WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

ユートピア

2007年08月26日 | 今日の一枚(E-F)

●今日の一枚 194●

Eric Gale

Utopia

Watercolors0009_5  残暑厳しい日曜日、午後からコーチを務める高校女子バスケットボール・チームの練習に付き合い、夕方から自宅のテラスで冷たいビールを飲んだ。ちょっとしたリゾート気分だ。夏休みの最終日で残った宿題の始末に追われる我が子どもたちには気の毒だが、幸福な時間だ。程よい疲れが、脱力感をともない、かえって気持ちがいい。こんなリゾート気分にフィットする音楽はないものかと考え、頭に浮かんだのは、脅威のワンパターン・ギタリスト、エリック・ゲイルの"ISLAND BREEZE"だったのだが、レコード棚を探してもなかなか見つからない。確かにあったはずなのに、一体どこにいったのだろう。

 あきらめて、かわりに取り出したCDがこのアルバムだ。エリック・ゲイルの1991年録音作品『ユートピア』、エリック・ゲイルのラスト・レコーディングである。周知のように、エリック・ゲイルは、1970年代にフュージョン・ミュージックのパイオニア的グループとして活躍した"スタッフ"のギタリストだったわけだが、私はソロになってからのエリック・ゲイルの方が好きだ。何というか、人間的な温かみがあるのだ。思えば、エリック・ゲイルは卓越したテクニックをもちながら、超絶技巧に走らず、最後までフィーリングを大切にしたプレイヤーだったように思う。彼のギターからはその人の良さと、他者に対する温かさを感じることが出来る。聴衆の度肝をぬく超絶技巧も素晴らしいが、演奏から人柄を感じることが出来るというのも素晴らしい表現力なのではなかろうか。

 雑誌『ADLIB』の編集長、松下佳男氏はこのアルバムについて、「ヒューマンであったかいムードが心にしみるエリックのギター!今の時代がうしなっている音楽が、このアルバムには確実にある」と、絶賛している。今の時代が、ヒューマンな音楽を失っているかどうかは別として、人間味のある穏やかで温かなフィーリングが伝わってくるのは確かだ。加えていうなら、今日聴いてみて、このアルバムでも十分リゾート気分を味わうことができた。

 暑い日中の後の涼しい夕べ、心地よい脱力感と冷たいビール、秋を感じさせる虫の声と遠くを走る自動車たちの明かり、心温まるエリック・ゲイルの『ユートピア』、……、気分が良い。幸福だ、と思う。およそ一時間の幸福……。

 たった一つの不安、"ISLAND BREEZE"のLPはどこにいってしまったのだろうか。


エムパシー

2007年08月26日 | 今日の一枚(A-B)

●今日の一枚 193●

Bill Evans

Empathy

Watercolors0007_5  今もやっているのだろうか。毎週土曜日の夕方のFMラジオで「SUNTORY SATURDAY WAITING BAR AVANTI 」という番組をやっていた(調べたら今でもやっているようだ)。レストランの仮想ウェイティングバーを舞台に、毎週幾人かのゲストを招き、含蓄のあるお話をうかがうという趣向の番組だが、そのオープニング・テーマとして使われていた「ダニー・ボーイ」がたいへん魅惑的だった。端正でリリカルなタッチで奏でられるその曲は、ジャズなどという音楽を普段聴かない人が耳にしても心に残るらしく、実際何人かの知人からこの演奏について質問を受けたことがある。

 この「ダニー・ボーイ」は、ビル・エヴァンスの1962年録音盤『エムパシー』に収録されているものだったように思う。verveとの契約第一弾のこの作品は、シェリー・マン(ds)、モンティ・バドウィック(b)という西海岸のプレイヤーとの競演であるという点でも異色の作品だ。はっきり言えば、エヴァンスのデリケートなピアノには、シェリー・マンのカラフルで多少自己顕示の強いドラム演奏はミスマッチだと思わなくもないのだが、よく聴いてみると、これはこれで面白いのではないかと思ったりもする。私自身、② Danny Boy がお気に入りなので、CDの二曲目からかける場合が多く、これまで一曲目をあまり聴かなかった。今回しばらくぶりに ① The Washington twist を聴いてみたが、エヴァンスらしからぬブルース・フレージングがほほえましく、シェリー・マンのカラフルなドラムがいい意味で自己主張しており、なかなか気持ちよかった。

 思えば、エヴァンスのような偉大なプレイヤーになればなるほど、我々は「エヴァンス的」という固定観念をもち、それを基準に遡及的に評価したりする傾向があるようだ。気負った色眼鏡をはずしてみると、意外に新鮮な風景が見えてくることも多い。いろんな色眼鏡をはずしたりかけたりしながらジャズを聴くのもまたジャズを聴く楽しみの一つではなかろうか。