~6.5キロ、大きさは17cm~35cmとまちまち
・5回投げて、最長飛距離を競ったという
○槍投げ
・長さは約1.8mでニワトコの木で作られた
・槍のおよそ重心に当たる部分に皮ひもが巻きつけられていて、この皮ひもに人差し指と中指をひっかけて槍を握る
・皮ひもの効果で、槍が回転し安定した軌道をえがいて飛んだという
○幅跳び
・選手は両手にハルテレスという半円形のおもりを持って跳んだ
おもりの反動を利用しようとしたのか、どれだけ効果があったのか疑問
○スタディオン走(徒競走)
・1スタディオン(192.27m)の直線走路を裸足で走る
・前724年に、2レーンを利用して往復するディアウロス競技が加わった
・前720年には、12往復(または10往復?)する約4600mの長距離走が加わった
○レスリング
・格闘技場の砂地に相手を投げてフォール(相手の背中、肩、腰のいずれかを地面に触れさせるとフォールとなる)することで1本となり、3本先取で勝者となる
・1本背負いや、現在のジャーマンスープレックスに相当する技もすでに開発されていた
・レスリングの技術書のパピルスも制作されていた
・フォール以外にも、関節技、締め技による勝利も認められていた
☆3日目
○ゼウス神殿の北側にある大祭壇に向かって、選手団、審判団、各国の大使、神官たちなど、犠牲獣として100頭の雄牛が大行列で行進して、大祭壇の前で、100頭の雄牛が犠牲としてゼウスに捧げられる(大犠牲式)
牛は解体されて、もも肉が焼かれた
・午後は競走競技が行われた
・夜は宴会が催された
☆4日目
○レスリング、ボクシング、パンクラティオンが行われた
○最後に、武装競走が行われた
○ボクシング
・リングはない
・当初は牛の皮ひもを両手に巻きつけて打ちあったが、のちに詰め物をした危険なグローブのようなものに移行した
・ラウンド制もなく、戦意喪失の意思を示すか、失神するまでひたすら打ち合った
・ときには死にいたることもあり、相手を死亡させた選手は競技場から永久追放された
○パンクラティオン
・現代でいう総合格闘技
・パンチ、キック、投げ技、締め技
・ただし、噛みつきと相手の目に指を突っ込むことは禁じ手だった
・男性器への攻撃も禁じられていない
・フォールで勝敗が決するわけではなく、「まいった」の合図を示すまで続く
○武装競走
・重装歩兵の兜とすね当てを付け、円楯を持って2スタディオンを走る
・重装備で炎天下を走る苛酷なレース
・完全武装の武装競走も行われることもあった
・完全武装による武装競走は最も実戦的なものであった
☆5日目
・競技は行われず、優勝者をたたえる日であった
・優勝者には聖なるオリーブの木の枝でつくられた冠が授けられた
・夜は祝宴が催された
★オリュンピア競技祭の5日間の日程
☆初日
・選手やコーチたちが評議会場におもむき、ゼウス像の前の祭壇に犠牲獣の豚(もしくは猪?)をささげ、10か月間トレーニングを行なったこと、ルールに則り競技を行うことをゼウス像の前で誓った
・審判は賄賂を受け取らず、公正な審判を下すこと、資格審査の際に知った選手らの秘密を漏らさないことなどを誓った
・「触れ役」(出場選手の呼び出しや、優勝者の名前を読み上げる)や「ラッパ吹き」(優勝者をたたえるラッパを吹く)のコンテスト
・哲学者、詩人、歴史学者による講演会
・オリュンピアの神域内にあるたくさんの祭壇に犠牲獣を捧げ、神々に勝利の祈りをささげた
・神域を自由に散策したり、各国の宝物庫をまわって奉納品を見たり、土産を買い求めたりした
☆2日目
○午前中、日の出とともに競馬競技や戦車競技が始まった
・4頭立ての戦車競走や2頭立ての戦車競走など
・人気があったのは4頭立ての戦車競走
・御者たちはそれぞれ自分の所属チームの色のついたユニフォームを着ていたという
・勝利の栄冠をさずけられるのは御者ではなく馬主であった
・競走馬は非常に高価なもので、馬主として巨額の経費がかかる戦車競技に参加できるのは名門貴族や王族など大富豪ばかりであった
・戦車競技に優勝することが社会的、政治的な力を強めることになった
○午後からは競技場で「5種競技」が行われた
○夕方は、戦車競走の初代優勝者とされるペプロスを祀った塚に黒牡羊がささげられ、優勝者をたたえ、宴会も催されたという
◎5種競技
・円盤投げ、槍投げ、幅跳び、スタディオン走(徒競走)、レスリングの5種
○円盤投げ
・円盤の素材は青銅と鉄。大理石製や鉛製の円盤も残っているが実用品だったか不明
重さは1.5キロ~6.5キロ、大きさは17cm~35cmとまちまち
・5回投げて、最長飛距離を競ったという
○槍投げ
・長さは約1.8mでニワトコの木で作られた
・槍のおよそ重心に当たる部分に皮ひもが巻きつけられていて、この皮ひもに人差し指と中指をひっかけて槍を握る
・皮ひもの効果で、槍が回転し安定した軌道をえがいて飛んだという
○幅跳び
・選手は両手にハルテレスという半円形のおもりを持って跳んだ
おもりの反動を利用しようとしたのか、どれだけ効果があったのか疑問
○スタディオン走(徒競走)
・1スタディオン(192.27m)の直線走路を裸足で走る
・前724年に、2レーンを利用して往復するディアウロス競技が加わった
・前720年には、12往復(または10往復?)する約4600mの長距離走が加わった
○レスリング
・格闘技場の砂地に相手を投げてフォール(相手の背中、肩、腰のいずれかを地面に触れさせるとフォールとなる)することで1本となり、3本先取で勝者となる
・1本背負いや、現在のジャーマンスープレックスに相当する技もすでに開発されていた
・レスリングの技術書のパピルスも制作されていた
・フォール以外にも、関節技、締め技による勝利も認められていた
☆3日目
○ゼウス神殿の北側にある大祭壇に向かって、選手団、審判団、各国の大使、神官たちなど、犠牲獣として100頭の雄牛が大行列で行進して、大祭壇の前で、100頭の雄牛が犠牲としてゼウスに捧げられる(大犠牲式)
牛は解体されて、もも肉が焼かれた
・午後は競走競技が行われた
・夜は宴会が催された
☆4日目
○レスリング、ボクシング、パンクラティオンが行われた
○最後に、武装競走が行われた
○ボクシング
・リングはない
・当初は牛の皮ひもを両手に巻きつけて打ちあったが、のちに詰め物をした危険なグローブのようなものに移行した
・ラウンド制もなく、戦意喪失の意思を示すか、失神するまでひたすら打ち合った
・ときには死にいたることもあり、相手を死亡させた選手は競技場から永久追放された
○パンクラティオン
・現代でいう総合格闘技
・パンチ、キック、投げ技、締め技
・ただし、噛みつきと相手の目に指を突っ込むことは禁じ手だった
・男性器への攻撃も禁じられていない
・フォールで勝敗が決するわけではなく、「まいった」の合図を示すまで続く
○武装競走
・重装歩兵の兜とすね当てを付け、円楯を持って2スタディオンを走る
・重装備で炎天下を走る苛酷なレース
・完全武装の武装競走も行われることもあった
・完全武装による武装競走は最も実戦的なものであった
☆5日目
・競技は行われず、優勝者をたたえる日であった
・優勝者には聖なるオリーブの木の枝でつくられた冠が授けられた
・夜は祝宴が催された